第1章 その8 『怒り』
結夢を守りながら戦うという状況に陥った輝跡。
輝跡が、どうすれば結夢に傷を負わせずに、または敵の手に落としてしまうことなく、敵を倒すことができるのかを考える。
しかしその間にも四方からの投げ針攻撃は続いており、止む様子もない。
(この場にいるのが俺一人だったならまだしも……やっぱり結夢を守りながらの状況下で一人で戦うのは無理か……)
そう判断した輝跡は、左手でポケットからスマートフォンを取り出す。なおも針をはじきながら、電話帳に登録されたとある電話番号をタッチ。二回コール音を鳴らし、電話を切る。
元のポケットにスマートフォンを戻した輝跡は、先程から結夢が声を発していないことに気づく。いつの間にか足元にへたり込んだ状態になっていた結夢の方をちらっと見ると、結夢はそのまま気絶していた。
「なっ……!おい結夢!大丈夫か!?」
なにも知らない結夢からしてみれば、いきなり針が飛んできて、それを間近で親友が防御しているなどという状況を目の当たりにしても不安と恐怖しかわかないだろう。不安と恐怖が飽和すれば、気絶してしまうのも無理はない。
「いや……あとあとのこと考えたら気絶してくれてた方が誤魔化しやすいけど……」
針攻撃は、輝跡のみを狙うわけではない。非常にも、非プレイヤーである結夢までもが的にされているのだ。
「くっついててくれれば幾分か楽に守れたんだが……」
ぼやきながら、さっそく結夢の方に飛んできた針を、少しばかり回り込んで弾く。
「くそっ…………はやく……来てくれ……」
輝跡が、この場にはまだいない男にむけて、呟く。
そこで、ほぼ一定の間隔で行われていた針攻撃のテンポが変わる。
「まっっっっだ上がるのかよスピードぉ!!」
なんとか反応して針を弾き続ける輝跡。
針の飛んでくる方向は気が付くとさらに細かくなっており、いつのまにか左右方面からのみではなく、真正面や真後ろ、真上からも針が飛んでくるようになっていた。
そして数分後。
度重なる針攻撃に対して、輝跡の集中力と我慢にもついに限界が訪れる。針をはじく際、角度や方向を常に調整しつつ弾くため、普通に防御するよりも多くの集中力を必要とし、疲労がたまりやすいのだ。
(いつまで続くんだ……この攻撃……!)
輝跡がその場を動けない状況下において、姿を現さず遠距離攻撃を続け、輝跡をじわじわと弱らせてからとどめをさすという算段を針の主が立てていることは間違いない。このままではもう輝跡は数分とたたずして負けてしまうだろう。
死が輝跡の頭をチラつく。
(なんだか……毎度死にそうになってんな……俺……)
これまでの戦いにおいても常に自分が崖っぷちであったことを思い出し、輝跡の口元には呆れを含んだ微笑すら浮かんでいた。
ここからは時間との勝負。
連絡先の男次第。
しかし、現実は非常にも、この戦いに幕を下ろそうとしていた。
ついに防ぎようのない攻撃が輝跡たちにふりかかったのだ。
同時攻撃。
ひとつは真上から。そしてもうひとつは結夢のいる方向から結夢をめがけて。
しかも真上からの針はこれまで弾いたどの針よりも大きく、結夢ごと移動させなければ避けられないときた。
しかし、気絶している結夢を今から担いで移動するには……。
(時間がない……!間に合わない……!なにか創るか……?でもイメージがわかない……!)
避ける時間もなく、能力による対処法も思いつかず、輝跡の思考が詰んだ、その時だった。
『彼』は到着した。
**********
輝跡と話し合った際に決めていた緊急用の連絡方法。2回だけコール音を鳴らして切るというもの。それを受けた『彼』は輝跡と結夢が帰宅したであろうルートを、においを辿りながら駆けた。
そしてついに見つける。
目の前に広がる光景から、『彼』は輝跡たちが大ピンチであることを瞬時に確信した。
「『チーター』」
陸上選手のようなスタート体勢から、『彼』が猛スピードで駆け出し、瞬時に輝跡たちとの距離を詰める。
「『バッタ』」
猛ダッシュの勢いのまま、走り幅跳びの要領で地面を蹴る際に少し膝を曲げて跳躍する。それも、常人の何倍も高く。
「輝跡サン!神崎サンの方の針を!!」
声を張り上げた『彼』の目の前には輝跡たちに真上から襲いかかる大きな針。
その側面。
「『サイ』」
それに向かって、『彼』はエビぞりの体勢から頭を打ち出し、思い切り頭突きをぶち込む。
すると、ハンマーで殴られたかのごとく、大きな針は横に吹っ飛び、輝跡たちからそれた位置に墜落した。
ちょうど輝跡たちのいる位置に着地した『彼』、榎下志狼は、道の先で舞う砂煙の中に転がっている大きな針を視線の先に、呟く。
「ふぅーーーっ……、痺れるッスね……!」
**********
「榎下!ギリギリだが、助かった!」
志狼の言葉にいち早く反応し、結夢に迫っていた方の針を弾き飛ばした輝跡が、結夢をお姫様抱っこしながら志狼にかけよる。
敵も今の同時攻撃で勝負を決めるつもりだったようで、絶え間なく続いていた針攻撃はいったん止んでいた。
「いいッスよ。このための協力関係ッス。輝跡サンはそのまま結夢サンを守っていてくだサイ。俺が、ヤツを倒してくるッス」
首をコキコキと鳴らしながら志狼がとある屋根の上を見据える。
つられて、その特に誰も見えない屋根を見上げた輝跡は、志狼に尋ねる。
「今、あそこに針ヤローがいるんだな?」
「あ、ハイ」
「おまえ、あそこにソイツがいるってどうやって判断した?」
「え?匂いッス。『犬』の嗅覚で見つけたッス」
やっぱりか、と輝跡が顎に手を持っていき、考える素振りを見せる。
「ヤツが移動を始めたんで、行くッス―————」
「榎下、おまえ、匂いで敵の『動き』を追うことも可能か?」
「……当然可能ッスけど……今それ聞くことッスか……?」
「ああ」
敵のいるところへ跳躍しようと、軽く屈伸をしていた志狼に、輝跡が歩み寄り、結夢を預ける。
「ちょ……」
「俺がやる。敵の匂いをたどって俺に教えてくれ」
「……えぇ!?それだと二度手間ッスよ!?」
「わかんないか?」
輝跡の、声のトーンが下がる。瞳には明確な怒り。輝跡の腹は煮えくり返っていた。
確かに、輝跡の能力を知り切れていない敵が、様子見兼勝てるシチュエーションとして今回のような戦法をとるのは戦略的には優れているのだろう。
しかし、それでも。
「俺は、関係ない結夢まで巻き込んだ針ヤローを絶対に許さない!」
「……わ、わかったッス」
輝跡の気力に押された志狼は、思わず戦法の件を了承してしまう。
「じゃあ、今ヤツはどこにいる?」
さっそく、輝跡が反撃に移ろうと敵の位置を志狼に尋ねる。
しかし。
「左後ろッス!!攻撃がくるッスよ!」
いざ反撃を開始しようとしたタイミングで針攻撃が再開してしまった。
ちなみに、輝跡の能力によって創り出されたものは、創造の際に込められたエネルギー量のようなものによって持続時間が異なるため、先程まで使っていた盾はすでに消滅している。
輝跡は、一度消滅してしまった盾を再度創り出し、先程までと同様に針を弾く。
「この戦い方しかしないのかよ!」
攻撃スピードは同時攻撃前とほぼ同様。やはり最初は様子見。輝跡が盾でしか応戦しないのを見て、この状況下ではそれしかないのだと解釈し、トドメを刺しにかかった結果がこのスピードだったのだろう。
「左前!右前!右後ろ!右!上!左前!左後ろ!」
志狼が指示を出し、輝跡が針を弾き落とす。
志狼の嗅覚によって針の出どころがわかるようになったことで、目で探すよりも幾分か速く安定して針を弾き落とせるようにはなった。
しかし、このままでは先ほどまでと同じ。志狼の言う通り、ここで志狼が敵の方に向かえばこの状況は間違いなく打破できるだろう。それは輝跡にもわかっている。
だが、輝跡にも譲れないものがある。
「……榎下。指示を出しながらでいい。聞いてくれ」
こくりと、志狼が指示を出しながら頷く。輝跡も、攻撃を弾きながら続ける。
「針ヤローは右の住宅から左の住宅に移る際、必ずこの道の上空を飛び移ってる。じゃなきゃ真上や正面、真後ろから攻撃なんざ飛んでこない」
そこで輝跡が、盾を左手に持ち替え、右手から一メートル五十センチ程度の槍を創造する。
志狼もそれを見て、輝跡がなにを言いたいのかにうすうす気づいた。
「だから、針ヤローが屋根から屋根に飛び移る瞬間、一言くれ」
握られた槍、その先端が、敵を空中でぶち抜くと宣言するかのように煌めく。
再度志狼は頷くと、より一層集中する。飛び移る瞬間を見極めるためには、ある程度の予測も必要になる。ゆえに、さらに敵の動きに集中せねばならない。
そして、飛び移るタイミングは、すぐにやってきた。
「後ろ。飛ぶッス」
最も簡潔に、可能な限り輝跡の反応が遅れないように、必要な情報だけを、輝跡に投げ掛ける。
輝跡も、いち早くその言葉に反応し、槍を構えながら振り向く。研ぎ澄まされた集中力で的をとらえ、振り向いた勢いをも乗せて、腕を振りぬく。
ちょうど飛び移りざまに針を発射しようと輝跡側を向いていた敵の身体に向かって、一直線に槍が飛ぶ。
そして輝跡の放った槍は、思わぬ反撃に反応が遅れた敵の腹の真ん中を見事にぶち抜いた。
「ナイスッス輝跡サン!」
「まだだ」
直撃したことに一息つく志狼とは対照的に、輝跡は直撃を見届けると敵の墜落地点まで走り出した。
敵はまだ息があり、腹に槍が刺さったまま血を流しながら逃げようとしていた。
「逃がすかよ!『ガラス玉』!」
輝跡が右手を自分の手前で横一直線に振り切ると、多くの小さなガラス玉が出現した。
転がる大量のガラス玉は、先を逃げる敵の足元にまで及び、敵を転倒させたのち消滅した。
ガラス玉が消滅するのと同じタイミングで槍も消滅したことで、敵に少しばかり自由が戻る。しかしその分出血量は増し、そこら一面には赤色が広がりつつあった。
「うわああああああああああああああ!!くるなああああああああああああ!!」
迫りくる輝跡を見た敵は、奇声をあげながら寝返りをうつと、地面に両手をつく。
すると、輝跡とその敵を阻む壁のように、地面から五、六本の大きな針が突き出た。
反撃ではない。完全に逃げの一手だ。
針の壁の向こうでは、腹の傷を押さえ苦しみながらもなんとか立ち上がった針使いが、輝跡たちに背を向けて逃げ出していた。
「だからぁ!逃がさないって!」
針の壁の手前で輝跡が右手をかざすと、輝跡のエンブレムが金色に輝きだす。
創り出されたのは少し大きな置物。高い地点まで飛び跳ねるための道具。トランポリン。
それを用いて針壁を越えた輝跡が、足を引っかけ敵を再度転ばせる。
次は逃げられないよう、輝跡は粘液を創造し、敵を地面に貼り付けにした。
うつ伏せ状態で動けなくなった敵が、唯一起こすことの可能な顔を上げて、輝跡に強く助けを求める。
「殺さないでくれえ!助けてくれよお!さっきのことは謝るからさあ!」
「……」
わめく針使いは、20代後半くらいの男性。黒ぶちの眼鏡に黒髪で、一見気弱そうな顔をしている。
そんな、先程まで自分を追い詰めていた敵を、輝跡は見下ろす。
その瞳には同情などない。輝跡はいつ殺してもいいと思っているが、ききたいことがあるという。
輝跡が、口を開く。
「おまえ、俺が結夢と帰る状況を狙っていたのか……?おまえはいつも、プレイヤーが非プレイヤーと一緒にいるところを狙ったりするのか……?」
質問をされるのは予想外だったようで、驚いた様子で敵は質問に答える。
「み……見つけたのは偶然だ……。でもこのパターンに持ち込めると思ったからな。後をつけさせてもらったよ……。そっそうさ、言う通りだとも!僕はいつもこんな感じで他人が百パーセントの力を出せない状況に持ち込む!だって、これも戦法だろ……?」
「自分が勝つためなら、非プレイヤーがどうなってもいいのか……?」
「どうなってもいいってわけじゃない……。このゲームでは非プレイヤーを殺すことをルールで禁止されてる……。でもさあ!『故意に』殺したのじゃなく、『巻き添え』で死んじゃったなら?って思ったんだ!結果はその通りさ!攻撃の巻き添えで非プレイヤーが死んでも僕にはなんのお咎めもなかった!このゲーム上での戦いで死んだことによってその非プレイヤーの死も不自然なものから自然なものへと書き換わる!!万事オーケーさ!!!」
輝跡が、歯を食いしばる。怒りが、増幅する。こぶしを強く握りすぎて、血が出そうだ。
「じゃあ……」
輝跡が震える声で、最後の質問を口に出す。
「おまえは……なんの関係もない非プレイヤーが死ぬことに……なんの罪悪感もないのかよ……!」
対して針使いは、なぜそんなことを尋ねるの?と問いかけるように首をかしげながら、奇声混じりに答える。
「なにバカなこと言ってんだ!?!?そんな他人のことは知らないよ!?!?人間自分が一番大事だろ!?!?僕は生きなきゃいけないんだよ!!僕はそこらへんの人間より価値のある人間なんだ!!そんな価値のある僕が生き返るためならそこらへんの人間が何人死んだって仕方がな—————」
「このクズ野郎がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
もう耐えられないと。雑音をシャットダウンするかのように。輝跡が、先程まで敵の使っていた針と同様のものを創り出し、うつ伏せの敵の心臓に一刺しする。
敵は、カフ……カフ……という声にもならない声を数秒口から漏らしながら、やがて力尽きた。
針の壁はいつの間にか消えており、志狼が結夢をおぶりながら輝跡に駆け寄る。
しかし、はぁはぁと肩で息をする輝跡は、声をかけられるような状態ではなかった。
志狼は輝跡の背後で少し離れたところから輝跡を見守る。
しばらくして、だいぶ落ち着いた輝跡は、その場で力尽きている非常なプレイヤーに、一言吐く。
「おまえは……もはや人間じゃないよ」
振り向きざまにそのプレイヤーを一瞥し、輝跡は志狼とかつがれた結夢とともにその場を後にした。
あたりはすっかり夕暮れになっていた。
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日も落ちて、すっかり暗くなる。夕暮れ時には学生たちの帰宅時間でにぎわっていた道もすっかり静寂につつまれ、街灯が一定間隔で道を照らしていた。
そんな時間帯に、二人は邂逅する。
「テメェは……」
「おまえは……」
かたや肩までのばした金髪に目つきの悪い男性。まだ進帝高校の制服に身を包んでいる。
かたや黒髪短髪でいかにもスポーツをやっていそうで、人当たりのよさそうな男性。ジャージに身を包み、一メートル五十センチはあるであろうが、通常のものと比べると薄い棺桶を持っている。
「……なんだァそれはァ……暁茂ゥ」
金髪の方の問いを受け、黒髪の方は数秒金髪をにらみつけたのち、逆に質問を返した。
「……知りたいか?」
その言葉には、黒髪の彼が普段友達にかけているような温かみはなく、冷気に包まれていた。
答えを待たずして、黒髪の方は、肩から紐で下げていた棺桶を地面に置くと、ゆっくりとそのフタを開いた。