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七十八話 星貴妃と汪家

 女官より来客の旨が伝えられる。


「誰だ?」

汪永訣おう・えいけつ様でございます」

「はあ!?」


 汪永訣――それは紘宇の兄である。

 大事な話があるとらしいが、弟を戦場に向かわせるようにという話だろうと予測していた。


 すぐさま、星貴妃の身支度が整えられる。


「まったく、後宮は皇帝と愛人以外男子禁制だというのに、どうなっておる!」


 星貴妃は美しく着飾ったものの、頭からうすぎぬを被って、姿が見えないようにする。


「解せぬ……何もかも」


 後宮以外の者と会う時は隠さなければならない決まりがある。

 それなのに向こうは平然と決まりを破って、後宮に足を踏み入れているのだ。

 通常、皇帝の妃と話をしたい場合、文を交わすというのが普通だ。紘宇の兄は先触れすらなく、星貴妃を訪ねてきた。

 それだけ、急を要する事態なのだろう。


「珠珊瑚、お主もついてまいれ」

「は、はい」


 星貴妃はドンドンと足音をたてながら、廊下を闊歩する。

 客間の戸は女官が開く前に、星貴妃自身が勢いよく開いた。


 そこには、堂々と腰かける永訣と、紘宇、それから兵部の将軍の姿があった。

 将軍は星家――星貴妃の親戚関係にある者のようだった。


 紘宇以外の者達は皆、一度立ち上がり、抱拳礼の形を取ったあと平伏する。

 ここで、星貴妃は目を細めた上に口元をつり上げ、意地悪な表情となる。


「ふむ。そのままの形で話を聞こうか。聞き取りやすいよう、ハキハキ話せ」

「はっ!」


 返事をしたのは兵部の将軍であった。


「現在、深刻な兵士不足により、ここにおります汪紘宇の力をお借りしたく、参上しました」

「私からも、それを頼みたく」


 兵部将軍の言葉に、永訣も続く。


「なぜ、兵士が不足しとる? 皇帝自慢の兵部は、どこに行った」

「それが――」


 皇帝崩御は、兵部の兵士達の士気を下げる事態であった。

 隠されているとはいえ時間が経てば不審に思い、皇帝不在に気付く者もじわじわと増えていく。


「今では市井のほうでも、噂になるほどで……」


 そんな状態となっている中で、兵士達が慕う将軍の一人が役職を立ち退いた。それをきっかけに、次々と兵士達が辞めていっているとのこと。


「汪都尉のお力をお借りしたく――」


 華烈で都尉というのは、多くの兵を率いる将軍に次ぐ階級であった。


「汪紘宇は、今は都尉ではない。私の後宮の宮官だ」

「しかし、弟は――」

「それを命じたのは、お主だろう」


 平伏しているので、汪永訣がどのような表情をしているのかは見えない。 

 だが、滲む声色からは逼迫した様子が伝わっていた。


「もしも――紘宇を戻していただけないのであれば、そこの珠珊瑚を戦場へと送ります。彼もまた、武官です」


 それを聞いた紘宇は、立ち上がる。

 兄永訣の腕を取り、無理矢理立ち上がらせた。

 力が強かったからか、永訣の表情は苦悶している。それでも、紘宇は力を緩めない。


「兄上、どういうつもりです?」

「言葉の通りだ。彼はもともと、処刑される身だった。それを、私が助けたのだ」

「それは――そもそも、それは兄上が仕掛けたことではないのですか!?」


 華烈にも、協力者がいる。星貴妃はそう言っていた。

 話を聞いていた珊瑚も、汪永訣の顔が脳裏をよぎったのだ。

 まさか、この場で紘宇が聞くとは夢にも思っていなかったが。


「……そうだ」


 永訣がどう答えた瞬間、紘宇は兄を殴る。

 椅子を巻き込んで倒れ込み、口の端から血を流していた。


「なぜ、このようなことを――!?」

「悠長に待っていたら、国が滅びる。そう、思ったからだ」


 数ヶ月前に二国間で行われた外交には、裏があった。

 メリクル王子と共に来ていた密使との間に、ある話し合いが行われていた。


「戦争だ。戦争をすると……」


 勝つのは華烈という約束のもと、戦争するという話だったらしい。


「そこで、汪家と星家の者が活躍し、皇帝の座に収まる。報酬として、茶を優先的に輸出するという話だった。しかし――」


 約束は破られる。


「話では、五百の兵士を送るという話だった。しかし――」


 現在、船で華烈へとやって来ている騎士の数は、三千ほど。

 兵部の兵士の数をすべて集めても、現在は千五百しかいなかった。


「しかし、後宮の暗殺は知らぬ。メリクル王子を狙った事件も、私ではない!」


 他にも、混乱に乗じてはかりごとをする者がいるようだった。


「まさか、このような事態になるとは――」


 どこからか皇帝不在の情報がもれ、逆に攻め入られる結果となってしまった。

 華烈は珊瑚の故郷に比べたら、小国である。

 武力の差は明らかであった。


「これは、話を持ちかけた汪家と星家の責任である。だから、前線で戦うのは――」


 一族最強である紘宇しかいない。

 そう、言いたいのだろう。


「星貴妃よ、どうか、納得していただきたい」

「それはできぬ」

「頼みます……どうか」


 永訣は再び平伏の恰好を取った。

 それを見た星貴妃は舌打ちする。


「だったら、約束を三つほどしてくれ」

「何を――?」

「守るか、守らないか、聞いてから教えよう」

「……」


 永訣は迷わず頷いた。


「では、言うぞ。一つ目は、戦場へ行くか否かは、汪紘宇の意思で決めること。二つ目は、次代の皇帝は私の子にすること。三つめは、戦争が終わったあと、野心を抱かず、私に協力すること」

「それは……」


 汪家と星家の者が活躍し、政権を握ることを見越しての約束であった。


「約束だ」


 星貴妃との約束に不満があるようだったが、了承する他なかった。

 永訣は紘宇を見て、質問する。


「紘宇、お前は、どうしたい?」


 紘宇が出した答えは――。


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