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七十五話 珊瑚の憂い

 星貴妃より下がるように言われ、寝屋を出る。

 紘宇は話があるから残るように言われていた。

 今日は冷えるからと、たぬきも置いて行くように命じられる。

 珊瑚は紺々を伴って、私室へと戻った。


 廊下を歩きながら、先ほどの星貴妃の言葉が繰り返し脳内で反芻されていた。


『子を産むのは――お前だ。珠珊瑚』


 ドクン、ドクンと、胸が高鳴った。

 ありえない。ありえないことだ。

 未婚の状態で、そのようなことをするなどもってのほかである。


 しかし、珊瑚は罪人としてここにいる。

 普通の娘のように結婚をして母になる人生など、用意されていないのだ。


「珊瑚様、いかがなさいましたか?」

「!」


 紺々に話しかけられ、ハッと我に返る。このままでは、いけない。そう思ったので、紺々の部屋で話をすることにした。


 火鉢に火を入れ、そこに薬缶を乗せて湯を沸かす。


「また、実家からお茶とお菓子が届いたんです」


 小さな壺に入った菓子を、珊瑚へと差し出す。蓋を開けて中を覗き込むと、円錐状の細長く白い塊が入っていた。


「こんこん、これは?」

奶糖飴ナンタンイという、牛乳を固めた飴です」

「ああ、ミルクキャンディですね。懐かしい」

「珊瑚様の国にもあったのですか?」

「はい」


 一つ摘まんで口の中に入れる。素朴な甘い味わいが、口の中に広がった。


「珊瑚様、どうですか?」

「おいしいです」


 子どもの頃、苦手だった外国語を勉強する時間に、上手く喋ることができたらご褒美として家庭教師からミルクキャンディを貰ったことがあったのだ。

 あれは四歳か五歳くらいだっただろう。懐かしい思い出だった。


 同時に、国のこと、家族のことを思い出す。

 父親は騎士なので、珊瑚に何かあったと聞いても覚悟はできていただろう。しかし母親は、珊瑚のことを聞いて驚いたに違いない。神経質な性格なので、倒れていたりしないか心配だ。

 兄達はどうしているのか。

 それから、華烈を旅しているメリクル王子のことも思い出す。

 今、どこにいるのか。

 皇帝不在で、情勢がいいとも言えない。危険な目に遭っていなければいいがと思う。


 どれだけ考えても、国も元の地位にも、もう戻れない。

 わかっていたが、改めて思い出すと胸が締め付けられる。

 だが、これは珊瑚自身が選んだ道でもあった。

 後ろは振り返らずに、しっかりと自らの人生を歩まなければならない。


 ミルクキャンディと共に思いを馳せているうちに、紺々が茶を淹れてくれた。


「白牡丹茶でございます」

「ありがとうございます」


 茶杯を手に取って、冷え切っていた指先を温めた。じわじわと、陶器から熱が伝わる。

 白牡丹茶は、ほのかな甘みがある、すっきりとした味わいだった。

「白牡丹茶には、解熱作用がありまして」

「そ、そうなのですね」

「珊瑚様のお顔が、赤いような気がしたので」


 ここでハッとなる。紺々は珊瑚の顔色を見て、白牡丹茶を用意してくれたようだ。


「あ、あの、風邪ではないです。熱もありません」

「で、ですが、お元気もないようにお見受けしましたので」

「元気です!」


 両手を上げ、万全な状態であることを示した。


「さ、さようでございましたか。よかったです。しかし……先ほどの武芸会では、大変なことがあったようですので、そうなります……よね」

「あ、はい。それも、ありますが」


 珊瑚の中にある一番の問題は――紘宇との子作りについて。

 一人で考えても答えは出ないので、紺々に相談してみる。


「……というわけでして」

「た、大変なことを、星貴妃様に命じられたのですね」

「はい」


 正直に言ったら、好きな人の子どもは産みたい。しかし、状況が状況なので困惑していたのだ。


「それに、私は紘宇に拒絶されるのが、怖いのです」

「珊瑚様……」


 恋と国を天秤にかけるなと、星貴妃にも言われた。

 しかし、そう簡単に割り切れる問題ではない。


「初めての、恋でした」

「ええ、ええ。お辛いでしょう」

「私は――どうすればいいのか」


 いつも珊瑚がしているように、紺々は体をぎゅっと抱きしめてくれた。


「こんこん……」

「失礼かと思ったのですが、いつも、こうして珊瑚様がしてくださった時に、不安や憂いが和らいだので」

「ありがとう、ございます」


 落ち着いた、静かな声で紺々は珊瑚に語りかける。


「気のせいかも、しれないのですが」

「?」


 紺々の声色も緊張していた。ひゅっと、空気を吸い込む音も聞こえる。


「こんこん?」

「す、すみません。憶測ですので、言ってもいいのかなと」

「大丈夫です。言ってください」

「で、では」


 もう一度、紺々は深呼吸をしてから話し始める。


「汪内官は、珊瑚様のことを、男性とか、女性とか、関係なく愛していらっしゃると思うのです」

「こーうが、ですか?」

「はい。確かに、汪内官は女性好きには思えません。しかし、男性に好意的な視線を向けているところも見たことがないです」


 もしかしたら、男色というのは勘違いの可能性もあると紺々は言う。


「汪内官が珊瑚様を見る目は――特別です。唯一無二の存在のように思えます。愛を、信じてはいかがでしょうか?」


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