番外編 華烈のお祭り
華烈には〝端午節〟と呼ばれる、歴史に名を残す詩人を祀る行事があるという。
ここ数年、帝都では大々的な端午節を行っていなかったようだが、数年ぶりに行うこととなった。
ただ端午節と聞いただけでは、どんな催しかわからない。
珊瑚は絋宇に質問してみる。
「絋宇、端午節とはどのような催しなのですか?」
「街に出店が多く並び、主にさまざまな種類のチマキを食べる」
チマキには必ず肉が使われていて、豊富な種類があるらしい。
「そのチマキを食べながら、龍船競争を見るのがお決まりだな」
「龍船競争、ですか?」
「ああ。参加者を国中から集い、競わせるようだ」
「なんだか楽しそうなお祭りですね」
今年は皇帝となった紅華が参加するので、絋宇と珊瑚は護衛として端午節に行くことになると言う。
「楽しみに……ではなくて、気持ちを引き締めて、皇帝陛下の護衛をします」
本音を堂々と漏らしてしまった珊瑚は、絋宇に笑われてしまったのだった。
端午節当日――帝都はこれまでにないほどの賑わいを見せていた。
新しく即位した皇帝が龍船競争の見物に訪れるというので、ひと目見ようと、余計に集まっているのだろう。
紅華は人込みを見ながら、愉快だとばかりに笑っていた。
「皆の者、見てみよ。あの民衆達は私を見物するためだけに集まったようだ。まるで珍獣にでもなったようだな」
上機嫌な紅華の傍で、侍女を務める游峯がぼやく。
「この状況を、よく楽しめるものだな」
「游峯よ、何か言ったか?」
「地獄耳め……!」
生意気な様子を見せる游峯を紅華は怒らなかった。
代わりに、チマキを差しだす。
「この先は長いから、今のうちに食しておけ」
「なっ――毒でも入っているのか?」
「そんなわけあるか」
紅華の優しさが、游峯にとって不審に映ったらしい。
珊瑚はふたりのやりとりをハラハラしながら見守る。
一方で、絋宇はまたか、という呆れた表情でいた。
游峯は豚の角煮がたっぷり入ったチマキを頬張る。
「無駄に美味いな」
「そうだろう、そうだろう」
職人が腕によりをかけて、用意したチマキらしい。
「目論見がわかった。僕に毒見をさせるつもりだったんだな」
「そうではない」
紅華は遠い眼差しを浮かべ、游峯に話しかける。
「なぜ、端午節にチマキを食べるのか、游峯は知っているか?」
「さあ? 縁起ものじゃないの?」
「違う」
紅華はチマキを手に取り、游峯に二個目を渡しながら話し始める。
「その昔、端午節の詩人は人々について記録を残していたが、ある日、争いを止めない国と民を憂いでしまう。これ以上、文字にして後世に人々の生き方を残すのも辛いと感じてしまい、詩人は川に身投げしてしまった」
龍船は詩人を助けようと駆り出されたものらしい。一刻も早く櫂を動かし、詩人を探す様子を再現したのが、龍船競争なのだとか。
「当時、川には人の肉を好む怪魚が棲んでいた。その怪魚が詩人を食べてしまわないように、詩人を慕う者が人の肉の代わりにチマキを投げ込んだらしい。結局、詩人の遺体は見つからなかったようだが、その後もチマキは川に投げ込まれた。ここ近年は、チマキを食べて、詩人を祀るという催しに変わったようだな」
紅華の話を聞いていた游峯は、顔色を悪くさせる。
「ってことは、チマキの中に肉が入っているのは!?」
「怪魚を惑わすための、人肉代わりの肉ってことだ」
「ぎゃあ!!」
チマキに肉がたっぷり入っている理由を知った游峯は、手渡された二個目をその場に放り投げる。
「おいこら、食べ物を粗末にするな」
「昔の奴らのほうが、チマキを川に投げ捨てて、食いもんを無駄にしていただろうが!」
「まあ、それはそうだが」
紅華は游峯が落としたチマキを拾い上げ、珊瑚へ渡す。
「珊瑚よ、食べるか?」
「はい!」
「お前、今の話を聞いていて、よくチマキが食べられるな!」
どうやら游峯は酷く繊細なようだった。
気にならない珊瑚は、豚の角煮がたっぷり入ったチマキを味わう。
「珊瑚、おいしいか?」
「はい!」
そうこうしているうちに、龍船競争が始まる。
大きな船を、櫂を使って漕ぐ様子は大迫力で、大いに盛り上がる。
チマキはおいしいし、龍船競争は楽しいし、端午節はいい催しだと思う珊瑚だった。