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番外編 煉游峯の憂鬱

 閹官えんかん──生殖機能をなくすことを条件に、宮廷で働く者達のことである。

 身分を問わず選定される閹官は、高給取りだ。

 そのため、閹官を希望する者はあとを絶たない。

 非常に人気のある役職であった。

 しかし、閹官になるための条件は実に残酷極まりない。

 閹官になることが決まった者は、熱した刃物で生殖器を切り落とす。

 その後、傷が癒えるまで療養し、動けるようになったら仕事を始める。

 これらの処置を知っていて尚、閹官になりたいと望む者はあとを絶たなかった。

 貧しい生涯を送るよりは、福利厚生が充実した高給取りになって安定した生活を送りたいと望んでいるからだろう。


 煉游峯れん・ゆうほうもその中の一人である。

 毎日が生きるか死ぬかという環境の中で育ち、のちに閹官になることを決意した。

 しかし、彼の場合は他の閹官とは異なる道を歩み始める。

 それは、閹官になる者の生殖器を切り落とす役人と取引をし、生殖器を切り落とさなかったのだ。

 なんとか生まれたままの姿で閹官となった游峯は、役人に毎月口止め料を支払うことになる。

 それでも、游峯の生活は以前と比べてずっと恵まれていた。


 閹官になると、髭が生えなくなり、声が高くなる。

 そんな特徴が多くの者に見られた。

 いつまで経っても髭が濃く、男らしい閹官については、生殖器の有無の確認がなされるのだ。

 游峯同様に、生殖器を切り落とさずに閹官になる者が、一定数いたのである。

 幸いにも、游峯は疑われることはなかった。

 というのも、游峯は女性に見紛う容姿をもっていたからだ。

 それだけではない。

 栄養のある食事を取れば髪は艶やかになり、肌も綺麗になった。

 みるみるうちに、游峯は美しくなっていった。


 そうこうしているうちに、予測不可能な事態となる。

 游峯は星貴妃の愛人の一人である、珠珊瑚に引き抜かれたのだ。

 新しい、愛人の一人として。

 ただ、閹官に生殖機能がない。

 わかっていて、声をかけたようだ。

 武芸会に参加する者の人数が足りないというので、選ばれたらしい。

 游峯は牡丹宮を守る武官から、妃付きの雑役をするようになった。

 牡丹宮の妃、星貴妃はただの美しいだけの女ではなく、剛胆の持ち主であった。

 そして、大の男嫌いだったのだ。

 そのため、游峯は女装を強いられた。

 これも、予想だにしていない事態である。

 男が女の恰好をしても、似合うわけがない。そう思っていたが、周囲の反応は游峯とは真逆だった。

 誰もが美しい女官にしか見えないと、褒めたのだ。

 武芸会が終わっても、引き続き游峯は星貴妃の傍付きとなる。

 ただし、女装で。

 どうしてこうなったのかと、頭を抱えることになった。


 ◇◇◇


 星紅華が即位して、一年が経った。

 彼女は、宮廷の無駄をどんどん廃止していった。

 その中に、閹官も含まれる。

 残酷な方法で忠臣を作り出す仕組みは、もう二度と行わないらしい。

 今いる閹官は、生涯雇用されることが決まっている。高給取りであることは変わらず、その上慰労金も支払われたので不満に思っている者はいない。


 游峯と取引をしていた役人は、仕事を止めて地方へ行ってしまった。

 閹官の廃止によって、毎月の支払も不要となる。


 游峯は紅華帝に、引き続き傍付きをするように命じられた。

 仕事内容自体に不満はなかったので、謹んで受け入れる。


 ただ、条件の一部がとんでもないものであった。

 仕事着が、女官と同じものだったのだ。


「なんっで女装なんだよ!!」


 生意気な物言いに紅華帝は怒るどころか、優雅にたぬきを撫でつつケラケラと笑っている。


「煉游峯、お主の美貌が際立つのは、女装しかないと思ってな」

「なんで美貌を際立たせる必要があるんだよ」

「花と一緒だ。見ていると、癒される」

「……」


 女の恰好が似合うのも、十代のうちだけだ。

 皇帝付きの仕事は、給料もいい。しばらくの我慢だと思うことにした。


 しかし──女装をするようにという命令は、游峯が二十歳になっても解かれなかった。


「おかしいだろうが!!」


 游峯は少年期よりもぐっと背が伸び、声も低くなった。

 しかし、それでも女装をするようにと、紅華帝より強いられていた。


「さすがにもう、似合わなくなっているだろう?」

「いや、さらに美しくなっているぞ」

「はあ!?」

「まるで、熟れかけた果実のようだ」

「なんだよ、それ。無理があるだろう?」


 周囲にいた者にも、自分の女装姿は見苦しいだろうと訴えたが、頷く者はいなかった。


「……い、今だけだからな! いずれ、見苦しい女装姿になるから、見ていろよ!」


 そんなふうに游峯は言っていたが、二十五歳──二十八歳──さらには三十歳と年を取っても、女装を止めるように言われなかった。


「いやいやいや、もう無理だろう!?」


 三十の誕生日をきっかけに、勇気を出して紅華帝に抗議する。

 游峯はいまだに女装をしていた。


「中年男の女装なんて、見苦しいだろう?」

「まだ十分美しいぞ? 地上に舞い降りた、天女のようだ」

「はあ!?」


 さすがに納得できない。周囲の言うことも、信じることができなかった。

 女装はもう止める。誰がなんと言おうと。

 そんな游峯に、紅華帝が言った。


「ならば、街で国一番の美女を決める大会を開催しよう。それに参加して、噓偽りのない世間の評価を聞いて来るのだ」

「な、なんで、わざわざそんなものに参加しなくてはいけない?」

「そこで、見苦しいと言われたら、お主の女装は免除してやる」

「本当か?」

「本当だ」


 こうして、游峯は国一番の美女を決める大会へ参加した。

 紅華帝の口車に乗せられているとは、夢にも思わずに。


 国中の美女が都に集められ、一番の美女を決める大会が開催された。


 結果──游峯は優勝してしまった。

 国一番の美女であると、満場一致で選ばれたのである。


「う、嘘だろう?」


 当日に道行く人から選ばれた審査員に、顔見知りは一人もいなかった。

 つまり、游峯が男であると知らないで選んだことになる。


「よかったな、煉游峯。お前が華烈一の美女だ」

「く、くそ~~~!!!!」


 そんなわけで、游峯は三十を過ぎても女装を続けることとなった。

 人生とは、何が起こるかわからないものである。


 游峯はしみじみ、痛感していた。


 ◇◇◇


 ──煉游峯は生涯紅華帝に仕える。

 その美貌は、息を呑むほどのものだった。

 煉游峯が実は男であると知る者は少ない。


 恵まれた容姿と、素直な態度は、紅華帝の心を癒し続けていたとか。



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