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百六話 再会

 珊瑚は慌てて片膝を突くが、メリクル王子も同じように床に膝を折って座った。


「あ、あの、殿下……」

「私はもう王族ではない。だから、そのように畏まる必要もない」

「そ、そんなことは……」


 メリクル王子は遠い目をしながら話す。


「立場や身分は、周囲にいる者達が作るものだ。国を出て、一人になって、私はようやく気付いた」


 王子が王子でいられるのは、大勢の臣下がいて、果たすべき職務があるからこそである。

 はっきりと、そう述べた。


「私がもしも王子であったとしたら、お前を助けてやれなかっただろう。華烈で私の身代わりになって処刑されそうになった日のように」


 大事な者を助けられないような立場や身分など、無意味なものである。

 メリクル王子は強い口調で言った。


「私は、国に戻ってからも呵責の念に苛まれていた。あの時、お前の申し入れを受けるべきではなかったと」


 だからこそ、メリクル王子は危険を顧みず、珊瑚を助けに華烈へとやって来たのだ。


「そんな私の行動が、まさかこんな事態を引き起こすことになるとは思いもせず──」

「殿下……」


 見つめあう二人を邪魔するように、扉が開く。


「しかし、この国はこのままではいられぬ。劇薬・・となる出来事が、必要だったのだ」


 二人の会話に口を挟んだのは、星貴妃であった。


「ひ、妃嬪様!」

「感動の再会を邪魔して悪かったな」

「いいえ」


 星貴妃の体は、游峯が支えていた。

 足を挫いたという話を聞き、珊瑚は瞠目する。


「誰かに襲われたのですか?」

「違う。久々の全力疾走故、体が思うように動かなかったのだ」

「さ、さようで」

「残念だが、この先の旅には同行できぬ」

「はい」


 ここで、想定外の提案を受ける。


「なんだったら、お主ら三人で戦場に行ってくるとよい」

「え──メリクル王子やヴィレも戦争に?」

「そうだ。この戦争を、唯一止められるのは、メリクルしかおらぬだろう」


 たしかに、星貴妃の言うことも一理ある。


「だがしかし、騎士の大半は、私の顔を知らぬ」


 メリクル王子は公式行事には滅多に顔を出さなかった。加えて、騎士達の前に顔を出す閲兵は、第一王子の仕事として割り当てられていたのだ。そのため、顔はほとんど認識されていない。


「私も、戦争を止めるために何かしようと思った。しかし──」


 自らがメリクル王子であるという証はどこにもない。

 血統は、口では説明できないのだ。


「先ほども言ったが、立場や身分は自身に流れる血が証明するのではない。周囲の者が、それを認めた時に、そうなるのだ」


 もし、戦場に行ったとしても、メリクル王子であると周囲に認めさせることは極めて困難なことのようだ。

 俯くメリクル王子に、星貴妃はある提案をした。


「だったら、あれを持って行けばいいだろう」


 星貴妃が指差したのは、布に包まれた剣。

 それは、王族のみが持つことを許される宝剣である。


「しかしあの剣は、納めるべき鞘がないだろう?」


 王家の紋章は、鞘にのみ入っているのだ。

 王族としての証明になるわけがないとメリクル王子は切って捨てたが、珊瑚が一言物申す。


「メリクル王子。あれは、剣だけでも特別なものです」


 王族の閲兵を受けた珊瑚はわかる。

 金の柄を持つ美しい剣を掲げ、命令を出す王族の姿は凛々しく、印象的だった。

 騎士ならば誰もが、剣だけでもそれが王家の者であるとわかるだろう。


「宝剣があればきっと、王族の者であると証明できるはずです」

「わかった。ならば、私も戦場へ行こう。コーラル、ヴィレ、付き合ってくれるな?」

「はい」

「もちろんです」


 戦争を止めることができたら、きっと捕虜である絋宇も解放されるに違いない。

 と、ここで、星貴妃に絋宇の生存を報告していなかったことに気づく。


「そうだ、妃嬪様! こーうは、生きているんです! ヴィレ……元同僚に聞きまして」

「やはり、そうだと思っていた。あの男が、戦場でうっかり命を落とすなど、ありえん」


 珊瑚と星貴妃は手と手を取り合い、喜びを分かち合う。


「お前とは、ここでお別れだ」


 星貴妃は游峯を連れて、牡丹宮に戻るようだ。


「妃嬪様……」

「珊瑚よ、かならず、汪絋宇を連れて帰れ」

「はい!」


 珊瑚は星貴妃に抱きしめられる。耳元で、あることを囁いた。


「翼家の商船に乗っている船乗りに、話はつけておいた。夕方の便に乗って、戦場近くの港まで行くのだ」

「ありがとう、ございます」


 こうして珊瑚は星貴妃と別れ、メリクル王子、ヴィレを伴って海を越える。


 ◇◇◇


 船旅は案外快適で、まったりとしたものだった。

 ただし、男性二人と珊瑚が同室であることを除いては。

 用意されたのは大人三人が並んで眠れるほどの、最低限の広さしかない船室であった。


「まさか、コーラルを男と見ていたとは」


 憤るのはメリクル王子である。ヴィレは明後日の方向を向いていた。


「華烈の女性は小柄なので、仕方がないことです」

「しかし──」

「このまま大人しくしていましょう。私は大丈夫ですので」


 まともな旅券を持ってないヴィレやメリクル王子が船に乗れたことは、奇跡のようなことである。

 これ以上、問題は起こさないほうがいい。それが、珊瑚の考えであった。

 ここで、今まで大人しくしていたヴィレが口を挟む。


「いや、コーラルは大丈夫でも、こちらが問題ありというか……」


 三日間の船旅である。女性であるコーラルを気遣い、疲れてしまうことは目に見えていた。


「私のことは、どうか男だと思って接していただければと思います」

「いや、それが難しいんだけれど……」


 船は広大な海原を進んでいく。

 問題を抱えた男女を乗せて。


 目的地は、すぐ目の前だった。


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