百十一話 尋問
珊瑚の胸はドクンと跳ねる。
記憶を探ってみるものの、レノンという名の知り合いはいない。
いったいどうして?
自問するが、答えは見つからなかった。
どうしようか。迷っているうちに、ヴィレが間に割って入る。
「あの、かの、いえ、か、彼はコーラル・シュタットヒルデではありません」
「いや、しかし──」
珊瑚はちょっとした諍いに巻き込まれ、華烈軍に捕らわれたのちに幽閉状態にあるという話は有名だった。
そのため、レノン隊長はそう思ったのだろう。
そんな危機的状況であったが、ヴィレは見間違いであると主張する。
「私はコーラルの元同僚でした。毎日会っていた人を、間違えるわけないので」
「それは、そうだが」
「それそうと、レノン隊長はコーラルと知り合いなんですか?」
「いや、知り合いではない」
レノン隊長の返答に、ヴィレはその場でズッコケそうになる。
「だ、だったらなんで、コーラルだと思ったのですか?」
「彼……いや、彼女だったが、コーラル・シュタットヒルデは、芸術品のように美しい人だった」
恍惚の表情で、レノン隊長は語る。
「騎士としては小柄だが、均衡のとれた体に、しなやかな筋肉、そしてなんといっても、騎士隊随一の美しい顔は、ずっと眺めていても飽きない」
レノン隊長の熱弁に、部屋の中の空気が凍りつく。
語る本人だけが、熱を帯びていたのだ。
ヴィレだけはこのままではいけないと思ったのか、レノン隊長に問いかける。
「え~っとつまり、レノン隊長はコーラル・シュタットヒルデの信仰者だった、ってこと」
「まあ、そうだな」
暇さえあれば、珊瑚のことを覗きに行っていたようだ。
まったく気づいていなかったことを幸せに思えばいいのか、騎士失格だと落ち込めばいいのか、珊瑚にはわからない。
「何度も、私の部隊に勧誘しようと誘ったが、メリクル王子は頷かなかったのだ」
「それは……彼女は優秀な騎士だったし」
「そうなのだ。コーラル・シュタットヒルデは、極めて有能な騎士だった」
ぐっと拳を握り、レノン隊長は熱く語っている。
「結婚とか、申し込まなかったの?」
「いや、それはない。彼女に求めていたのは、男らしい美しさであるがゆえ」
「え~っと、つまり?」
「私は、雄々しい者を愛でるのが好きなのだ。剣を交えたり、話をしたり、望むのはそれくらいだ。芸術品たる彼らに触れるなど……とても!!」
「へ、へえ~~、そうなんだ」
レノン隊長の特殊な趣味はひとまず置いておき、ヴィレは話を本題に戻す。
「それで、彼はどうします?」
「交渉材料として価値のある男なのか?」
「それはもう」
将軍である汪絋宇は、華烈軍に連絡をしたところ、取り合ってもらえなかった。
しかし、この珠珊瑚という男は、皇家の血が流れており、華烈も無視できないと。
ヴィレはこの場で適当にでっちあげた情報を、しれっと報告している。
「あ、あと、これが、華烈軍の次の作戦が書かれた密書で」
「ふむ」
レノン隊長は密書を受け取り、読み始める。
「これは本物なんだな?」
「それはもう。これがなかったら、平気な顔をして戻ってきませんよ」
「そうだな」
密書は副官の持つ銀の盆に置かれ、丁重な扱いをされていた。
ここで、ヴィレの任務は完了となる。
あとは、珊瑚がどういう扱いを受けるかが問題であった。
「それにしても、彼は本当にコーラル・シュタットヒルデに似ている。おい、瞼を開いて見せないか」
「あ、いや、その、彼は、目の病気で、瞼を開くことができないのです」
「む、そうなのか?」
「はい」
レノン隊長は珊瑚の肩をむんずと掴み、筋肉量を確かめる。
「若い鹿のような筋肉だ。剣を握れば、良い動きをするだろうに、もったいない」
「え、ええ。そうですね」
レノン隊長は珊瑚の肩から腕にかけてを、遠慮なく掴む。
珊瑚の全身に鳥肌が立っていたが、耐えなければならない。
「この者は──そうだな。私の天幕へ連れて行ってやれ。顔を綺麗にして、服を着替えさせ、目は医者に見せるといい。ヴィレ・エレンレース。お前はしばらく、彼の世話でもしとけ」
「了解であります」
ヴィレは綺麗な敬礼を返し、再び珊瑚を持ち上げる。
「うっしょ、どっこいしょ……うっ、重たい!!」
「……」
ヴィレの言葉が、地味に珊瑚の心を傷つける。
痩せなければと、ひっそりと目標を立てた。
◇◇◇
レノン隊長の私室に、絋宇の姿はいなかった。
天幕の内部は簡易的な寝台と、机、着替えを入れた木箱があるばかり。
「几帳面な人っぽいね」
「ええ」
外にいる見張りの騎士に聞こえないよう、珊瑚とヴィレはヒソヒソ話をする。
「一応、作戦は今日の夕方ってことになっているから。夜はレノン隊長と二人きりで熱夜を過ごす、ってことにはならないと思う」
「そうならないことを、祈っていますよ」
「それにしても、コーラルはいろんな人にもてていたんだね」
「まったく嬉しくありませんでしたが」
男だったらよかったのにというレノン隊長の切実な一言は、珊瑚の胸を深く抉った。
「あとは、オー・コーウーの居場所を捜さなきゃ」
「ええ」
「僕に任せて」
作戦があるという。ヴィレは珊瑚の耳元に、コソコソと囁いた。