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七十二話 武芸会にて その三

 緊張感が漂う部屋に、茶が運ばれる。

 持って来たのは、武芸会『百花繚乱』を運営する礼部が遣わした女官である。

 茶器を乗せた盆を持つ者が四名。毒味係が四名入ってきた。

 卓の上に、茶杯が置かれる。透けそうなほどに白い、白磁の器であった。

 そこに茶を注ぐと、桃の花が浮かび出る。見事な仕掛け磁器であった。

 茶の色もまた美しい。黄金色に輝いている。琥珀を溶かしたようだった。


「こちらは大紅袍たいこうほうという名の茶でございます」


 大紅袍――紅山に五本しか自生していない茶樹から取れる高級茶で、年間を通してもほんのちょっとしか採取されない。市場に出回ることはなく、そのすべては皇帝に献上される。

 金よりも高価と言われ、伝説の茶とも名高い。


「皇帝陛下は――ご存じの通りですので、本日のために特別にご用意をしました」


 説明をするのは、顎の下に髭を生やしたふくよかな体型の中年男である。

 突然やって来た男を前に、妃達は黙って視線を向ける。


「ああ、申し遅れました。わたくしめは、礼部侍朗、燦秀吏さん・しゅうりでございます」


 燦秀吏と名乗った男は、細い目をさらに細めながら自己紹介を行う。それは相好を崩したというよりは、何かを企んでいるようにしか見えない。

 曰く、武芸会を企画し、実行したのは彼のようだった。

 後宮で暮らす妃に、楽しみをと思って催すことを決めたらしい。

 ペラペラと、よく喋る男だった。


「それにしましても、いやはや、星貴妃様に、景淑妃様、翠徳妃様に、悠賢妃様、揃って、今日もお美しく!」


 紗を被り仮面を被っている状態では、美醜は不明だ。

 適当なことを言うので、白けた空気となる。


「なんでしょうね! 妃様方は、こう、緊張しているのでしょうか? もっと、お話して、仲を深めたほうがよいですよ!」


 手揉みしながら、燦侍朗は話す。

 珊瑚扮する星貴妃は視線を泳がせ、景淑妃は天井を見上げている。悠賢妃は円卓に片肘を突いており、翠徳妃は眠いのか、欠伸をするような仕草をしていた。

 誰も、話をしようとしない。

 ここで、燦侍朗の話すネタは尽きたのか茶を進めた。


「ささ! せっかくのお茶ですので、温かいうちにどうぞ」


 燦侍朗の話が長いので、すっかり茶は冷えている。悠賢妃はわかりやすく、はあ~っと長い溜息を吐いていた。


 妃が手を付ける前に、毒味係が茶を飲む。

 一度女官が円卓より茶杯を持ち、盆の上に載せる。

 それを、毒味係が手に取って皆の前で飲むのだ。


 毒味係も、主催である礼部が連れてきた者達である。

 十四から五、六くらいの、少女達であった。

 皆一同にコクリと、茶を飲む。数分待ち、問題なければ茶はそのまま妃へ手渡される。

 そういう手筈であったが――。


 ゴフリと、星貴妃の隣にいた毒味係が血を吐いた。

 目を見開いたまま倒れる。


「――え!?」


 ドクン! と、珊瑚の全身に熱い血が漲ったような気がした。

 まだ、大人になりきれていない少女が、いきなり血を噴いて倒れたのだ。

 手を差し伸べようとした刹那、珊瑚の体は紘宇によって抱きしめられる。耳元で「動くな」と囁かれた。


「きゃあ!」


 その叫び声は、女官のものであった。

 景淑妃の毒味係が血を吐いていた。

 その後、悠賢妃、翠徳妃の毒味係も血を吐いて倒れた。


「な、何、これ!? なんで、血が!?」


 取り乱しているのは、景淑妃であった。愛人である劉蓬は必死に落ち着かせようと背中を撫で、言葉をかけている。


「な、なぜ、このようなことが!? いったい、誰が――!?」


 燦侍朗が震える声で発した瞬間、彼の目の前に迫る者がいた。

 胸倉を掴み、背後の壁にふくよかな身体を打ち付ける。


「ひゃあっ!!」

「毒を盛ったのは、あんたです!?」

「わ、わたくしめは、ぞ、存じません!!」


 問い詰めているのは翠徳妃の愛人、紅潤である。

 一見しておっとりしているように見えたが、一番血気盛んな青年のようだった。


「おかしいと思ったんだ! この時期に、催しごとなんて――!」

「違います! わたくしは、本当に、妃様達のことを思って」

「黙れ!」


 燦侍朗は殴り飛ばされた。障子の壁を被り、廊下のほうへと転がっていく。


「何事だ!?」

「燦侍朗!?」


 護衛をしていた兵部の者達が集まって来る。

 兵士達の疑問に答えたのは、緊張した場にそぐわないのんびりとした口調で答える悠賢妃の愛人筝紳士である。


「毒が盛られたんだよ。怖いねえ」


 倒れた四名の死体を前に、兵士達は絶句していた。

 その後、妃達は別の部屋へと移動することになった。

 先ほどの大広間より一回り小さい、女官達の休憩所である。

 各々、愛人だけを連れて、小さな円卓を囲む。


「……」

「……」

「……」

「……」


 毒味係の少女が目の前で四名死んだ。さすがに、堪えるものがある。

 誰も言葉を発さず、神妙な雰囲気となっていた。


 愛人達の様子もそれぞれ異なる。

 一切の表情を殺した汪紘宇に、怒りで表情を歪ませる清劉蓬。一人のほほんとしている筝伸士に、表情を青くする紅潤。


「ふふ……ははは!」


 突然笑い出したのは悠賢妃であった。


「もう、こんな生活まっぴらだ。何度、命を狙われたことか! だが、跡取りが生まれない限り、この馬鹿げた茶番は終わらない」


 どうやら、事件が起きていたのは牡丹宮だけではなかったようだ。

 他の者達の反応を見るに、暗殺紛いの事件は日常茶飯事だったようである。

 悠賢妃は片膝を突いている状態から、あぐらをかいて座って問いかける。


「どうする? 死ぬか、孕むかの、二択だ」


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