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五十四話 星貴妃の新たな愛人? その二

 游峯はダン! と卓子の上に足を突き、珊瑚に顔を近付ける。


「何? この僕が、異国人の愛人になれって?」


 異国人の愛人・・・・・と言われ、ハッとなる。首をブンブンと横に振って、慌てて否定した。


「いえ、私の愛人ではなく、妃嬪――星貴妃様の愛人です」

「星貴妃の愛人?」


 游峯はふんと鼻を鳴らす。上司である揚々から注意を受けるも、卓子から足を下ろすつもりはなさそうだった。

 珊瑚は簡潔に、事情を語った。


「実は、牡丹宮は切実な愛人不足で」

「あれだろう? 愛人不足って、星貴妃が次々と腐刑を言い渡したからだって。血も涙もない、恐ろしい女だ。仲間内では心酔している者は多いけれど」


 閹官はもともと切り落とすモノがない。加えて、牡丹宮に招いて閹官達の働きを労うこともあった。よって、星貴妃を畏怖的な存在として扱う者はほとんどいない。


「腐刑を言い渡した理由は襲われたからって、子作りする後宮でそんなこと言うのって感じだし」

「子作りする相手を選ぶ権利は妃にありますし、追い出す程度では夜這いが収まらなかったと聞きました」

「見せしめってこと?」

「おそらく」


 どちらにせよ、狡猾で恐ろしい女だと游峯は評する。


「星貴妃も、下町育ちで礼儀を知らない愛人はいらないでしょう?」

「その点は心配ありません。牡丹宮には、礼儀作法を習う場があります」

「ふうん。でも、僕が愛人になる利点は?」


 その問いかけには、自信を持って答えられる。珊瑚は前のめりで返事をした。


「星貴妃様に、愛していただけます!!」


 最大の特典を言ったのに、游峯の表情は変わらない。無表情のままだった。


「で?」

「え~~っと?」

「何?」

「以上が利点になりますが、いかがでしょう?」

「別に、愛なんかいらないし」


 見事なまでに交渉決裂であった。

 しかし、游峯は揚々より注意を受ける。星貴妃直属の部隊なので、命令に逆らうことはできないと。


「わかっている。どうせ、武芸会とやらの頭数合わせだろう? 急にやって来て勝手なことを言うから、従いたくなかったんだ」


 游峯は生意気盛りであった。それに、星貴妃への忠誠心もない。なので、揚々より別の者を紹介しようかと提案される。


「いえ、私は彼に、牡丹宮へと来ていただけたらなと」

「それはなぜですか?」

「ねえ、隊長。その質問、どういうこと?」


 揚々が珊瑚になぜ愛人として指名したのかと質問したことに対して、游峯はムッとする。


「僕くらい綺麗な顔をしていたら、引く手数多だろう?」

「この通り、游峯は自信過剰で、うぬぼれ屋です」


 聞き捨てならない言葉だったようで、游峯は揚々に詰め寄っていた。


「ちょっと、失礼じゃない!?」

「こういう喧嘩っ早いところが問題なんです」


 星貴妃の愛人に相応しい器量はない。揚々は言い切った。

 しかし、珊瑚はそう思わなかった。


「牡丹宮が賑やかになっていいかなと」

「本気ですか?」

「はい。是非とも、来ていただきたいです」

「そこまでおっしゃってくださるのであれば……」


 しぶしぶと、といった感じで揚々は了承する。游峯は上からの要請なので、従う他ない。


 正直に言えば、星貴妃や紘宇との相性は悪いように思える。游峯の物言いが喧嘩の種になりそうでもあった。


 それ以上に、珊瑚は游峯に対して、惹かれる何かを感じ取った。

 もしかしたら、良い変化をもたらす存在になるかもしれないとも。

 すべては珊瑚の勘である。


「では、夜までには牡丹宮に行かせますので」

「はい、よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げ、立ち上がる。

 もう一度会釈して、游峯のほうへと向かった。


「あの、これからよろしくお願いいたします」

「一つだけ、いい?」

「はい?」


 突然、目の前に拳が飛び込んでくる。珊瑚は瞠目しながらも、寸前で避けた。


「游峯!!」

「一回だけ、手合わせをしたい。もしも僕を倒せたら、牡丹宮で大人しくしているから」


 喋りながらも、游峯は次なる一撃を繰り出す。

 腹部に向かって拳を突いてきた。珊瑚は攻撃が届く寸前に、游峯の手首を掴んでぐっと力任せに引き寄せる。想定外の動作だったのか、相手はよろついた。その隙に、胴を力いっぱい蹴り上げる。


 急所への容赦ない蹴りは、游峯を一撃で沈めてしまった。

 床の上に蹲り、咳き込んでいる。


「あ、すみません、つい……!」


 突然の攻撃に驚いたので、つい本気を出して反撃してしまった。珊瑚は游峯に手を貸しながら謝罪する。


「大丈夫ですか?」

「どうなっているんだ、あんた……!」


 ひょろひょろで、強そうに見えなかった。だから、腹いせに襲ったと素直な告白を受ける。


「実は、上司が元武官で、最近武芸を習い始めまして」


 珊瑚は紘宇から容赦ない訓練を受けていた。

 訓練時間という枠はない。紘宇は前触れもなく拳を揮ってくるのだ。

 それは書類仕事をしてくる最中だったり、部屋に戻ってきた瞬間だったり。ひと時でも気を抜いていたら大変なことになる。

 数日の間は避けきれず攻撃を食らってしまい、床の上でのたうち回ることになった。

 ここ最近、攻撃を回避して反撃を行えるようになった。


 そんなとんでもない訓練の成果を今回実感できた。

 紘宇の攻撃に比べたら、游峯の一撃は優しいもののように思えた。


「何その化け物。鬼神かなんかなの!?」

「あ、こーう……上司は以前勤めていた職場で、兵部の鬼神と呼ばれていました」

「こーう? それって、汪紘宇のこと!?」

「そうです。お知り合いですか? この前一緒にいましたが?」

「あの、あんたの背後にいた、顔を布で覆い隠していた、黒尽くめの目付きが悪い奴か!?」

「え~っと、目付きは分かりませんが、黒尽くめでした」


 游峯は珊瑚の手を取らずに、言葉にならない言葉を叫びながら頭を抱え込んで床の上をごろごろと転がる。


「あの、どうかしましたか?」

「彼は、武官の訓練において、武官達を恐怖に陥れた存在なのです」


 混乱状態の游峯に代わり、揚々が説明する。

 その話については、珊瑚も聞いたことがあった。

 なんでも、游峯も紘宇の訓練を受けたことがあるようで、このような状態になってしまったようだ。

 今まで、紘宇が牡丹宮にいるとは知らなかったらしい。


「なるほど。游峯にも弱点があったと。案外、大丈夫かもしれませんね。汪内官がいるのならば、悪さもできないでしょう」

「なんとも言えませんが、仲良くしていただきたいなと」


 ゆくゆくは、星貴妃の心を癒す存在になってほしいと思っていた。


「それよりも、すみませんでした。お怪我は?」

「いいえ、大丈夫です」

「すみませんでした。煽り耐性のない、猫のようで」


 猫に例えるというのは、ぴったりだと珊瑚は思う。

 気まぐれで、我儘、時に好戦的。

 游峯は猫そのものの気質を持っているように思える。


「きっと、慣れたら牡丹宮の皆も彼を可愛がってくれるでしょう」


 游峯にとっても、居心地の良い場所になるといい。珊瑚はそう思った。


連載休止のお知らせ

作品を書くことができなくなってしまいましたので、しばらく休ませていただきます。楽しみにしていただいている読者様には申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、どうしても筆が進まなくなってしまいました。

メンタルヨワヨワで申し訳ありません。

いつかかならず再開しますので、お待ちいただければ幸いに思います。

本当にすみませんでした。


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