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七話 食事の礼儀について

 紘宇こううの話を聞いているうちに、食事の時間となる。

 尚食しょうしょく部の女官が食堂へと誘う。


「おい、食事の礼儀はわかっているだろうな?」


 ふるふると首を振る珊瑚。

 しかめ面を浮かべ、盛大な溜息を吐かれてしまった。

 部屋の前に到着する。女官が扉を開いた。入ってすぐの所に、大きな円卓がある。


「入口から一番遠いところが上座だ。近いところが下座。ただ、これが当てはまらない場合がある。景色が良い場所と、風水の関係だ。向く方向によって運気が上がったり下がったりするので、その点も気を付けるように」

「ううん……難し、デス」

「いいから、慣れろ」


 華烈には、風水という物事の吉凶いいこと禍福・わるいことを物の位置などで考える思想がある。それについても、尚儀しょうぎ部できっちりと習っておくように言われた。


 女官達が次々と食事を運んでくる。

 円卓は大きさの違う板が二枚重なっており、上にある板は回るようになっている。

 先に、上座の者が食事を取り、次に下座の者が板を回して食事を取るのだ。


「ここでは、女官が料理を取り分けるので、別に気にしなくてもいい。外で食べる時は自分で取りわけなければならないが――お前は牡丹宮から出られないので、関係ない話だな」


 珊瑚は必死に、教わっている食事の礼儀を書き写していった。

 聞き取れなかった時、再度説明するように願っても、「一度だけだと言ったはずだ」と断られる。なので、あとで紺々こんこんに聞こうと、図などを描いて後回しにしていた。


 食卓には四品の料理が並べられている。前菜だと、紘宇は説明していた。

 一品目は山椒蒸し鶏。

 二品目は柚子豆腐。

 三品目は塩揚げ落花生。

 四品目はキュウリのピリ辛和え物。


 尚食部の女官が一品一品丁寧に説明をしていたが、珊瑚にとって未知の食材ばかりで、ちんぷんかんぷんであった。


 女官は紘宇の四枚のお皿に料理を取りわけ、目の前に並べていく。配膳が終われば、膝を折りつつ「お召し上がりください」と言った。紘宇は「ありがとう」とお礼を返す。

 その様子を眺めながら、食前の祈りをしないことを学んだ。

 珊瑚側の女官も同様に取りわけ、最後に「お召し上がりください」と言う。笑顔でお礼を言うと、女官の頬は紅く染まっていった。可愛らしい女性だ。そんな感想を抱きつつ、箸を握る。

 箸というのは、華烈独自の食器で、滞在一日目より扱いに苦労していた。

 二本の棒で料理を掴むことは、なかなか難しい。なんとか蒸し鶏を掴むも、手先が震えてしまう。

 口に運んだが、食事を美味しいと感じる余裕さえなかった。

 揚げた落花生はどうやって食べるのかと、皿の上にある豆とにらめっこしてしまう。到底、箸で掴むことなど不可能であった。挑戦するも、皮が箸を滑らせてしまう。油で揚げてあるので、余計に摘まみにくいのだ。

 頑張り過ぎて手先が痺れる。匙があれば掬えるのにと思ったが、どこにも見当たらない。

 終わった。珊瑚は絶望する。

 すると、静かな部屋で、笑い声が聞こえた。

 ハッと顔を上げれば、しまったという表情の紘宇が口元を押さえていたのだ。

 奮闘を見られ、笑われてしまったと気付き、珊瑚は恥ずかしくなる。けれど、良い機会だと思い、食べ方を質問してみた。


「こーう、これ、難し、デス。箸、スベル」

「だろうな。これは手で摘まんで食べてもいいのだ。すまん、余りにも一生懸命だったものだから、声をかけることができなかった」


 後半らへんは聞き取れなかった。怒っているようには見えなかったので、良しとする。

 わかったことは、揚げた落花生は手で食べても良いということ。しかし、祖国で手を使って食事をするなど、ありえないことだった。なのでもう一度、確認する。


「手、良い、ですか?」

「ああ」

「よかった……」


 心から安堵する。紘宇にお礼を言った。

 初めて食べる落花生はカリカリしていて、香ばしく美味しい。

 手で掴んで食べるのは不思議な気分であったが、これが華烈の文化だと言い聞かせる。

 紘宇の指導のおかげで、なんとか落花生を食べ終えることができた。

 あらためて礼を言った。


「お前は変な奴だ」


 聞き取れなかったが、表情から呆れられていることがわかる。

 眉尻を下げ、一言謝っておいた。


 次に、スープが運ばれる。大きな椀を、女官二人係で食卓に載せていた。

 スープはレンゲという、陶器の匙が目の前に置かれ、珊瑚はホッとする。


「これは主食が出る前に胃を温める意味がある」

「祖国と、同じ、デス」

「そうなんだな」


 前菜、スープ、主食。ここまでの流れは、ほとんど変わらなかった。違うのは料理と食器のみ。


 陶器の白い椀に、とろりとしたスープが装われる。

 基本的にここの国でも、熱い時はふうふうと息を吹きかけることは礼儀違反であった。音を立てて食事をするのは品位に欠けるからだ。けれど、華烈では他の理由があったのだ。


「息を吹きかける行為は、仙術で命を入れ込む意味がある。軽率にするものではない」

「せんじゅつ?」

「不老不死の体を持つ老師の使うまじないいだ」

「う~ん」


 よくわからなかったので、これもあとで紺々に聞こうと決意する。

 スープにはプツプツと口の中で弾ける不思議な食感の物が入っていた。聞けば、魚の乾燥させたヒレだと発覚する。異国には不思議な食材があるのだと、感心しながら食べることになった。


 次はメインとなる。

 まず、主菜から。野菜と肉の炒め物に、魚の蒸し煮、豆腐炒めなど。

 それを食べ終えると、主食の麵と炒めたご飯が運ばれた。

 最後に、食後の甘味が用意される。

 本日は杏仁豆腐あんにんとうふという、真っ白なプディングのような物であった。

 匙で掬えば、ぷるりと揺れる。牛乳を固めた物だと思っていたが、違った。


「それはあんずの種の実を粉末にして固めた物だ」

「あんず……」


 とろける食感と、滑らかな舌触り、濃厚な味わいなのに甘すぎない。

 初めて食べる杏仁豆腐に、こっそり感動を覚える珊瑚であった。


 食後に運ばれて来たのは花の香りが漂うお茶。紘宇は酒を飲んでいる。


「お前と食事をすると疲れる」


 わからない食材や礼儀があるたびに、珊瑚は質問を繰り返していたのだ。

 ぼやいてはいるものの、食事中は文句も言わずに一つ一つ丁寧に教えてくれた。改めて、お礼を言う。


「まったく、兄上はとんでもない者を押し付けてくれた。こうなれば、お前を星貴妃が気に入るよう、徹底的に仕上げる。さっさと子を孕ませて、この馬鹿げた集まりを解散させる」

「はら、ます?」

「そうだ。お前がしっかり礼儀正しく誘惑しろ」

「ゆうわ……く?」


 紘宇は何やら熱く語っているが、だんだん呂律が回らなくなり、言葉も聞き取れなくなる。

 先ほどから、ぐびぐびと酒を飲んでいたのだ。


「ただ、腐刑にならないよう、気を付けろ……あれがなくなったら、大変なことになる」

「ン、何、ない、大変?」

「お前にも、あるだろうが……」

「う~ん」


 ここで、紘宇は酒に酔って眠ってしまった。女官は困った表情を浮かべるばかりであった。

 どうしようか迷ったが、ここで寝たら風邪を引いてしまうので、肩に腕を回し、引っ張って寝台まで連れて行く。

 食堂から寝室へと連れ込めば、寝台が二台くっついた状態で並んでいた。いつの間にか尚寝しょうしん部の者が、寝台を持ち運んでいたようだ。

 珊瑚もここに眠らなければならぬのかと、思わず溜息。

 夫婦でない若い男女隣り合って就寝することは、あってはならないこと。

 けれど、珊瑚は宮刑を受けている身。すなわち、罪人なのだ。紘宇の監視の目が必要なのだ。それに、紘宇は年下の青年なので、ヴィレと同じようなもんだと、言い聞かせた。

 ごろりと紘宇を寝台に転がす。

 帽子を脱がせ、髪の毛に触れた。幸い、櫨蝋はぜろうは塗っていなかった。眠りやすいように団子状に結っていた髪の毛を解くと、さらりと漆黒の長い髪がシーツに流れていく。

 珊瑚はこんなにも美しい髪を見たことがなかった。絹のような光沢があって驚く。

 祖国では男性が髪を長くすることはあり得ない。けれど、華烈ではそれが普通のようだった。髪の長い異性に違和感を覚えないのは、紘宇の端正な容姿も理由の一つだと思う。

 目じりに引かれた紅も、よく似合っていた。

 ふと、化粧をしたままでは布団に付着してしまうと思い、親指の腹で拭った。結構強めにしたので起きるかと思いきや、身じろぎもしなかった。

 じっと、顔を覗き込こむ。女性である珊瑚よりも、確実に綺麗だと思った。

 異国の貴人は恐ろしいと、慄くことになる。

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