百七話 戦場へ──
久々に集まった三人は、近況を語り合う。
「コーラル、お前は、どのように暮らしていた?」
「私は──」
汪家の当主永訣に男と間違われ、絋宇に連れられて皇帝の妃が住まう後宮で働くことになる。
そこで星貴妃や紺々と出会い、優しい人々に囲まれて暮らしていた。
「言葉が通じなくて大変でしたが、皆、親切な方ばかりで」
ここで、珊瑚と旅をしていた紅が、星貴妃であったと告げる。
「あの者、なかなか気難しい女のように思えたが、本当に親切だったのか?」
男性嫌いの星貴妃はメリクル王子が近づき話しかけるたびに、嫌悪感丸出しの表情をしていたらしい。
まるで、野生の野良猫のような警戒心だったと評する。
「妃嬪様は、その、男性関係でいろいろあって。私も、最初は男と勘違いをされていたので、距離を取られていました」
そんな星貴妃であったが、今はすっかり打ち解けた関係にある。
「騎士ではなくなった私の、姫君でした。あの御方がいるおかげで、私は私らしくいられたのです」
「そうだったのか」
一方、メリクル王子は珊瑚がいなくなったあと、苦悩の日々を過ごしていたらしい。
「お前は、私の人生に必要な者だったのだ。いなくなってから、気づくとは──」
「そんなことは」
「そうだな。大事に思う者は、お前だけではない。その時の私は弱り切っていて、コーラルしかいなかったのだと思い込んでいたのだ」
外交に失敗し、何も手にできない状態で帰国したメリクル王子を、周囲は冷ややかな目で迎えた。
それが仕組まれた悲劇と知らず、塞ぎ込む毎日を送っていたと話す。
「コーラル、お前が帰ってきたら、以前のような生活に戻れると思っていたのだ」
「殿下……」
「だから、再度華烈へ行くという、無謀なこともした」
メリクル王子は家族の反対を押し切り、まともに護衛を連れずに単身で華烈へと渡った。
運よく珊瑚と再会し祖国へ帰ろうと誘ったが、断られてしまったのだ。
「拒絶されることは、想定外だった」
「申し訳ありません。逃げるという選択が、どうしても選べず」
「いや、お前はそういう者だった。私が、失念していたのだ」
開き直ったメリクル王子は、国に帰らず見聞の旅に出る。
「これがまた、酷い目の連続だったが……後悔はしていない」
旅の中で、メリクル王子は人の心の温かさと奉仕の心を学んだという。
「旅の中で見てきたことのすべては、城では学べぬことだった。世界は美しいが、残酷で──」
「けれど、優しい。殿下、そうですよね?」
珊瑚の言葉に、メリクル王子は頷いた。
「戦いごとなど、つまらぬことは今すぐにでも止めなければ。この国は、戦争よりもすべきことがある」
それは──王の統治である。
メリクル王子は迷いのない声で言い切った。
「私も、何か手伝いたいと思っている」
「と、いうのは?」
「未来のための、国づくりだ」
メリクル王子が政治に関わるのならば、これ以上心強いことはない。
現在、中央機関は人手不足で困っていると聞いた。
「敵国の王子であった私を、華烈が受け入れるかはわからないが」
「そんなことないですよ。私を受け入れたくらいですから」
「まあ、その辺の話はおいおいだな」
まずは、両国間の戦争をどうにかしなければならない。
話は、近況を語ることも戻る。
「ヴィレは、どうしていた?」
「殿下、僕のこれまでに、興味があるのですか?」
「まあ、わりと」
話せと言われたので、肩を竦めながら語り始める。
ヴィレは珊瑚やメリクル王子ほど、波乱の日々を過ごしていたわけではないと話す。
「一回戦場に出たのですが、鬼人のように恐ろしい敵将軍に尻込みしてしまい」
「優秀な武人がいたのだな」
「ええ。オー・コーウーという名の者ですが」
絋宇の名前が出た途端、メリクル王子の眉がピクリと動いた。
「ほう。あの男、コーラルの傍におらぬと思ったら、戦場に行っていたのか」
「殿下のお知り合いですか?」
「まあ、な」
仲がいい関係には思えなかったのか、ヴィレはこれ以上話を突っ込んで聞かなかったようだ。
「話は戻りますが、戦場で使えないと判断された僕は、捕虜を監視する役目を言い渡されたのです」
そこに絋宇が連行され、ヴィレは再び鬼人のような絋宇を目にすることになる。
「もう、手負いの獣のように暴れて……最終的には麻酔を打って大人しくなってもらったようです」
「まるで猛獣だな」
「本当ですよ」
その後、しばらく経って落ち着いた絋宇から、珊瑚の話を聞いて会いに行くことになり──。
「今に至るというわけです」
「なるほどな」
「ヴィレも、いろいろ大変だったのですね」
「メリクル王子やコーラルに比べたら、ぜんぜん大変でもないんだけれど」
奇跡が起こって、こうして三人は再会できた。神に感謝すべきことだろう。
船旅は順調で、着々と戦地に近づきつつある。
だが、果たして上手くいくものなのか?
もしも、失敗などしたら?
そんな考えは、尽きない。
だがしかし不安は、口にするべきではないと誰もが理解していた。
じっくり作戦を練って、実行するばかりである。
◇◇◇
三日後──ようやく目的地に到着した。
荒廃した土地は、強い風が黄砂を巻き上げている。
異国人であるとバレないようつばの広い笠を被り、全身を覆う外套を纏って肌の露出も極力抑える。
そんな状態で、戦場の情報収集を港町で行った。
誰に話を聞いても、同じ情報しか得られなかった。
それは、華烈軍は壊滅状態であるということ。
それを聞いた珊瑚達は、華烈軍の駐屯地へと向かった。