表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/127

番外編 翼紺々の一生

 ──翼紺々(よく・こんこん)。裕福な商人の家で生まれたが、のんびり屋でおっとりしている彼女は、せかせかと忙しなく働く家族と気質が異なっていた。

 計算ができないことはないが答えがでるまで遅く、品出しは遅く荷物を持つ力もない。

 幼いことから、「どんくさい」、「役立たず」と言われて育った。

 兄妹が多いことから、親からの期待もなく、劣等感に苛まれつつ暮らしていた。


 そんな紺々の趣味は、読書だった。父親が贈ってくれた絵本を、何度も繰り返し読んでいた。

 物語は、剣と剣がぶつかる激しい場面から始まる。

 甲冑に身を包んだ兵士が戦い、生きる者と死ぬ者の運命が描かれている。

 戦場には墓が立ち、いずれは戦う者もいなくなった。

 残された者達は、絶望していた。

 そんな中、救いの星が現れる。

 星は真っ暗闇を切り裂き、青空を見せてくれた。

 救いの星を、人々は彗星と呼んだ。

 その後、国に平和が訪れ、戦争をしない国を作った──という物語だ。


 本を読んでいる間は、自分自身の存在を忘れることができる。

 紺々にとって、読書は現実逃避でしかなかった。

 しかし、物語の世界と現実とが繋がるものがある。

 それは、彗星だ。

 華烈にも、二百年前に彗星が観測されたらしい。

 それをもとに、物語は書かれたらしい。

 いつか、彗星を見てみたい。

 紺々は、夢見るようになった。


 そんな紺々に変化が訪れたのは、十八の春。

 後宮で働く女官が、大々的な募集があったのだ。

 今まで後宮で働く女は『選秀女』という、家柄、教養、容姿の三つを秤にかけた選考会を行っていたが、今回ばかりは家柄、教養、容姿問わずだった。


 後宮で働く女官は、皇帝の妻に選ばれる。

 皇帝の妻の位は、皇后、皇貴妃、貴妃、妃、賓、貴人、答応、常在と別れている。

 女官となる者は常在から始まり、皇帝のお手つきとなれば、妃や貴妃といった上位の位を授けられるのだ。


 多くの者は、皇帝の姿を見ることもなく、お勤めを終える。

 国は世継ぎを産ませるため、たとえ下位の常在であっても皇后になるかもしれないため、家柄がよく美しく教養ある娘を後宮へと送り込んでいた。


 一方で、今回の選考は『選秀女』の文字はなく、単に後宮で働ける人を探しているだけに見えた。


 だったらと、翼家は紺々を後宮へと差し出した。

 紺々は自分が役立たずであると分かっていたので、父親の命令に応じ選考会へと向かった。


 選考会では料理や掃除裁縫の腕を見るのかと思いきや、書類の記入のみで終了となる。

 さらに、半日後に結果が発表され、紺々は四つある後宮のうちの、牡丹宮で働くことが決まった。


 実家に帰る暇など与えられず、着の身着のままで後宮に送り込まれる。


 ◇◇◇


 紺々が配属された牡丹宮には、星貴妃という美しい妃がいた。

 とは言っても、直接姿は現さない。一日中、部屋に引きこもっているらしい。

 それも無理はないと、紺々は思った。


 ここの後宮は、今までの後宮と仕組みが大きく決まっていたのだ。


 まず、秘められていることだが、皇帝陛下はすでに亡くなっているらしい。

 皇位継承者を持つ皇族も同様に。

 つまり、皇帝になる者が一人としていないのだ。


 そうなれば、力を持つ豪族が玉座に座ることになる。

 しかし、四つある豪族は同じくらい力があり、もしも内乱となれば国が大きく傾く。

 平和的な解決法として提案されたのは、今まで例にない斬新なものだった。

 それは──四つの後宮に四つの豪族の姫を立て、国中から男を集める。その中で、最初に生まれた御子を皇帝にするということ。


 現在、牡丹宮には国中から集められた男達が住んでいたのだ。

 だが、星貴妃は誰かを寵愛している様子はないらしい。

 むしろ、男を遠ざけていると。


 なんでも、毎夜、毎夜、野心家の男に夜這いされ、精神が参っている状態だと。

 ちなみに、星貴妃を襲った者はもれなく腐刑となっているらしい。

 それでも、男達は抱いたら自分のものになると思い込んで、夜這いにでかけるとか。

 なんという自信か。

 自分に自信がない紺々は、ある意味羨ましく思う。


 紺々と星貴妃の出会い──というより、一方的に見かけたのは、牡丹宮で働き初めて一ヵ月後の話だった。


 星貴妃は剣を片手に、「死ね~~!!」と宮官の男を追っていたのだ。

 偶然通りかかった美貌の内官、汪絋宇が、「あいつ、馬鹿め」と呟くのを聞いてしまった。


 星貴妃に追われていた宮官は夜這いに行ったようで、翌日腐刑になったと聞く。

 身の程知らずというか、なんというか。


 牡丹宮は殺伐としていた。


 それからというもの、腐刑になる者、自ら牡丹宮を出て行く者、女官と宮官が手と手を取り合って夜逃げするなど、だんだんと牡丹宮から男がいなくなる。


 そのしわ寄せを、汪絋宇が一身に背負っていたようだ。

 見かけるたびに、眉間の皺が深くなっていた。

 多忙を極めていて睡眠不足なのか、目の下のクマも酷かった。


 女官達はそんな絋宇を見て、「迫力が増している」「鬼人のようだ」「触らぬ汪絋宇に祟りなし」と評していた。

 ある意味、一番の被害者なのかもしれない。


 一方で、女官も仕事を失敗する者、星貴妃に媚びを売る者、情報を横流しにしていた者はどんどん解雇されていた。星貴妃が、直接命じているらしい。


 紺々はと言えば、裁縫をすれば指に針を刺して布を血で染め、台所では皿を割り、風呂場では盛大に転んで全身びしょぬれとなる。

 大失敗を繰り返していた。

 そろそろ解雇されるかもしれないと戦々恐々としていたが、何も言われなかった。

 あとから明らかとなったのだが、紺々の実家である翼家が牡丹宮に多大な寄付をしていたようだ。

 そのため、紺々は贔屓されていた。失敗にも、目を瞑られている状態である。

 もちろん、周囲からやっかみをうけたが、幼少期よりいろいろ言われてきたのでその点は慣れっこであった。


 ただ、空しくはある。

 親の加護のもとで、のうのうと暮らしているのだ。


 自分は何もできない。価値なんて何もないと、紺々は思っていた。

 珠珊瑚に出会うまでは。


 ◇◇◇


 ある日、紺々は珠珊瑚という異国人の世話係となった。

 珊瑚を見た瞬間、紺々は信じられない気持ちになる。


 珠珊瑚の髪色は金色で、目が青かった。

 瞳が瞬くたびに、星がキラキラと輝いているように見えたのだ。

 珊瑚は穢れのない澄んだ目で、紺々を見つめる。

 その視線は、鬱々としていた紺々を浄化させるような、清廉なものだった。


 それからというもの、紺々は珊瑚の世話をすることになる。

 失敗することもあったが、そういう時珊瑚はどうしてそうなってしまったのか、一緒に考えてくれた。

 驚くべきことに、珊瑚は常に紺々と同じ目線で物事を見てくれるのだ。

 それを繰り返すと、紺々は自分に何ができるのか、分かってくる。

 だんだんと、自分に自信が持てるようにもなった。


 変化があったのは、紺々だけではない。

 星貴妃や絋宇も、珊瑚の影響を受け、よい方向へと進んでいった。

 珠珊瑚という人間は、皆にとっての穢れを浄化する希望だった。


 ここで、紺々は気づく。珊瑚こそ、自分達の『彗星』である、と。

 絵本で見た希望と彼女の姿が、重なって見えた。


 時が過ぎ、星貴妃が即位して紅華帝となり、珊瑚は絋宇と結婚した。

 夫婦の間には子が産まれ、紺々は麗美と共に世話をすることになった。


 麗美も結婚しており、同じ時期に生まれた子は乳兄妹となるようだ。

 紺々は未婚だったが、それでも赤子を見ていると胸が温かくなる。

 これが母性なのかと、紺々は考えていた。


 そうこうするうちに、紺々の結婚話が浮上する。

 紅華帝が、いい男がいると紹介してくれるようだ。


 しかし、紺々は相手に会わずに恐れ多いことだと言って断った。

 それは、自らを卑下して言ったものではない。

 結婚をしたら、家庭に時間を費やすことになる。そうなれば、珊瑚に仕える時間も減ってしまうのだ。

 紺々にとって、珊瑚以上に大切なものはない。

 だから、紺々は結婚をしなかった。


 そんな紺々を見守っていたのは、たぬきである。

 珊瑚が拾ったたぬきは不思議な存在で、紺々が落ち込んだ時に励ましてくれたり元気づけたりしてくれる。

 普通の狸ではないと気づいたのは、二十年ほど経ってからか。

 狸は、ここまで長生きではないからだ。

 周囲の者達は、気にしていない。だから紺々も、たぬきのことは特別視せずにいた。


 紺々は幸せだった。

 珊瑚に一生仕え、子どもや孫の世話もした。


 最後に儚くなった珊瑚を見届けたあと、紺々は自分の役目は終わったと思う。

 そこから、糸が切れたかのように、体が動かなくなってしまった。

 紺々は、珊瑚から溢れ出る光を浴びて生きていたのだと気づく。


 床につく紺々の周囲を、たくさんの人達は囲んでくれた。

 紅華帝やその孫、麗美や游峯までいる。

 紺々は本当に、幸せだと思った。

 こんなにも、愛されていたのだと。


 ここまで導いてくれたのは、珊瑚だ。

 感謝しても、し尽せない。


 目を閉じた瞬間、声が聞こえた。


「くうん!」


 たぬきの鳴き声だ。

 ここ数日、どこかに行っていたたぬきであったが、きちんと傍にいたようだ。


 目を開くと、そこは花畑だった。たぬきも、そこにいた。


「くうん、くうん!」


 まるで、こっちに来いと言っているかのようだった。

 今の体では走れるわけがない。そう言ったら、ある変化に気づく。

 声が、若返っていたのだ。声だけではない。皺だらけだった肌は張りがあって、髪もツヤツヤだ。

 驚いたことに、珊瑚と出会ったころの若い紺々に姿になっていたのだ。

 いったいどうしてなのか。

 そう考える前に、たぬきから声がかかる。


「くうん」


 早くおいでよ、と言っているようだった。

 紺々はたぬきのもとまで走っていく。


 たぬきと並んで走るうちに、景色はめくるめく変わっていく。


 風が美しい模様を描く砂漠に、静かな湖のほとり、広大な海に、雪の森、雨の草原。

 いつか見たいと思っていた、美しい世界が広がっていた。


 最後に、暗闇の中に包まれたかと思えば──空を飛んでいた。


「え、ひゃあ!」

「くうん!」


 たぬきより、背後を見るように言われる。

 振り向けば、空を駆ける紺々のあとに、光の粒子が続いていたのだ。

 それは、絵本で見た彗星のようだった。


 光の粒は、紺々が歩んできた人生の軌跡である。

 彼女の頑張りの一つ一つが、光りの粒となって輝いていたのだ。


 紺々が通ったあとの空は、明るくなっていく。

 暗い空を裂くように、飛んでいたのだ。


 紺々は涙を流す。

 その粒すらも輝きを放ち、飛んでいった。


「くうん!」


 たぬきは、さあ行こうと言った。

 紺々は、その体を抱きしめる。

 彼女は彗星となって、天に昇ったのだ。


 光に包まれ行きついた先には──紺々の大好きな人が手を広げて待っていた。


これにて、番外編は終了となります。(また何か思いついたら書くかもしれませんが)

お付き合いいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ