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七十三話 武芸会にて その四

 今回の暗殺事件は四夫人に対する牽制だと、悠賢妃は言う。


「早く子を産まなれば、儚くさせる、ということ?」


 おどおどとした様子で質問するのは、景淑妃だ。


「そうだ。次代の皇帝たる者を作らなければ、待っているのは死、のみ!」


 ここで、珊瑚は肩を叩かれる。振り向くと、紘宇は唇に手を当てていた。

 指先を二本立てる。これは、誰かが二名、話を盗み聞きしているということだろう。

 珊瑚は目の位置を指す。紘宇は首を横に振った。どうやら、聞き耳をたてている者はいるが、部屋の中を覗かれているわけではないらしい。

 珊瑚は懐に入れていた口紅と手巾を取り出し、指先で文字を書く。


 ――話を誰かに盗み聞きされています。注意を。


 珊瑚はそんなことを、書いて他の妃達に見せた。


 悠賢妃はぐっと拳を握り、景淑妃はおろおろしている。翠徳妃は、うつらうつらしていたが、すっと背筋を伸ばした。


「死ぬとか、怖いわ。こんな話、聞きたくない」


 翠徳妃は本日初めての発言をする。


「そう……ね……。恐ろしい……」


 景淑妃が同意する。悠賢妃は舌打ちしていた。

 珊瑚扮する星貴妃にも、何か喋るよう三人の妃から無言の圧力が集まった。


 誰かに話を聞かれているので、下手なことは話せない。

 何か、関係のない雑談を……と考えるが、貴婦人が好みそうな話は思いつかない。

 しかし、寄り添うように座っていた景淑妃と愛人である劉蓬を見てハッとなった。


「でしたら皆様の、愛人の好ましい点について、お話し、しません?」


 女性は恋の話が好きだと聞いたことがある。名案だと思ったが――。


「だったらまず、星貴妃から言え」

「え!?」


 夜の中には、言い出しっぺの法則というものがあるらしい。


「連れる愛人、知っているぞ。汪紘宇、だろう?」

「えっと、そうです」


 珊瑚は背後にいる紘宇を皆に見せようと、少しずれて座る。


「あ、あなた様は!!」


 反応を示したのは、紅潤だ。どうやら彼は兵部の出身らしく、紘宇を知っていたらしい。

 一方、紘宇は彼のことは知らないようだ。


「すまない。見覚えがなくて」

「いえ……。部隊も違いますし、まだ入って半年でしたから」

「そうだったのか。難儀なことだ。しかし――」


 紘宇はジロリと紅潤を睨むように見る。


「感情に身を任せ、飛び出していったことは褒められた行為ではない。もしも、兵部に所属している状態で同じことをしたら、禁城の外壁を沿うように百周走れと言っていたぞ」


 紘宇の言葉に紅潤は目を見開き、身を縮ませていた。

 二人のやりとりを見ていた悠賢妃が豪快に笑う。つられて翠徳妃は年頃の少女らしく仮面に手を当てて微笑むような仕草をし、景淑妃は控えめに肩を揺らしていた。


 部屋の雰囲気は、僅かによくなる。


「汪紘宇、さすが、兵部の鬼だ」

「なんだ、それは?」

「おっと。本人には内緒だったな。……それで、星貴妃。この男のどこが好きなんだ?」


 話は元に戻ってしまった。珊瑚はガックリと肩を落とす。


「えっと、それは……」


 珊瑚が話し始めたのと同時に、悠賢妃は口紅を使って手巾に文字を書く。


 ――星貴妃、話を続けろ。今から、これから行うべきことを決める。


 どうやら、聞き耳を立てている者達に勘付かれないよう、話をしたいらしい。

 こうなったら、不審に思われないためにも紘宇の好きなところを言わなければならないようだ。


「私は、こーうの」

「こーう、こーうだって。可愛いな、星貴妃は」


 悠賢妃が茶化す。

 どうやら、紘宇の発音がまだ拙いようだ。珊瑚的には、きちんと発音していたつもりだったが。恥ずかしくなって、両手で顔を覆ったが、そもそも仮面で顔を隠しているので意味のない行為だった。


 まず、悠賢妃が手巾に書いて見せたのは――皇帝となる子を産む気はないという宣言であった。

 続いて、悠賢妃の実家である悠家が一国を執りまとめる立場に向いていないという旨が書き込まれた。

 その理由は、実家の者は脳みそまで筋肉でできているため、絶望的なまでにまつりごとは向いていないと。


 どういう反応をしていいかわからないでいたら、悠賢妃より話をするよう急かされる。


「星貴妃、もったいぶってないで、早く言え」

「はい……」


 腹を括る他ないようだった。珊瑚は息を大きく吸い込み――吐く。

 意を決し、紘宇の好ましい点を述べることにした。


「私は、こーうの、その……真面目で、正義感に溢れ、それから、優しいことろが、好き……だと、思っています」


 珊瑚は穴があったら入りたい気分となる。仮面で顔が覆われているにもかかわらず、さらに長い袖で顔を隠してしまった。


「うぶだな~。でも、いいな! 次、汪紘宇、お前の思いを聞かせてもらおうか」

「は!?」


 悠賢妃からの振りに、紘宇は顔を顰める。


「なんで私が、皆の前で言わなければならない?」

「お前の妃が、こんなにも恥ずかしがって言ったのに、気持ちを返すのが道理というものだろう」

「どこの国の話だ!」


 紘宇と悠賢妃が言い合いをしている間に、翠徳妃も自らの手巾に何かを書く。完成後、広げて見せた。


 ――わたくしの実家も、怠け者ばかりで、皇帝を支える役目をすることは難しいです。


 翠徳妃も、次代の皇帝を産む気はないようだった。


 続いて、景淑妃も口紅を使って文字を書く。


 ――私も、絶対無理。実家は、農家。野菜作りしか、知らない。


「ほれ、早く言え!」

「なんでこんな目に……」

「いいから」


 はあ~~と長い溜息を吐いたあと、紘宇は仕方なくといった感じで話し始める。


「私は、彼女の素直でまっすぐなところが好ましい」


 それを聞いた瞬間、珊瑚は顔から火が出そうなほど照れてしまう。

 普段だったら、絶対にこんなことなど言わない。

 それほどに、現状が緊急事態なのだ。浮かれてはいけないと、気を引き締める。


 最後に、悠賢妃がさらさらと手巾に文字を書く。


 ――私は武力を持って、戦う。


 翠徳妃も手巾に文字を書いた。


 ――わたくしは、何もしません。


 景淑妃も手巾に文字を書いて見せた。


 ――食料なら、提供できます。


 どうやら、一致団結して、現状を打開するようだ。

 星貴妃率いる珊瑚達は何をすべきなのか。

 今、この場で答えることはできない。ここにいるのは星貴妃ではなく、珊瑚だから。

 しかし、悠賢妃により、役目を押し付けられた。


 ――星貴妃は、子を産め。そして、汪家と共に、平和な世を築くのだ。


 まさかの役割に、珊瑚と紘宇は瞠目する。

 悠賢妃はニヤリと微笑み、皆の手巾を集める。くるくると纏めて、火鉢の中に投げ入れた。

 皆の覚悟が書かれた布は、どんどん燃えていく。話した内容は、炭となって消える。


 珊瑚は燃え上がる火を、呆然と眺めていた。


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