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五十九話 風呂場にて、大事件 その二

 しばし、二人の中の時が止まる。

 ぴちゃん、と天井から滴った水滴が浴槽に落ちる音が鳴り響いた。

 先に反応を示したのは――游峯である。


「柔やか……って、え!?」


 ここで、珊瑚は胸にある游峯の手を引き剥した。


「なっ、どういう……!?」


 いまだ混乱状態にある珊瑚は、前に回り込んで確認しようとした游峯をとっさに――游湯船の中に背負い投げしてしまった。


「わっぷ!!」


 游峯の叫び声と、被った湯で我に返る。


「わっ! すみません! じゃなくて、えっと、しばらくそこにいてください!」


 手巾で前を隠しつつ、踵を返して全力疾走する。

 急いで体を拭き、服を着る。いつもは紺々の手を借りるので、もたついてしまった。

 胸を締め付ける余裕などない。

 全身を覆う布を被り、游峯を呼びに行く。


「あの……游峯?」


 浴室の扉を開けると、全身ずぶ濡れの游峯が虚ろな表情で佇んでいた。

 珊瑚を見ると双眸をおののかせ、まるで化け物を見たかのような表情となる。


「えっと……着替えを、持ってきますね」


 珊瑚は脱衣所から出て、女官を捕まえる。男性用の着替えを用意するように頼んだが、ここで別の問題が発生した。


 游峯用の寸法に合う服がなかったのだ。

 珊瑚と紘宇の身長はほぼ変わらない。よって、珊瑚は紘宇の服を借りてしばらく生活していた。

 一方で、下町育ちで栄養が偏った環境で育った游峯は、二人より頭一つ分背が小さい。成長期なので、今から伸びる可能性もあるが。


 と、いうわけで、游峯のために用意されたのは――。


「何コレ?」

「着替えです」

「女官の服じゃん!」

「これしかなくて……」


 ちなみに、游峯は着の身着のままで牡丹宮にやって来た。風呂に入ったあとも、身に着けていた服を着たらしい。


「あの、きっとお似合いになるかと」

「そういう問題じゃないでしょう?」

「すみません」


 しかし、今はこれ以外に服がない。仕方がないと言って、女官の服を受け取ってくれた。

 案外、融通の利く男である。


 五分後、游峯が出てきた。

 案外似合っている。まったく違和感のない女装姿だった。知らない人が見たら、美人女官と見まがいそうである。


「えっと、お綺麗です」

「嬉しくないから!」

「で、ですよね」


 服は閹官用の宿舎にあるというので、あとで珊瑚が取りに行くと約束を交わした。


「濡れた服は、こんこんが綺麗にしてくれます。明日までに乾くかは、わかりませんが」

「こんこん?」

「私専属の女官です」


 ここで、会話が途切れる。気まずい時間が流れた。

 確実に、女性だと気付かれている。どう言い訳をすればいいのか。

 視線を宙に泳がせていたら、游峯に話しかけられた。


「ねえ、あんたさあ」

「待ってください!」

「いや、待てって、あんた女――もがっ!」


 珊瑚は慌てて游峯の口を塞ぐ。

 誰が聞いているかもわからない場所で話をするわけにはいかない。

 足音が聞こえて、ぎょっとする。このまま風呂に隠れるか、堂々としていたらいいのか。迷っているうちに、バタバタと駆け寄って来られてしまった。


 とりあえず、游峯は背後に隠す。その後、焦ってドギマギとしていたら、話しかけられる。


「珊瑚様!」

「こ、こんこん!」


 やって来た人物は、紺々だった。珊瑚はホッと安堵する。


「珊瑚様、たぬき様を星貴妃様のもとへお連れしました。それから、珊瑚様もお部屋に来るように――と?」


 途中で紺々は珊瑚の背後にいる游峯の存在に気付いたが、初めて見る女官だと首を傾げている。

 ここで、游峯がニッと笑い、紺々に話しかける。


「ねえ、知ってる? この人、女なんだよ」

「ゆーほう!」


 再度、游峯の口を塞いだ。

 珊瑚は悲痛な表情で紺々を見たが――。


「えっと、存じていますが?」


 紺々の言葉を聞いて思い出す。彼女は珊瑚の性別を知る数少ない者の一人であったと。

 毎日風呂にも入っているのに、慌て過ぎて失念していた。

 しっかりしなければと、気分を入れ替える。笑顔を浮かべ、紺々に話しかけた。


「こんこん、星貴妃様はどちらに?」

「寝屋です」


 星貴妃は最近、襲撃を警戒して、逃走用の通路がある寝屋に引きこもっている。

 たぬきと一緒に遊んでいるらしい。


「こんこん、ありがとうございます。お風呂、ゆっくり浸かってください」

「はい、ありがとうございます」


 紺々と別れたあと、逃げようとしていた游峯の腕を引いて寝屋へと移動する。


「なっ!?」

「ゆーほう、一緒に行きましょう」

「ねえ、なんで僕まで!?」

「星貴妃様と三人でお喋りしましょう」

「嫌だ~~!!」


 游峯は抵抗していたが、珊瑚は力づくで引っ張って行った。


「みなさん、ご苦労様です」


 女官の横は、笑顔で通り過ぎる。


「この人、おん――うぐっ!!」


 余計なことを言おうとする游峯の口は無理矢理手で塞いだ。


 半ば羽交い締めにするようにして、星貴妃のもとへとたどり着く。

 帳が下ろされた寝台の前で声をかけた。


「珠珊瑚、参上しました」

「むぐぐ、むぐぐぐぐ!!」


 游峯は人を見かけるたびに珊瑚は女であると言いふらそうとしていたので、口を塞いだまま連れてきた。


「すみません、少々問題が起こりまして、彼を連れて来てしまいました」

「誰を連れてきた?」

「煉游峯です」


 星貴妃がそっと顔を覗かせる。

 游峯の姿を見て目を丸くし、数秒後に女官の恰好をしていると気付いて大笑いしていた。


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