第1章 その3 『初戦』
前話に続き、訂正中(2018年8月3日)
こちらは現状、前話との整合性が取れるようにするための細かな訂正しか終わっていないため、もしかしたらどこか違和感を覚えるかもしれません。その場合は申し訳ありません。
理解はしていた。実感も得た。しかし、覚悟ができているかといわれればそうではない。
そんな輝跡の前にはすでにプレイヤーが……敵が立っている。
(急展開すぎる……。順番がめちゃくちゃだろ……)
理解して、死んだ実感をして、プレイヤーであることを実感して、ゲームを……殺し合いをすることを覚悟して、そして本番。
これが輝跡にとっての理想的な順番だった。
しかし実際はどうか。
理解して、プレイヤーであることを実感して、本番。いまだに死んだことの実感と覚悟はできていない。
(現実は、そううまくいかないか……)
輝跡の顔に、焦りの色が浮かぶ。眉間を汗が伝う。
こうしている間にも、襲撃者は二回目の攻撃に移ろうとして……。
(……二撃目が……こない……?)
輝跡の想定とは裏腹に、襲撃者はなおも長い爪を構えてはいるが、じっと輝跡の様子をうかがっていた。
(『信じる』と俺に言ったということは、つまりは俺の呟きを聞いてたってことだ……。そしてさっき俺がしてしまった質問……。間違いなく俺がセカンドライフのルーキーであることはばれているはずなのに……)
自称神は言っていた。なおもプレイヤーは増え続けている、と。
つまり、プレイヤーのスタートラインはバラバラということだ。そして、つい昨日の夜あたりにプレイヤーになったばかりの輝跡は、現在のプレイヤー内でも1,2番の新規だろう。
(俺がルーキーだと、プレイヤーになりたてだと、わかっていてもなお、攻撃を躊躇する理由……。まさか……)
そこで輝跡は気づく。セカンドライフのプレイヤー全員に与えられる、戦闘経験皆無であれば知られることのないもの。敵としては、不明確であればあるほど慎重にならざるをえない要素。また、敵のみがすでに自分に見せてしまっている力に。
(能力か……!俺がどんな能力を持っているかわからないから、不用意には仕掛けられない)
かといって輝跡が、襲撃者の能力がなにかということを把握しているわけではない。だがそれでも、能力の一端をすでに見せている襲撃者よりは有利なはずだ。
……はずだった。
(これは……能力をいつ使うかが重要になってくるが……)
輝跡は、プレイヤーとして殺し合いをする覚悟や、敵との駆け引き云々以前に、戦う上での前提条件を満たしていなかった。
(……俺自身もわかってないんだよなぁ……能力……)
そう。輝跡は、自らの能力ですら把握していなかった。
そして、輝跡がそのことに気づいた最悪のタイミングで、ここ数秒の沈黙がついに破られた。
襲撃者が、行動を起こした。
一瞬の出来事だった。
輝跡は襲撃者とそれなりに距離をとっていたはずだった。だが、襲撃者が姿勢を低くしたということを輝跡が認識した次の瞬間、すでに襲撃者の姿は彼の真横にあったのだ。
「アンタ、もしかしてガチもんの初戦闘ッスか?」
直後に、低い姿勢から襲撃者の爪が振り上げられる。突如としてかけられた声になんとか反応することができた輝跡は、それをほぼ反射で回避した。
しかし、最初の奇襲とは違い、その攻撃には続きがあった。
襲撃者から距離をとるように一撃目を回避した輝跡。しかし開いた輝跡との距離をすぐさま詰めた襲撃者が、今度は爪を振り下ろす。
二撃目の爪をよけるために、精一杯の力で輝跡はさらにバックステップをした。しかし、長いリーチをもつ爪を空振りさせられるほどの距離を、今度はかせぐことができなかった。
「ぐあああっ!!」
輝跡が叫び声をあげる。致命傷ではないものの、彼の胸が4本の爪に切り裂かれる。
輝跡はそのままその場に倒れこみ、初めて体験する痛みに苦しむ。彼の胸に刻まれた爪痕からあふれる血が、彼の着ているパーカーを赤く染めていく。
このままでは、ただ一方的に殺される。
明確な『死』を感じた輝跡の心は、焦りと恐怖にむしばまれていた。
**********
目の前で転がるルーキーを見下ろす襲撃者が、哀れみの色を瞳に浮かべながら、問う。
「……なんで、能力を使わないんスか……?」
返答はない。なおもルーキーは痛みに苦しんでいるが、能力による抵抗を見せない。
襲撃者はたしかに最初、奇襲に失敗した直後は輝跡の能力を警戒して様子を見ていた。
しかし、輝跡がなかなか仕掛けてこないことから、彼はこちらが動かなければ仕掛けてこないという結論に至った。
その結論から、襲撃者の頭には二つの考えが残った。一つは『彼はカウンターを狙っている』、もう一つは『彼は本当になにもできず、ただ時間を稼いでいるだけ』。
その二つのどちらの場合でも対処できる方法。それが、一瞬で距離をつめて攻撃に移ることで輝跡に攻撃の隙を与えないというものだった。
結果は見ての通り。うまくいき過ぎて襲撃者は逆に後ろめたい気持ちになった。
(この様子だと……後者が当たりだったんスかね……。)
胸を押さえながら仰向けに倒れている輝跡と目が合う。
輝跡の目からは、恐怖が感じられた。
「そんな目で見ないでくれッス……。これじゃあまるで……、俺が『人殺し』をするみたいじゃないッスか……。」
襲撃者の口から漏れ出た独り言には、苦痛の色がにじんでいた。
襲撃者は舌打ちをした後、嫌な記憶を振り払うように、頭を左右にふる。
なにかを自分に言い聞かせた襲撃者は、ついに輝跡にとどめを刺すために爪を構えた。
「恨まないでくだサいよ」
一言。
そして爪は、輝跡の心臓を的として、突き刺す形で振り下ろされた。
**********
刻一刻と死が迫る。
輝跡の頭には、打開策なんてものはなかった。
想像していたよりもはるかに激しい痛みと、どうしようもない状況下において、彼の思考能力は低下していた。もはやこの短時間で確実性の高い打開策を考えられるほどの余裕はなかった。
あったのは一か八かの、策ともいえないようなもの。いわゆる博打。
輝跡は博打を極力避けたがる性格であったが、状況がこの博打を輝跡に実行させた。
(なにもせずに……、死んでたまるか!)
自称神は、イメージをしっかり持てと言っていた。
だから輝跡は、淡々と様々なものをイメージした。正体のわからない能力を発動させるために。どんな能力かを探るように。
なおも襲撃者の爪は輝跡の心臓に向かって一直線に近づいてきている。
これは時間との勝負。
イメージを続ける。
襲撃者の爪がすぐそこまで迫る。
反射的に、胸の傷を押さえていた右の手のひらを、襲撃者の方へ突き出す。
(今必要なもの……。イメージすべきもの……。それは――――『己を守る盾』)
そして、輝跡が自分の欲するもののイメージをこれまでよりも強く固めた次の瞬間、輝跡の右手になにかが現れた。
それは襲撃者の爪をはじき、輝跡の心臓を守った。
突如として現れたそれは、間違いなく能力の産物だった。
「っっっ出た!!」
正体は金属の盾。輝跡が、防衛本能からか他のイメージよりも特に明確にイメージした防御のための金属器。
「っっここにきて……!……能力ッスかっっ!!」
のけぞりながら、襲撃者はなぜ自分の攻撃がはじかれたのかを瞬時に理解する。
「でもっっ……だからなんだって話ッスよ!」
すぐに体勢を立て直して次の攻撃に移ろうとする襲撃者。しかし、今の防御で生まれたわずかなスキを輝跡は見逃さなかった。
仰向けのまま脚をひっかけて襲撃者を転ばせた輝跡は、転がることで襲撃者の爪の射程距離から脱出する。
状況が絶望的でなくなったこと、また能力が発動したことで、少しばかり輝跡の心は余裕を取り戻していた。心に比例して回復した思考能力を駆使して輝跡は考える。
(形まできちんと明確にイメージしなきゃダメなのかもしれない。とにかくいろんなものを試している余裕はない!『金属の盾』は出せたんだ。次も無難に金属系のもので……!)
次に輝跡がイメージしたのは金属の剣。それにこたえるように、輝跡の右手のエンブレムが黄金に輝く。
そして、起き上がった瞬間にはすでにイメージ通りの剣が輝跡の右手に現れていた。
「上出k……重……!」
輝跡が想像した剣は、ふつうの剣よりも刃の部分が長いため重さもそれ相応だった。
輝跡はその剣を両手に持ち替えると、まだ起き上がり切れていない襲撃者にむかって、一歩踏み出す。
その過程で、剣を振り上げる。
長い剣をイメージしたのは、爪の射程外からでも攻撃が届くようにするため。
あともう一歩踏み出せば、輝跡の剣の射程距離だ。
—————覚悟はできたか?
輝跡は、自分に問いかける声を聴いた気がした。
「……ああ……当たり前だ……!」
そんな声に、輝跡は応える。
一度、生死の瀬戸際を味わって。
迫る死の恐怖を実感して。
やらなきゃ殺られることを思い知って。
やっとのことでできた、戦う覚悟。
それをもって、輝跡はさらに一歩踏み出す。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして、雄たけびをあげながら輝跡は、己の剣の射程範囲に捉えた襲撃者めがけて、振り上げた剣を振り下ろした。
「ちいいっっ!!」
輝跡の剣が襲撃者に当たる直前、立ち上がろうとしていた襲撃者が思い切り地面を蹴った。
振り下ろしきられた剣は、そのまま地面に激突し、墓場の石畳を粉砕した。
(避けられたか!?いや、手ごたえはあった!!)
剣を振り下ろした勢いのまま下を向いていた顔を急いで上げた輝跡は、襲撃者の姿を探した。
襲撃者はすでに輝跡から距離をとっていた。剣が当たる直前の跳躍のみで稼いだ距離だとすれば、その飛距離は常人では考えられないほどのものだった。
しかし。
襲撃者の左肩から右わき腹にかけてには、しっかりと一直線の傷跡が刻まれていた。
だが、致命傷ではなく、ダメージはあるもののまだ動けるようだった。
「油断……したッス……。」
「……倒しきれなかったか……」
襲撃者は微笑をうかべ、傷ついた胸を左手で押さえながらも、隙は見せまいと気を張っている。
対する輝跡も、先程の襲撃者の高速移動を警戒し、今度は防げるように盾と、小回りが利くように短剣
を創りだして構える。
実際のところ、輝跡は先ほどの長剣の一振りで襲撃者に深手を負わせ、あわよくば倒しておきたかった。
しかしやはり襲撃者は輝跡よりも戦い馴れしている。輝跡の思い描いた最善のシナリオは襲撃者のとっさの判断で打ち破られてしまったのだ。
ここからは襲撃者も油断なしの本気で来るだろう。
輝跡は能力こそ発動したものの、なにができてなにができないのかを試せる状況ではないことから、圧倒的に襲撃者よりも戦うための手札が少ない。
両者同じくらいの手負いだとはいっても、もしもこのまま戦いを続ければ、高い確率で輝跡が負けることとなるだろう。
それらのことを、輝跡自身も自覚していた。
(どうする……。いったん逃げるか……?いや、そもそも逃げられるのか……?)
逃げの選択肢もたしかにある。しかし、襲撃者はおそらく能力によるものであろうあの瞬足、あるいはほかの方法ですぐに追いつくだろう。つまり、背中を見せることは輝跡自身の不利へとつながる。
(ならやっぱりここで戦って、なんとか勝つしか……)
輝跡の思考が、勝算は低いが逃げるよりはマシという考えに行き着く。
ならば、と輝跡がこの戦いに勝つための策を考え始めたその時。
「輝跡~!!どこだ~!?」
墓地の入り口の方から、輝跡にとって聞きなれた声が聞こえた。
「……な……、まさか……こんな状況で……!」
輝跡の頭に、嫌な光景が浮かぶ。
それは襲撃者が、セカンドライフにはなんの関係もないこの声の主を、目撃したからという理由で殺す光景。
輝跡の顔が青ざめる。
そして、気づいた時には叫んでいた。
「こっちに来ちゃダメだ!!茂!!」
しかし、逆効果だった。
「輝跡!そっちにいるのか!!」
輝跡の声を聞き、その声色から少なからず異常を察した茂が、声の発生源を目指して近づいてくる。
(くそっ……ダメか……!!)
先程頭にうかんだ最悪の光景だけは実現させまいと、茂が現れた瞬間にいつでも庇えるよう準備する輝跡。
しかしそんな輝跡の想像とは裏腹に、襲撃者は一言、
「人が来たッスか……これまでッス……」
と言い残すと、茂がいる方向とは別方向に去っていった。
襲撃者の姿が見えなくなった方向を、輝跡は唖然として眺める。
「……逃げた……のか……?」
緊張がとけたことにより身体の力が抜け、輝跡はその場に座り込む。
なぜ襲撃者が去っていったのかは輝跡にはわからない。だが、助かったのは事実だ。
「いた!輝跡!ってどうしたその傷!剣もあるじゃねーか!なにがあった!?」
茂が輝跡のもとにたどり着く。茂が輝跡にいろんなことを尋ねてくるが、輝跡はほとんど聞いていなかった。
「はは……ははははは……」
ただひたすらに、よくわからない笑いがこみあげてくる。
「ははははは……ははははははははははは」
乾いた笑いは続く。見逃されるという形ではあったものの初戦を経て生きているという実感が、徐々に輝跡の身体を走り抜ける。
(これが、セカンドライフなのか……)
輝跡は、セカンドライフの一端を知った。
しかしあくまで一端だ。
本当のセカンドライフの戦闘がこんな程度ではないと輝跡が知るのは、もう少し先の話だ。