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百十話 捕虜珊瑚

 珊瑚は即連行だった。


「あ、こいつ、足が折れてるんで」


 レノン隊長とやらは怪我人相手には紳士という情報を信じ、珊瑚は足を負傷しているということにしておく。

 念のため、目も見えないということにしておいた。

 さすれば、瞳の色がバレずに済む。


「なるほど。脚を怪我していたから、変な馬の乗せ方をしていたんだな」

「ええ、まあ」


 腹ばいで馬に乗るというのは、珊瑚の腹筋力とバランス感覚が成せる技である。

 足を怪我しているという設定では、こう運ぶしかなかったのだ。


 びゅうと強い風が吹く。

 砂交じりの風は、視界をぼやけさせていた。


「クソ、今度は向かい風か」


 騎士の一人が呟く。

 珊瑚が上官であったら、口の利き方がなっていないと叱咤していた。

 しかし彼は、名も知らぬ騎士で部下ではない。

 常に真摯であり、紳士であれという騎士隊の教えは、末端の騎士にまで行き届いていないのだろう。


 珊瑚は騎士隊のすべてを知っているわけではない。

 粗野な者も多いと聞く。

 この辺りは、仕方がないのかもしれない。

 そう、考えるしかなかった。


 一時間ほどで、騎士隊の駐屯地にたどり着いた。

 そこには、きちんと衛生管理がなされた、立派な天幕がある。衛生兵は清潔な服を纏っており、怪我人が地面に寝転がる様子は見られない。物資も豊富にあるようだ。


 人手と物資不足でボロボロだった華烈軍とは違い、環境が整った駐屯地だった。

 脱走騎士ヴィレの帰還と、捕虜を捕まえてきたという知らせは、騎士達の好奇心を刺激したようだ。


 天幕の中から、騎士達が次々と出てくる。


 珊瑚はぎゅっと目を閉じ、瞳の色を見られないようにした。

 すれ違う騎士の喋る声が聞こえる。新しい捕虜だと。


「前にも、華烈の兵士が捕まっていたな」

「ああ、なんでも、将軍職だったらしい」


 話の続きが気になるものの、珊瑚を乗せた馬は立ち止まることはない。

 別の騎士達も、捕虜となった絋宇であろう男の話をしていた。


「なんでも、この前の捕虜は総隊長のお気に入りらしくて」

「あれだろう? 恐ろしく顔が美しい男だったとか」

「男に美しいとか使うなよ」

「いや、俺もそう思ったが、当て嵌まる言葉がないらしい」


 その意見には、珊瑚も心の中で頷いてしまう。

 切れ長の目を持ち、整った目鼻立ちをしている絋宇は、絶世の美男子だ。

 メリクル王子もたいそう美しいかんばせを持っているが、それに負けず劣らずといった具合である。


 そんな絋宇は、危機的状況の中で捕まっていた。

 早く助けなければ。

 その前に、ヴィレの持ってきた情報に上層部が釣られるかが大きな課題である。


 馬は並足で歩いていく。

 十五分ほどで、総隊長のいる天幕の前にたどり着いたようだ。

 珊瑚はどくどくと、胸が高鳴っているのを感じた。

 上手くいく。きっと上手くいくのだ。

 そんなことを考えつつ、自らの身はヴィレに任せる。


「うっ、重たい」


 馬に乗せられた珊瑚を抱き上げ、担いだヴィレはそんなことを口にする。

 失礼なと言いかけて、ぐっと言葉を呑み込む。

 後宮では毎日三食美味しい食事が用意され、騎士隊にいたような一日通した訓練などもない。

 運動量は大きく減っていた。そのため、体重が大きく増えているかもしれないと珊瑚は内心慄く。


「ふっ……うっ、よいしょっと!」


 ヴィレは気合の掛け声と共に、珊瑚を運んでいた。

 申し訳ないと思いつつ、大人しく捕虜役を行う。


 天幕の中へと入った。

 内部は薄暗い。おそらく、砂の混じった風を避けるために、完全に閉めきっているのだろう。


 ヴィレは珊瑚を広げられた敷物の上に下す。

 怪我をしているという設定なので、ゆっくりと寝かせられた。


「先ほど報告にあった、脱走兵と捕虜を連れてまいりました」

「ご苦労」


 声は想定していた以上に若々しい。しかし、若くても三十前後だろうと、推測する。

 彼が噂のレノン隊長なのだろう。

 瞳の色がバレたらいけないので、目はしっかり閉じておいた。


 まず、配置場所から脱走したヴィレへの処分が言い渡される。


「ヴィレ・エレンレース。お前には、エレンレース公爵より見つけ次第帰還させるよう、懇願書が届いている。上層部の許可は下りているから、即帰国しろ。処罰はそのあとだ」


 エレンレース公爵家は騎士隊に多くの資金を投じ、騎士隊経営の重役でもある。そのため、申し出は無視できないようだ。

 ただ、ヴィレの行いに情状酌量の余地はなく、しっかり処分してくれと言っているらしい。


「今すぐ荷物を纏めて夕方の船で帰れ」

「えっ、そ、それは……」

「なんだ? 脱走兵の癖に、まだ国に残りたいと?」

「いえ……」


 思いがけない命令に、ヴィレは戸惑っているようだった。

 彼に対して放任主義だった父公爵の、優しさとも取れる。


「それから、捕虜は怪我をしていると?」

「はい。それから目を負傷しているようで、見えないようです」

「そうか」


 レノン隊長は珊瑚の前にしゃがみ込み、顔を覗き込む。


「ほう? なかなかの良い男ではないか」


 想定内の発言である。

 しかし、続けざまに言われたことは、想定外のものであった。


「お前──もしや、コーラル・シュタットヒルデではないのか!?」


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