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八十話 星は輝く

 星貴妃は游峯に任せ、珊瑚は一人中庭に出る。肌を裂く刃のような冷たい風が吹いていた。

 それは、珊瑚の心の中を具現化しているかのよう。

 外套を纏わずに出てきたので、肌寒い。

 しかし、温かく優しい人の傍にいたら、ダメになってしまう。

 今の珊瑚に必要なのは、キンと冷えたこの空間であった。

 空はどんよりと暗く、銀色の月すら見えない夜だ。どんよりとした暗い雲が、どこまでも広がっている。

 ゴウと音をたて、ひときわ強い風が吹く。

 珊瑚の三つ編みは揺れ、獣の尾のようにゆらゆら動いた。

 胸の中の弱い感情が、爆発しそうになった。

 その刹那、星貴妃より賜った三日月刀を引き抜く。

 胸の中にある感情を断つように、剣を振り下ろした。

 すると、不思議なことに黒い雲が左右に割れたように流れていく。

 空にぽつんと浮かぶ、一番星が見えた。

 あれは金色の女神ヴェネレと呼ばれるもっとも明るい星で、古代より旅人の道しるべとなると言われていた。

 星の女神は珊瑚に道を示したように思える。なんじ、強く在れ、と。

 珊瑚は心の中で誓う、紘宇が戻ってくるまで星貴妃を守る騎士になろうと。

 風は止んだ。再び、空は暗い雲に覆われる。

 珊瑚は三日月刀を鞘へと納めた。

 自身でも驚くほど、心が落ち着いていた。

 悲しみは、風と共に消え去ったようだ。


 踵を返し、柱廊のほうへと歩いていくと柱で身を隠す紺々の姿があった。腕の中には、たぬきを抱いていた。


「こんこんと、たぬき、ですか?」

「さ、珊瑚様……」

「く、くうん……」


 二人の声は、悲しげだった。きっと、紘宇が戦場へ向かったことを聞いたのだろう。

 珊瑚はふっと淡い笑みを浮かべ、きびきびとした動きで近づく。


「そこで、何をしているのですか?」


 柱からそっと顔を出した紺々とたぬきは、声同様悲しげだった。


「珊瑚様が、心配で」

「くうん」

「こんこん、たぬき、私はもう、大丈夫です。心配をおかけしました」


 紺々とたぬきの頭を撫でる。


「こんこん、私は先ほど、星を見たんです。強い、星を」


 珊瑚が華烈で見た、初めての星だった。


「それは、素晴らしいことです。星なんて、滅多に見ることのできるものではありませんから」

「ええ」


 まるで珊瑚を勇気づけ、祝福してくれるようだった。


「私、珊瑚様に初めて出会った時、青い瞳が空に輝く星のようだと思いました。華烈では、金星ジンシンと呼ばれています。それは、女神の加護によって輝き、地上の者達に幸せをもたらすものだと」

「そう、だったのですね」


 明星の謂れは、珊瑚の国と変わらない。女神の星だった。


「珊瑚様の瞳は、いつもキラキラしていて、美しかったです。これからも、変わらずに輝き続けていただけたらと、思います」

「こんこん……ありがとうございます」


 星は珊瑚の中にある。とても、心強い言葉であった。


 もう、怖い物はない。

 珊瑚は生まれ変わったように思えた。


 ◇◇◇


 珊瑚は腰に佩いていた三日月刀を鞘ごと抜き取って、手に握ったまま星貴妃の寝屋へと入る。

 紺々は部屋の外で待機し、たぬきは一緒についてきた。

 星貴妃は寝椅子に足を伸ばし、優雅な姿で座っている。

 傍には、游峯が控えていた。


「戻ってきたか」

「はっ!」


 三日月刀を床の上に置き、片膝を突く。

 たぬきも珊瑚の隣に座った。


「妃嬪様、これからは、片時も離れずお傍に」

「よい、許す」


 近くに寄るように言われ、珊瑚は星貴妃の前に傅く。


 顔を伏せていたら顎を掴まれ、顔を上に向けられた。


「どうやら、いつもの珠珊瑚に戻ったようだな」

「もう、ご心配には及びません」


 星貴妃からしょんぼりしている姿も可愛かったのにと言われ、どういう表情をしていいものか困惑する。


「まあ、どの珊瑚も可愛いことに変わりはないが」


 人生でこれだけ可愛いを連呼された覚えはないので、珊瑚は戸惑ってしまう。


「この私が可愛いと言っているのだ。認めよ」

「は、はあ……」

「まあ、冗談はこれくらいにして――これからについて話をしよう」


 ドキリとした。

 いつになく真面目な星貴妃の声色を聞き、背筋をピンと伸ばす。


「子についてだが、私もいい加減、務めを果たそうと思っておる」

「それは……?」

「子作りをせねば、ということだ」


 ここで、星貴妃は游峯の名を呼んだ。


「お主、この先を言わぬともわかるな?」

「は!?」


 星貴妃は游峯に子作りを頼むのか。そう思っていたが――違った。


「次代の皇帝の種馬となる、よい男を探してまいれ」

「た、種馬って……」

「野心を抱く男は好かぬ。無欲で可憐な男がいい。家柄は問わん」

「いるのかよ、そんな男……」

「できればひと月のうちに探せ」

「そんな、無茶振りだ!」

「いいから行け。明日の朝にでも」

「朝からかよ!」

「今すぐ行けと言わないだけ、ありがたく思え」

「なんだよ、それ……」


 游峯は旅立ちの準備をするため、自室に戻るように言われた。

 たぬきは游峯を見送りに行く。

 二人きりとなった部屋で、星貴妃は珊瑚に命じた。


「さあ、珊瑚。共に風呂に入るぞ」

「え!?」

「ひと時も傍を離れないのだろう?」

「それは、そうですが」


 星貴妃の口ぶりは護衛として傍に置くというよりも、一緒に入浴しようという意味合いに聞こえた。


「あの、私も、湯あみをするのですか?」

「そうだ。お主が一人で風呂に入っていたら、誰が護衛をする」

「そ、そうでした」


 もとより、星貴妃は誰の手も借りずに風呂に入っていたらしい。

 よって、珊瑚が入っても問題ないとのこと。


「いいから、行くぞ」

「はい」


 こうして、珊瑚は星貴妃と湯に浸かることになった。


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