第1章 その27 『先生 その2』
4月は投稿できず、申し訳ありませんでした!
急ぎで書いたので、もしかしたら変なところあるかも……
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寸前まで進路相談が行われていた進路指導室。そこには現在、床に倒れている生徒が一人と、その生徒を見下ろす悲しげな表情の先生が一人いるのみだ。
もしも傍から見ていた人物がいたとしたら、その人はきっと、進路相談中に急な体調不良で生徒が意識を失ったのだと解釈するのだろう。
そして、この件がその解釈通りならば、正面に座っていた先生は慌てて他の先生を呼ぶなり、直接病院に連絡するなり、応急処置をするなり、なにかしらのアクションを起こすはずなのだ。
普通ならば、そうなる。
しかし、この件に関しては普通ではなかった。
先生である森沢は、倒れた生徒である金城輝跡を見下ろしたまま、特に慌てる様子はなく、輝跡を救うためのアクションを起こす様子もない。
それどころか、森沢は次のような呟きを、口から漏らした。
「うまく、いったか……」
それはあたかも、輝跡が意識を失ったのは自分が原因であると思わせるような口ぶり。
当然だ。輝跡が意識を失ったのは、紛れもなく森沢の仕業なのだから。
森沢は、悲しげな表情を浮かべながらも、輝跡の意識をおとすことができたことにホッと肩をなでおろしていた。
「僕の能力は、戦闘向きではないのにも関わらず、発動条件も厳しいからね。少しでもしくじればあっというまにお先真っ暗。死に一直線だ」
能力。それはセカンドライフで戦い抜くための手段。
つまり、森沢もプレイヤー。
輝跡は、森沢の術中にまんまとハマってしまったのだ。
輝跡は森沢がプレイヤーだと知らなかった。それどころか、森沢がプレイヤーであるなどとは思ってすらいなかった。
対して、森沢は輝跡がプレイヤーであることを知っていた。独自のルートで情報を手に入れ、罠を張り巡らせた。
セカンドライフ上での経験の差。
それが如実に表れた結果となった。
「さて、それじゃあ殺させてもらうよ。『敵』はまだ数人残っているからね。いつまでも感傷に浸っている場合じゃないんだ。本当にすまないね」
そう言って、森沢はスーツのポケットから使い込まれたナイフを取り出し、輝跡のそばに膝をつく。
この時点で、森沢は「まず一勝」と思っていた。
当然だろう。『敵』である輝跡はうまく罠にはまった。進路指導室内には邪魔するものもいない。あとは輝跡を殺せばそれで済むことなのだ。
しかし。
現実とは、そう易々とうまくいくようには、出来ていなかった。
「ブーストォ!」
まず、声があった。
次に、扉が開く音があった。
そして最後に、腹に衝撃があった。
森沢が後方に吹っ飛ばされる。
体勢を立て直した森沢が、状況確認のために自分の元居た場所を見据えると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
最初森沢は、その男子生徒を輝跡と仲良くしている暁茂もしくは榎下志狼であると判断した。
が。
しかし。
その判断が間違っているということを、森沢は自分自身の視覚情報から訴えられる。
「……なんで、君が……」
森沢が輝跡にとどめを刺そうとした刹那、その場へ助けに入ったのは、暁茂でも榎下志狼でもなく。
あろうことか、未だ金城輝跡の仲間と称するには程遠い、碇雷人であった。
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「よォ先生。ご機嫌はいかがだァ?」
「……たった今、悪くなったところだよ」
手始めに軽口をたたく雷人と、立ち上がりながら雷人を睨む森沢。
こういった状況では、警戒のために互いが互いの目を見据えることも多いが、しかしこの時、雷人の視線は森沢の目から外れていた。
というのも雷人は、たまたま進路指導室を通りかかったわけでも、輝跡がもしかしたら出していたのかもしれないSOSに反応したわけでもない。
見ていたのだ。事の顛末を。
故に、知っているのだ。どうして輝跡が倒れたのか。
というよりも、どうやって森沢が輝跡を眠らせたのかを。
「鮮やかな手口だったなァ? 進路相談のシーズンにプレイヤーは眠らせてまとめてポイかァ。生徒から尊敬される教師が、その信用を逆手にとってプレイヤーである生徒を殺すとは、なんとも皮肉なもんだなァ?」
「…………」
森沢は特に返答しないが、そんな森沢はそっちのけで、雷人は『今日の面談者リスト』を広げて話を続ける。
「あぶねェあぶねェ。えーっと……金城、暁、榎下、んで俺だろォ? この中村とか山平とか霧切とか岡本とかその他諸々は知らねェが、今日のこのメンツからしても、プレイヤーを一日でいっせいに葬るのが狙いだったんだろォ? 俺もヤバかったなァ?」
「……偶然じゃないかな? 輝跡クンだけがターゲットで、君たちには手を出す予定はなかったかもしれないよ?」
「おいおい、そんな見え透いたハッタリ今更意味ないぜェ? それとも、”毎年そんなんでうまくいってたのかァ?”」
「……どこまで知ってるんだい?」
森沢の顔つきが一層険しいものへと変貌する。
その表情はさながら、本来知られてはいけない秘密を知られたことを物語っているようだ。
「……と、その前に」
そこで、なにかを思い出したかのように雷人は足元に目を向けると、唐突に右足を上方に振り上げた。
そして、その振り上げた足を、あろうことか思い切り、その場に寝転がりのんきに寝息を立てている輝跡へと、踵落としの要領で振り下ろす。怒号とともに。
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「おら起きろォ!いつまで寝てんだァ!」
「げばっ!?おぇっ!?」
容赦のない一撃を腹に浴びた輝跡が、有無を言わさずその意識を現実へと引き戻される。
「ごほっごほっおえええええええええっ!! なっなんだってんだよいったい……」
意識を覚醒させた輝跡は、すぐに上体を起こして周囲を確認する。
なぜ先生が窓際に立ち、なぜ雷人が部屋の中にいるのか。そもそもなぜ自分は眠っていたのか。
周囲の一変した状況や自分の置かれていた状況を見て、輝跡の頭に数々の疑問が思い浮かぶ。
いちはやく答えが欲しかった輝跡は、声を張り上げ、二人に尋ねる。
「おい‼ これはどういうことだ!? 説明してくれ!!」
すると、答えはとてもシンプルに、雷人の口から告げられた。
「森沢センセーはプレイヤーで、テメェ含めた俺ら生徒組のプレイヤーを全員今日葬ろうとしてたんだとさァ」
「なっ!?」
さすがに驚きを隠せない輝跡。
輝跡は、森沢のことを尊敬できる先生だと思っていた。
人望もあり、生徒のことを本当に第一に考えているような、先生の鑑だと思っていた。
雷人が言っていたことが真実なら、それは輝跡の先生への尊敬に対する裏切りとなる。
信じられないという表情を浮かべる輝跡に向けて、雷人は続ける。
「信じらんねェか? まぁ、テメェはたしか森沢から俺の境遇話聞かされて、その上心配するような素振りで俺を任されたんだもんなァ? おまけに嫌でも耳に入ってくる森沢の人望話……。そりゃ森沢を『いいヤツ』だと錯覚するのも無理はねェ。俺でさえ、とあるきっかけがなきゃコイツが教師の皮を被った捕食者だと気づけなかったァ。まぁ、騙されてたんだよォ。テメェだけじゃなく、全員がだァ」
「そんな……。で、でも出来心だったって可能性は……!? 今回だけ魔が差したって可能性も……」
「残念ながら、その線も消えてんだなァ。そうだよなァ。センセー?」
そう言って、雷人は森沢へと呼びかける。
つられるように、輝跡も視線を森沢へと向ける。その視線には、嘘だと言ってくれという願いが込められていた。
が、しかし。
輝跡の願いもむなしく、森沢は観念したかのようにひとつ溜息をつくと、白状した。
「雷人クンにはなにか、僕の計画に気づくきっかけとなった証拠があるようだし、さっきはうっかり口を滑らせてしまったからね。今更隠してもしょうがないかな。ごめんね、輝跡クン」
「なっ……それって……つまり……」
「あァ、そうだなァ。多分テメェが今想像した通りだァ。コイツが生徒を殺るのは今回が初めてじゃねェ。しかもそれどころか、毎年このシーズンになるとなんらかの方法でプレイヤーの生徒を調べ上げ、全員さっきのテメェにやったみたいに眠らせて一掃してるようだぜェ。習慣というか、コイツにとっては一種の行事になってるってわけだなァ」
「……そんな……」
輝跡の拳が、強く握りしめられる。
自分はまんまと森沢の手のひらの上で踊らされていたのだと。そんな悔しさが、輝跡の胸中を蝕む。
しかし、森沢に怒りをぶつけるのがお門違いだということも、輝跡は理解していた。
森沢はプレイヤーとしては、なにも間違ったことはしていない。
ただ、自らの長所である立場と話術を完璧に使いこなし。
ただ、敵であるプレイヤーを陥れた。
そして、その戦法で味を占めていた。
それだけだ。
別に、雷人の話に出てきた爆弾魔のように非プレイヤーを巻き込んだわけでもない。
全てはルールの範疇。プレイヤーとしての度量の問題。
だからむしろ、実際に術にハマるまで、そうとは気づかずに見事に騙されていた輝跡にこそ非があるのだ。
森沢と輝跡を、『プレイヤー』と『プレイヤー』として見た場合、森沢の方が正しい。
しかし。
しかしだ。
それでも輝跡は、認められなかった。
理解していても、裏切られたことへの怒りを鎮めることは出来なかった。
なぜなら輝跡は、森沢と自分自身を『先生』と『生徒』として見ていたのだから。
「森沢……先生。俺を……俺たちを、裏切ったんですね……!」
「裏切った……か。そうだね。そう思ってくれて構わないよ。ごめんね。そうすることでしか、僕は勝ち残れないんだ」
「……あなたにとって、生徒とはなんですか!? ただのエサですか!? 生徒への信頼とは……あなたの人望とは、捕食を円滑に進めるための罠でしかなかったんですか!? 俺たちは、まんまと罠にハマった当たりだったってことですか!?」
「それは違う」
怒りに任せてぶつけられた輝跡の言葉を、森沢が静かに否定する。
その瞳は、直前までのどこか諦めを含んだモノとは打って変わり、真剣さが込められたモノとなっていた。
森沢は続ける。
「僕にとって生徒とは、守るべき対象であり、教え導くべき存在だ。そこに嘘偽りはない。真摯に打ち込んできたと自信をもって言えるし、その結果伴ったのが、今の人望だと思っているよ。そして、これからも、僕は僕の大事な生徒たちを、守り、教え導いていく所存だ」
「……つまり、俺たちはあなたの生徒ではないと……?」
「それも違う! 君たちも僕の大事な生徒だ! ……しかし、同時にプレイヤーだった。ならば、僕は君たちを倒さなきゃならない。すでにわかっていると思うが、僕の能力は戦闘向きじゃない上に条件も難しい。プレイヤーと真っ向から戦うなんて到底不可能だ」
意識が覚醒してから充分に時間も経ち、すっかりクリアになった頭で輝跡は、自分の陥った状況を思い出す。
単純に考えれば、森沢の能力は『敵を眠らせる』というもの。
敵の意識を奪うことができると考えれば、一見強い能力のように思えるが、森沢の言う条件というのが相当厳しいのだろう。
そしてその条件とは、おそらく『目を合わせること』。実際輝跡は、森沢と目を合わせたことで森沢の能力にかかった。輝跡自身、状況を思い返したことで、それは明確に自覚できている。
「僕の能力じゃプレイヤーとはとても戦えない。しかし僕はこのセカンドライフというゲームを諦めることはできない。事故死で一度はどうにもならないと諦めた僕の役目を、セカンドライフで勝ち抜くことさえできればこれからも続けることができるんだ。諦めるわけがない。じゃあ、戦えない僕はどうやって勝ち抜く? プレイヤーを欺き不意を突くしかない。そして、確実にこの戦法がうまくいくのは、学校内だけだった。だから、標的になるのは必然的にプレイヤーである生徒になってしまったんだ」
「ハッ! 生徒を守り教え導くために、生徒を殺すたァ、本末転倒じゃねェのかよォ?」
「…………」
「フン、だんまりかァ。まァいいやァ。どのみち、テメェのその役目ってヤツもココで終わりだァ。大事な生徒を手にかけてなお生き残れなかったことを、地獄で悔いるんだなァ!」
言い終わると同時に、雷人が森沢を殺そうと飛び出す。
しかしその突進は、雷人の前に立っていた輝跡の手によって、制されることとなった。
「なんだァ金城ォ? まだなにか話があんのかァ? もうこいつが、先生の風上にもおけねェ矛盾したプレイヤーだってのはわかりきったはずだァ」
「もうちょっとだけ待ってくれ」
「チッ、まァいいけどよォ。いつでも殺せるヤツだしなァ」
輝跡の言葉に肩を竦めながら、雷人が引き下がる。
それを確認した輝跡は、今度は静かな口調で話を切り出した。
「これまであなたが手にかけた生徒とは、手を組むことだってできたはずです。なぜそうしなかったんですか?」
「……さっき君が言ったように、僕は結果的にプレイヤーだと判明した生徒の信頼を裏切るような行為をしているし、仮にしていなかったとしてもこの戦法はプレイヤー初期から思いついていた。だからなのかなぁ。僕はね、確かな物的証拠、つまりは金や物品の取引がないと、他のプレイヤーを信用できないんだよ。生徒だからといって、プレイヤーである限り、無条件には信用できなかった」
「……俺も、信用できませんか?」
「『出来る』と答えたら、仲間にしてくれるのかい?」
「…………」
「はは、ちょっとイジワルだったかな。信頼とは築き上げるものだが、築き上げたものとはひょんなきっかけ、ひょんな事実によって一瞬で崩れ落ちてしまうものだ。君の中の僕への信頼はとっくに崩壊していることだろうし、わかりきっていた反応だよ。……さて、質問に対する答えだが。申し訳ないね。答えはNOだよ。君でさえ、僕はプレイヤーという要素だけで信用できない。すまないね」
「……そうですか。わかりました」
輝跡は理解する。
このまま先生を見逃せば、必ず今後隙をついて、輝跡たちを殺そうとするであろうことを。
輝跡は納得する。
どうあがいても、この先生とは戦わなければならないのだということを。
輝跡は決意する。
森沢と戦い、倒すことを。
輝跡が右手に剣を創造するのと森沢が懐からナイフを取り出すのは、ほぼ同時だった。
つまり、それを合図として、『先生』と『生徒』の戦いの火ぶたは切られたのだった。
……………………
…………
……
そして。
その戦いは、なんともあっけなく。
数秒で決着がつくこととなった。
先生……




