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二十一話 選考会

 今日はお喋りをするために集まったのではない。

 選考会の練習をする前に、紺々と麗美に意識を入れ替えてほしいと珊瑚は考えていた。


「すみません、少し、いいでしょうか?」


 すっかり歌うつもりで発声練習をしようとしていた二人の動きが、ピタリと止まる。


「珊瑚様、どうかいたしましたか?」

「あ、あの、私は何か失敗を」


 両者、対照的な反応を示す。ここでも、二人の思考はバラバラだった。


「こんこん、れいみサン、私のために、こうして集まって、練習してくださり、ありがとうございました」


 まず、珊瑚は抱拳礼をして感謝の気持ちを示した。


「お安い御用ですわ」

「いえいえいえ、とんでもないことでございます!」


 二人には心から感謝をしていた。歌が上手く、向上心もあった。だがしかし、致命的な問題がある。


 麗美は自分に自信があり、紺々は自分に自信がない。

 そんな二人が歌っても、綺麗な旋律になるわけがなかった。


「ところで、こんこんはれいみサンの歌声をじっくり聞いたことがありますか?」

「いえ、自分のことで精一杯で」

「では、れいみサンは?」

「紺々さんの歌声を聞いていたら、音程がわからなくなって、主旋律に引きずられてしまいそうで」


 紺々が高音を、麗美が低音を歌っている。

 二人はお互いにお互いの歌声を聞いていなかった。


 珊瑚は麗美にお願いをする。少しだけ、一人で歌ってみてほしいと。


「すみません、無理なお願いを」

「いいえ、珊瑚様のお願いとあれば」


 麗美は珊瑚の願いを聞き入れてくれた。今度は、紺々にお願いをする。


「こんこん、一度、れいみサンの歌声を聞いてみてください」

「はい、承知いたしました」


 珊瑚の演奏に合わせて麗美が歌う。

 低く難しい旋律であったが、間違えることなく歌い終えた。

 紺々は拍手する。


「れいみサン、すごい、お上手です」

「まあ、これくらい、なんてことでもないですけれど」


 紺々に褒められて、満更でもないといった様子だった。

 珊瑚は感想を聞く。


「れいみサンの歌は、どうでしたか?」

「えっと、声量があって、音程のブレもなく、完璧な歌声だったかなと」


 続いて、珊瑚は紺々にお願いをする。今度は一人で歌ってくれないかと。

 恥ずかしがり屋の紺々は顔を真っ赤にしてたじろいでしまう。


 珊瑚は床に膝を突き、紺々を上目遣いで見ながら懇願する。


「こんこん、お願いします」

「ウッ……」


 珊瑚のお願いには、紺々も弱かった。意を決したようで、歌ってくれることになる。


 珊瑚の弾く旋律を優しくなぞるように、紺々が歌う。

 野に咲く花の妖精のような、可愛らしい歌声であった。


 なんとか歌い終わり、紺々は胸を押さえてはあと息を吐く。

 珊瑚は拍手をして労った。


「こんこん、ありがとうございます」

「い、いえ、お粗末様でした」


 今度は麗美に紺々の歌声がどうだったか聞いてみる。


「そうですわね。とても、綺麗なお声だと思いました。しかし、声がとても小さくて、せっかく良い歌声なのに、聞き取れなくてもったいないですわ」


 ここで、珊瑚は二人に問いかける。


「今の状態で、こんこんとれいみサンの歌声は、綺麗に重なっていると、思いますか?」


 二人は今になってハッとなる。

 歌声は素晴らしいものであった。しかし、今の状態では、音律が調和することはありえない。


 紺々も麗美も、相手に合わせようとせずに、自分のパートを間違うことなく正確に歌うことしか考えていなかった。


「こんこんは、どうすれば綺麗に聞こえると、思いますか?」

「えっと、そうですね。もうちょっと、声を張って、声量を上げたほうがいいかな、と」

「そうですね」


 続いて、麗美に同じことを問いかける。


「わたくしは、少し声を抑えたほうが、いいのかもしれません」


 相手の歌声を聞いて、感想を述べ合い、初めて良いところ、悪いところに気付く。

 紘宇の言っていたとおり、息が合わない者同士は、自分のことしか考えていなかった。

 しかし、紺々と麗美は改善すべき点を気付いた。いまから、きっと良くなるだろうと珊瑚は思う。


「では、一度合わせてみましょう」


 相手を思いやり、綺麗な歌声を旋律に乗せていく。

 恐る恐る、相手に合わせるような荒削りな部分もある歌声であったが、今までのものよりもぐっと良くなった。


 紺々と麗美も、手応えを感じたようで、歌い終わったあと、手と手を握って喜びを分かち合っていた。


 こうして、練習は再開される。

 メキメキと上達する歌声は、廊下を急ぐ者の歩みを止めるほど、美しいものであった。


 ◇◇◇


 こうして訪れた雅会の選考会当日。

 珊瑚と紺々、麗美はドキドキしながら控室で待機していた。


 珊瑚、紺々、麗美の三人を「たぬき組」という名で登録している。


「あああ、ダメです。ドキドキして、体が氷のように冷たくなっています」

「こんこん、大丈夫、ですよ」


 珊瑚は紺々をぎゅっと抱きしめた。


「あ、はわわ、珊瑚様、そ、そんな」


 紺々は顔を真っ赤にして、ぐにゃぐにゃの状態になる。氷のようになっていた体は解れたが、別の意味で問題が生じた。


「まあ、紺々さんばかり、ずるいですわ。わたくしも、珊瑚様にぎゅっとしていただきたいのに」


 そんなことを言う麗美の体も、珊瑚は引き寄せた。


「ああ、珊瑚様、そんな、強引に……うふふ」


 左腕に紺々、右腕に麗美を抱き、二人の耳元で珊瑚は囁く。


「こんこん、れいみサン、今日は、おねがいいたします」

「もちろんですわ」

「が、がんばります」


 そうこうしているうちに、出番がやってきた。

 選考会を行う部屋には、貫禄のある女性が一人座っている。

 商儀部の女官長、李榛名り・はるなであった。

 彼女が選考員を務めるようだった。


「皆の演奏、楽しみにしておった」


 ただし、と付け加える。

 今回参加した者の大半は、二胡の演奏で歌を歌うという出し物であったと。


「よって、激戦区である」


 その宣言に、珊瑚は凛としながらも言葉を返す。


「はい、頑張ります」


 一同、抱拳礼をしたのちに、位置に立つ。二胡を演奏する珊瑚は椅子に座った。


 紺々と麗美の後姿を見る。二人共、緊張しているようだった。

 トントントンと足で拍子を取り、二胡の演奏を始める。


 二胡を弾いている間、李榛名の顔などみることはできなかった。

 皆、各々の務めで疲れているのに暇を見つけては集まって、一生懸命練習をしていたのだ。


 紺々と麗美は本番に強いのか、いつもより上手く聞こえた。

 珊瑚も精一杯いい演奏ができるように努める。


 難しい旋律も、なんとか乗り越えた。


 こうして、最後まで弾ききることに成功する。

 終わったあと、やっと李榛名の顔を見ることができた。険しい表情で三人を見ている。

 珊瑚はにっこりと微笑みかけた。すると、ふいと視線を逸らされる。

 手元にあった紙にさらさらと書きながら、命じた。


「もう、下がってもよい」

「はっ」


 一礼し、部屋を出て行った。


 結果発表は一時間後。皆、無言で控室まで歩いて行く。

 それから、用意されていた水を飲み干した。


 沈黙を破ったのは、麗美だった。


「はあっ、緊張しましたわ」

「ほ、本当に」


 雅会は年に何回も開催されている。今回ばかりではない。それなのに、最後と言ってもおかしくないような、全力を出し切った演奏と歌だった。


 悔いはない。珊瑚は二人に頭を下げる。


「こんこん、れいみサン、ありがとうございました。とても、綺麗でした」


 今までの中で、一番の仕上がりだったと、感想を述べ合う。

 それから一時間、ドキドキしながら結果を待った。

 ついに結果発表の時となり、尚儀部の者に呼び出される。


 案内された広間には、三十名ほどの参加者が集まっていた。

 ここで、李榛名より合格者の発表がある。


「まず、一組目。美しい舞踏を舞った、花組」


 五人組で挑んだ花組の女官達が飛び跳ねて喜んでいた。


「続いて、摩訶不思議な手品を見せた、虹組」


 たった一人で挑戦したらしい女官が、両手を挙げていた。


「三組目、愉快な人形劇で楽しませてくれた、白組」


 二人組の女官が、手を取り合って飛び跳ねている。


「次、素晴らしい品玉芸を披露した、木の葉組」


 四人組の女官がワッと沸く。


「最後だ」


 ドキンと、珊瑚の胸が高鳴る。

 紺々は神頼みをするように、胸の前で手を組んでいた。

 麗美は、瞬きもせずに、李榛名を見ている。


「二胡と美しい歌声を聴かせてくれた――」


 二胡の演奏を奏でながら、歌を披露した者は何組もいたと言っていた。

 果たして、誰が合格したものか。

 ドキドキを通り越して、バクバクと心臓が鼓動を打つ。


 李榛名は結果を発表した。


「たぬき組!」


 読み上げられた瞬間、三人はポカンとしていた。

 結果が信じられず、ぼ~っとしていたのだ。

 李榛名は顔を顰めつつ、もう一度たぬき組と読み上げた。


「さ、珊瑚様、あ、あの、どうやら、私達が、合格のようですが?」

「そ、そうみたいですわね」

「え!?」


 たぬき組と書かれた巻物が広げられた。ここで、珊瑚は我に返る。


 慌てて、合格にしてくれた李榛名に、深々と頭を下げた。


「二胡と歌は、今回一番多くの者が披露した。どれも、甲乙つけがたいものであった」


 最後の決め手は「笑顔」であったと話す。


「この後宮生活でもっとも重要なのは、笑顔である。それができていたのは、たぬき組一つだけだった。妃嬪様は現状を嘆いておる。我らまで、暗くなってはいけないだろう」


 参加者の中で、珊瑚だけが笑顔を忘れていなかった。そこを一番評価したのだ。


 合格発表後、珊瑚は紺々と麗美を抱きしめる。


「こんこん、れいみサン、ありがとうございました」

「い、いえ」

「そ、そうですわ。合格は、珊瑚様のおかげで」


 違うと、首を横に振る。


「合格できたのは、こんこんとれいみサンがいてくれたおかげです。一人では、微笑むことなんて、とてもできなかった」


 だからありがとうと、感謝の言葉を口にした。


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