第1章 その25 『アイドルコンサート その3』
今回は文量がいつもよりも二倍近く多くなっております。
12月更新しなかった分を文量で補ったんだ‼ というのは建前です。アイドルコンサート回を終わらせようと思ったらこんなことになった次第なのです。
というわけで、この話でアイドルコンサート回は終了となります。
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「みんなーーーーーっ‼ ありがとーーーーっ‼」
輝跡たちが不審者退治のためにユカリンの控室に踏み込もうとしているのと時を同じくして、舞台の方ではユカリンのコンサートが幕を下ろそうとしていた。
会場の熱気は今も最高潮を維持し続けており、ユカリンが舞台裏へと去っていく間も声援が止むことはない。
観客から完全に見えない位置にたどり着いたユカリンが、その場にあった椅子へと勢いよく腰を下ろす。いや、腰を下ろすというよりも、腰を落とすといった表現の方が適切かもしれない。それほどまでにユカリンは脱力していた。
「にゃあああああ疲れたああああ‼」
スタッフからタオルを受け取りつつ、ユカリンがそんな声とともに大きく息を吐く。
舞台の上で数時間、何曲も歌いながら踊ったのだ。アイドルには相当なスタミナが必要とされるという話はよく聞くが、その実態は想像を絶するものなのだろう。そんなことが、はぁはぁと息を切らすユカリンから見て取れる。
…………
……
…
ユカリンの息が整ってきたころ、金髪の若いスタッフがユカリンの元に歩み寄る。
ユカリンもそれに気づき、そのスタッフの目つきの悪い瞳を見上げる。
先に口を開いたのはスタッフの方だった。
「よォ、お疲れだなァ」
「ふぅー、おつおつ‼ いやぁー好きでやってることだからね‼ 気持ちのいい疲労感かな~」
「そォかよ。まァアンタがそれでいいならいいんだがなァ。今回も特に問題なかったぜェ」
「そうみたいだね~。高校生で勉強とかも忙しいだろうに、いつもごめんね雷人クン‼ 見張り役、本当にありがとう‼」
「い、いや、アンタ……というよりはあの人に恩があるからなァ。感謝するなら俺に恩を売ったあの人にしてくれやァ」
雷人と呼ばれたスタッフが、照れくさそうに目線を逸らす。
普段、高校でも一匹狼を気取っているこの男だが、さすがにアイドルから満面の笑顔を送られてしまっては耐えられない。現在彼を仲間に引き入れようとしている某連中には到底見せられないような反応でさえもしてしまうというものだ。
気を取り直しつつ、雷人が話題を進める。
「そ、そんで? この後はどうするつもりなんだァ? まだここで休んでるかァ?」
「んー……どうしようかなぁ……」
「時間は別に推してねェし、ここならあまり邪魔にはならねェ。ゆっくりしててもいいと思うぜェ。座りやすい椅子でも持ってくるかァ?」
「うーん、やっぱり控室に戻ろうかな。雷人クンももうアがっていいと思うよ~。学生の土日って貴重でしょ?」
「…………」
もうアがっていいという魅力的な提案をされたにも関わらず、雷人の表情は優れない。
ちなみに雷人は特殊なスタッフである。
その立ち位置は、ユカリンのコンサート中のボディーガード。それもプレイヤーという脅威からの護衛という超特殊な仕事内容なのである。
コンサートは終わった。ゆえに本来この役目を果たしているユカリンのマネージャーにユカリンを引き渡せばそこで雷人はお役御免となるのだ。
しかし雷人は、ここで護衛を終えることを快諾しない。その場から去ろうとしない。
そのことをユカリンが疑問に思っていると、雷人が一度溜息をついてから再度話し始めた。
「実はさっきあの人から電話があってなァ。控室に害虫が出てそれを退治中だから、アンタを控室に戻さないようにって言われてんだァ」
「害虫……? ゴキブリとか、そこらへんのこと?」
「あー、まァ、そんなところなんじゃねェかァ? アンタ、苦手だったろォ?」
「うん‼ 虫は苦手‼ 怖いもん‼」
「あァ、これは極力アンタには伝えないよう言われてたんだ。おおかた、控室に虫がいたなんて事実がアンタの安らぎを邪魔するとでも思ったんじゃねェかァ? 気遣いを酌んでやれよォ」
「そうなのかな~。それだと嬉しいな~。っと、ちょっと私、お手洗いに行ってくるね‼」
まるで話題を断ち切るかのようにユカリンはそう言うと、まだ疲れが残っているのか椅子に手をつきながら立ち上がり、歩き出す。
後ろからかけられる、転んだりするなよォという忠告に返事をし、角を曲がる。
途端、ユカリンの顔には笑顔はなく、代わりにそこには真剣な表情があった。
今の一連の会話で何かを察した彼女は、トイレとは別方向を目指す。
「そんな簡単には騙されないんだから……‼」
そんなことを、呟きながら。
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「害虫退治といこうか、少年」
輝跡にそう言い放った”冷たい男性”の行動は、輝跡が返事をする間もないほどに迅速なものだった。
まず男性は、ユカリンの控室の扉を音もなく少しばかり開き、その隙間から中を見回した。
次に輝跡を誘導しつつ控室に入り、音もなく扉を閉めた。
そして最後に、部屋を一瞬で見回してから、とある一点めがけて”自らの長く伸びた腕を振り上げ、その先に付いているいかにも重く硬そうなハンマーのようなものを振り下ろした”。
控室内に、ドゴォンという巨大な破壊音が響く。
そこにあった壁を砕いたハンマーの正体は、おそらくは男性の能力によるものなのだろうと輝跡は推測する。というか、そうとしか考えられない。
あまりにも迅速な男性の行為に、やっとのことで輝跡のリアクションが追い付く。
「な……なんであそこを!? というか、今のはなんですか!? アンタの能力!?」
「……あそこだけ、ここを出る前に見た部屋の”感じ”と違った。あと、そうだ。今のは俺の能力な」
「"感じ”って……」
「部屋の内情は全て暗記してる。ここは、目に見える違いでよかったと安心する場面だ。敵の能力をお前の言う通り”隠蔽”、もしくはなにかしら扉を隠してしまえるものと仮定した場合、自分の姿を隠すとしても大雑把に二種類の手法が思い浮かぶ。自分を覆い隠す方法か、自分の存在自体を隠す方法か。今回は元からある壁やらなんやらに自分と自分を隠す何かしらを被せる前者だったからよかったものの、後者だったらこの部屋の被害はもっとでかかったよ」
説明しながらも瓦礫の散らばる方向から目を離さない男性は、今度は誰に聞かせるわけでもなく、願うように小声で呟く。
「……出てこい……‼」
そして。
まるでその声に呼応したかのように。
次の瞬間、散らばった瓦礫の一部が勢いよく盛り上がる。
そこから姿を現すであろう不審者を目に捉えようと、二人共々その部分を注視したのがいけなかった。
真横からの強い衝撃と共に、二人の視界がブレる。
…………
……
…
輝跡が気づいた時には、自分の身体はいつの間にか床にペタリと座り込み、バラバラに砕けたガラス壁にもたれかかっていた。
なにやら全身が熱い。温かいものが頭から顔面へと流れている。いや、それはなにも頭からだけではなく。それを自分の流す血液だと輝跡自身が認知するのには、少しばかりの時間を要した。
「……あ……? なんで……俺……」
認識と思考が追い付かない。
意識が朦朧としている。
輝跡は思う。自分は確かに、冷たい男性と共に扉の前に立ち、瓦礫の方を見つめていたはずだ、と。
それが、気が付いたら傷だらけで、自分から右方向の壁にあったはずの大きなガラス壁に身体を預けている。
一瞬の間になにが起こった?
なにをされた?
不審者の能力か?
不審者の能力は、『隠蔽』もしくはそれに類するものではなかったのか?
いくつも疑問は浮かんでくるのに、それを解決するための思考能力が働かない。
と、大量の疑問が保留にされている中、とある疑問が、すぐに解決せよと輝跡を急かす。
――――あの男はどうなった?
輝跡は疑問を解決するために、朦朧とする意識を振り絞って辺りを見回す。
しかし肝心の彼らしき姿を捉えることはできない。
(どこだ……? あの人はどうなった?)
焦る。
輝跡はすでに動けない。
ここであの男性までリタイアしてしまっては、二人ともプレイヤーとして無残に葬られるという結末から逃れることはできない。
(こんなところじゃ……死ねない……)
一通り見回したところで、輝跡は男性の捜索を諦める。
頼みの綱がないのなら、自らがそれを紡ぐしかないのだ。
輝跡が、自らの動かない身体に鞭を打つ。
右手をつき、立ち上がろうとする。
意識はまだ朦朧としている。思考もまとまらない。
しかしそれでも輝跡には、立ち上がるしか道はなかった。
なにやら、かすかに瓦礫の方向から声が聞こえる。
「おっっっおまままま‼ おまえはっっっプレイヤーなのかぁっっ!? どっちなんだよぉ!?」
輝跡は一瞬、その声の主が共にこの控室へと入ってきた男性なのではないかと思ったが、聞こえた内容や声色、口調からしてなにもかも違ったことで、著しく下がった判断力でも、声の主はあの男性ではなく不審者なのだと判断することができた。
おそらく不審者は、その時点では輝跡の手の甲のエンブレムに気づかなかったのだろう。能力を不審者めがけて使用したのは輝跡と共にいた男性であって輝跡は能力の”の”の字も出してはいない。そんなことから、輝跡がプレイヤーなのかどうか判断できていないのだ。
輝跡は、これをチャンスだと思った。
敵は見据えた。あちらがこちらをプレイヤーかどうか判断できていない以上、まだ少しは猶予がある。あとは立ち上がるだけ。
しかしそこで、輝跡はとある失態に気づく。
自分が先ほどから立ち上がるために床についている手はどちらだったか?
エンブレムのある右手ではなかったか?
そして、不審者は今、輝跡がプレイヤーかどうかを判断しようと観察している。
案の定、輝跡の右手の甲は不審者からは丸見えだったようで、その口元がにんまりと歪むのが、輝跡にも霞む視界から見て取れた。
不審者が、両手のひらを輝跡に向けながら、左手は前に出したまま、右手のみを後ろに引き、張り手を打ち出そうとしているかのような体勢を取る。
十中八九、能力を使用しようとしている。
思い返せば、輝跡は視界がブレる前に真横から強い衝撃を受けた。その衝撃によって吹っ飛ばされ、ガラス壁に突撃するまでに至ったのだろうと、今になって輝跡の思考が追い付く。
つまり、不審者は中距離もしくは遠距離でも攻撃できるような手法を持っているということになる。
「くそ……立て……立てよ俺の……身体ァ‼」
足腰、そして右手に込める力をなおいっそう強める輝跡。
避けなければチャンスはもうないだろうと、輝跡の直感が察していた。
と、そこで。
力を込めた右手に触れている液体がうごめいていることに輝跡は気づく。
そんな暇はないとわかっていながらも、チラリとそちらの方へと視線を向ける。
すると、輝跡の右手が触れていたのは自分の血液ではなく、透明な液体で。
「ジッとしてろ」
液体が、喋った。
「へ?」
速く動かなければ死亡ルートまっしぐらだというのに、それでもこれはあっけにとられずにいられないといった様子の輝跡の目に映る液体は、いつの間にかその姿を変異させ、鋼鉄の球体と化していた。
「ししししし死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼‼‼」
不審者の奇声とともに、輝跡は我に返る。
すぐさま不審者へと視線を戻すと、すでに不審者は後ろに引いた右手を突き出している最中だった。
そんな不審者に向かって一直線に飛来する鉄球が一つ。
鉄球は、不審者に直撃する前にドゴォンと”透明な何か”を砕き、そのまま不審者の腹部へとクリーンヒットする。
鈍い衝撃が不審者の腹を容赦なく襲い、不審者の身体が”く”の字に折れ曲がる。
鉄球から人型へとすぐさま変異した、輝跡が一度は見失った男性は、その隙を見逃さない。
「今ので仕留めるつもりだったが、すでに出してたんだろう『壁』に阻まれたみたいだな。威力が随分と下がっちまった。その分苦痛は倍増するが、自業自得だと思え」
腹を抱きながら跪きうめき声を漏らす不審者を見下ろしながらそんなセリフを吐き捨て、次々に姿を変異させた男性は今度は右手を再びハンマーへと変異させ、振り上げる。
角度的に、頭を砕くつもりだろう。さすがのプレイヤーといえども、頭を砕かれては生命活動を維持できない。
と、一切躊躇することなく、今にも振り上げたハンマーを不審者の頭に振り下ろそうとしていた男性の動きが、とある女性の声で停止する。
「ちょっと待って‼」
その場にいた全員が、声の主の方へと視線を向ける。
扉を開いてそこに立っていたのは、舞台でコンサートをしていたはずのユカリンだった。
冷たい男性の声に、わずかに温もりが戻る。
「遊歌……なんでここに? しばらく控室には来るなと伝言をしたはずだが」
「騙されないわよあんなの……‼」
「……嘘が下手だなぁアイツも……」
先ほど通話をしていたスタッフに対してか、呆れたように溜息をもらす冷たかった男性は、観念したように振り上げていたハンマーを元の手の形へと戻し、両手を上げて降参のポーズをユカリンに見せつける。
それを確認したユカリンは、怯むことなく不審者の眼前へと歩み寄る。
まだ先ほどの衝撃が鈍い痛みとなって身体を蝕んでいるのか、なおも朧な目で不審者はユカリンを見つめる。
すると、次の瞬間不審者の顔にあったのは、満面の笑みだった。それはまるで、目的のブツが手に届く距離にあることを認識したときに浮かべるような。
「ああ……ああ‼ ユカリン‼ ユカリンだぁ‼ あぁ……フヒヒヒ……ユカリンだぁ‼」
「うん。そうだよ。ユカリンだよ」
痛みも、状況すらも忘れてしまったのか、急に挙動不審になる不審者。
率直な感想としては見ていて気持ちがいい振る舞いではないが、そんな不審者を眼前においていてもなおユカリンは笑顔を絶やさない。
しかし、その瞳には真剣なものがあった。
今度はユカリンから、不審者へと言葉を発する。
「最近私を追いかけてたのはあなた?」
「え……!? バ……バレてたの……!? デヘヘ……ほら、ユユユユユユカリンて、にに人気急上昇中だからさ‼ おおお襲ってくる人とかもいるだろうしさ‼ ぼ……ぼくが守らなくちゃって‼」
「うん。それで、今日はなんでここに?」
「そそそれは……その……ぼっぼくね‼ ユカリンをどんな敵からもままま守ってあげられる力を手に入れたんだ‼ そそそそれにね‼ ぼく、この力を手に入れてから、きっ気づいちゃったんだ……ユカリンの秘密……。ユカリンもぼくらと同じなんだよね‼ 辛いよね!? だだだだからね‼ ぼぼぼくが守ってあげないとって‼そそそれで、迎えに来たんだ‼」
冷たかった男性が輝跡に話した予想は、当たっていたのだ。
不審者は本当に一人のファンであり、そしてストーカーであった。
しかしひとつ訂正点があるとすれば、それは不審者の目的が『ユカリンを手に入れるため』でなく『ユカリンを守るため』であったこと。
そして、思考能力がだいぶ戻ってきた輝跡は、『ユカリンもぼくらと同じ』という言葉に引っかかりを覚える。
しかし答えあわせなどする暇もなく、ユカリンと不審者の会話は進む。
不審者の熱弁に対するユカリンの返答は、シンプルなものだった。
「うん。ありがとう。でも、ごめんね」
その返答を受け、先程から早口でまくしたてるように言葉を紡いでいた不審者の言葉が、スイッチをオフにしたロボットのようにピタリと停止した。
ユカリンからの返答を受け入れられないのか、単純に「ごめんね」の真意が理解できていないのか、今度は不審者の視線が挙動不審になる。
不審者なりに頭の中を整理したのか、それでも口から出たセリフはやはりこれだった。
「なっなんで!?」
不審者は認められなかったのだ。
百パーセント善意で、自分にはユカリンを守るための人ならざる力があって、ユカリンと自分は秘密を共有できる同じ境遇で、ただユカリンに自分という存在を認知してほしくて、欲を言えばユカリンと一緒にいたくて、さらに欲張れば、ユカリンに惚れてほしくて。
それだけだった。
不審者本人の頭には、とがめられる理由も断られる理由も思い浮かばない。
それが目に見えてわかったからこそ、ユカリンはその理由を簡潔に答える。
「だって、もう私を守ってくれる人はここにいるから」
言いながらユカリンが、もう冷たさの感じられない男性の肩に手を置く。
その男性は紛れもなく、百パーセント善意で、ユカリンを守るための人ならざる力を持っており、ユカリンと秘密を共有できる同じ境遇で、ユカリンの唯一無二の存在であり、ユカリンといつも一緒におり、もしかしたらユカリンに惚れられているかもしれない男性だった。
男性は溜息をつくと、代わりに言葉を紡ぐ。
「まぁ、そういうことだな。おまえはお呼びじゃなかったってことだ」
少々厳しめの言葉だったこともあり、ユカリンに頭を叩かれるボディーガードの男性。
反撃する気力もなく落ち込む不審者に、再びユカリンが歩み寄る。
今度は不審者の両手を自らの両手で包み、ユカリンは不審者を諭す。
「気持ちはすごくうれしいよ。でもね、そんなことしなくて大丈夫なんだよ。私はファンに、血だらけになって守ってもらいたいだなんて思ってない。ファンには私のために傷ついてほしくないんだよ。それにね。ファンの笑顔が私に力をくれる。ファンの応援が私を支える力になってる。私はそりゃ、到底戦うための力なんて持ってないんだけど、それでも明日を生き抜くための力を、あなたたちファンから貰ってるんだよ。血みどろにならなくてもあなたたちは、押しつぶされそうな私をそうやって守ってくれてるんだよ」
「で……でも、ぼくは……その……ユカリンに……知ってほしいって気持ちもあって……いやらしいよね……ごめんね……幻滅」
しかし、その不審者のセリフは、最後まで言われることはなかった。
「御宅護くん」
ユカリンが、とある人物の名前を口にする。
その名前を聞き、不審者が大きく目を見開く。
ユカリンの口から発せられた名前。それは紛れもなくユカリンの目の前に跪く不審者のものだった。
絶対に発せられることはないと思っていた名前が発せられたのだ。憧れのアイドルに、存在が認知されていたのだ。
ユカリンを守ってあげたかった。欲を言えばずっと一緒にいたかった。さらに欲張ればユカリンに惚れてほしかった。
しかしいざ蓋を開けてみれば、ファンとしては、これだけで充分だった。
「ぼくの……名前……」
「だよね。覚えてるよ。いつも応援ありがとう‼」
「あぁ……あぁ……」
「これからも、応援してくれるかな?」
「とととと当然だよ‼」
「うん。ありがとう。それじゃあ、これからもファンとして、応援って形で力をくれるよね?」
「……うん。わかった。ごめんユカリン……って、あれ?」
そこで、不審者は自分の身体の異変に気付く。
痛みが消えていたのだ。
鉄球の衝撃で、おそらくは骨すらも折れていたであろうに、その痛みすらも消えているのだ。
不審者がユカリンの顔を見ると、その視線に対し、ユカリンは自らの口元に人差し指を置き、内緒のジェスチャーで応じた。
「それじゃあ、コンサートももう終わったし、あなたは帰った方がいいよ。もうちょっとでここの通りはスタッフとかも多くなるから」
「わわわわかった。こここれ以上迷惑はかけられないよね……。そそそそれじゃあ、さようなら‼」
こうして、不審者から一人のファンへと戻った男は、控室から去っていった。
控室に残されたのは、ユカリンと、冷たかった男性と――――
「もしかして俺、忘れられてないか……?」
それと一連の会話では完全に蚊帳の外だった輝跡の三人だけである。
「あー悪い悪い。大丈夫かおまえ」
結局立ち上がれず未だに割れたガラス壁に身体を預ける輝跡に、冷たかった男性が歩み寄る。
「できれば……病院に連れて行って……ほしいんですけど……」
「あー」
思考能力は戻ってきたとはいえ、身体を強く打ち、血を流し過ぎた事実に変わりはなく、輝跡はわりと真面目に命の危機を感じているというのに、対する冷たかった男性の返事はのんきなものである。やはり冷酷な人間なのかもしれない。
と、輝跡がそんなことを考えていると、冷たかった男性が輝跡に唐突に質問を投げる。
「そういや、おまえ今日は客としてきたのか?」
「……今聞くことですか……?」
「今聞くことなんだよ。いいから答えろ」
「ちゃんと……チケットで来た客ですよ……」
「遊歌のコンサートはどうだった?」
「……? 初めてでしたけど……楽しかったですし……いいと……思いましたよ?」
と、輝跡の返答に満足したのか、冷たかった男性がユカリンの方に向き直り、言う。
「回復してやろう」
「あのねー……この子、今回協力してくれたんでしょ? 可我人がそんなこと確認しなくても、回復するつもりだったよ‼」
そう言って輝跡の傍に歩み寄ったユカリンが、先程不審者にしたのと同じように、輝跡の両手を自らの両手で包み込む。
しばらくすると、急に血の周りがよくなったかのように輝跡の思考や感覚がクリアになり、身体の傷も癒えていた。
病院に行く手間が省けた、などといったようなのんきな感想など、輝跡は抱いていなかった。
回復するとは、つまりは能力を用いるということだった。
これが意味すること、それは――――。
「……ユカリン……さんも、プレイヤーだったんですか」
「そーゆーこと。でもこれは秘密にしててもらえると嬉しいな~。能力を見てわかったと思うけど、私の能力は戦闘向きじゃないからね~」
「不審者も本当に控室にいたしな。おまえは晴れてシロで、遊歌の客でもある。それに今回ストーカーの件を解決できた一因でもあるからな。今回おまえを助けたのは、つまりはそういうことだ。遊歌がプレイヤーであること自体がトップシークレットなんだ。めったにない好待遇に感謝しろよ」
「ええ、そりゃもう。ありがとうございました。このことは絶対秘密にします」
「万が一おまえから秘密が漏れたとわかりゃあ容赦しないからな」
冷たかった男性の声色が、再び冷たいものへと変異する。
それをまぁまぁとなだめながら、遊歌が思い出したかのように可我人に尋ねる。
「そういえば可我人。ちゃんと自己紹介は済ませたの?」
「あぁ、すっかり忘れてた。というか俺もこいつの名前知らないや」
「君たち名前も知らない人と共闘してたの……?」
輝跡自身も、ここにきてやっと、自分が彼の名前を聞いていないことや自分が名乗っていないことを思い出した。
それだけ切羽詰まった状況だったということだ。
気を取り直し、輝跡が先に名乗る。
「自分は、金城輝跡です」
それに続くように、冷たかった男性とユカリンが名乗る。
「おう、俺は遊歌のマネージャー兼ボディーガードの変目可我人だ」
「私はユカリンこと桃山遊歌ですっ‼ アイドルやってまっす‼」
こうして、輝跡はアイドルのユカリンとそのマネージャーと知り合うこととなった。
アイドルと話ができたところか連絡先まで交換することができたことについては、こんな状況を作り出したセカンドライフに感謝すべきことなのだろうかと、わりとらしくないことを考える輝跡なのであった。
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「そういえば」
ふととある疑問が思い浮かび、隠されていた出口へと向かう最中に輝跡がそんな風に切り出す。
輝跡を見送るためについてきていた冷たかった男性こと可我人と遊歌が、同時に応じる。
「どうした?」
「どーしたー?」
「あ、いや、可我人さんの方に聞きたいんですけど、結局あの人の能力ってなんだったかわかったんですか? 明らかに攻撃系でしたよね? でもそれだと扉を隠してたのが説明付かないし……」
あの人とは当然、先程の”元”不審者のことだ。
輝跡の中では、結局自分がなにによってあのような有様になったのかすら解決していない。
だからこそ、終わったことであっても知りたいと思った。
可我人なら知っているかもしれないという、一縷の望みに託して。
しかし可我人の口調は、想像していたよりも余程軽いものだった。
「あーあれな。簡単なことだったよ」
輝跡が全く解決できていないことを、あろうことか簡単なこととのたまった。
輝跡は苦虫を噛んだような顔をしながら、解答を急かす。
すると可我人は、惜しむことなくスラスラと解答を説明し始めた。
「お、教えてもらえますか?」
「ああ。まず、おまえや俺は最初、通路を作り出す能力だとか、隠すこと自体が能力なんだとか言ってたけど、実際はもっと単純なことだったんだよ。その場にあるものや自分の姿を”覆い隠すこと”ができて、かつ操れるならば物理的に敵にぶつけることもできるようなもの。まぁ俺もあいつのいたところの違和感と、実際に身体で受けたあの攻撃とが無ければ確信は得られなかったんだがな」
「……つまり?」
「あいつの能力は『壁を作り、操る能力』ってところだろう。扉を薄い壁で隠したり、自分の姿を壁で遮って隠したり、壁自体を俺らにぶつけたりな。最後におまえにもぶつけようとしてたろ? あれは透明だったし、俺が砕いちまったからわかんなかったかもだけど」
たしかに可我人は鉄球の姿で敵に突進した後、「壁で威力が下がった」的なことを口にしていた。
それはそのままの意味だったのだ。
「壁……壁か……」
「納得いったか?」
「まぁ、納得はいきました。プレイヤーの能力は多種多様ですね……。もっと頭を柔らかくしないと」
輝跡がそう思った根拠は、なにも”元”不審者の能力を見抜けなかったことだけが原因ではない。殺し合いが必須のセカンドライフにおいて攻撃力が皆無な『回復』という遊歌の能力を見たことも原因している。
セカンドライフというデスゲームの中でこれから先も勝ち残るなら、今回のような戦闘内容を二度と行ってはならない。
そのためには、いち早く敵の能力を見抜くこと、また確証が得られるまで過信しないことが必要となってくる。
今回生き残れたのは運がよかった。
しかし運に頼ってばかりではいつか痛い目を見る。いや、痛いと感じる暇すら与えてもらえない可能性だってあるのだ。
輝跡は今回の件を重く受け止め、成長しろと自らに喝を入れる。
「そういえば、可我人さんの能力は……」
「ヒントはたくさんやったろ。自分で考えろ」
「……そうですよね~」
「まず俺はおまえの能力を見てすらいないんだからな?」
「そ……それは次の機会に……。ほら、連絡先も交換したことですし」
「おう。絶対だぜ」
と、そんなこんなで出口へとたどり着く。
可我人や遊歌はまだホールでやることがあるらしく、輝跡は二人に再度お礼を言ってから手を振って別れる。
「さて、帰るか」
輝跡がそう呟き振り返ると、そこには、口をこれでもかというくらいに開いて震える幼馴染と仲間の姿があった。
いろいろとありすぎて、輝跡は彼らと共にコンサートに来たことをすっかり忘れていた。
「あ」
「あ、じゃねーッスよ‼ いっ今のって……今のってユカリンじゃないッスかああああああああああ!?」
「どういうこと!? 説明してよ輝跡‼」
「ていうかなんでおまえらここにいんの? ここホールのほぼほぼ誰もうろつかないところなはずだけど?」
「輝跡サンが戻ってこないから、においを追ったんスよ‼ ってそんなことはどうでもいいッス‼ 輝跡サン説明するッス‼」
「そうだよ話逸らさないで‼ 説明して‼」
二人に襟首をつかまれ、首を激しく前後に揺さぶられる輝跡。
ただでさえいろいろとあって疲れているのに、輝跡はこの後、先程の出来事を全て隠しつつ、信ぴょう性の高い嘘百パーセントの物語を作るために、孤軍奮闘しなければならないのだった。
第一章も五分の三地点あたりを超えました。
え? 逆にまだ第一章ですら五分の三なのかって?
…………申し訳ございません。




