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二十八話 玉捜し

 入って来たのは一人だけではなかった。

 ぞろぞろと、七名ほどの黒衣の男達が入って来る。

 その中の一人は女官を担いでおり、乱暴に床に下ろされた。

 黄色い櫛を付けているので、尚食部の女性だろう。

 おそらく、道案内をするように脅されたに違いない。

 女官は負傷しているようで、真っ赤な敷物が広げられた床に、ポタリ、ポタリと額から血が滴っていた。


 女官達は想定外の襲撃に、混乱状態となる。悲鳴を上げ、バタバタと走り出した。

 同時に、男達も動き出す。

 目標は――星貴妃であった。女官達は主人を守ろうと、健気にも取り囲んでいた。

 その中でまず動いたのは、帯剣している紘宇であった。剣を鞘から抜いて、前に躍り出る。

 先に襲いかかった黒衣の男を、迷うことなく胸から腹部にかけて斬った。

 大粒の雨のように、血が舞い散る。

 紘宇は手にしていた剣を黒衣の男に投げつける。見事、腹部を切りつけ、相手の動きを封じることに成功した。

 足元にあった剣を足先で弾いて宙に浮かせ、柄を掴んだのと同時に、踏み込んで目の前に迫っていた黒衣の男を斬る。

 紘宇は驚異的な強さを見せていた。


 珊瑚は武器になるような物はないのかと探し、飾り紐が吊るしてあった長い棒に気付くと、引き抜いてブンブンと振り回す。鉄製で、そこそこ強度はありそうだった。


 一方、女官達のほとんどは、広間から逃げていなかった。主人を守ろうと、壁となって立ちはだかっている。


「私のことはいいから逃げろ! こんなところで命を落とすなど、あってはならぬ!」


 星貴妃は叫んだが、誰一人として聞く耳を持たない。

 そうこうしているうちに、黒衣の男の一人が、星貴妃の前に辿り着いてしまった。


 邪魔者は斬り捨てる。男は叫んだ。剣が振り下ろされ、手を広げて星貴妃の前に立つ少女が、悲鳴を上げる――が、剣はいつまで経っても、襲ってこなかった。

 なぜならば、珊瑚の持つ鉄の棒が、受け止めていたからだ。

 力では負けるので、すぐに剣を払いのけて黒衣の男の股の間を力いっぱい蹴り上げた。

 男は絶叫し、床に倒れ込む。

 珊瑚は女官達を振り返らずに言った。


「今のが男性の急所です! 覚えておいてください!」


 命にかかわる事態である。大切なことなので、珊瑚は男の弱点を女官達に伝えておいた。


 床に転がっていた剣を握りしめ、続いてやって来た二人の黒衣の男と対峙する。

 そこそこ訓練を積んだ者だったように思えたが、騎士の訓練に明け暮れていた珊瑚の敵ではない。


 二人同時に斬りつけてくる。

 一撃目は除け、剣の柄で手の甲を叩いた。運よく、男の手から、剣が離れていく。二撃目は後方に飛んで距離を取った。しゃがんだ先には蟹の入った蒸篭があり、すぐさま甲羅を力いっぱい投げつけた。

 辛子が入った甲羅の中のタレが黒衣の男の目に入り、視界を奪われたようだ。その隙に珊瑚は詰め寄って、腿を斬りつけた。


 珊瑚と紘宇の奮闘あって、男達は床に伏す状態となった。


「こいつらはいったい、どこから――」


 そう、紘宇が呟いた瞬間、黒衣の男達は懐から薬のような物を取り出して、一気に煽る。

 皆、一斉に苦しみだし、男達は絶命してしまった。


「毒……か?」


 星貴妃の呟きに、返事ができる者はいなかった。

 あっという間に、事件は収束する。


 当然ながら、その日の雅会は中止となった。


 ◇◇◇


 翌日、珊瑚と紘宇の手によって、牡丹宮の黒衣の男達の遺体は外に運び出された。

 事件は兵部に報告し、遺体は派遣された兵士達の手によって回収される。

 現場検証や、黒衣の男達の身に着けていた服などから調査を行ったが、どこの誰であるかわからなかった。


 幸いと言うべきか、牡丹宮の女官に怪我人はいたものの、死人は出なかった。

 しかし、犯人はわからず、黒衣の男達は全員毒を呑んで死亡。何もかもが不透明という、身の毛がよだつような事件であった。


 後日、恐ろしい事実も発覚する。

 黒衣の男達の顔は焼かれており、顔から身元を捜すことは困難な状態であった。

 いったいどこの誰が命じたことなのか。謎は深まる。

 牡丹宮の周囲には、見張りの兵士達が派遣された。

 こんなこともあるかもしれないと、以前より閹官えんかんの兵士が用意されていたらしい。


「こーう、えんかんって、なんですか?」


 珊瑚が質問すると、紘宇は苦虫を噛み潰したような表情となる。


「えっと、では、こんこんに聞きに――」

「やめろ、女に説明させるのは、気の毒だ」


 珊瑚は意味がわからず、首を傾げる。

 紘宇より、そこに座れと言われた。


「閹官とは――去勢された男のことだ」

「去勢……え!?」


 なぜ、そんなことを?

 その疑問に、紘宇は答えてくれた。


「かつての後宮は、皇帝以外の男は出入りできなかった。しかし、女手だけではとても暮らしていけない。そこで、去勢を施した男が、後宮に派遣されることになった。これが始まりだ」

「そ、そんな歴史が……」


 閹官の去勢は後宮の秩序を保つために、もっとも大事なことだったと紘宇は説明する。


「閹官になると、多くの収入が得られる。身分は問わないものだから、なり手には困らなかったらしい」

「なんて、恐ろしいことを」


 男である紘宇が話すには、辛いことだった。珊瑚は申し訳なくなり、頭を下げる。


「先に言っておくが、外の閹官には近寄るなよ?」

「なぜ?」

「去勢された閹官は、男ではない。女性寄りの思考になる奴もいるんだ。まあ、なんだ。お前に、興味を持つかもしれんだろう」

「ああ……」


 珊瑚は祖国で、女性から恋文を貰うことが多かった。

 女性らしくないので、そういう事態になってしまう。そのことを本人も自覚していたので、閹官に狙われるかもしれない理由をよくよく理解していた。


「わかりました、気をつけます」


 そう答えると、紘宇は満足げに頷いていた。


 ◇◇◇


 夜――紘宇が眠りに就くのを確認し、寝間着に着替えようとした。

 その時、ある違和感に気付く。

 腰からぶら下げていた小袋がなくなっていたのだ。

 中に入っていたのは、紘宇から貰った琥珀である。


「あ、あれ?」

「くうん?」


 慌てる珊瑚のもとへ、たぬきがやって来た。


「あの、琥珀の入った袋を、知りませんよね?」

「くうん……」


 たぬきも知らないようだった。

 風呂に入った時はあった。失くしたとしたら、そのあとである。


 二時間前に、兵部の者がやって来て、雅会の会場で調査を行ったのだ。もしかしたら、その時に落としたのかもしれない。

 珊瑚はたぬきにここで待つように言って、自らは雅会があった広間へ足を運ぶ。


 正直に言ったら、恐ろしいので一人で行きたくはない。

 しかし、琥珀が手元にないと、どうにも落ち着かなかった。


 広間に辿り着くと、小さな角灯の火を頼りに、琥珀の入った小袋を捜す。

 濃い紫色だったので、夜闇に紛れてなかなか見つけにくい。


 ここで、突然ガラリと出入り口の扉が開く。


「誰だ!?」


 鋭い叫び声に驚いた珊瑚は、角灯を床に落としてしまった。

 衝撃で、火が消える。


 声は、星貴妃のものであった。


「せ、セイ貴妃様、私です」

「その声は――珠珊瑚であるのか?」

「はい」

「そこで何をしておる?」

「捜しものを」


 星貴妃は夜の散歩をするために寝所をこっそりと抜け出したようで、一人だった。しかも、灯りも何も持っていない状態らしい。廊下で怪しい人影を見つけて、追って来たと言う。

 ズンズンと、珊瑚のもとへと近付いて来る。


「こんな夜更けにふらつきおって、驚かせるな!」

「す、すみませ――あっ!」

「きゃあ!」


 星貴妃は距離感を掴めておらず、床に這いつくばっていた珊瑚で足を引っかけて転倒――しそうになったが、珊瑚を下敷きにしたので、事なきを得る。


 星貴妃の手が内腿の辺りにあったので触れたら、ビクリと体を揺らした。すぐに手を離される。

 いったい何に驚いたのか。問いかけようとしたら、逆に問われる。


「――え!? お、お主、玉は、どうした?」

「玉……? あ、すみません、失くしてしまって」

「ど、どういうことなのだ? まさか、腐刑で玉を失っていたというのか? まったく気付かなかった……。だから、汪家の内官と、怪しい雰囲気だったのか……」


 星貴妃は動揺しているようだった。ぶつぶつと何かを呟いていたが、早口かつ小さな声だったので、聞き取れなかった。


 珊瑚は持っていなかったが、内官の持つ玉には重大な意味があったのかもしれない。


 双方の間で大変な勘違いが発生していた。星貴妃の言う玉と、珊瑚の捜している玉は別の物であったのだ。

 前者は男性の持つ陰嚢いんのう、後者は琥珀を磨いて作った玉である。

 二人は、この奇跡のような偶然に気付いていなかった。


「お主は閹官ではなくて、宮官だったな。しかしなぜ、男ではないのか――」

「男? 私は男ではありませんが?」

「勘違いを、しておった」

「いえ、お気になさらず」


 祖国でも、小さな子どもから「お兄ちゃん」と言われることがあった珊瑚である。

 性別を勘違いされることなど、珍しいことではなかった。


「そう、そうだったのか。今まで、ずっと思い違いを……」


 今まで星貴妃が冷たかったのは、珊瑚が男性だと勘違いされていたからだったようだ。


「お主も、玉がなくて、大変だったな。私はそれに気付かずに、冷たく当たってしまって――」


 珊瑚は首を横に振る。

 こうして、琥珀がなくなったことも深く同情してくれる、優しい人だった。

 立ち上がった星貴妃は、驚くべき願いを口にする。


「珠珊瑚、今までいろいろとすまなかった」


 珊瑚はとんでもないことだと、首を横に振る。


「許してくれるのか?」


 珊瑚はコクリと頷いた。

 暗闇の中であったが、初めて微笑み合うことができた。


 星貴妃は珊瑚のことを玉がない――生殖能力のない男だと勘違いした模様。

 珊瑚は星貴妃が今まで自分を男と思っていたので、冷たかったのだと勘違いしていた。


 双方、誤解が解けたようで、まったく解けていなかった。

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