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六十六話 珊瑚、女装までの道のり その二

 翌日より、珊瑚は麗美に女性らしい仕草を習う。

 服は製作途中なので、長い布を腰に巻いて行った。

 長い棒を手に持ち、額にはちまきを巻いた麗美が凛々しい表情で指示を出す。


「美しさの基本は姿勢からです。まず、壁に後頭部、背中、お尻、踵を付けて、その姿勢を保ったまま一歩前に踏み出してください」


 珊瑚は言われたとおりにして、一歩前に踏み出す。しかし裾を踏んでしまい、体はグラリと傾いた挙句、転倒してしまった。


「わあ!」

「珊瑚様!」

「くうん!」


 紺々とたぬきが駆け寄ろうとしたが、麗美に制される。


「これは、珊瑚様のためにしていることだから。邪魔しないで」

「す、すみません」

「くうん……」


 スカートが脚に絡みつき、動きにくい。想像以上に難しかった。

 珊瑚は立ち上がり、もう一度壁に体を付けて歩き出す。


「珊瑚様。頭のてっぺんから糸で引かれていると想像するのです。常に意識をしていると、美しい姿勢と動きが身に付きますから」

「……はい」


 トン! と手に持っていた棒を床に突き、麗美は気合を入れる。


「さあ、続けますよ! 背を伸ばして、顎を引いて!」

「はい」


 麗美はとても厳しかった。おかげで、珊瑚はみるみるうちに、女性らしい動きを会得する。

 姿勢と歩き方を覚えたら、今度は細やかな仕草の訓練が始まる。


「目指すのは、『妖艶』です。綺麗だけではいけないのですよ」


 その妖艶は仕草で演出するらしい。麗美は熱弁する。


「扇を扇ぐ時、目配せをする時、首を傾げる時など、さまざま場面で相手に妖艶な印象を植え込むのです」

「な、なるほど」


 生まれてこの方、色気とは無縁の生活をしてきた珊瑚には、無謀なことのように思えた。


「星貴妃様は妖艶を体現なさっているお方です。今度、じっくり観察をしてみるといいですよ。手の動きから、視線の投げ方まで、勉強になりますから」

「は、はあ」


 麗美がやったあと、珊瑚も試してみたがてんで様にならなかった。

 仕草に気を取られていると、今度は背が丸くなっていると注意を受ける。


「うっ……、筋肉が、攣りそうです」

「まあ、珊瑚様は武人でしょう? こんなことくらいで、攣るわけありませんわ」


 優雅な仕草は戦う時と別の筋肉を使っているような気がする。珊瑚は攣りそうな手首を回しながら思った。


 麗美と何日も何日も、美の訓練を行う。

 暇さえあれば、歩行訓練と仕草の練習をする。紺々やたぬきも付き合ってくれた。

 もちろん、毎日それだけしているわけではない。紘宇から任された事務作業も行っている。

 慣れないことをしているので、ある日筆を握ったまま居眠りをしてしまった。

 紘宇は同じ部屋にいたが、怒るどころか、起こしてもくれなかった。

 いつの間にか握っていた筆は手から抜かれ、肩には紘宇の上着がかかっていた。

 珊瑚は紘宇の優しさに胸が温かくなるのと同時に、情けなくなる。

 なぜ、皆ができることができないのかと。

 それでも、彼女は諦めなかった。

 ある程度裾の長い女性用の華服に慣れたら、紘宇との戦闘訓練も始まった。

 これも、簡単なことではなかった。男性用よりも柔らかい布は脚に絡みつく。その中で、戦闘を行うことは困難を極めていた。

 血のにじむような努力を重ねる。

 しかし、すべては星貴妃を守るため。周囲から疑われないように、健気に頑張っていた。


 武芸会の前日になって、ようやく麗美から合格を貰う。

 贅をつくした衣装も、昨日完成した。

 朱の上衣には、金糸で薔薇の花模様が刺されている。珊瑚の背中にある花と同じ、庚申薔薇ロサ・キネンキスである。

 下は長い脚に沿うような、裾の長い下裳かそうだ。

 さっそく、身支度をして披露するように星貴妃より命じられた。

 性別がバレたらいけないので、身支度は紺々が一人で行う。

 胸に巻いていた布はすべて取り払った。珊瑚はふうと息を吐く。


「珊瑚様、毎日このような布を巻かれて、苦しいですよね」

「いえ、もう慣れましたから」

「いつか、これを付けなくても良い日がくればいいのですが……」


 そんな日など来やしない。

 紘宇は女性の珊瑚に興味はない。よって、彼の傍に居続けるには男装を続けるしかないのだ。


 美しい華服を纏い、肩から布が被せられる。


 元々肌は白いので、化粧は薄めに。目元には、魔除けの珠色が引かれる。

 唇には、赤い紅が差された。

 金色の髪は櫨蝋はぜろうで固め、上から黒髪の鬘を被った。

 髪は高い位置で結び、二つの輪を作る。

 そこに、櫛やピンを差し込むのだが、紺々が珊瑚の前に赤とも薄紅とも言い難い不思議な色合い櫛を見せた。


「見てください。こちらは、珊瑚様と同じ、珊瑚の櫛です。実家の父に頼んで、準備してもらいました」


 紺々からの、贈り物である。


「これが、珊瑚、ですか?」

「はい。とっても綺麗ですよね」


 これも、薔薇に見立てた細工がしてあった。触れるとツルリとしている。美しい櫛だった。


「本当に、綺麗です。こんこん、ありがとうございます」

「いえいえ」

「私は、お返しできるものはありませんが……」

「私のほうこそ、珊瑚様からいろいろいただいてばかりで……!」

「何か、こんこんに渡しましたか?」

「ええ」


 それは、勇気づける言葉だったり、飾らない笑顔だったり。珊瑚の存在に救われていると、紺々は話す。


「日頃の感謝と、今回の任務を応援する気持ちです。どうか、受け取ってください」

「こんこん……ありがとうございます」


 紺々は珊瑚の櫛を髪に挿してくれた。

 他にも数本櫛で飾り、髪型は完成となる。

 最後に、爪には真っ赤な琺瑯が塗られた。


 紺々一人だったので、身支度は二時間ほどかかってしまった。


「こんこん、ありがとうございます」

「いえいえ」


 紺々が全身鏡を珊瑚の前に持って来た。


「とってもお綺麗ですよ。御覧になってください」


 珊瑚は鏡の向こうの自らを見て、息を呑む。

 黒髪の美しい娘が、驚いた顔をして佇んでいたのだ。


「これが……私、ですか」

「ええ!」


 頬に手を当てようとしたが、壊れてしまいそうで思いとどまる。

 なんだか自分ではないようで、不思議な気分となった。


「さあ、星貴妃様のもとへ参りましょう」

「ええ」


 果たして、合格点はもらえるのか。

 珊瑚は早鐘を打つ心を押さえながら、星貴妃のもとへと移動した。


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