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四十九話 明日へと旅立つ

 大勢の武官が牡丹宮の前にある庭園にやって来る。メリクル王子と紘宇は兵部の上官に事情を話していた。

 暗殺者達は連行されたが、武官や閹官が行き交い現場検証も行われていて物々しい雰囲気となっていた。

 珊瑚は落ちつかない気分で、星貴妃から賜った三日月刀を握りしめている。


「ねえ、君」


 声をかけられ、振り返る。

 背後にいたのは、珊瑚より背の低い武官であった。年頃は同じくらいか、年下か。華烈の者は皆揃って童顔なので、実年齢は推測できない。

 好奇心旺盛な目が、珊瑚を見る。


「すごい綺麗な髪だね。金色の髪なんて、初めて見たなあ」

「どうも、ありがとうございます」

「あ、良かった。言葉が通じて」


 青年は清怜悧しん・れいりと名乗る。兵部の捜査機関部に所属しており、事件現場に向かって犯罪の証跡を明らかにすることが仕事だと話す。


「私は、珠珊瑚です。牡丹宮で、星貴妃様に仕えております」

「あ、そっか~。閹官じゃないんだ」

「はい」


 いったいなんの目的で声をかけたのか。珊瑚は問いかける。


「あ、うちの侍郎の愛人探しを命じられまして」


 侍郎というのは、実務機関である六部の次官のことである。

 どうやら、怜悧は珊瑚を愛人として引き抜くために声をかけたようだ。


「あ~あ、残念。貴妃様の愛人だったら、手は出せないなあ。閹官だったら良かったのに」

「すみません」


 珊瑚はなんとなく謝ってしまう。

 それが面白かったのか怜悧は口元に孤を描いたのちに、話しかけてくる。


侍郎の愛人になったら、毎日遊んで暮らせるし、飽きられてもお金持ちに下賜されるから、生活には困らないし」

「そうなのですね」

「そうそう」


 なんとかならないと聞かれたが、珊瑚は首を横に振る。


「それにしても、その……男性が男性の愛人を持つというのは、よくある話なのですか?」

「まあ、そうだね。女性だと妊娠しちゃうし、男のほうが都合がいい場合もあるんだって」

「な、なるほど」


 未知の世界だと思った。まさか、そこへの誘いが来るなんて、女性としての自信がなくなってしまう。


 それと同時に、紘宇の性癖はこの国ではわりとよくあるものだと、理解することになった。


「どう? 貴妃様に言ってさ、どうにかしてもらうことは」

「難しいかと」

「やっぱダメか~。いや~、最近いい男がいなくて。後宮に集められているからなんだけどね」

「はあ」


 全国各地の男前を後宮に集めているので、愛人に抜擢するような者がいないことが問題になっているらしい。


「さっき絶世の男前を見つけて、幸先良いと思っていたんだけどねえ――汪紘宇だと分かった時、全身鳥肌が立って、卒倒するかと思った」

「こーうを、ご存じなのですか?」

「鬼神の汪都尉といって知らない?」

「はい」

「そっか」


 怜悧は遠い目をしながら話す。紘宇は以前、宮廷に属する武官だったらしい。


「それはもう、信じられないほど堅物で、死ぬほど厳しい訓練をする人で有名だったんだ。後宮に行くことになったって話は本当だったんだなと」


 怜悧はこんなところに極上の男前がいたと、喜んで引き抜きに行ったが途中で紘宇の名を呼ぶかつての同僚が現われ、我に返ったと話す。


「一時期噂だったんだ。顔の良い武官が入ったと」


 しかし、紘宇は武官として優秀だった。汪家の力もあったので、愛人にならなくとも、出世を重ねていた。


「そこに鬼神の噂も加わって、安易に近づける存在ではなくなってしまったんだよね。誰かを愛人にしている話もなかったし、かといって妻帯しているわけでもないし、よく分からない人なんだ。不正を嫌い、家柄も良く、実力もあるものだから、汪家も扱いに困って、後宮に送られたのかな~っと。今の時代、ズルして出世することが横行しているからね。それを咎める存在になりそうだから」


 思いがけない話を聞けた。

 紘宇は男性の愛人を迎えたことはなかったらしい。その点はホッとする。

 しかし、それ以外の点については、なんとも言えない。

 特に、汪家が扱いに困っていたという話は、理不尽にもほどがある。


「あ、ごめんね。つい長話をしてしまって」

「いえ」

「あ、うわっ、汪紘宇が怖い顔してこっちに来る。逃げなきゃ。あ、彼を愛人候補にしていたことは内緒ね」

「はい」

「じゃ!」


 怜悧は素早く駆けて行き、夜闇に紛れて姿を消した。

 入れ替わりになるように、紘宇がやって来る。


「――おい」

「はい?」

「あの男と何を話していた」


 紘宇についてとは言えないので、自らについて話すほかない。


「あの、兵部侍郎の愛人にならないかと誘われまして」

「はあ!?」


 紘宇は「あの好色クソ親父め」と悪態を吐く。


「よりにもよって、珊瑚に声をかけるとは……」


 どこのどいつだと訊かれたが名前は分からないと誤魔化し、話題を別もものへと移す。


「あの、まだ時間がかかりますか?」

「いや、もう戻ってもいいらしい。だが、その前に……王子がお前に話をしたいと言っている」

「メリクル王子が、ですか?」

「ああ、行ってやれ」


 メリクル王子は護衛と凱陽と共に、東屋にいた。

 珊瑚は一人で向かう。


『コーラル、よく、無事で……!』

『はい、おかげさまで』


 メリクル王子より、本日二度目の抱擁を受ける。

 椅子に座ると、茶が用意された。

 地面に染み込んでいた血は落とされ、倒れていた暗殺者は連行されて影も形もない。

 先ほどまで戦闘していたとは思えない、落ち着いた場となっている。


『突然であるが、私は国には帰らない』

『それは――』


 祖国へ帰っても、暗殺されるだけだ。だったら、帰らないほうがいいだろうというのがメリクル王子の出した答えである。


『父に学んだ悪は成敗し、正義を貫き通せという言葉を実行した結果がこれだ。なんと空しいことだろう』


 珊瑚は返す言葉が見つからない。


『これからどうするか、考えた』


 国王より不要だと判断された今、王子の身分はなんの意味も持たないものであると、メリクル王子は言い切った。


『だから、しばし見聞を広める旅に出るのもいいかと思い始めた』


 メリクル王子は商人である凱陽に付き添って、さまざまな地域を見て回ろうと語った。

 凱陽はメリクル王子が信頼する者を通して紹介してもらった相手で、父親の息はかかっていない。


『胡散臭い外見であるが、信頼している。向こうも、取引をするのに異国人がいると都合が良いらしいので、悪いようにはしないだろう』

『殿下……』


 今回の事件に凱陽が関わっている可能性もある。大丈夫なのかと訊ねたが、そうであっても利用してやると、きっぱり答えた。


『あの、星貴妃様に頼んで、後宮に滞在するようにしたら』

『いや、いい』

『ですが』

『もう、決めたのだ。世界を見て回って、自分がすべきことを新たに見つけるのだと』


 メリクル王子は吹っ切れていた。見ていて気持ちが良いくらいである。

 珊瑚は安堵する。きっと、心配はいらないだろうと。


『コーラル、ついて来る気はないな?』


 その誘いには、すぐに首を横に振って応えた。


『そうか――残念だ』


 紘宇と出会う前ならば、喜んでついて行っただろう。しかし今、珊瑚の大切なものは牡丹宮にある。

 迷うことなく、断ることができた。


『コーラル、最後に』


 メリクル王子の手が珊瑚の指先へと届こうとしたその時――ヒュン! と音を立てて何かが目の前を通過する。東屋の柱に刺さっていたのは、短剣であった。

 それを放ったのは暗殺者ではなく――。


「もう、それくらいでいいだろう?」


 紘宇が険しい表情でやって来ながら声をかける。


「貴殿は、他人への声のかけ方を知らないのか?」

「先祖は蛮族だからな」


 紘宇とメリクル王子の間に、ピリピリとした空気が流れていた。

 珊瑚はどうすることもできず、オロオロするばかりである。


「珊瑚、別れは済ませたな?」

「はい」


 珊瑚は立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀をする。


『殿下、どうか、ご無事で』

『ああ、コーラルも達者でな。これから世界中を回って、良い女を見つけて来よう』


 最後に、メリクル王子は笑顔を見せてくれた。

 珊瑚も同じように返す。


 メリクル王子は凱陽と共に、去っていった。その後ろ姿を見送り、牡丹宮へ帰ろうときびすを返した。


「珊瑚」

「ひゃっ!」


 紘宇が怖い顔で腕を組み、佇んでいた。その表情は恐ろしく、鬼神と呼ばれていた話を思い出して鳥肌が立った。


「話をしたいことが、たくさんある」

「……はい」


 珊瑚は紘宇に手を取られ、連行されるように牡丹宮へと戻って行った。

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