第1章 その6 『協力』
そういえば、と意識はしっかりと雷人に向けながら輝跡が志狼に問いかける。
「おまえの能力って、なんなんだ?」
「そういえば俺も輝跡サンの能力のことは詳しく知らないッス」
志狼も輝跡も、実際に協力して戦う事態になるまですっかり頭から抜け落ちていたが、お互いの能力をまだしっかりと把握できていないのだ。
先に志狼が、次に輝跡が、それぞれ自身の能力について簡潔に述べる。
「俺の能力は『動物図鑑』っス。あらゆる動物の能力を身体に付与することができるッス」
「俺の能力は名付けるなら『創造』だ。おそらく形のある無生物であればひととおり創り出すことができる」
「おそらく……?おそらくって……なんスk」
「いつまでもブツブツ話してんじゃねェよ!」
輝跡の言葉の中にあった単語に違和感を感じた志狼が、それを輝跡に問おうとしたところで、痺れをきらした雷人が二人の会話を断ち切る。それと同時に翳された手から、輝跡と志狼めがけて電撃が発せられる。
輝跡と志狼はそれを回避するために、二手に分かれるように跳ぶ。そのまま走り、雷人を挟み込む形を取った二人は、それぞれ剣と爪を振りかざし雷人の左右から襲いかかる。
「ハッ!くだらねェ!!」
対して雷人は避ける素振りを見せない。それどころかその場にしゃがみこみ、屋上の床に手を翳した。
「痺れろォ!!」
先ほどと同様に、雷人の手からは電撃が発せられた。地面に発せられた電撃は四方八方へと拡散し……。
「ぐあっ!?」
「ッッスゥ!?」
雷人を挟み撃ちしようとしていた輝跡と志狼の両者にも直撃する。動きを鈍らされた二人からは当然隙が生まれ、雷人はそれを見逃さなかった。
雷人がまずは輝跡の方向に飛び出す。そしてその勢いのまま、輝跡の腹に重い右拳を一発撃ち込む。
「まずァテメェからだァ」
しかし。
「…………ァ?」
雷人の右拳に伝わる感触は、人間の腹のソレではなかった。
それはもっと弾力性があって、かつ雷人の能力とは相性の悪いもの。
「……………………ゴムかァ」
輝跡は雷人に殴られる直前、咄嗟にゴムを腹に巻く形で創り出していた。
ゴムがパンチのダメージを吸収している間に痺れから回復した輝跡が、なおも腹に拳をうずめている雷人の腕を掴み、投げ飛ばす。
ズザザッと、かろうじて体勢を整えて着地する雷人は一度、舌打ちをして、輝跡に荒い声で語りかける。
「テメェの能力ァなんなんだァ!!」
その様子から、先ほど輝跡と志狼がお互いに交わした能力情報の交換は、うまく雷人の耳に届いていなかったことが伺えた。
しかしそれは輝跡サイドの二人にとっては好都合。
「敵に教えるわけないだろ……。だがまぁ、おまえの能力は十中八九電気系統だな」
「…………チッ」
対して雷人の能力は輝跡のものに比べて非常にわかりやすく、輝跡が電気を流さない絶縁体であるゴムを創り出すという判断を瞬時にできたのも、そのおかげだった。
と、そこで雷人はとある違和感を感じた。輝跡の方に意識が向いていたがために気づかなかったが、いつの間にか志狼が屋上から消えていたのだ。
「…………ォい…………もう一人はどこに……」
言いかけたところで、雷人に急に影がかかった。
それはどう考えても雲ではない。もっと小さい、人型の……。
「上かァ!!」
急にかかった影が、屋上から姿を消した志狼のものだと気づいた瞬間、素早く上空を見上げた雷人の目には、もうすでに目前まで迫っていた志狼の姿が映った。
「さっきのっ!お返しッス!!」
雷人にむけて落下を続ける志狼が、振り上げていた爪を突き刺す形で振り下ろす。
常人の反応速度であれば、間違いなく避けられなかっただろう。
しかし。
「ブースト……」
雷人が、一言呟く。
直後、瞬き一つせず、爪の軌道に集中し、小回りをきかせ、スレスレのところで。
雷人は志狼の不意打ちを回避していた。
今の常人離れした反応の秘密は、雷人自身の持つ能力にある。
脳に電流を流すと、反応速度が上がるという研究結果がある。それを用いて、電化製品としてはすでにゲームなどでの使用を目的に商品化もされているらしい。
そう、雷人は自らの脳に電流を流し、反応速度を上げたのだ。
「ぅえ!?」
確実に攻撃が決まると思っていた志狼は、予想外の手ごたえの無さに、着地の際バランスを崩す。
「甘ェよ」
「ぐふっ!?」
その隙をつかれ、志狼は雷人に蹴り飛ばされた。
「うおおお!!」
直後、雷人の背後から輝跡が斬りかかる。
しかし。
雷人はそれにも顔色を変えずになんなく反応した。
輝跡の方に振り返った雷人に向かって、何度も輝跡は金属の剣を振るうが当たらない。
「そんな素人感丸出しの斬撃じゃァ当たんねェなァ!!」
何度目かの斬撃で輝跡が剣を振り下ろした瞬間、振り切ったところで剣を上から雷人に捕まれる。
「金属だしよォ……。電気、通すよなァ?」
一瞬、剣をつかんでいる方の雷人の手からバチッと稲妻が走る。次の瞬間、輝跡は先ほどの電撃よりも強い電撃を受けた。
「ぐあああああああああああああああっっ!!」
「くっ!!輝跡サン!剣を離すッス!!」
うずくまりながら、志狼が輝跡に呼びかける。しかし輝跡はそれでも剣を離さない。いや、離せないのだ。
「筋肉硬直。動けない気分はどうだァ金城ォ!このままテメェをこんがり肉にしてやるからよォ!上手に焼けましたってなァ!!」
歯を食いしばりながら、輝跡が電撃に耐える。苦し紛れになんとか雷人ごと感電させようと輝跡は自分の右手から雷人に巻き付ける形で金属を創造する。
(これでヤツも感電し、攻撃を解除するはず……)
しかし輝跡のそんな読みもむなしく、雷人には電撃によるダメージが見られなかった。
「無駄だァ。俺の身体はこの能力上特別性でなァ。電気に耐性があんだよォ」
にやりと、嫌な笑みが雷人の顔に浮かぶ。
志狼も、先程の蹴りが相当深く入っていたようで、いまだにうまく立ち上がれないでいる。
「協力とか仲間とか、甘っちょれェこと言ってっからンなことになんだよ。バカが」
雷人が笑みとは打って変わって、今度は眉間にシワを寄せ、声のトーンを落とす。
雷人のその言葉には、『仲間』という単語に対してのなにかしら負の感情が含まれているようにも輝跡には感じられた。
絶体絶命。まさにこの状況はそう言うにふさわしい。
輝跡が、もうだめか?と思ったその時。
ガチャリ、と、扉の開く音が三人の耳には届いた。
「!?」
それに一番反応したのは雷人だった。雷人は瞬時に惜しみもなく輝跡への攻撃を中断し、バックステップで距離をとる。電撃から解放された輝跡はその場にへたり込む。
三人の視線が、扉に集まる。
屋上に入ってきたのは。
「輝跡ぃ~?いるかぁ~?」
それは、輝跡の親友の声。
屋上に来たのは、暁茂だ。
輝跡を探しに来た茂は、目の前にある状況に、一瞬言葉を失う。
倒れこんでいる輝跡、腹を押さえながらなんとか立ち上がろうとしている榎下志狼、少し離れたところに立っている碇雷人。
茂は理解する。これは碇雷人の仕業であると。
「大丈夫か!?」
茂が、輝跡に駆け寄る。
(外傷はないけど、熱い。なにをされた……?……もしかして……)
「……碇雷人……。輝跡や榎下になにをしたんだ……?」
茂が雷人をにらみつける。
対して雷人は、一度舌打ちをすると、
「なんもしてねェよ。こいつらが勝手に倒れてただけだァ」
と言い、屋上から去るため扉へと歩き出す。なおも茂は敵意むき出しの目を向けている。
そして、扉に向かう過程で、雷人は茂とすれ違った。
「……そうか。おまえも、あの変な奴らの一人か」
ボソッと、茂がなにかを呟いたのが雷人の耳に届いた。
雷人がそれを無視し、歩き続けようとしたその時。
突如、壮絶な悪寒が、雷人の背筋を駆け巡る。
敵意丸出しだった視線が、たしかに変質するのを雷人は感じた。
振り向けない、いや、振り向きたくない。そう思わせる視線が、たしかに向けられているのを、雷人は感じた。
しかし、それも短時間のことだった。
時間にしてみれば、2秒程度のことだっただろう。視線は元の、ただの敵意へと戻っていた。
いつの間にか、雷人の脚は止まり、額には冷や汗がにじんでいた。
それに気づいた雷人は、チッと一度舌打ちをした後、腕で汗をぬぐいながら屋上から出て行った。
雷人の姿が見えなくなると、茂は雷人に向けていた敵意を解き、意識を輝跡や志狼に向ける。
「大丈夫か!?意識はあるか!?おい、輝跡!」
「……ああ、大丈夫だ……」
茂の呼びかけに、なんとか輝跡が反応する。
意識があることを確認でき、安心した茂は、次に榎下の方へと走り寄る。
「おい!おまえ、たしか榎下志狼だったよな!おまえは大丈夫か!?」
「こっちは……全然……大丈夫ッスよ……。ゲホッゲホッ」
せき込んでいるのと腹を押さえていることから、腹に打撃をもらったものと判断した茂は、すぐに志狼の腹を調べるが、骨などには特に異常は無さそうであると判断し、安心する。
「とにかく、二人とも外傷はないし、大事には至ってなくてよかった。誰の仕業かは目に見えてるし、先生に報告するか?あいつを退学にすることも可能だと思うが」
茂は、再度このようなことがないようにと、二人に提案をする。
しかし、二人からは茂の意にそぐわない答えが返ってきた。
「いや……だめだ……」
「ダメッス……!」
そして、輝跡が続ける。
「茂……。とりあえず今回は助かった……ありがとう……。だが、この件には首を突っ込まないでほしい……」
「……なんでだ?」
「それは……言えない……。すまない……」
「そうか……」
申し訳なさそうに謝る輝跡をこれ以上困らせたくないと考えた茂は、そこで詳しく追及するのをやめた。
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しばらくすれば回復するから先に帰っていてほしいと茂に告げ、輝跡はしばらく志狼と屋上に残った。
不満げな顔で帰っていく茂には、申し訳ないと再度心の中で謝り、輝跡は茂を寝転がりながら見送った。
静寂。
太陽はまだ天高く、屋上に残る二人はダイレクトにその日光を受ける。
入学式だったということもあり、どうやら部活はどこも休みのようで、聞こえてくるのは帰宅していく生徒の声ばかりだ。
ふと、輝跡が呟く。
「平和だな。さっきまでのことが嘘みたいだ」
「そうッスね」
痺れも完全にとれたため、輝跡が起き上がる。
志狼は先にダメージから回復しており、すでにあぐらをかいて輝跡が起き上がるのを待っていた。
「なあ。俺ら、負けてたよな」
「……ッス」
ここでの負けてたは、死んでたを意味していたが、どうやら志狼にも伝わっているようだった。
今回は、協力関係を結んでから間もない戦闘だったため、戦闘が始まる段階ではまだ両者お互いの能力すら把握できていないという惨状だった。ゆえに策なんてものはなく、協力らしい協力など何一つできなかった。
あの場にいたのは『敵1人とそいつに敵対する仲間同士の2人』ではなく、『敵1人とそいつに敵対するただの2人』だった。
「なあ、榎下」
「なんスか?」
このままではとても協力関係だなんて言えないし、きっとすぐにどちらとも負けてしまいだろう。
それが、両者ともわかっているから。今回のことで、より身に染みたから。
「強く、なろう」
「はいッス」
個人的にも、仲間としても、必死で強くなろうと、そう思えた。