七十一話 武芸会にて その二
「あ~、やっぱり男の姿のほうが落ち着く」
游峯がポツリと呟く。
本日は武芸会へ参加する者の一人としてひらひらとした女官服ではなく、動きやすい股衣を穿いていた。腰には剣も差してある。
「煉游峯、男装姿も愛いぞ」
「な、なんで男装なんだ! 男だから、これが普通の装いだ! それに、愛いって……」
游峯は壁にかけてあった鏡を覗き込む。
まじまじと自らの顔を見たあと珊瑚を振り返り、「俺って可愛いのか?」と真剣に聞いていた。珊瑚はどう答えるのが正解かわからず、苦笑いを返すばかりである。
「馬鹿なことを聞く」
紘宇は眉間に皺を寄せ、溜息交じりで呟いた。
武芸会の前に、後宮を持つ四夫人が一同に会す茶会が開かれる。
連れ行く愛人を自慢する時間でもあるようだった。
珊瑚は紘宇を引き連れる。女官も一名傍に置くことが許されていたのだが――。
「なんでなんだよ!!」
珊瑚扮する星貴妃の女官が一人、不服を示していた。
艶やかな黒髪に、パッチリとした目、紅潮した頬に、サクランボのような可愛らしい唇を持つ美少女であった。
「今日は武官の役……もがっ!!」
美少女女官は紘宇に肩を掴まれ、口を封じられた挙句ドン! と壁に押さえつけられる。
その後、呻くような低い声で囁かれた。
「星貴妃の命令だ。大人しく従え」
「もが、もがもがもが!!」
「うるさいっ!」
怖い顔の紘宇に怒られ、美少女女官は即座に大人しくなる。
四夫人の集まる茶会はいつ命を狙われるかわからない、危険な場である。
よって、星貴妃は茶会に麗美や紺々を茶会に行かせるわけにはいかないと、女官役として游峯に女装をさせたのだ。
――今日は男の恰好ができる! と、游峯は喜んでいたのだ。しかし、現実は残酷である。
游峯は女性の恰好を強いられ、女官をすることになったのだ。
もちろん、武芸会が始まったら、戦う者の一人として参加することになる。
「ゆーほう、ごめんなさいね」
「いや、あんたは悪くない。諸悪の大元は別の人だから……」
涙目で睨む先には、星貴妃と紘宇がいた。
それに対し、紘宇は不服を申し出る。
「いや、私は悪くないだろうが」
「他人を壁に押さえつけるやつは……悪い奴に決まっている」
游峯の物言いに、星貴妃が大笑いしたのは言うまでもない。
◇◇◇
大広間の茶会会場は真っ赤な絨毯が敷かれている。天井からは花の透かし模様の入った灯篭が吊るされ、部屋を明るく照らしていた。
大きな円卓には、食べきれないほどの菓子が並べられている。
今から四夫人を迎えるということで、待機する女官達は緊張の面持ちでいた。
とうとう、茶会が開始される時間となる。
最初にやって来たのは――牡丹宮の星貴妃である。
青い紗を被っていた。加えて口元だけ開いた白い仮面を被っているので、噂の美貌を見ることはできない。貴婦人の間で人気の花盆底靴を履いているので、背が高く見える。踵の高い靴を履いているとは思えない、優雅な歩みだった。
背後に、見目麗しい愛人である汪紘宇を連れていた。その姿を見た女官達は、ほうと溜息を吐く。傍に控える女官も、大変愛らしい。実は男性であることなど、誰一人気付いていなかった。
続いてやって来たのは――木蓮宮の景淑妃である。
黄色の紗を被り、白い仮面を着けていた。
彼女も星貴妃と同じく、花盆底靴を履いているが、足取りが危ういと思ったのか、左右を支えてもらっている。
その様子から、浮世離れした様子が見て取れた。
左は女官。右は愛人の一人である清劉蓬であった。
涼しげな目元に片眼鏡をかけた、真面目そうな男である。当然ながら、愛人に選ばれるとあって顔は良い。
三人目は――鬼灯宮の悠賢妃である。
緑の紗をかけ、白い仮面を着けていた。
他の妃同様、花盆底靴を履いていたが、それをもろともせずにずんずんと大股で入ってくる。
女官が小走りであとに続いていた。
遅れてやって来たのは、たれ目で目元にホクロのある色男である。長い髪は波打っていて、結ばずに垂らしたままだ。服の胸元は開いていてだらしがないのに、不思議と色気があるように見える。ぽうっと見惚れる女官達に向かって、片目を瞑っていた。
彼の名は筝伸士。鬼灯宮イチの問題児であった。
最後にやって来たのは――蓮華宮の翠徳妃。
紫色の紗を頭から被り、白い仮面を着けている。
花盆底靴を履かずに、愛人である紅潤におんぶをされた姿でやって来た。
あとに続く女官が、周囲の者に会釈をして回っていた。
四人の妃が用意された席に着く。
円卓が用意されたのは、誰が上座かわからないよう配慮した結果である。
「ふん。後宮の妃がこうして雁首揃えることになるとはな!」
会場の静寂を破ったのは、悠賢妃である。露わとなった口元は、まるで嘲笑っているようだ。
「ふわ~……」
その言葉に反応したのか否か、翠徳妃は欠伸をする。
悠賢妃はジロリと翠徳妃を睨み、雰囲気はピリピリとしたものとなる。
「お菓子、すごくおいしそう……」
そこで、空気を読まない発言をするのは景淑妃だ。
愛人である劉蓬に「お菓子はあとです!」と怒られていた。
この地点で、この場は混沌と化している。
星貴妃に扮する珊瑚は、団扇で口元を隠し、戦々恐々としていた。