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二十二話 すれ違う想い

 雅会の選考会に合格できた。

 珊瑚はワクワクと心躍らせながら私室へと戻る。紘宇に、嬉しい報告ができるのだ。

 部屋の扉を開くと、たぬきが出迎えてくれた。


「ただいまかえりました」

「くうん」


 尻尾を振って珊瑚を見上げている。フワフワの体を持ち上げ、頬ずりした。


「今日は、嬉しい報告があるんですよ」

「くうん、くうん」


 喜びが堪えきれず、たぬきに話しかける。

 努力を重ねた結果が実ったのだ。これ以上嬉しいことはない。

 紘宇は居間にはいないようだった。執務室の扉を見た瞬間、中から紘宇が出て来る。


「こーう!」


 たぬきを抱いたまま、駆け寄った。


「あの、お疲れ様です」

「ああ」

「お仕事、おわりましたか?」

「まあな」


 ここで女中がやって来て、茶と菓子を用意してくれた。

 香り高い茉莉花茶と、栗の餡入りの饅頭である。たぬきには、木の実が用意された。


「たぬき様、木の実の皮は剥いて差し上げますね」

「くうん!」


 たぬきは女中にも可愛がられているようで、よく世話をしてもらっている。

 その様子を珊瑚は目を細めて眺めていたが、紘宇からの視線を感じて我に返る。


「あ、あの、そう、こーうに報告したいことが、あったのです」


 ここで、喉の渇きを覚え、茶を飲む。深呼吸してから、選考会の結果を報告した。


「それで、今日、選考会があったのですが、合格をいただきました」


 いつものように冷たくあしらわれると思っていたが、そんなことはなく、紘宇はふわりと微笑んだ。


「そうか、良かったな」

「あ、はい」


 不意打ちの穏やかな笑顔に、珊瑚は顔を赤くする。


「こーうの、ご指導あっての、合格です。それから、こんこんとれいみサンの頑張りも」

「お前も随分と頑張っていた。その成果だろう」

「あ、ありがとうございます」


 まさか、褒められるとは思わなかったので、照れてしまった。

 紘宇はなんの見返りもないのに、熱心に指導してくれた。何度、礼を言っても足りないくらいだ。


「そういえば、なんでお前はそんな必死になっていたんだ?」


 雅会は年に何度もある。なのに、珊瑚の力の入れようは目を見張るものだった。

 紘宇は疑問に思ったらしい。


「それは、妃嬪様より、花札をいただきたいなと、思いまして」

「欲しいものがあるのか?」

「はい」


 紘宇は言う。欲しいものがあるのならば、言えばよかったのにと。内官である紘宇は、女官とは違って、必要な品物があったら用意してもらえるらしい。しかし、珊瑚の欲するものは、安易に入手できるものではなかった。


「いったい、何を欲している?」

「その……お仕えしていた主人との別れ際に、剣を賜ったのですが、没収されてしまい……」


 もしかしたら、花札と交換してもらえるかもしれない。そのためには、雅会に出て最高の演奏をしなければならない。その件がきっかけで、珊瑚は練習を重ねてきた。

 王子から授かった剣は、珊瑚にとって唯一国との繋がりとなる剣だったのだ。


 顔を上げると紘宇と目が合う。

 先ほどの穏やかな顔から一変して、険しい表情となっていた。


「残念だが、宮官の帯剣及び所持は認められていない」


 衝撃を受けるのと同時に、やはりそうであったかという諦めと落胆する気持ちが湧き上がる。

 没収された時に、そうではないのかと考えていた。

 あの美しい剣は珊瑚には過ぎた品だった。そう、思うことにした。


「なぜ、その剣に固執する?」


 紘宇はまだ、堅くなった表情を崩さない。責めるように、珊瑚に話しかけてくる。


「それは、主人が私にくださった剣、ですし……」

「大切な品だと?」


 珊瑚はコクリと頷いた。

 ここで、想定外のことを問われる。


「まさか、その主人とお前はできて・・・いたんじゃないだろうな?」


 できて・・・とは、深い関係にあったということだろう。鈍感な珊瑚にも、それくらいの意味はわかる。


「命を挺して守るとは、なかなかできないことだ。まさか、愛人関係だったのか?」

「ち、違います!」


 慌てて否定する。メリクル王子とは、そのような関係ではない。


「決して、決してそのような関係では……。たしかに、一度、結婚を申し込まれたことはありますが、過ぎた話だと思って、お断りをしました」

「なんだと!? お前達の国では、そういう者同士が結婚できるのか?」

「え?」


 そういう者とは、身分差のことなのか。

 伯爵家の者が王族と婚姻を結ぶことは多くはないがないことはない。

 珊瑚の家は歴史ある名家で、王家に嫁いだ者もいたはずだ。


「そう、ですね。ですが、あまり、多い話ではありません……」


 華烈ではありえないことなのか、紘宇は絶句している。


「お慕いしておりましたが、私的な感情は抱いておりませんでした」


 厳しい人だったが、優しい人でもあった。

 しかし、異性として意識したことなど一度もない。


「それは、お前が気付いていないだけだろう」

「え?」

「なるほどな。その主人からもらった剣のために、練習をしていたというわけか」


 どんどん、紘宇の口調が激しく、またトゲトゲしくなっていく。


「下心があってのことなのに、私は知らずに協力してしまった。馬鹿馬鹿しい」

「こーう、あの」


 立ち上がった紘宇は、早足で執務室へと向かう。珊瑚はあとを追いかけたが、ピシャリと扉を閉ざされてしまった。

 部屋に入って弁解しても、怒らせるだけだろう。


「こーう、ごめんなさい。こーう……」


 今になって気付く。剣のことは、今日まで忘れていたと。

 二胡が上達していくのは、楽しかった。気が合わない紺々と麗美が息が合うようになって、仲良くなっていく様子を見守るのは微笑ましかったし、何よりも紘宇の熱心な指導が、嬉しかった。

 しだいに、紘宇に認めてもらいたい、褒めてもらいたいと思うようになり、日々、頑張っていた。

 珊瑚の中にあった目的は、いつの間にか変わっていたのだ。


 しかし、今となってはそれを説明するのも白々しいだろう。

 怒ってしまった紘宇は、なかなか機嫌を治すことは難しい。時間が解決してくれるだろう。

 そう、思うしかない。


「くうん」


 たぬきがやって来て、珊瑚を励ますようにすり寄って来た。


「たぬき、ありがとうございます」


 頭を撫でたが、心は落ちつかない。


 少し、頭を冷やしてこよう。

 珊瑚はたぬきに留守番を頼み、部屋を出る。


 薄暗い夜の後宮を歩く。

 周囲に人の気配はない。格子窓の外を見上げると、雲がかった月がぼんやりと浮かんでいた。

 ここの国では、ひと際輝く一番星ですら、ぼやけて確認できない。

 前に、紺々が見たいと言っていた彗星など、見ることは不可能だろう。

 そもそも、星が見える国でも、彗星の観測などないに等しい。


 そんなことを考えながら、廊下を進んで行く。


 柱廊から中庭に出る。

 今宵は風が強く、ひやりとしていた。上着を羽織ってくれば良かったと後悔する。


 高い木があったので、登って太い枝に座る。

 小さな頃はこうして、木登りをして遊んだものだった。


 木々に囲まれた場所の、澄んだ空気を吸い込んだら、モヤモヤしていた気持ちも少しだけ落ち着いた。ほんの、少しであったが。


 メリクル王子も、珊瑚の発言が原因で機嫌が悪くなることがあった。

 あれは、いつの話だったか。珊瑚は王子に夜会に誘われた。てっきり護衛だと思っていたら、なんと、ドレスを着て同伴するようにと言われたのだ。

 冗談だと思い、軽く受け流したら、怒らせてしまい、一ヶ月は口を聞いてくれなかった。


 その出来事を甦えらせながら思う。きっと、自分には無神経なところがあるのだと。

 許してくれるのを待つしかない。

 息を大きく吸い込んで、吐く。気分は入れ変わった。そう、思い込むしかない。

 紘宇が心配するといけないので、部屋に戻ることにした。

 木から飛び降りる。


「きゃあ!!」


 着地したのと同時に、女性の悲鳴が聞こえた。

 声がするほうにいたのは――星貴妃であった。



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