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七十七話 焦燥

「なっ……それは……! いったい、どうして……」

「先ほど、星貴妃から聞いた」


 星貴妃は密偵を雇っているようで、武芸会から戻ってきたのと同時に届いたのだとか。


「前線で指揮をできるものがいないらしく、私の名が上がっているらしい。兄は……特に反対をしなかったようだから、そのうち、呼び出されるだろう」

「そんな……こーうが、どうして?」

「私は元より武官だ。何かあったら戻されるだろうことは、想像できていた。兄も、その覚悟はできていたのだろう」


 突然のことで、珊瑚は頭の中が真っ白になる。

 紘宇が前線に送られることでさえ驚くべきことなのに、攻めてきたのは珊瑚の国の者であった。


「もしかしたら、二国間で外交があった時から、何か企みがあったのかもしれない」


 紘宇の呟きを聞いた珊瑚は、ひゅっと息を吸いこむ。


「あの、王子の寝所に女を忍び込ませていた事件は怪しいものだった」


 たしかに、メリクル王子が女性を連れ込んだ記憶がないというのに傍付きの騎士が証言したというのは、不可解なことであった。

 メリクル王子が酩酊状態になるほど酒を飲むことはありえない。薬を盛られ裏で誰かに嘘の証言をするように命じられていたら、すべてのことに説明がつく。


 しかし、事件は想定外の方向へと向かった。


「珊瑚、お前が王子を庇い、この国に残ったからだ。もとより、事件は仕組まれていて、王子は処刑される予定だったのだろう。当ては外れ、王子は生きて帰った」


 これで事件が終わればよかったが――メリクル王子は再びこの地へとやって来る。


「こうなったら、意地でも王子を殺そうと思っていたのだろうな」


 だが、暗殺事件は紘宇と珊瑚の協力によって阻まれる。

 暗殺は失敗したが、メリクル王子は暗殺されることを恐れ国には帰らなかった。


「おそらく、王子は華烈に殺されたと主張するつもりなのだろう」

「そんな……そんなのって……」


 戦争が始まる。

 今から、多くの血が流れるのだ。

 その地に、紘宇が行く。

 珊瑚は紘宇の上着を、ぎゅっと掴む。


「こーう……」


 行かないでとは言えない。連れて行けとも。

 祖国の者達に剣を向ける勇気は、珊瑚にはなかった。

 まだ、頭の中は混乱状態にある。


「この戦で、国内も変わるだろう」


 悠長に、皇帝を決めている場合ではなくなった。


「戦争で活躍した家が、次代の皇帝になるだろう」

「……」


 この後宮での暮らしも終わってしまうのか。

 そんなことを考えたら、胸が締め付けられる。

 悲しみ、焦り、怒り、不安と、悪い感情が珊瑚の中に渦巻いていた。


「珊瑚……お前が、一番辛いだろう」


 紘宇の言葉を聞いて、そっと顔を伏せる。

 珊瑚は華烈で生きると決めたが、祖国も、そこに住む人達も愛していた。


 二つの国の者達が戦うなど――考えたくない。


「今日は、もう休もう。いろいろあって、お前も疲れただろう」

「……はい」


 一度、しっかり睡眠を取ったほうがいい。珊瑚もそう思ったので、今宵は眠ることにした。


 ◇◇◇


 翌日。朝から牡丹宮に兵部の者がやってきた。紘宇を訪ねてやってきたのだ。

 人払いがなされ、紘宇と兵部の者だけで話をしていた。


「……思っていたよりも、早かったな」


 珊瑚が報告に行って説明すると、星貴妃がポツリとこぼした。


「あの、妃嬪様。こーうが、戦場に行くかもしれないから、私に、子を産めと言ったのですか?」

「そうだ。どんどん発破をかけないと、お主らの関係は前に進まんからな」


 せっかく星貴妃が背中を押して教えてくれたのに、珊瑚は何もできなかった。


「私は……自分勝手です。こーうが、戦場に行くのに、頭の中が、真っ白になりました」

「生まれ育った国や人達をすぐに切り捨てることなど、簡単にできないだろう。それは、普通の感覚だ」

「妃嬪様」


 またしても、珊瑚はボロボロと泣いてしまった。

 星貴妃は珊瑚の体を引き寄せ、優しく抱きしめる。

 それから、幼子をあやすように、背中を撫でてくれた。


「私は、これから、どうすれば……」

「汪紘宇の帰りを、待つのだ」

「こーうの、帰りを……」


 戦場に行く紘宇のことを考えたら、余計に涙が溢れてくる。


 二つの国の兵力がまるで異なる。

 どれだけ出兵しているかは明らかではないが、武器や装備に関しては、珊瑚の国のほうが優れているように思えた。

 そもそも、国の規模から違うのだ。


「この華烈は、お主の国よりずっと小さいからな。閉鎖的ゆえ、文明も遅れている」


 だが、と星貴妃は話を続けた。


「その分、侮っている可能性がある。そこに、我が国が付け入る隙があるだろう。しかしまあ、華烈軍が勝利を収めても、お主は複雑だろうが」

「で、ですが、故郷の者は、はかりごとを仕掛けました。それは、許されることでは、ありません」

「それは……そうだな。しかし、華烈のような小国を掌握しても、旨味は少ないだろうに」

「華烈のお茶は素晴らしいです。貴族にとって、なくてはならないものでした」

「そうか」


 メリクル王子は戦争の種にされ、殺されそうになった。


「この件は、華烈側にも協力者がいるのだろう」


 そうでないと、後宮内で暗殺未遂が発生していることの説明できない。


「戦争が始まったら、国内は混乱状態となる。それに乗じて、犯人を炙りだすぞ」


 それが、後宮に残った者にできることだと、星貴妃は言い切った。


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