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六十二話 游峯の大変な秘密 その三

 男装している理由として、珊瑚は星貴妃と恋仲であるということになった。游峯に口止めさせるためとはいえ、話が斜め方向に向きすぎている。

 事態は混沌としか言いようがない。


「そういうことだったら、黙っておいてあげる。僕も、秘密を暴露されたら困るしね」


 取引が成立した瞬間である。


「ついでに、お主は女装して過ごしたらどうだ?」

「なんで?」

「そのほうが、女官達とも打ち解けられるだろう?」


 游峯は星貴妃の傍付きの護衛となる。珊瑚よりも距離が近い存在となるのだ。

 女官との付き合いも多くなる。よって、武官の恰好をするよりも、女官の恰好のほうがいいのではと星貴妃は提案していた。


「どういう理屈でそうなるの?」

「武官の姿の者が四六時中張り付いていると、女官らは気も休まらないであろう」

「主人の前では気を休めるべきではないと思うけれど」

「ふむ、正論だ。しかし、それはきちんとした場での話だろう」


 どういうことなのか。珊瑚も、その辺の理屈はよくわからなかった。

 星貴妃は頭の上に疑問符を浮かべているような二人に、事の説明をした。


「ここはおかしな空間――後宮だ。女官達は自由もなく、娯楽もなく、楽しいことすらない。そんな中で、仕える時間のすべてが気づまりだったら、どうなるだろうか?」

「鬱憤が溜まる?」

「そうだな。それに、疲れてしまうだろう」


 通常、貴人に仕える女官は結婚して家庭のある身で、主人のもとへは通って来る。

 しかし、後宮の女官は未婚で、実家に帰ることは許されていない。

 よって、後宮は普通の場所ではないのだ。

 女官らには、気楽に過ごしてもらいたいのだと、星貴妃は語る。


「なるほどね。だから、僕に女官のままの恰好で過ごせと」

「然り」


 星貴妃はピシっと、団扇で游峯を差しながら返事をする。

 やっと珊瑚も納得することができた。星貴妃は女官を大事にしていると以前より把握していたが、その心遣いは考えが及ばない細部にまで行き渡っていたようだ。

 これほど想われていたならば、女官達が心酔するのも当たり前のことだと思う。


「それに、私を狙う者も、武官がいたら警戒して尻尾を出さないかもしれない」


 傍付きが女官だけならば、相手も油断するのではと考えているらしい。

 游峯が女装をするには、利点がいくつもあるというわけだった。


「というわけだ。煉游峯よ、わかったか?」

「ん、まあ……」


 己が女装する件に関しては腑に落ちない様子だったが、女装しなければならない必要性については理解できたようだ。


「最初に言っておくけれど、僕の背が伸びて、女装が似合わなくなったら止めるからね」

「よいよい。私も、美しくない女装姿は見たくないからな」

「そう。だったら……いいよ」


 游峯は女官をすることを受け入れた。


 だがしかし、彼は知らなかった。

 苛烈の歴史の中で、星貴妃の傍に生涯侍る煉という絶世の美女と謳われた女官がいたと伝えられることになるなど。

 遠い未来の話である。


 ◇◇◇


 游峯は星貴妃の寝屋に残ることになった。


「よし、一緒に眠ろうではないか」

「嫌だ!」

「よいよい、近う寄れ」

「嫌だって言っているでしょう!」

「ははは」


 星貴妃は威勢の良い游峯を、初孫を喜ぶ爺婆じじばばのような目で見ていた。

 珊瑚はその様子を眺めながら、人選は間違いではなかったのだと思う。


「妃嬪様、私はこれで」

「ああ。ご苦労であった」


 念のため、游峯に良い子にしているように言っておいた。


「なっ、僕を、置いて行くつもりか?」

「あなたは妃嬪様の傍付きですから」

「眠る時まで傍にいるなんて、聞いていない!」


 星貴妃はぬいぐるみを抱くように游峯の体を引き寄せた。一方の游峯は、一緒に寝たくはないと、手足をバタつかせている。


「く、くそ、この僕が、なんでこんな目に……。っていうかこの人、力強い!」


 星貴妃も日々鍛えているので、抱き寄せる力は相当のものである。

 游峯は武器の扱いに長けていると聞いていた。体術はあまり得意ではないのだろう。

 この辺は、紘宇に鍛えてもらって苦手を克服してもらわなければと考える。


「ね、ねえ。僕がいくら綺麗だからって、手を出すなよ」

「男の体には興味ないからな。お主は見た目がよいから、特別傍に置いているだけだ。手出しはせぬ」

「そ、そう。だったらいいけれ……いや、この状態はよくない!」


 二人は仲の良い姉弟のようだった。微笑ましい気持ちで、たぬきと共に部屋を出る。

 游峯が珊瑚に向けて何かを叫んでいたが、聞こえなかった振りをした。

 星貴妃に任せていたら、間違いは起きないだろう。そう、確信していた。


 ペタペタと、素足で廊下を歩く。慌てていたので、靴を履く余裕すらなかったのだ。

 紺々が回収してくれているだろうか。

 それ以外にも心配が次々と浮かんできて、はあと深い溜息を吐いてしまった。


「くうん」


 たぬきが気遣わしげに鳴いた。

 大丈夫だと示すために、抱き上げて頬ずりする。


 途中、紺々の部屋に寄って、身支度を整える。

 游峯に性別がバレてしまった旨の報告も行った。


「そういうわけだったのですね」

「すみませんでした」

「いいえ、こちらこそ……」


 偶然、星貴妃が游峯の弱みを握っていたので、事なきを得たのだ。


「気をつけなければならないですね。特に、紘宇には……」


 珊瑚が女性だと知ったら、紘宇の気持ちは離れてしまうだろう。悲しいことではあるが、仕方がない。この世には、どうにもならないことがいくつもあるのだ。

 しかし、このまま性別を隠し続けることは難しいだろう。いつか、バレてしまう日がくるのだ。


「珊瑚様、どうかなさいました?」

「い、いえ、なんでも!」


 今、気持が通じ合っていることが奇跡なのだ。永遠の愛など、ないのかもしれない。

 珊瑚は自らにそう言い聞かせ、無理矢理納得する。


「もう、帰りますね。こーうにも、游峯の件を報告しなければいけませんし」


 ただ、紘宇には游峯が女装をしなければいけない本当の理由は黙っておかなければならない。

 規律を絶対とする彼のことだ。生殖機能がある閹官であると知ったら、游峯に施術を行うように命じる可能性もあった。

 そうなったら、珊瑚の秘密も暴露されてしまう。


「というわけですので、ゆーほうのことは、ここだけの話で」

「はい、承知いたしました」


 紺々と別れ、珊瑚はたぬきと共に私室に戻る。

 扉の前で息を整え、平静を装って戸を開いた。


「帰ったか」


 紘宇は月明かりが明るく照らす出窓のへりに腰かけ、珊瑚を迎える短い言葉をかけた。

 少々ぶっきらぼうな「おかえりなさい」である。


 しかし、珊瑚は嬉しかった。異国の地で、こうして帰りを待ってくれる人がいることを。

 珊瑚は言葉を返す。


「ただいま、戻りました」


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