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百十八話 それから、それから、それから

 部屋の戸が開いた途端、珊瑚は絋宇に抱きついた。

 珊瑚だけでなく、たぬきもぴょんぴょんと跳ね再会を喜んでいる。


「こーう、こーう!」

「くうん! くうん!」

「うわっ!!」


 絋宇は想定していない大歓迎だったからか、わずかにのけ反っていた。


「こーうの、匂いがします!」

「くうん!!」

「お前は犬か! たぬきも落ち着け!」


 いつも通りの絋宇の様子で、とても元気そうだったので珊瑚はホッとする。

 安心したら、なんだか泣けてきた。絋宇の胸の中で肩を震わし、静かに涙する。

 そんな珊瑚を、絋宇はそっと優しく抱きしめた。


「珊瑚、一人にして、悪かった」

「い、いいんです。私は、お仕事を頑張る、こーうが好きなので」

「そうか」


 絋宇は珊瑚の背中を優しく撫で、泣き止むまで待ってくれた。

 たぬきも、珊瑚と絋宇を優しい眼差しで見守っている。


 落ち着いた珊瑚は、絋宇と向き合って座った。


「……」

「……」


 こうして、ゆっくり面と向かい合うのは久々である。

 後宮にいた時も、向かい合って話をすることなどなかった。

 互いに照れてなかなか話し出せなかった。

 沈黙を破ったのは絋宇である。


「なんというか、私は、珍しく、浮かれている」

「私には、いつものこーうにしか見えませんが」

「そうか」


 絋宇も珊瑚に会えて嬉しいことがわかり、胸がじんわりと温かくなった。


「私はずっと、お前の夢を見ていた」

「私の、夢、ですか」

「そうだ」


 絋宇は少し切なげに、それから遠い目をしながら話した。


「戦場で怪我をした私を、珊瑚が迎えにきてくれたのだ。そして、私を巡って、決闘が始まって、苦戦の末に珊瑚が勝った」

「……」


 夢の中で自分の取り合いのために決闘が起こることなど、不思議なものだと絋宇は呟く。


「その後、私は珊瑚と抱き合っていたのだが、私の背に矢が飛んできて……」


 珊瑚は絋宇を庇い、胸に矢を受けてしまった。


「夢とはいえ、私は悲しかった。珊瑚が私を庇って死ぬ以上に、辛いことはない。矢を抜こうと、私はお前の懐を探ると──」


 珊瑚と目が合った絋宇は、気まずげに顔を逸らす。


「その、なんだ……」

「あの、こーうが、私の胸を、掴んでしまったのですよね?」

「どうしてわかった? 私の夢の話なのに?」

「こーう」

「なんだ?」

「それは、現実です」

「私は、頭がおかしくなったのか? 今も、お前が美しい女子おなごの姿でいるように見える」

「あの、美しいかはわかりませんが、女性の服を纏っています」

「なんだと!?」


 絋宇は働きすぎているのか。

 混乱状態になっていた。


「こーう、改めて言わせていただきますが──私は女です」

「う、嘘だろう!? それは、私が望んだ、妄想としか思えない!!」

「どうしたら、信じてくれますか?」

「いや、だって、お前は、男だろう? さっきだって、兄上が……」


 絋宇の兄、永訣が迎えに行った馬車の中で、珊瑚の近況について語っていたらしい。


「この一ヵ月で、珊瑚は驚くほど逞しくなった。私より、体が大きくなっている気がする。そんな男と、本当に結婚するのだな? と聞いてきて──」

「こーうのお兄さん、そんなことを言っていたのですね」

「もちろん珊瑚と結婚するつもりだと、答えた。私は、別にお前の見た目を好きになったわけではないから」

「こーう……ありがとうございます。あの、一つ質問がありまして」

「なんだ?」


 絋宇の混乱に乗じて、前から気になっていたことを問う。


「こーうは、男性が、恋愛対象なのではないのですよね?」

「当り前だ。私は、お前だから好ましく思ったのだ」

「よ、よかったです。私、ずっと、不安で」


 珊瑚は再び、ポロリ、ポロリと涙を零す。


「こーうが、女とわかったら、嫌いになるのではと、思って、ずっと、言いだせなくて」

「は……? お前、まさか、本当に女なのか?」

「そ、そうだと、言っています」

「で、では、夢だと思っていたことも?」

「全部、現実です」


 絋宇は信じられないとばかりによろよろと立ち上がると、珊瑚に近づく。

 すとんと脱力するように珊瑚の前に座り込み、手をそっと優しく掬うように手に取った。


 絋宇は紅華との稽古でできた肉刺まめを刺激しないように触れ、ひっくり返して手の甲を見る。

 そして、包み込むように、両手の中に閉じ込めた。


「……どうして、今まで私は気づかなかったのか。珊瑚の手は、男のように、ごつごつしていないのに。こんなにも、しなやかで、男のものなはずがない」


 それから、絋宇は珊瑚の首筋にも触れた。


「喉仏も、ないではないか」


 絋宇は珊瑚の手を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。


「すまない。気づいてやれなくって」

「……」

「お前はずっと、苦しんでいたのだな」


 その言葉に、珊瑚は首を横に振った。


「こんな私でも、こーうが好きになってくれたので、ぜんぜん、苦しくなかったのです。幸せでした」


 絋宇の頬にも、熱いものが流れていく。珊瑚はそれに気づくと、優しく体を抱き返した。

 赤子をあやすように、絋宇の背中を撫でる。


「珊瑚、これからは、二人で生きて行こう」

「はい」


 やっと、想いを通じ合った二人は、将来を誓い合う。

 その様子を祝福するかのように、たぬきは尻尾を振っていた。


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