百一話 星と星は繋がる
鬱憤が溜まっているのは、都に住む人だけではない。
港町で働く者達も、さまざまな国の内事情に振り回されているのだ。
ここ最近流通が滞り、不況の煽りも受けていたことから経営者は従業員を解雇していたらしい。
しかし、流通の規制をしていた役人が投獄され、元通りの状態になった。
すると、人手が足りなくなる。
現在、働き手をかき集めているようだが、地方に人が流れているようだ。なかなか上手く集まらず、港町で働く者達は辛い労働を強いられていた。
その恨みは、戦争をしかけていた異国人にも向けられている。
「お前の国のせいで、俺達はこんな目に遭っているんだ!!」
酒場で働く異国の少年が殴られる。
店内にあった椅子を巻き込みながら、体は外に投げ出された。
彼は戦争を仕掛けた国の者ではない。
ただ、茶色い髪に、灰色の目と異国人であるという特徴が同じだけだった。
ただ、酔っ払いに、その違いがわかるわけもない。
殴られた異国の少年が転がり込んだ先は、顔を隠す笠帽子を被った黒衣の青年の前だった。
「大丈夫ですか?」
黒衣の青年は少年に手を差し出す。
「おい、お前、そいつを助けることはない。そいつのせいで、国はおかしくなっちまったんだ」
「彼が、何を?」
「こいつの祖国は、俺らに戦争をしかけてきたんだよ」
黒衣の青年は酔っ払いに言い返すことはなく、異国の少年の腕を握って立たせてやる。
「なんだ、お前、そいつを庇うのか!?」
酔っ払いが接近してくる。
「おい、珊瑚、止めろ。そやつに関わるな」
黒衣の青年には、連れがいた。同じく、黒衣に身を包んだ男である。
「大丈夫です」
そんな言葉を返したあと、少年は路地に逃げるよう耳打ちする。
周囲には、なんの騒ぎかと人が集まってきた。
酔っ払いの男が、酒場の路地へ駆け込もうとしていた少年の邪魔をしようとしていたが──珊瑚と呼ばれた黒衣の青年が妨害する。
「お前、なんのつもりだ」
「別に。彼はただの労働者でしょう。戦争には、関係ない」
「いいや、連帯責任だ! 幸い、今日は敵国兵士の公開処刑がある。一緒に、殺したほうがいい!」
「!?」
公開処刑を知らなかったのか、黒衣の青年はビクリと肩を震わせる。
その一瞬の隙を見逃さなかった酔っ払いは、フラフラとした足取りで黒衣の青年に近づいた。
殴ろうと拳を突き出したが、酔っ払いの一撃が決まるわけがない。黒衣の青年はヒラリと避ける。
「よう、兄ちゃん! いいぞ!」
「酔っ払いの親父も負けるな!」
そう、周囲が煽るものだから、酔っ払いはさらに攻撃を仕掛けてくる。
足元がおぼつかない状態で繰り出される攻撃は、どれも粗末なものであった。
「おいおい、真面目にやれよ!」
「兄ちゃんもやり返せ!」
落胆の声に、酔っ払いはとっておきの攻撃を仕掛けた。
隠し持っていた短剣を抜き、黒衣の青年の顔面めがけて突いた。
「この、クソ野郎が!!」
酔っ払いとは思えない迫力に、周囲は沸く。
ザクリと手ごたえがあったので、酔っ払いの男はニヤリとほくそ笑む。
しかし、その一撃は回避されていた。
酔っ払いの男が切り裂いたのは、黒衣の青年が被るつばの広い笠帽子だったのだ。
切り裂いた笠から、黒衣の青年の秀麗な顔が覗く。
それを見た酔っ払いの男は、一瞬見惚れてしまった。
それほどに、美しい男だったのだ。
しかし、子どもの「あのお兄ちゃん、髪は金で、目が青い」という言葉で、酔っ払いの親父は我に返った。
「お、お前、異国人ではないか!」
ザワザワと、周囲が騒がしくなる。
その様子を聞きつけた兵部の者が、駆け付けた。
「おい、お前達、何をしている!?」
それを待っていましたとばかりに、酔っ払いの男は叫んだ。
「俺は、こいつに殺されそうになって……きっと、敵国兵士の味方で、復讐しにきたんだ!!」
そこから火が付いたように、周囲の感情は怒りに染まる。
それは、世知辛い世の暮らしへの怒りが、そのまま異国人への怒りに変換されたものであった。
あっという間に、黒衣の青年は兵部の者に捕らわれる。
「珊瑚!」
連れの男が手を伸ばしたが、寸前で届かなかった。
「その者は違う! 悪者ではない! 皆も、見ていただろう!?」
その叫びは、怒号にかき消される。
人の波に押され、連れの青年はもみくちゃにされた。
◇◇◇
誰かが、男装した星貴妃を指して言った。
彼も、異国人の仲間であると。
兵部の者が接近してくる。
星貴妃はここで捕まるわけにはいかないと、走った。
手に持った珊瑚の宝剣が重く、上手く走れない。
しかし、これは大事な物だ。放すわけにはいかなかった。
路地を抜け、兵士をなんとか撒いて、港町の下町通りへと出てくる。
「――あ!!」
石畳に足を引っかけ、転倒してしまった。
珊瑚の宝剣が手から離れたが、すぐに引き寄せる。
服は避け、露出した肌には血が滲んでいた。
足がじんじんと痛む。どうやら、捻ってしまったようだ。
道行く人達は星貴妃をちらちらと見るものの、誰も助けようとしない。
皆、そんな余裕などないのだ。
これが、皇帝不在の国。
嘆かわしいと、奥歯を噛みしめる。
そんな星貴妃に、手を貸す者が現れた。
「――大丈夫か?」
その者は、珊瑚と同じくつばの広い帽子を被っていた。
そして、珊瑚と同じ白い肌を持ち、黒ではない目を持つ異国人だったのだ。
異国人の青年は、年頃は珊瑚と同じくらいか。
珊瑚に負けずとも劣らない、見事な美貌を持ち主だった。
そんな彼は、わずかに布からむき出しになった宝剣を見て目を剥く。
星貴妃が首を傾げていると、震える声で言った。
「それは──私の剣だ」