六十話 游峯の大変な秘密
「あっ、はっは! ははははは! はは、はあはあ」
星貴妃は息切れするほど笑っていた。
「くそ、ババアめ……!」
「そ、その、美しい姿で言っても、何も、響かぬ」
ババア呼ばわりも、まったく気にしていないよう。
ホッとしていいのか、悪いのか。珊瑚は反応に困っていた。
「よい、近う寄れ、近う寄れ」
「あ、あの、妃嬪様、実は、私達――」
珊瑚は寝台に上がれない理由を述べる。
髪を乾かす暇がなかった。よって、珊瑚と游峯は髪がびしょ濡れである。
寝台に上がったら、寝具を濡らしてしまう。
報告を聞いた星貴妃は、女官を呼び寄せて珊瑚と游峯の髪を拭かせた。
丁寧に髪の水分を拭き取り、櫛を入れてもらう。
幼い頃、乳母や侍女に世話をしてもらった記憶が甦る。
懐かしさと故郷への想いが甦り、なんとも切ない気分となった。
現実へ引き戻してくれたのは、游峯の声である。
「あんたさ。慣れているな」
「はい?」
「いいところのお嬢だ……むぐっ!」
また、游峯が女官達の前でいらぬことを言おうとしたので、口を塞いだ。
おそらく、世話をされることに慣れているように見えたので、お嬢様育ちだろうと聞きたかったのだろう。
手足をバタつかせ激しく抵抗していたが、力任せに抑え込む。
女官達が出て行ったところを見計らい、手を離した。
「ぷぱ!! は、はあはあはあはあ……。あ、あんた、馬鹿なの!? 鼻も塞いだら、息ができないでしょ!?」
「あ、すみませんでした」
「丁寧な物腰だけど、力が強いし!」
「大変な失礼を」
ここで、星貴妃より声がかかる。
「身支度は整ったのか?」
「はい」
「では、こちらへまいれ」
「かしこまりました」
珊瑚は立ち上がり、游峯にも促す。しかし、彼は頬をぷくっと膨らませ、腕とあぐらを組んで立ち上がろうとしない。
仕方がないと思い、その体を抱き上げた。
「なっ!!」
「ゆーほう、ここでは、妃嬪様の言うことは絶対です」
「この、くそ!!」
ジタバタと游峯は暴れるが、珊瑚はなんてこともないように持ち上げていた。
騎士隊に所属していた時、暴漢を取り押さえる訓練は何度も行っていた。それに比べたら、游峯の抵抗など可愛いものである。
寝台に乗り上げ、星貴妃の前で跪いた。
「改めまして、珠珊瑚、及び、煉游峯、参上いたしました」
「ふふ」
星貴妃は角灯で游峯を照らし、笑い声をあげていた。
「僕は屈しないから――」
「くうん」
「うわっ!!」
威勢よく星貴妃に物申そうとしていた游峯であったが、たぬきに接近されて尻切れ蜻蛉となる。
「お主は、なぜ、女の恰好をしておる。似合うから、という他に理由があれば、言うてみよ」
「こいつに、無理矢理着せられたんだ。そ、それに、この珠珊瑚は――」
游峯は珊瑚を指差し、勝ち誇ったような表情で叫んだ。
「男のようにしているけれど、女なんだ!!」
シンと、場は静まり返る。
珊瑚と星貴妃は、パチパチと瞬きをするばかりであった。
たぬきは、首を傾げている。
反応が悪いので、游峯は珊瑚が身に着けていた全身を覆う布を引き剥した。
慌てて服を着たからか着崩れているうえに、女性らしい体の線が見て取れる。言い逃れのできない、絶対的な証拠であったが――。
「これで、わかっただろう? この人は、男の振りをしていたんだ!」
今まで何度も口を封じられ、言えなかったことを口にできたからか、満足げな笑みを浮かべていた。
しかし、星貴妃の表情は変わらぬまま。
游峯は不思議に思い、眉を顰めている。
「あれ、あんま、驚いていないけれど?」
「知っておるからだ」
「え?」
「こやつが、女であることなど、知っておる」
「知っているって……はあ!?」
星貴妃は珊瑚が女性であることを知っていた。
游峯はがっくりと肩を落とす。
「そうか、こやつに、バレてしまったのだな」
「はい、申し訳ありません」
誰構わず言いふらそうとしているので、困っていると珊瑚は報告した。
口止めは難しいだろうとも。
「確かに、困った奴である。だが、安心しろ。私はこやつの秘密を知っている」
「え?」
「はあ!?」
星貴妃はビシっと游峯を指差しながら言った。
「こやつは、閹官にもかかわらず、生殖機能があった!!」
突然の大暴露に、珊瑚、游峯、双方目を剥く。
「先ほど、押し倒した時に気付いた」
「なっ……なっ!?」
「閹官は生殖器を斬り落とすのと引き換えに、武官となる。しかし、こやつにはない。いったい、どういうことなのか?」
皇帝の側近である上級武官は、身分ある者しかなれない。
身分のない者は、生殖機能の引き換えに、閹官となるのだ。
「答えよ、煉游峯」
游峯は口をぎゅっと結び、星貴妃から顔を背けている。
「もしも言わないのであれば、私はお主の上司に報告しよう。さすれば、すぐに真なる閹官となれるだろう」
「や、止めろ!」
游峯は星貴妃の胸倉を掴もうと手を伸ばしたが、すぐさま珊瑚に取り押さえられる。
羽交い締めにしたが、抵抗はしなかった。
「理由を、言うてみよ」
珊瑚に羽交い締めにされ、顔を背けている游峯の顎を、星貴妃は団扇で正面を向かせた。
「なぜ、お主は閹官なのに、生殖機能を持ったまま武官を続けることができていたのか――」
ぎゅっと口を噤んでいた游峯であったが、もう一度、閹官になりたいかと問われると首を横に振った。
そして、彼は語り始める。
閹官の処置を施していなかった理由を。