百三話 ヴィレの目的
「ヴィレ、どうしてあなたがここに!?」
「コーラルこそ!」
「私は──」
正義感を振りかざした結果、囚われてしまった。
絋宇の安否を確認するという目的があったにもかかわらず、不甲斐ないと思う。
それだけではない。星貴妃を街に一人で残してきてしまった。
見ず知らずの人を助けて、死を迎える。
なんて、無鉄砲で浅慮なんだと己を責める。
「そっか。コーラルは、どこにいてもコーラルだったんだね」
「それは、どういう意味ですか?」
「だって、メリクル王子の時もそうだったじゃん。自分の命など顧みずに、庇ってさ。あの時、ああ、この人長生きしないなって思った」
「……」
人は簡単には変われない。それを、ひしひしと痛感してしまった。
ヴィレの言うとおり、珊瑚はこれから処刑されようとしている。
人生で二度目の、命の危機であった。
「ヴィレは、どうしてここに?」
「僕? コーラルを捜しにきたんだよ。会えたから、目的達成?」
「わ、私を?」
「そう。メリクル王子が、コーラルのことを絶対見つけ出して国に連れて帰るって言っていたからさ。それを、叶えたいって思って。ほら、僕って仕事をするにも普段の生活でも、不真面目だったでしょう? 最後くらい、立派な務めを果たしたかったんだ」
ヴィレは珍しく、沈んだ声で言う。メリクル王子は、暗殺されてしまったと。
「何か月か前だったかな。コーラルを迎えに行くって、護衛もまともに連れずにここの国に来てさ」
華烈との戦争の材料にするため、メリクル王子は暗殺された。
そんな事実を、盗み聞きしたらしい。
「そのあと、メリクル王子が行方不明だって知らせがきて……」
捜査隊を派遣したいという旨を華烈側に送るも無視され、極秘で潜入した調査団の調べによってメリクル王子の暗殺が発覚した。
「暗殺計画から調査、戦争まで数ヵ月はかかっていたようだけど、まったくの茶番だよね」
珍しく、本当に珍しくヴィレは怒っていた。
それだけ、政治の駒として利用されたメリクル王子の死は衝撃的だったのだろう。
「あの、ヴィレ?」
「何?」
「メリクル王子は、ご存命です」
「は?」
「暗殺が計画された日、私はメリクル王子と会いました。そして、私の剣の師匠と共に、暗殺者を返り討ちにしたのです」
その後、メリクル王子は国に帰っても殺されるだけだと言い、見分の旅へと出かけて行った。
その後の行方は知れないが、きっと生きていると珊瑚は信じている。
「そうなんだ。そっか……メリクル王子、そうだったんだ」
ヴィレの強張った声は、だんだんといつもの優しいものに戻っていく。
「よかった。コーラルにも会えたし、メリクル王子のご在命もわかったし」
ヴィレは手探りで珊瑚の手を探し当て、ぎゅっと握る。
「僕、家族の中でもできそこないでさ、馬鹿にされていたんだ。でも、メリクル王子とコーラルは違った。僕を、公爵家のヴィレじゃなくて、ただのヴィレとして見てくれた。それが、嬉しかったんだよね」
だから、戦争中の中、任務を放棄し抜け出して珊瑚を捜しにきたのだと話す。
「まあ、僕も後宮の住人にしてくれないかなっていう下心があったんだけどね」
「……後宮?」
「うん。コーラル、今はサンゴっていう名前で、後宮のお姫様の愛人をしているんでしょう?」
その情報は、ヴィレが知りうるはずもないことであった。珊瑚は眉を顰める。
「ヴィレ、その情報は、誰から聞いたのです?」
「捕虜だよ。片言の言葉で話しかけてきて、コーラルのことを知っているかって、聞いてきたんだ」
ドクンと、珊瑚の胸は大きな鼓動を打つ。
拙い異国語を話し、後宮の事情を知る者など、一人しかいない。
「ヴィレ、その人の名は、わかりますか!?」
握られていたヴィレの手を、ぐっと握り返す。
「痛っ!」
「あ、ごめんなさい。つい……」
一度落ち着き、居住まいを正してから問う。
「知り合いかもしれないんです。私の、大切な方で」
「そうなんだ。名前は、えっと──オー・コーウーだったかな?」
「こーう! やはり、こーうだったのですね!?」
「う、うん。たぶん。怪我をしていてボロボロだったけれど、かなり綺麗な顔をしたお兄さん」
「はい!」
やはり、絋宇は生きていた。
捕虜として、囚われていたのだ。
珊瑚の心の中の靄が、綺麗になくなっていく。
「ああ……よかった。本当に……」
ヴィレの勇気ある行動のおかげで、珊瑚は絋宇が生きていることを知ることができた。
心からの礼を述べる。
「ヴィレ、ありがとうございます」
「あの人、祖国で死亡扱いだったんだ」
「はい、そうなんです」
船にある牢に閉じ込められているものの、三食与え、怪我は治療した状態で休ませているという。
「華烈軍がわりとね、少ない兵数で善戦するものだから、手っ取り早く指揮官を捕らえようって作戦になったみたいで」
その読みは当たった。優秀な指揮官を失った華烈軍は、急激に勢いを失った。
「多分、一か月もしないうちに、都へ進撃してくると思うけれど」
「それは、阻止しなければなりませんね」
「でも、珊瑚が行ったからって、どうにもならないよ?」
「メリクル王子だったら、止められるかもしれません」
「え……メリクル王子を捜すっていうの?」
「それしか」
無謀な作戦であるとわかっていた。
しかし、絋宇が生きていることを知った今、珊瑚にできることはメリクル王子を捜し出して戦争を止めること以外ない。
「ヴィレ、付き合ってくれますか?」
「いいけれど──」
ヴィレが返事をした瞬間、銅鑼の音が鳴る。
「これは、なんの合図でしょう?」
「いや、これ、僕達の処刑の時間が、そろそろ始まりますよってやつ」