↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彗星乙女後宮伝  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/128

八十話 星は輝く

 星貴妃は游峯に任せ、珊瑚は一人中庭に出る。肌を裂く刃のような冷たい風が吹いていた。

 それは、珊瑚の心の中を具現化しているかのよう。

 外套を纏わずに出てきたので、肌寒い。

 しかし、温かく優しい人の傍にいたら、ダメになってしまう。

 今の珊瑚に必要なのは、キンと冷えたこの空間であった。

 空はどんよりと暗く、銀色の月すら見えない夜だ。どんよりとした暗い雲が、どこまでも広がっている。

 ゴウと音をたて、ひときわ強い風が吹く。

 珊瑚の三つ編みは揺れ、獣の尾のようにゆらゆら動いた。

 胸の中の弱い感情が、爆発しそうになった。

 その刹那、星貴妃より賜った三日月刀を引き抜く。

 胸の中にある感情を断つように、剣を振り下ろした。

 すると、不思議なことに黒い雲が左右に割れたように流れていく。

 空にぽつんと浮かぶ、一番星が見えた。

 あれは金色の女神(ヴェネレ)と呼ばれるもっとも明るい星で、古代より旅人の道しるべとなると言われていた。

 星の女神は珊瑚に道を示したように思える。汝(なんじ)、強く在れ、と。

 珊瑚は心の中で誓う、紘宇が戻ってくるまで星貴妃を守る騎士になろうと。

 風は止んだ。再び、空は暗い雲に覆われる。

 珊瑚は三日月刀を鞘へと納めた。

 自身でも驚くほど、心が落ち着いていた。

 悲しみは、風と共に消え去ったようだ。


 踵を返し、柱廊のほうへと歩いていくと柱で身を隠す紺々の姿があった。腕の中には、たぬきを抱いていた。


「こんこんと、たぬき、ですか?」

「さ、珊瑚様……」

「く、くうん……」


 二人の声は、悲しげだった。きっと、紘宇が戦場へ向かったことを聞いたのだろう。

 珊瑚はふっと淡い笑みを浮かべ、きびきびとした動きで近づく。


「そこで、何をしているのですか?」


 柱からそっと顔を出した紺々とたぬきは、声同様悲しげだった。


「珊瑚様が、心配で」

「くうん」

「こんこん、たぬき、私はもう、大丈夫です。心配をおかけしました」


 紺々とたぬきの頭を撫でる。


「こんこん、私は先ほど、星を見たんです。強い、星を」


 珊瑚が華烈で見た、初めての星だった。


「それは、素晴らしいことです。星なんて、滅多に見ることのできるものではありませんから」

「ええ」


 まるで珊瑚を勇気づけ、祝福してくれるようだった。


「私、珊瑚様に初めて出会った時、青い瞳が空に輝く星のようだと思いました。華烈では、金星(ジンシン)と呼ばれています。それは、女神の加護によって輝き、地上の者達に幸せをもたらすものだと」

「そう、だったのですね」


 明星の謂れは、珊瑚の国と変わらない。女神の星だった。


「珊瑚様の瞳は、いつもキラキラしていて、美しかったです。これからも、変わらずに輝き続けていただけたらと、思います」

「こんこん……ありがとうございます」


 星は珊瑚の中にある。とても、心強い言葉であった。


 もう、怖い物はない。

 珊瑚は生まれ変わったように思えた。


 ◇◇◇


 珊瑚は腰に佩いていた三日月刀を鞘ごと抜き取って、手に握ったまま星貴妃の寝屋へと入る。

 紺々は部屋の外で待機し、たぬきは一緒についてきた。

 星貴妃は寝椅子に足を伸ばし、優雅な姿で座っている。

 傍には、游峯が控えていた。


「戻ってきたか」

「はっ!」


 三日月刀を床の上に置き、片膝を突く。

 たぬきも珊瑚の隣に座った。


「妃嬪様、これからは、片時も離れずお傍に」

「よい、許す」


 近くに寄るように言われ、珊瑚は星貴妃の前に傅く。


 顔を伏せていたら顎を掴まれ、顔を上に向けられた。


「どうやら、いつもの珠珊瑚に戻ったようだな」

「もう、ご心配には及びません」


 星貴妃からしょんぼりしている姿も可愛かったのにと言われ、どういう表情をしていいものか困惑する。


「まあ、どの珊瑚も可愛いことに変わりはないが」


 人生でこれだけ可愛いを連呼された覚えはないので、珊瑚は戸惑ってしまう。


「この私が可愛いと言っているのだ。認めよ」

「は、はあ……」

「まあ、冗談はこれくらいにして――これからについて話をしよう」


 ドキリとした。

 いつになく真面目な星貴妃の声色を聞き、背筋をピンと伸ばす。


「子についてだが、私もいい加減、務めを果たそうと思っておる」

「それは……?」

「子作りをせねば、ということだ」


 ここで、星貴妃は游峯の名を呼んだ。


「お主、この先を言わぬともわかるな?」

「は!?」


 星貴妃は游峯に子作りを頼むのか。そう思っていたが――違った。


「次代の皇帝の種馬となる、よい男を探してまいれ」

「た、種馬って……」

「野心を抱く男は好かぬ。無欲で可憐な男がいい。家柄は問わん」

「いるのかよ、そんな男……」

「できればひと月のうちに探せ」

「そんな、無茶振りだ!」

「いいから行け。明日の朝にでも」

「朝からかよ!」

「今すぐ行けと言わないだけ、ありがたく思え」

「なんだよ、それ……」


 游峯は旅立ちの準備をするため、自室に戻るように言われた。

 たぬきは游峯を見送りに行く。

 二人きりとなった部屋で、星貴妃は珊瑚に命じた。


「さあ、珊瑚。共に風呂に入るぞ」

「え!?」

「ひと時も傍を離れないのだろう?」

「それは、そうですが」


 星貴妃の口ぶりは護衛として傍に置くというよりも、一緒に入浴しようという意味合いに聞こえた。


「あの、私も、湯あみをするのですか?」

「そうだ。お主が一人で風呂に入っていたら、誰が護衛をする」

「そ、そうでした」


 もとより、星貴妃は誰の手も借りずに風呂に入っていたらしい。

 よって、珊瑚が入っても問題ないとのこと。


「いいから、行くぞ」

「はい」


 こうして、珊瑚は星貴妃と湯に浸かることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。