第1章 その4 『高校生活始動』
襲撃者との戦闘後、傷ついた輝跡は茂に病院へと担ぎ込まれた。
致命傷ではなかったといっても、傷は決して浅く小さいというわけではなく、輝跡は病院での治療および入院を余儀なくされた。
医者から下された診断は全治3ヵ月。入院期間は2ヵ月とのことであった。
しかし。
輝跡の入院は3週間で終わった。そして,戦闘から1ヵ月経つころには輝跡の傷は完治していた。
医者が、信じられないというような表情を浮かべていたが、治ったのだから仕方がない。
というのも、これも自称神が言っていた『ちょっとばかり強くなった身体』の一環なのだろう。
治癒力の向上。輝跡の今回の例から考えればおそらく常人の3倍程度。
このことから輝跡は、自称神の言う『ちょっとばかり強くなった身体』には身体機能のどこまでが含まれているのか疑問に思った。
ほかにも、初戦を乗り越えた輝跡の頭には数々の疑問が生じており、進帝高校への入学がすでに決まっている輝跡の入学までの残り2ヵ月間はほぼ全て疑問の検証とトレーニングに使われた。
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そんなこんなで二ヶ月後。
四月七日。
どこの高校も入学式のため普段よりもいっそうにぎわっている。
輝跡が訪れたここ進帝高校でも入学式が行われようとしており、新入生は体育館にむけてすでにクラスごとに列をなしていた。
本来であれば輝跡自身もこの時にはあの列の中にいなければおかしいのだが……。
「……寝坊した」
朝に弱い輝跡にとっては、入学式にのぞむにあたっての集合時間は少々早すぎた。つまり遅刻したのである。
「授業始まったら、今日の集合時間よりも早く学校に来なきゃならんのよな……」
早くも自分の先が思いやられる輝跡。
怒られることを覚悟で、集合場所にいる先生に到着したことを報告するため歩き出す。
ふと新入生の列から強い視線を感じた気がした輝跡は、いったん歩みを止め振り返る。
しかし特にだれとも目が合わない。
(……気のせいか……?まあこんだけ人がいるし、俺の瞳に気づいたやつもいるか……)
視線を向けた人がいたとしてもなんら不思議はないと結論づけた輝跡は、再度歩き始めた。
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集合場所に、名簿らしきものを持っている男性が立っている。
スーツにそぐわないボサボサ髪にザラザラひげの、いかにもおっさんなその男性がおそらくは先生だろう。
そう考えた輝跡はその男性に声をかける。
「すみません。少し遅れました……」
輝跡に気づいたおっさんは、
「えっと、金城輝跡くんかな?」
と確認をとる。
輝跡が肯定すると、ホッとした表情を浮かべながらおっさんは、いやあよかったと呟いた。
怒られることを覚悟していた輝跡は拍子抜けする。まさかの対応に思わず頭に浮かんだ感想が口から洩れた。
「よかった……って、怒らないんですか?」
「いやあ~、もしかしたら事故とかして来てないのかもしれなかったからね。怒りよりも心配の方が大きかったんだよ~。ははは」
おっさんが頭を掻きながら控えめに笑う。
この先生はいい先生なんだろうな、ということが輝跡にも一目でわかった。
おっさんは続ける。
「というわけで、担任の森沢正幸です。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願い致します」
おっさん改め先生から差し出された手を握り返し、握手を交わす。
その際輝跡が差し出した右手を見る先生の目が鋭くなったように輝跡には思えたが、一瞬のことであったのでそこまで気に留めることはなかった。
「さて、もうすぐ入学式が始まるから列に入りなさい。キミは4組だよ」
先生の指示を受けた輝跡は、了解ですと一言返し、新入生の列へと走り出した。
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「えーっと……4組……4組……」
「おーい輝跡~!」
4組の列を探していると、よく知った声が耳に届いた。
声の主は一つの列の先頭に立っていた。
「おまえ先頭かー。そうか、姓が『暁』だもんな」
「おうよ!おまえも4組だろ?ここ4組だから並べ並べ!」
「そうかおまえ同じクラスか。ちょうど探してたんだ助かったよ。サンキュ」
輝跡は声をかけてくれた茂に礼を言うと、自分のポジションを探し始めた。
その過程で、もう一つ覚えのある顔を見つける。しかも、目が合う。
「あ」
「っっっっおまっっっんんっ!!!???」
思わず敵意むき出しで大きな声を出しかけた輝跡の口を、その男は抑える。
「ちょ、ちょっと待ってくれッス!あとで話しましょうッス!まずは列に並んでくださいッス!」
輝跡はそこで、周囲にたくさん人がいるのだということを思い出す。そんなことすら忘れて敵意を向けてしまう存在が目の前にはいた。3ヵ月間、一日たりとも忘れることのなかった顔が。
とりあえずこの場で問題を起こすわけにはいかないと考えた輝跡は、その男の言葉にうなずく。
男の方も、輝跡が落ち着いたのを確認し、輝跡の口からそっと手を離した。
「入学式後の、クラスのLHRまで終わったら屋上で話しましょうッス」
男は小声で輝跡にささやく。輝跡はそれを了承し、再度自分のポジションを探し始めた。
頭文字が『か』のクラスメイト数人にそれぞれみょうじを聞き、正しい位置に割り込む。
フゥーッ、と長く息を吐きながら、輝跡は眉間にシワを寄せる。先ほどの男の顔を再度思い出しながら、輝跡は心の中で呟いた。
(なんで、この間の襲撃者が……!)
そう、先程の男の正体は、3ヵ月前に墓場にて襲ってきた襲撃者だったのだ。
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すべての新入生が体育館に入場し終わり、着席する。
高校の入学式も形式的には小学校や中学校と大差なく、恒例の校長先生長話も天下の進帝高校といえど健在であった。
(長くかかりそうだな……)
あくびを1つ。
眠気から、このままボーッとしていては夢の世界にゴーしてしまうと考えた輝跡は、この2ヶ月の検証でわかり得たセカンドライフについての事柄を頭で整理することにした。
(まず最初に確かめたのは、治癒力以外に自分の身体のどのあたりがどれほど強くなっているのか。結果強くなっていたのは治癒力以外に、『耐久力』、『体力』、『筋力』……)
強化されていた身体機能は、どれも闘うために必要な要素であった。当然のことと言えば当然のことだが……。
ちなみに輝跡はこれを全て自分の身体で実際に検証していた。体力の検証では実際にあらゆる体力の使い方を試し、筋力の検証ではあらゆる部分の筋肉の強化具合を確かめた。
1番困難だった検証は耐久力の検証。自傷行為を行い、どの程度まで耐えられるのかをみるというものだ。
これには勇気と精神力を必要とした。たとえ怪我をしなかったといえど、痛みはあるのだから恐怖はあるし、何度も続けるのは相当きついものである。
(検証の結果、だいたいどれもこれまでの2、3倍になっていたな)
治癒力が3倍だったため、どこも同様に3倍ほどの強化具合になっているという考察をたてていた輝跡は正しかったということだ。
(次に確かめたのは、『俺の能力の詳細』。実戦のなかじゃいろいろと試す余裕がなかったからな)
襲撃者との戦いの中で輝跡が創り出したのは『金属の盾』と『金属の剣』の2つ。最初に創り出せたのが『金属』の盾だったことから、金属は創り出せると考えた輝跡が次に創り出したのが金属の剣だ。
(襲撃者戦を切り抜けることができたのはいわばマグレだ。運が良かっただけ。『金属のものが作れたから次も金属のものなら作れるんじゃないか?』なんてそんな曖昧なこと考えてちゃ本来は勝てないはずなんだ)
だから、勝つために手札を増やす。
それが輝跡の、能力詳細を確かめる上での目的だった。
輝跡はいろんなものを創り出してみた。
というのも、輝跡は襲撃者戦において自分の能力でできた事から、自分の能力はなにかを右手周辺に創り出す能力であると考えたからだ。
金属のみを創り出せるのか、他の物質も創り出せるのか、そんな能力の可能範囲を知りたかったのだ。
液体、固体、思いつく限りの形あるあらゆるものをあらゆる形でイメージした。
(結果、形のある無生物であればイメージ通りに創造できた。気体はうまくイメージできなかったからできなかったけどな。漫画みたく能力名を付けるとしたら『創造』ってのがしっくりくるだろうな)
この検証において期待以上の結果が得られたことで、輝跡の戦い方には幅が広がるだろう。
また、身体機能の強化具合の検証後からはトレーニングも毎日かかさず行っているため、しっかりと戦うための身体————プレイヤーとして強化されてはいたが、戦う身体としてはまだ心もとなかった————もできつつあるはずだ。
(これだけやってれば、ある程度次の戦いでは事をうまく運べる確率もあがるだろう……。うん……だろうな)
先ほどから輝跡は、実戦においてこれらのことが実を結ぶかどうかを推測でしか判断できていない。というのも実は、入院期間も含めて初戦からのこの3ヵ月間、まったくプレイヤーに出会わなかったのだ。
(どこでもかしこでも躊躇なく戦うやつは多くないだろうし、出会ったからといって必ず殺し合いをふっかけてくるような血気盛んなヤツばかりがプレイヤーになっているとも思えない。見ただけで俺の力量を、俺が初心者だということを見抜いて襲ってくるプレイヤーが多いとも思えないから、あえて様子見をしたやつもいたのかもしれないが……。だがそれでも3ヵ月の間、入院の最中や人目のつかないところで行っていた能力検証やトレーニングの最中にすら一度もプレイヤーと戦闘にならなかったのは違和感がある……)
この周辺にどのくらいの人数のプレイヤーが存在しているのかは輝跡にもわからない。しかし、ここまで出会えないのはゲームとして問題があるのではないだろうか。
(まあ下手に準備が中途半端なところでプレイヤーと戦闘になってたら、それはそれで今思えば怖いことだがな……。ここらへんのプレイヤー状況は後々あいつに聞いてみるか)
あいつとは、先程屋上で話をする約束をした襲撃者のことだ。彼は少なくとも輝跡よりはこの殺し合いに詳しいだろうし、この際いろいろと聞き出せることは聞き出そうと輝跡は考えていた。
状況整理としてはキリのいいところで、ちょうど校長の長話が終わり、閉式のことばが告げられる。
新入生は、入場の際に歩いてきた道を退場し、各々のクラスの教室へと向かった。
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というわけで輝跡たち1年4組も教室へと移動。LHRでこれからの高校生活の説明を受けた後、ひとりひとりの自己紹介の時間が訪れた。
一番手は輝跡もよく知る彼だ。
「いやあ~どうもどうも!一番手を任されました、暁茂です~。みなさん気軽に仲良くしてくださいね~」
相変わらずのテンションである。輝跡以外のほとんどのクラスメイトが抱いた第一印象はおそらく『お調子者』であろう。
しかし、一部の反応は違った。
「おいあれ……やっぱりあの暁だ……」
「ああ。剣道の全国覇者……。100年に一人の逸材って言われてる、通称『瞬斬』の暁……」
やはり剣道関係者には茂の名前は知れ渡っているようだ。
全国大会でも圧倒的な強さで優勝し、剣道界隈では話題の中心にいたのだから当然と言えば当然であるが。ちなみに『瞬斬』という二つ名は雑誌記者が記事でそう呼称したことが事の発端である。
(でも実際にこんな風に言われてるのを見ると、やっぱりこいつすごいんだな……。全然普段からは想像つかねー……)
拍手の中、着席する茂。
続いてその後ろの男が立ちあがり、自己紹介を始める。
「……碇雷人だ」
金髪を肩まで伸ばした、目つきの鋭いその男は、一言自分の名前のみを発すると着席してしまった。
茂とは真逆のテンションに、一瞬クラスメイトは皆唖然にとられ、拍手が遅れた。だが普通の自己紹介はあんなものだろうと輝跡は考える。茂のインパクトが強かっただけだろう。
その後数人の自己紹介が終わり、ついに襲撃者の番が回ってきた。
襲撃者は立ち上がり、一瞬輝跡と目を合わせた後、口を開いた。
「榎下志狼ッス。よろしくッス!あ、喋り方が変なのは癖なので、気にしないでほしいッス~」
拍手に対して、どーもどーもとペコペコしながら着席する襲撃者あらため志狼。
輝跡は入学式の時から数度志狼と目が合っているのだが、襲撃時に比べて志狼からそれほど敵視されているようには感じていなかった。
(屋上で話しあいってのは、本当に話し合いなのか?決着をつけようって意味ではないのか
……?)
どちらにせよ気は引き締めていこうと輝跡は思った。
徐々に自己紹介は進み、ついに輝跡の番が回ってくる。
(はあ……。瞳のこと知ってるやつ絶対いるよなあ……。またさらし者にされるのかあ……)
溜息をつきながら重い腰を上げた輝跡は、なるべく注目される時間が短くて済むようにしようと、単調な言葉で自分を紹介した。
「金城輝跡。よろしく」
そして拍手も待たず着席しようする。ここまで反応はない。今回は難を逃れたかとホッとしかけたその時。
「あれ?瞳の色、もしかしてエメラルドグリーン?うおー!世界に数人しかいないっていうエメラルドグリーンの瞳がまさかこんな身近に!?」
どこからか、輝跡ができれば聞きたくなかった言葉が発せられる。
そこからクラス中にざわめきが広がり始める。
「あー知ってるそれ~」
とか。
「えっ?それってすごくなーい?」
とか。
もうここまでがテンプレートなのではないかと思ってしまうほど、輝跡はどこでもそのような反応をされてしまう。
そう、輝跡は世界でも20人いるかいないかといったエメラルドグリーン色の瞳を所有している。
輝跡の祖父母の話では、彼の父親もその瞳をもっていたという。ちなみに輝跡の兄は通常の瞳とエメラルドグリーンの瞳のオッドアイである。
(そういえば、今思い返してみると自称神のヤツも俺と同じ瞳の色だったような……? あの時はそれどころじゃなかったしなぁ。ちゃんと見とくんだった)
自称神が家に訪れた日を思い返しながら、しかし当時意識していなかったがゆえにうまく思い出せず、輝跡は自称神の瞳について思いを馳せることを中止した。
ともあれ、輝跡はこのことで人に注目されることに非常に嫌気がさしており、毎度極力気づかれないよう努力するのだが、必ずその場には一人二人察しのいい人間がおり、そのたびにそこから話題がひろがるのだった。
今回はどれくらい騒がれるのだろうかと輝跡が再度溜息をついた矢先。
パン!!と、一度手を叩く音が教室内に響き、ざわめきがおさまる。音の発信源は森沢先生だ。
「……ストップ。自己紹介を続けようか」
静寂。
一瞬で場を掌握してしまった森沢先生に、輝跡は手を合わせて感謝した。
その後、輝跡の後ろの席の霧切雅也からまた自己紹介が始まったが、輝跡の番のように止まることはなく、円滑に進んでいった。
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そして放課後。
瞳のことについて話しかけてくるクラスメイトの追従を逃れた輝跡がついに屋上にたどり着く。
屋上の扉を開くと、そこにはすでに襲撃者、榎下志狼が立っていた。
輝跡は扉を閉めると、志狼を見据え、口を開いた。
「さあ、話し合いとやらを始めようか」