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四十一話 紺々と

 シンと静まる室内。珊瑚は悲痛な表情を伏せて隠し、紺々は肩を震わせている。

 たぬきは元気のない主人を見上げ、切なげな声で鳴いていた。


「……そ、それで、珊瑚様は、汪内官を、おいくつだと?」

「十七か、十八くらいだと」

「ふっ……!」


 紺々にとっても、衝撃的な事実だったからか顔を両手で覆い、逸らしていた。

 苦しげな声を漏らしたので、たぬきが心配して顔を覗き込んでいる。


「くうん?」

「ぐっ、ふう、だ、大丈夫、です」


 紺々は居住まいを正し、まっすぐに珊瑚を見る。顔は引き攣っていたが、大丈夫だと重ねて言っていた。


「た、たしかに、汪内官は、お若く、見えます」

「はい」


 同じ国出身の紺々からでも、紘宇は年若いように見えるようだった。珊瑚が勘違いするのも無理はないのかもしれない。内心、そう思う。


「あの、珊瑚様。汪内官が年上だと、何か問題があるのですか?」

「問題……」


 頭の中はさまざまな気持ちが渦巻き、胸の中でくすぶる思いは上手く説明できない。

 一つ一つ口にして、整理してみる。


「最初は、こーうが年下だから、寝室での監視は問題ないと思いました」

「それは、汪内官が少年だと思っていたから、襲われることはないだろうと?」

「はい」


 ここで、紺々より指摘が入る。


「通常、それくらいの年齢の子のほうが、異性に対する欲求は盛んかと」

「そ、そうなのですか?」

「ええ、そうです」


 本で読んだと、紺々は自信ありげな表情で話す。


「私は、耳年増なのです」


 なんでも、後宮に行く前に家の者に無理矢理読まされたとか。何も知らないで妃に仕えるのは大変だろうからと。


「こんこん……大変だったのですね」

「ええ。結局雑用係しか任されず、知識は役立たずかと思っていましたが」

「役に立ちました。ありがとうございます」

「いえいえ」


 年下だから襲われないとは限らない。珊瑚は一つ学んだ。


「え~っと、話は戻しますね。それで、珊瑚様は汪内官が五つも年上だと分かって、一緒に眠るのが恥ずかしくなられたと」

「はい」

「しかし、汪内官のことは以前から異性として意識していたのですよね?」

「はい」

「ではなぜ、年上と分かった途端、恥ずかしくなったのですか?」

「それは――」


 日々のほとんどは珊瑚が先に寝るので、一緒に眠っているという意識がなかったのかもしれない。


「朝は、もちろん隣で眠って入るのですが、ピクリとも動かないのです」


 紘宇の寝顔は美しく、まるで芸術品か何かのようだったのだ。


「なるほど……。彫刻のような美しい寝顔。見てみたいような、怖いような……」


 もう一点、ある事実を思い出す。それは、珊瑚の祖国に由来するものであった。


「私の生まれ育った国では、自分よりも年上の女性を男性は恋愛対象として見ません」

「そ、そうなのですか?」

「はい。ここの国では、違うのですか?」

「そういうしきたりはありませんが……たしかに年上の奥方という話は聞いたことがありません」


 珊瑚の中でそれは当たり前の話であった。よって、この想いは何があっても成就することはない。

 そもそもここは後宮だ。そんな想いを抱くことすら間違っている。

 珊瑚はそういう風に考えていたので、夜、紘宇と一緒に寝ても平気だった。


「けれど、こーうは年上でした。それで、その、恥ずかしい話なのですが、もしかしたら、異性として見てもらえるのではと、期待した部分もあるのかと」


 そんなことを一瞬のうちに思い立ち、珊瑚は恥ずかしくなってしまった。


「こんこんのおかげで気持ちに整理ができました。ありがとうございます」

「い、いえいえ。そんな……」


 珊瑚は深々と、紺々に頭を下げた。


「こんこん……恋とは、本当に病気なのですね」

「だからこそ、儚く、美しいのだと」

「この前から思っていましたが、こんこんは詩人ですね」

「そ、そんな。とんでもないです」

「素敵なことです。これからも、大事にしてください」

「ありがとうございます」


 紺々の協力合って、暴走していた感情を解析することはできた。

 しかし、根本的なことは解決できていない。


「これから、どうなさるのですか?」

「そうですね……」


 一応、珊瑚は罪人扱いである。紘宇の夜の監視は必要不可欠だ。


「目隠しでもして、眠ることにします」

「そ、それは、大丈夫なのですか? その、襲われた時とか」

「襲撃は……心配ですが」

「襲撃……たしかに、汪内官くらいになると、襲うどころではないかなと」

「え?」

「あ、いえいえ、なんでもないです」


 紺々は大袈裟なくらいに、ブンブンと頭を横に振る。


「汪内官に目隠し、くらいがいいかもしれないですね」

「こーうが、目隠しですか?」

「はい」

「それも悪いような」


 でしたらと、紺々が手を打ちながら提案する。


「寝尚部の方にお願いして、寝台の二人の境界線に御簾か帳を作ってもらうのはいかがでしょう?」

「それは、いいかもしれません」

「では、明日、お願いしてみますね」

「はい」


 紘宇に許可を取らずに行っても大丈夫かと思ったが、夫婦でない男女が一緒の寝台で眠るということがおかしかったのだ。きっと、許してもらえるだろう。


「こんこん。もう一つ、お願いがあるのですが……」

「なんでしょう?」

「一晩、ここで休ませていただけたらなと」

「それはなりません!」


 紺々は大袈裟なくらい首を横に振りながら言った。


「汪内官は、私と珊瑚様の仲を疑っております。なので、今夜一緒に寝て、翌日バレたりしたら、ああ……恐ろしい!」

「こーうは、そう、だったのですね……。まあ、女官達や私を監督するのもお仕事でしょうから」

「いや、汪内官のあれは絶対私情挟みまくりなやつ……」

「え?」

「い、いいえ、なんでも!」


 珊瑚は紺々に謝る。自分のせいで紘宇に睨まれてしまったことを。


「申し訳ありませんでした。こんこんが可愛いあまり、つい」

「い~え、とんでもないです。その、珊瑚様にそのようにしていただけたことは、嬉しかったので、気にしていません」

「こんこん、ありがとうございます」

「しかし、今日、ここで眠るのは、よくないことでしょう。汪内官のもとへ、戻ったほうが絶対いいです。異性と眠ることは、お恥ずかしいことだとは思いますが……」

「ええ、そうですね」


 珊瑚はしゅんとする。

 しかし、紺々や監視の役目を果たさなければならない紘宇のためにも、戻らなければならない。

 しかしまだ、心が沈んでいた。自身に杭か何かで打たれているかのように、この場から動けなくなっていたのだ。


 ここで、紺々がある行動に出る。


「珊瑚様、見てください。たぬき様と、芸の練習をしていたのです」

「え?」

「たぬき様!」

「くうん」


 今まで大人しくしていたたぬきが、すっと立ち上がり、珊瑚と紺々の間へ駆けてきた。


「たぬきが、芸ですか?」

「はい! たぬき様、いきますよ」

「くうん」


 紺々は座布団をたぬきの前に置き、そして叫んだ。


「秘儀、黒糖饅頭!」

「くう~ん!」


 たぬきは凛々しく鳴き、くるんと空中で一回転する。

 座布団の上に着地して、丸くなった。


 一瞬、部屋の中がシンと静まり返る。

 座布団の上に丸くなったたぬきは、さしずめ皿の上の饅頭のようだった。


「――ふふっ!」


 珊瑚は見事な饅頭を前に、笑い出す。あまりにも、可愛い芸だったからだ。


「こ、これは、こんこんが仕込んだのですか?」

「はい! あ、すみません、勝手に」

「いえ……とても、可愛いです。こーうや、妃嬪様にも、見せたい」

「はい、是非とも披露されてください! 癒されること確実です!」

「ありがとう、ございます」


 珊瑚は紘宇のもとへ戻る口実ができた。

 たぬきを連れ、寝室へと戻る。

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