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七十四話 武芸会にて その五

 ――四名の毒味係が死んだ。四夫人を狙った犯行が、白昼堂々と執り行われたのだ。

 兵部の調査が入ったが、依然として犯人不明のまま。

 当然ながら、武芸会など行っている場合ではない。

 と、いう報告をしたところ、憤ったのは游峯であった。


「なんだそれ!!」


 武芸会に参加するために星貴妃の愛人にされ、今日まで紘宇から厳しい訓練を受けてきたのだ。怒るのも無理はない。


「ここに女装しに来たようなものじゃないか!!」


 怒りの大元は、日々の厳しい訓練を生かす場がなかったということではなかったようだ。


「さっき、すれ違った閹官に笑われたんだ! クソ……顔見知りに見られるとは」


 女装をかつての同僚に見られて、屈辱的だったらしい。

 星貴妃は游峯が気の毒に思ったのか、そっと抱き締めて頭を撫でる。


「やめろ! 子ども扱いするな!」

「違う、慰めておるのだ」


 そう言ったら、游峯は大人しくなった。実に単純である。


 一同は周囲を兵部の護衛の者に囲まれて、牡丹宮へ戻ることになった。


 ◇◇◇


 場所は星貴妃の寝屋に変えて、珊瑚は茶会で起こったことを報告する。

 寝屋に招かれたのは、珊瑚と紘宇、游峯とたぬきのみだ。

 紺々や麗美は寝屋の外で待機している。


 星貴妃は男装姿のまま寝椅子に腰かけ、物憂げに溜息を吐く。


「――なるほどな。暗殺事件のあと、聞き耳を立てている輩がいたと」


 その点は、星貴妃は前から危惧をしていたらしい。


「私は以前より、傍付きの女官に嘘をふき込み、その情報が漏れないか確認していたことがある」


 もしも、その情報が露見したらその女官は解雇(クビ)にする。そういうことを繰り返していたらしい。


「よって、私の周囲にいる者は忠誠心の高い者達であるのだ」


 他の妃達は暗殺が日常茶飯事だと言っていた。

 一方、星貴妃は普段から警戒し、傍に置く者も厳選していたのだ。だから、牡丹宮は他よりも平和なのだろう。


「それにしても、どこの妃も子を産む気がなかったとはな」


 予想していたのか、この点はあまり驚いていなかった。


「それで、私に子を産むように言ってきたと」

「はい」


 これには理由がある。

 子が皇帝の座に収まった場合、星貴妃の実家である星家が摂政をするに相応しいからだ。


「なるほどな。元より、星家の者は国内でも中立的な立場にある。腹芸も得意だ。うち以上に、よい摂政ができる家は他にないだろう」


 四夫人が協力して、平和な世を築く。なんとも素晴らしい話であった。

 ただ、そのためには星貴妃が子を産まなければならない。


「その件だが――」


 星貴妃はチラリと珊瑚を見た。

 ドクン! と、大きく胸が跳ねる。


 星貴妃は紘宇と子作りをするつもりなのだろう。だから、想いを寄せる珊瑚を見た。

 じわりと胸に広がるのは――焦燥感。


 だが、紘宇の実家である汪家の力があれば、星家も安心だろう。

 瞼が熱くなり、眦にはじわりと涙が浮かぶ。珊瑚は顔を伏せた。


「くうん……」


 心配したたぬきが、珊瑚のもとへとやってくる。フワフワの体を抱き上げ、顔を埋めた。


「言っておくが――私も子を産むつもりはない」

「え?」


 珊瑚は星貴妃に手招きされる。


「たぬきは置け」

「あ、はい」


 たぬきは床の上に下ろし、星貴妃の前に跪く。


「もっと近う寄れ」

「えっと、これくらい、ですか?」

「もっとだ」


 耳打ちをしたいのかと体を傾けたら、ぐっと抱き寄せられる。

 そして、星貴妃は――珊瑚の耳元でとんでもない言葉を囁いた。


「子を産むのは――お前だ。珠珊瑚」

「ええっ!?」

「声が大きい!」

「す、すみません」


 星貴妃は話を続ける。珊瑚が想像していた通り、まつりごとには汪家の力が必要だと言う。


「お前が汪紘宇と子をなし、その子を新たな皇帝とする」

「え、でも、私は、異国の者ですし……」

「よい」

「それに、生まれる子も、その、私の遺伝子を継ぐ者が生まれるかと」

「それはそうであろう」

「星家の血は?」

「言わなかったら、誰も気付かない」


 しかし、もしも金髪碧眼の子が生まれたら、どう説明したらいいのか?

 その問いかけに、星貴妃はあっけらかんと答える。


「それは、お前と私の子だということにしておけばいい。幸い、お前が女であると知る者は少ない」

「ええ!?」

「だから、声が大きいと言うておるであろう!」

「す、すみません……」


 いい加減、紘宇に女であると言えと命じられた。

 珊瑚は目を見開き、わずかに震える。


「どうした?」

「あ、あの……」


 紘宇が背後にいるので、今まで以上に声を潜めて話す。


「こ、こーうは、女性嫌い……みたいで」

「ふむ」

「私のことを、男だと思っているから、優しくしてくれて、いるのかなと」

「なるほど」


 だから、女性と告白したら、拒絶されるかもしれない。それが、何よりも恐ろしく怖かった。


「珠珊瑚よ」

「はい」

「お前の恋と、国の平和、天秤にかけたら、どちらが重いかわからないほど愚かではないだろう?」

「はい……」


 しかし、紘宇がその気にならなければ、子作りなど不可能なのだ。


「難しかったら、寝ている時にやれ」

「返り討ちに遭います」

「ならば、媚薬でも使って誘惑しろ」

「媚薬……!」


 そういえばと思い出す。以前、紺々から貰った媚薬があったと。


「しかし、こんなことをして、許されるのでしょうか? こーうの、気持を無視して、こんなこと……」

「よい。私が許す」


 それは、悪魔の囁きのようにも聞こえた。


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