百四話 ヴィレの告白
銅鑼の音がけたたましく鳴る。
こうやって、処刑の見物人を集めているのだ。
「処刑の知らせだって、なんて嫌な音なんだ」
「ヴィレ、何か尖ったものは持っていますか?」
「持っていたら、とっくの昔に拘束を解いているよ」
「ですよね」
珊瑚の返しを聞いたヴィレは、「うが~~!」と叫んだ。
「ヴィレ、どうかしました?」
「どうかしているのは、コーラルのほうだよ! 僕達、今から殺されるんだよ? きっと、錆びた汚い剣で、首を何度も斬りつけられるんだ!」
「すみません。なんだか、実感がなくて」
「危機感を持って!」
ヴィレは一人囚われている間、迫りくる死の恐怖と戦っていたらしい。
「それなのに、コーラルったら、実感がないって」
深い深いため息をヴィレは落とした。
「でも、よかった」
「何がですか?」
「こうして、最後にコーラルに会えて」
「ヴィレ」
二人で過ごした時間は一年と、そう長くはない。しかし、共にメリクル王子に仕える仲で、確かな信頼関係にあったのだ。
「もう、こんな機会がなかったら言うけどさ。僕、コーラルのことが好きだったんだ」
「ヴィレ、私もです」
「……え?」
「……はい?」
「ま、待って。コーラル、僕のこと好きだったの?」
「はい。弟のように思っていましたが」
「それ、違う好きじゃん! あ~~もう、コーラルのそういうところ、嫌い!」
「あの、そういうところとは?」
「鈍感なところだよっ!! メリクル王子もイラつくわけだ」
ヴィレはがっくりと項垂れる。暗闇に包まれた中、そんな姿が見えた。
だんだんと、地下の暗さに眼が慣れてきているようだ。
「こうなったらはっきり言うけれど、僕はコーラルのことを、異性として好きだったの。家族とか兄弟とか、そういう親愛的な意味じゃなくて、男と女の関係になりたかったってこと」
「えっ!?」
ヴィレの告白に、珊瑚は驚いて言葉を失う。
彼の好意に、まったく気づいていなかったのだ。
「今まで言わなかったのは、メリクル王子もコーラルのことが好きだったから」
「メ、メリクル王子まで!? それは、勘違いではないのですか!?」
「そんなわけないでしょう? メリクル王子は、一回、結婚の話を断っているんだよ?」
それは、ヴィレの父が持ち込んだ婚約話だったらしい。
「コーラルに結婚を申し込むから、少し待ってほしいって言われたってね。はっきり、父上から聞いたよ」
「そ、それは……たしかに、そのような申し込みはありましたが……あれは、婚期を逃した私を気の毒に思っての申し出かと」
その場で断って以降、メリクル王子は何も言ってこなくなった。
「本気ならば、何度か言ってきたはずです」
「本気だからこそ、一回しか言わなかったんだよ」
「そうとは知らず……」
「本当、残酷だよね。この話を知っていたおかげで、僕もコーラルに好きって言えなくなったし。まあ、さっき言っちゃったけれど。これから死ぬから関係ないよね」
あの時、メリクル王子の求婚を受けていたら、また違う未来があったのか。
珊瑚は考えるが、首を横に振る。
「それにしても、こんな女性らしくない私を好いてくれていたなんて」
「たぶんね、男とか、女とか、そういう次元の好きじゃないんだよね」
「え?」
「人として好ましいというか、ずっと一緒にいたいっていうか。コーラルの、どこまでも真面目で、穏やかで、清廉潔白なところって、本当に、眩しいんだ」
「ヴィレ……ありがとうございます」
じんわりと、胸が温かくなる。
嬉しくて、とても光栄な気持ちで心が満たされた。
騎士として在った自分は間違っていなかったのだと、実感することになる。
瞼が熱くなり、涙が零れそうになった。
「そういえば、捕虜のお兄さん、オー・コーウーとは、どういう関係なの?」
「こーうは、その……後宮で、とてもお世話になった人であり、上司でもあり、剣の師匠でもあり、それから……」
消え入りそうな声で珊瑚は言う。
絋宇は珊瑚の恋人であると。
「え!?」
ヴィレはカッと目を見開いて驚く。
「待って、恋人って、あの、オー・コーウーと恋仲だったってこと!?」
珊瑚は顔を真っ赤にしながら、コクリと頷く。
「え、なんで!? どうやってコーラルとそんな雰囲気になったの!?」
信じられないと、ヴィレは叫んだ。地下牢に、ヴィレの声が響き渡る。
「あの人、真面目そうで理性の塊のようにも見えたけれど」
「そうです。こーうは、そんな方です」
ヴィレは目を見開き、口をあんぐりと開けていた。
「嘘でしょう? 呆れるくらい鈍感なコーラルが、誰かと恋仲になるなんて」
「私も驚きました。しかしこーうへの想いが、愛であると気づくのに、そう時間はかかりませんでした」
「信じられない」
相談に乗ってくれる友達がいたのだ。祖国には、それほど距離の近い女友達がいなかったので、そういったことにも疎かったのだろう。珊瑚はそう思っている。
「え、でも待って!?」
「どうかしましたか?」
「オー・コーウーって人、コーラルのこと、男って言っていたよ!?」
「はい」
「いや、はい、じゃなくて!」
「こーうは、私のことを、男だと思っています」
「でも、恋人同士って、オー・コーウーは、男が好きなの!?」
「わかりません」
その辺は、詳しくは聞いていない。
「もしも再会できたら、私が女であることを、一番に伝えようかなと」
「女性だとバレて振られたら、どうするの?」
「その時は、その時です」
絋宇が生きているだけで、珊瑚は嬉しい。これ以上、望むものはない。
そういうふうに考えていた。
話が途切れた瞬間、地下牢の奥より足音が聞こえた。
「とうとう、僕達にもお迎えがきたようだ」
「ええ」