表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/127

七十話 武芸会にて その一

 早朝、珊瑚の身支度が開始される。

 服装は贅が尽くされた、絹製品であった。星貴妃の色である、青で揃えられる。

 上は青地に金糸で蔦模様が刺された襟で、肩や胸に牡丹の花が描かれた豪奢な意匠だ。下は丈の長いもので、濃い青と薄い青の布を重ねて濃淡を作っているという、美しい装いである。肩から腕にかけて、透けるほど薄く長い絹の肩掛けをかけた。

 靴は動きやすい、踵のない物が用意される。足元は見えないので、問題はない。

 髪は櫨蝋はぜろうで固められ、黒く長い鬘を被った。髪は頭部で輪を二つ作り、髪飾りを挿す。

 紺々から貰った珊瑚の髪飾りと、星貴妃の流蘇りゅうそが挿された。他にも、花細工や金の櫛で飾られる。一気に、頭が重たくなった。

 その後、何種類もの化粧水をしっかり塗りこまれ、白粉をはたかれる。

 眉墨まゆずみで眉を黒く染め、額には花鈿かでんと呼ばれる額の化粧を行う。縁起の良い、梅の花が描かれた。目元にも、朱色が引かれる。

 口紅と頬紅を塗ったら、化粧は完璧なものとなった。


「珊瑚様、お美しいですわ」


 身支度を手伝った麗美がうっとりと言う。

 珊瑚は笑顔を浮かべながら、礼を返した。


「そうだな。昨日よりも、綺麗に見える」


 大股で部屋を闊歩しながらやって来たのは、武官の服と帽子を被った見目麗しい青年である。

 背は珊瑚より少し小さいくらいか。長い髪を三つ編みにしており、一切の隙がない目元はキリリとしている。なかなかの色男であった。

 彼はいったい誰なのか。

 珊瑚の頭上には、疑問符が浮かんでいた。


「あ、あの、あなたは?」

「なんだ。私のことが、わからないのか?」


 珊瑚の肩を掴み、ぐっと顔を接近させる。唇と唇が付きそうなほどだったが――ここで誰か気付く。


「ひ、妃嬪様、でしょうか?」

「そうだ。今気づいたのか」

「す、すみません」


 星貴妃は完全な男装を見せていた。声も普段より低いので、星貴妃と気付く者はいないだろうと、本人も自信があるらしい。


「どこで気付いた?」

「匂いです」

「は?」

「妃嬪様の匂いで気付きました」

「お前は犬か!」


 その言葉を否定する言葉が見当たらず、笑うしかなかった。


 皆、身支度は整ったようだ。紺々が報告してくれる。


「たぬきも、綺麗にしてもらったぞ」

「たぬきも、ですか?」

「そうだ。どれ、たぬきを連れて来い」


 侍女の一人が、たぬきを抱いてやって来る。


「わ、かわいい!」


 たぬきは、星貴妃を象徴する青で仕立てられた服を着ていた。


「あの、もしかして、たぬきも武芸会に連れて行くのですか?」

「そうだ。存分に、たぬき自慢をしてくるといい」

「はい! ありがとうございます!」


 最後に珊瑚は冪蘺べきりと呼ばれる絹製のうすぎぬを頭からすっぽりと被る。顔には白磁の仮面を被っているので、視界はとことん悪い。

 前を歩くのは、紘宇だ。迷いのない足取りで、歩いているように見えた。彼が視界にいるだけで、珊瑚は安心する。

 牡丹宮を警備する閹官も、今日は護衛として連れていた。大所帯であった。

 女官達が珊瑚の周囲を取り囲み、左右の二人が手を引いて誘導している。

 まるで、お姫様のような扱いだ。当然である。珊瑚は、星貴妃の身代わりを務めているのだから。

 たぬきは紐で繋がれ、傍を歩く紺々が引いていた。トコトコと元気よく歩いている。


 会場は四つの後宮が建つ中心部に位置する公園だ。そこに幕を張って囲いを作っている。

 近くには、四人の妃が休む平屋も建てられていた。

 まずはそこで、四名の妃達が顔を合わせる。


 珊瑚は背中をピンと伸ばし、堂々と歩いて行く。

 しかし、内心は穏やかなものではない。礼儀を間違えば、それは星貴妃の恥となるのだ。

 そんな思考は、途中で中断することになる。


「妃嬪様、あちらが休憩をする菊花殿となります」


 麗美が教えてくれた。

 急遽建てられたものだと聞いたが、屋根が重なった寄せ陳造りで立派な建物に見える。

 塗ったばかりの赤い柱や壁が眩しいと珊瑚は思った。


 菊花殿の中へと入る。石造りの廊下を抜け、星貴妃に充てられた休憩所へと案内された。

 椅子に腰かけ、ここでふうとひと息吐く。


「珊瑚、大丈夫か?」


 紘宇が片膝を突き、顔を覗き込んでくる。

 まるで、童話に出てくる姫君と騎士のようだと思った。

 今日は、紘宇も華美な装いであった。思わず、見惚れてしまう。


「……」

「大丈夫じゃないな」

「安心せよ、汪紘宇。たぬきでも膝に乗せていたら治る」


 星貴妃の言う通り、紘宇は珊瑚の膝にたぬきを乗せてみる。今日は服を着ているので、服に毛が付く心配はない。

 珊瑚はたぬきの頭を撫でている間にハッとなる。


「あ、えっと、こーう、何か言いました?」

「武芸会が始まったら、今みたいにぼんやりするなよ」

「は、はい。わかりました」


 もうすぐ、武芸会が始まる。

 もしも、紘宇が負けてしまったら、他の後宮で引き抜きになる可能性もあった。

 しかし、紘宇が負けるところなど、想像できない。きっと、心配いらないだろうと思っている。

 しかし、念には念を入れたい。


「こーう、まじないを、させてください」


 珊瑚は先日、紺々にまじないを習ったのだ。


「あまり、上手くできませんが」


 それは、手のひらに「護」の文字を指先で書くだけというもの。しっかりと、祈りは込める。紘宇はじっと見るだけだったので、続けた。


「これで、大丈夫です」


 紘宇は珊瑚の言葉で我に返ったようで、照れたように「ありがとう」と言っていた。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ