百五話 処刑台にて
五名の看守がやってきて、足の拘束を解く。
自分で歩いて、処刑場まで向かえと命じていた。
珊瑚とヴィレは顔を見合わせる。
足が自由であったら、十分戦えるのだ。
ただ、その機会は今ではない。まずはこの地下牢を抜け出さなければならないのだ。
看守は珊瑚の胸倉を掴み、力づくで立ち上がらせる。ヴィレも同様に。
コツコツと、足音を響き渡らせながら地上に出た。
一時間ぶりの太陽の光に、珊瑚は目を細めた。
立ち止まってしまったので、看守に棒で突かれる。
から足を踏むようにして、歩みを再開させた。
逃亡の機会を伺っていたが、思っていた以上に警備が厚い。
警戒が薄くなるのは、処刑台の上しかないのか。
見物人がいる最中、どこまで逃げられるのかが問題である。
建物の中から出て、路地裏を歩く。
小さな子どもが、処刑が始まると弾んだ声で言っていた。
公開処刑は娯楽なのだ。
どうしてこんな世の中になってしまったのだと、珊瑚は内心で嘆く。
『ねえ、コーラル、どうするの? 僕達、本当に殺されてしまうよ?』
『ええ、そうですね』
看守に話の内容を聞かれないよう、祖国語で会話をする。
『また、そんな呑気なことを言って!』
『ヴィレ、お願いがあるんです』
珊瑚はとっておきの作戦を、ヴィレに実行するよう頼み込んだ。
◇◇◇
ついに、処刑台へとたどり着く。
公開処刑の会場となった広場には、大勢の人々が押し寄せていた。
皆、鬱憤が溜まっているのだろう。珊瑚とヴィレが現れた瞬間、ワッと歓声が起こった。
『うわ、最悪。本当にヤダ』
『二度と、見たくない光景ですね』
処刑台には、仮面を装着した首切り役人がいる。
珊瑚にとっては、見慣れた相手である。
『見てよ、コーラル。あの処刑人の持つ剣、血が付いているし、錆びているよ』
『ですね』
何人もの罪人を屠った剣なのだろう。悍ましいものであった。
まず、選ばれたのは珊瑚であった。
役人に棒で押され、頭部を置く台の前に膝を突くよう指示される。
首切り役人が珊瑚の頭を雑な手つきで掴み、台の上に押さえつけた。
鉄でできたそれは、酷くヒヤリとしていた。
珊瑚のすぐ目の前に、錆び付いた剣がぬっと出てくる。
観衆の期待はどんどん高まる。罪人の死を恐れている者は、誰一人としていない。
人の不幸を見て、自分はまだ大丈夫なのだと安堵する。
日頃の鬱々した感情を、人の死に乗せて発散させるのだ。
恐ろしいと、珊瑚は体を身震いさせる。
死を恐れず、感覚が麻痺した人を作ってしまう今の世を。
正さなければならない。
もとの、平和な世に。
珊瑚は強く思った。
ちらりと横目で首切り役人を見た。
圧倒的優位な状態に立っていると思っているからか、隙だらけだ。
もし、珊瑚の作戦が失敗しても勝てる。
珊瑚は拘束されている両手で拳を作り、ヴィレに合図を出した。
すると、ヴィレは左右を囲んでいた看守を振り切り、珊瑚の隣に並んだ。
もちろん、首切り役人のいない方向に。
そして、叫ぶ。
「この人は、悪い人、アリマせん!!」
ヴィレの華烈語は、恐ろしいくらい片言だった。後宮送りにされた珊瑚と、同じくらい酷いものだろう。
しかし、観衆はヴィレの言葉に、耳を傾けている。
看守がヴィレを取り押さえるが、それでも口は自由だったので叫び続ける。
「悪いことは、していまセン! 正体は、タヌキ仮面の、剣士、です!」
処刑されようとしていたのは、都の大英雄『狸仮面の剣士』である。
その事実が明らかとなった途端、広場の雰囲気が変わった。
一丸となっていた熱気が、困惑へと染まっていく。
なぜ、狸仮面の剣士が異国人なんだと、疑問の声が飛ばされる。
ヴィレはすかさず答えた。
「彼は、後宮で働く閹官で、セイ貴妃様の命令で、虐げられた民を、助けてイタンダ!!」
この処刑は、狸仮面の剣士を悪人に仕立てられた茶番だ。ヴィレはそう主張した。
誰かが、声を上げる。
狸仮面の剣士を邪魔に思ったから、処刑するのではないかと。
ざわざわと、人々の審議の声で騒がしくなった。
そうこうしている間に、顔を布で隠した誰かが処刑台へと昇ってきた。
看守を殴り、首切り役人には見事な蹴りをお見舞いする。
「え!?」
驚きの表情を浮かべるヴィレの手を縛る縄を、ナイフで断つ。
続いて止めに入った看守には、拳をお見舞いしていた。ヴィレは手渡されたナイフで、珊瑚の拘束を解いた。
瞬く間に看守は倒され、珊瑚は自由の身となる。
顔を布で隠した者が、叫んだ。
「英雄は助けられた。再び、力なき民を救うだろう!!」
そう言って、珊瑚の手を引いて処刑台から降りていく。
ヴィレもあとに続いた。
広場に集まった者達は、道を開けてくれる。
路地裏を走り、大通りを抜け、下町へとたどり着いた。
そして、営業しているのか怪しい襤褸宿の中へと入る。
ギシギシと音の鳴る廊下を歩く中、珊瑚は目の前を歩く者に声をかけた。
「助けてくださって、ありがとうございます」
ここで、パッと手を離される。
「あの、あなたは?」
その問いに答えるかのように、頭部の全てを覆っていた布が外された。
さらりと流れる美しい髪は、黒ではない。珊瑚と同じ、異国人の持つ色合いである。
「あ、あなたは!?」
「久しいな、コーラルよ」
珊瑚を助けてくれたのは、メリクル王子だった。