第1章 その23 『アイドルコンサート その1』
アイドル回です!!ちなみに筆者はコンサートやライブに行ったことないです!!
四月二十三日、土曜日。
輝跡、志狼、結夢の三人は約束通り、街のホールにて行われるというユカリンのコンサートへと足を運んでいた。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
輝跡とともに現地に到着し、志狼との合流を果たした結夢が、志狼に向けて深々と頭を下げる。
輝跡が水曜日に結夢にチケットの件を話したところ、結夢はユカリンのファンだったようで、喜んでチケットを受け取ることを承諾していた。
それ以来、結夢は志狼に会うたびにお礼を言っているのだ。
「いやいや、ホントいいッスよそんなに感謝しなくて!むしろチケットが無駄にならなくてよかったんスから!」
「いやいやそんなことを言わずに!もうね、金欠でチケット買えなくて諦めてたから、本当にありがたいんだよ!志狼くんは私の前に舞い降りた天使って感じ!」
結夢が歓喜を身体で表現するかのように、両手を左右に広げ、ブンブンと上下に振る。
やはりコンサート当日であるということも関係しているのか、今日の結夢は特にテンションが高い。
しかしテンションが高いのはなにも結夢だけではなかった。
というのも、すでに会場への入場が始まっているここでは、早くもファンたちの興奮が渦巻いていた。
おそらくコンサートが始まってしまえば、今でこそ一つの渦として秩序正しく流れている興奮の水流も、やがて部分部分が個々の意思を持ってはじけ、途端に嵐の時の海のような大荒れへと変貌することだろう。
そんな周りの人々を輝跡が眺めていると、入場口から伸びる列の最後尾へといつのまにか進もうとしていた結夢に、指だしグローブをつけた右手が引かれる。
「なにやってんの!行くよ!」
「あ、あぁ、悪い。そうだな」
そう言って輝跡は結夢とともに列の最後尾へと走り出す。
列にしばらく並んでいると、チケットを見せることで、会場へと入場することができた。
と、ここで唐突に輝跡の頭に疑問が浮かぶ。
「そういえば、榎下はよく三枚もチケットとれたな。こういうのって、たしか一枚とるだけでも大変なんじゃないか?」
たしかに、アイドルのコンサートやバンドのライブのチケットなどというものはとても手に入りずらい。それ故に転売されているチケットなんかも目にすることがある。
まさか転売されているチケットでも購入したのか?と一瞬思った輝跡だったが、志狼からの返答は輝跡の想像とは全く別物だった。
「実はこのチケットは特殊なんスよ。三名様ペアチケットってヤツッス。切り離せるんスよ。ペアチケットってのは、ユカリンの『大切な人たちと来てほしい』って意向の元に作られたチケットで、二名様用のもあるッス。まぁその分枚数はかなり少なくて、普通のチケットを手に入れるのよりも過酷なんスけどね。ハハハ」
なるほどと声に漏らして納得する輝跡は、全く別のことに関しても納得していた。
火曜日にチケットが三枚あることを説明した志狼からはなにか寂しさのようなものが感じられた。
そしてペアチケットなどというものは、最初から誰か一緒に行く予定でないとそもそも購入しようともしないはずだ。
つまり誰か一緒に行く予定だった人たちがいたが、その人たちとは行くことができなくなった。
普通の友人に「今回はいけなくなった」と断られたくらいであれほど寂しそうな表情を浮かべるとも思えない。
かといって、三人用のペアチケットということは狙っている女の子に振られたという線もないと思われる。
つまり、友人の引っ越し、悪ければ絶交。そういったものがあって、本来一緒に行く予定だった人たちとは、たとえコンサートの日付が違っていたとしても、共に行くことはできないという状況にでもなったのではないか?
そんな風に、輝跡は考察する。
本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早いのだろうが、輝跡の考察がもしも方向性的に正しいものであったならば、せっかく楽しいイベントを目前にしている志狼の気分を害してしまうことだろう。
故に輝跡は、今はこの件についていったん置いておいて、志狼の口から語られるのを待とうと決断し、舞台の見えるエリアへと歩を進めた。
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ホール内のとある控室。いるのは、桃色のロングヘア―で派手な衣装に身を包んだ女性一人と、耳から下の後ろ髪のみが黒色でそれ以外の部分が金色の短髪を逆立て、右目の下に一筋の黒い線を持つスーツ姿の男性一人のみ。
前者は今回のコンサートの主役であるユカリンこと桃山遊歌、後者は遊歌のマネージャーである。
そんな二人だけの空間で、コンサートの本番を目前に控えたユカリンこと桃山遊歌は、桃色のロングヘア―をマネージャーに整えてもらいながら、本番前の緊張感をかみしめていた。
遊歌がデビューをはたしてからどれくらいの月日が流れただろうか。
その時間は決して長くはないが、その道のりは長く険しいものだった。
小中学生の頃、クラスメイトどころか学校中の生徒全員に笑顔を与えるような存在だった遊歌は、今度は全国に笑顔を届けたくてアイドルになった。
アイドルになった理由がそれだったからこそ、遊歌は何度コンサートを行ってもこの緊張感に慣れることができない。
今回も本当にファンに笑顔を与えることができるのだろうかと不安になる。
しかし遊歌は単独編成のアイドルであるから、その不安を仲間とともに分かち合うこともできない。
だからこそ。
不安の吐き出し先はいつも、マネージャーの変目可我人だった。
「ねぇ、大丈夫かな」
これでもかというくらいに省略された、普通は「なにが?」と聞き返してしまうこと間違いなしの遊歌の発言に、可我人はわざわざ聞き返すなどということはしない。
この発言にはいつも同じ意味合いが込められている。
だからこそ、もう何度も遊歌にこの言葉を投げつけられている可我人にはわかるのだ。この発言の意味も。なんと返してほしいのかも。
ゆえに。
いつものように、遊歌の頭にポンッと手を置き、可我人はこう返す。
「大丈夫だ。俺が保証する」
もはやルーティンと化しているそのやりとりが終われば、あとはもう遊歌が気合を入れるだけだ。
「よし!」
顔を上げた遊歌の表情には、デビュー当時のような自信がみなぎっている。
これでいつもの調子を出せるだろうと判断した可我人は、そっと遊歌の頭から手を離す。
遊歌が名残惜しそうにするが、可我人は気にしない。
と、ここで、可我人は思い出したかのように遊歌に注意する。
「そういえば最近現れた、おまえを追いかけているストーカー、まだ捕まってないらしいから気をつけろよ。関係者やチケットを持っている観客しか入れないとはいえ、ちゃんとチケットを手に入れて正式な客として来ている可能性だってあるからな。これが”ただの”ストーカーならまだいいんだが……。とにかく、身の危険を感じたらいったんひっこめよ」
「……うん。わかってる。そこらへんはしっかり理解してるよ。ストーカーじゃなくとも、もしかしたら私の正体に気づく人たちだっているかもしれないしね」
「そうならないことを願うばかりだがな。あともう一つ、なんか記載ミスなのかどうなのか知らないが、ホール内の地図に一つ、存在しない通路が描かれてる。お前用の地図にはバツを付けておいたから間違わないようしっかりチェックしておけ」
「あいあいさー!」
そうして、連絡事項の伝達も終わり、コンサート開始時刻は刻一刻と迫る。
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そしてついに、コンサート開始時刻が訪れる。
開始時刻になった瞬間、舞台の床から、爆発とともに今回の主役であるユカリンこと桃山遊歌が登場する。
「やっほーーー!!みんな元気ぃーーーーーーー!?」
マイクを用いてユカリンが観客に呼びかける。
直後、声の爆発が起こった。
「「「元気いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」」」
脳を揺さぶるほどの音圧が、輝跡の鼓膜を激しく刺激する。
ユカリンの呼びかけに対し、客側が一丸となって返事をしたのだ。
想像のはるか上を行く初っ端の盛り上がりに、輝跡は反射的に耳をふさぐ。
コール&レスポンス。
ライブやコンサートにおいて、ボーカルや演奏者が観客に呼びかけ、観客がそれに応答するという一種の恒例行事。
中でも今の掛け合いは、ユカリンのコンサートでは毎度初っ端に行われる定番も定番のものだという。
実のところ、輝跡はユカリンの大ファンというわけではない。ユカリンという人気急上昇中のアイドルがいるということを知っているだけだ。
加えて、輝跡には特に固執するほど好きなアイドルやバンドがいるわけでもない。当然コンサートやライブといったものは経験したこともない。
故に、コンサートにおける儀礼など知る由もなかった。
「び……びっくりしたぁ……。なぁ」
周りが熱狂に包まれる中、一人温度差の違う輝跡が、コール&レスポンスについて尋ねようと、隣にいる結夢や志狼へと振り向く。
しかし。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!ユカリンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!」
「んめええええええええええええええええええええええぱろろろろろろろろろろふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!!!!!!」
輝跡にとって頼りの二人は、すでに熱狂の中で壊れてしまっていた。
志狼にいたっては奇怪な叫び声を上げながら頭を上下に激しく振っている。この行為が本来見られるべき場所が、このようなアイドルコンサートではなくロックやヘヴィメタルのライブであることは、さすがに輝跡でも知っていた。
どうやら結夢も志狼も、すでにテンションが上限突破してしまっているらしい。
一人置いてけぼりをくらった輝跡は、到底理性の感じられない二人を唖然と眺めながら、思った。
これほどまでにファンを熱狂させるアイドルも、開幕から我を忘れるほどに盛り上がれるファンも、すげぇや……と。
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コンサートも終盤へと差し掛かり、ファンである観客のボルテージはマックスになっていた。
序盤でひとり置いてけぼりをくらった輝跡はというと、周りのテンションに慣れるどころか、アイドルとともに盛り上がるというコンサートやライブ特有の楽しさをしっかりと感じることができるようにまで成長していた。
が、しかし。
初めてのアイドルコンサートということもあってか、数時間も高いテンションを維持し続けるという普段とは違った体力の使い方に、輝跡の身体はすでに疲れ切っていた。
ただでさえ人口密度の高いこの会場では、人々の熱狂に比例してか室温もすっかり高くなってしまっており、その灼熱も体力が奪われる一因となっていた。
限界を感じた輝跡は、終盤ではあったが休憩することを決意し、会場の外の空気を吸うために外へ出た。
「ふぅ」
外に出ると、会場内だけが本来の季節の一つ先をいっているのではないかと錯覚してしまうほどの、春の涼しい風が輝跡の肌を優しくなでた。
「涼しさが心地いいな……。っとまぁ、春だし当たり前か」
輝跡は、なつかしささえ感じさせる涼しさに感嘆しながらも、今の季節ならこの涼しさが当然なのだと、感覚を正常なものへと修正する。
しばらく風を浴び、上がりに上がった体温を下げると、輝跡は自分の喉が渇いていることに気づく。
当然だろう。数時間の間、輝跡は水分補給など一切せずに、あの興奮の中へと身を投じていたのだから。
「飲み物でも買いに行くか……」
飲み物を買うことを決意した輝跡は、ホールの入り口にある自動販売機で天然水を購入すると、涼しい風を浴びながら飲もうと考え、再び入り口から離れる。
ペットボトルの蓋を開け、天然水を喉に流し込むと、必然的に輝跡はコンサートが行われているホールを見上げる姿勢となった。
「それにしてもでかいよなぁ……」
ふと、頭に浮かんだ感想を漏らす。
輝跡の住む住宅街から少し離れた区域に位置するこのホールは、多目的ホールであっていろんな用途に使われる。
今回のようにアイドルのコンサートが行われることがあれば、バンドのライブが行われることもある。また、床下への座席の収納がボタン一つで可能となっており、観客のための座席を要する演奏会や劇、極めつけは企業の説明会なんてものも行われたりする。
しかし、そういったイベントに参加した経験がない輝跡にとってこのホールは、あまり縁がない施設であった。
故に輝跡は、少しばかりこの建物自体に興味をひかれていた。
「……ちょっと外装を見て回るだけなら時間はあるよな……?」
そうして輝跡は、少しの間ホールの外装に沿って歩くことにした。
**********
しばらく歩くと、外装部分が木々によって影となっている部分が輝跡の目前に現れた。
そこから先は、これまでのタイルによる地面ではなく、木や草をベースとした地面となっており、その時点でほどよく満足していた輝跡は、キリが良いということで引き返そうとした。
が。
しかし。
輝跡は踵を返そうとする足を止め、その場へと留まることとなった。
というのも、輝跡の前に現れた、木々によって影となっている部分に、人影が見えたのだ。
ただでさえ居づらそうな場所であり、ホールの外装はただの壁であるため留まる理由もないはずであるのに、その場でこそこそとしている人影は、輝跡に怪しさ以外のなにも感じさせなかった。
故に、その人影からは見えない位置に隠れ、輝跡は人影を観察することにした。
なにも起こらなければそれで良いし、なにかが起これば対処しなければならないだろう。
ホールの中ではユカリンのコンサートが続いており、観客やコンサートの関係者もまだ多くホール内に残っている。そんな状況下で、コンサートを狙った爆弾事件でも起こされればたまったものではない。
だからこそ、怪しいとわかっていて見過ごすことは、輝跡には出来なかった。
と、ここで、人影が辺りを見回し始める。
ついになにかしらのアクションを起こすかもしれないと考えた輝跡が、より一層目を凝らしつつ、身構える。
しかし次の瞬間、輝跡の目の前で起こった出来事は、一瞬目を疑うものであった。
人影が見えた場所に面したホールの外装は確実にただの壁だった。それは輝跡もしっかりと確認している。
……のだが。
人影がホール外装の壁に手をかざした直後、そこには扉が現れたのだ。
そして、人影は一瞬にして現れた扉をなにごともなかったかのように開けると、その中へと入っていってしまった。
輝跡も急いで扉の前へと駆けつける。たしかにそこに扉は存在していた。開いてみれば、その先に道が続いているのだろう。
この一瞬の出来事に唖然としながらも、輝跡はひとつだけ、この不可思議な現象を可能とする方法に思い当たりがあった。
「……まさか、プレイヤーの能力……?」
物体を創造する能力、動物の能力を身体に付与する能力、電気を発生および操作する能力、巨大な針を創り出す能力、これまでに輝跡が目にしてきた能力からみても、プレイヤーの能力というものはプレイヤーによって多種多様である。
このことからも、”壁を貫通する道およびその出入り口に扉を創り出す能力”なんてものがあってもおかしくないと輝跡は考えたのだ。
「だが、プレイヤーがコンサートになんの用だ……?まさか、観客やコンサート関係者の中にいるプレイヤーでも狙っているのか……?」
たしかに、今回のコンサートにおいてホール内に収容されている人数は決して少なくなく、プレイヤーが絶対にいないとも言い切れない。むしろ輝跡や志狼が参加していることから鑑みても、プレイヤーが他に数人いるという可能性は大いにあるだろう。
輝跡の脳裏に、先日の雷人との会話がよぎる。
雷人の母校で起こった大規模な爆発事件。その真相は、一人の爆発系能力を保有するプレイヤーが、学校内にいる他のプレイヤーを一掃するために非プレイヤーもろとも行った大虐殺だった。
それと同じようなことが、今回も引き起こされそうになっているとしたら……。
輝跡の身体を、悪寒が駆け抜ける。
非プレイヤーを故意に殺してはいけないというルールを破ったものに対しては、『龍の胃袋』という機関が働くそうだが、輝跡は一度、故意でなければ非プレイヤーを殺してしまっても罰を与えられなかったと口にするプレイヤーとも戦った経験がある。
もしも先ほどの人影が、罰を与えられなかったプレイヤー同様、なにかしらルールの穴をつく策を持っているとしたら?
決して無責任に楽観的な結末を望むことができないこの状況下において、輝跡には、自分でなんとかするという選択肢しか残されていなかった。
「行くしかない。ここには結夢もいるんだ……。二度も巻き込んでたまるかよ……!!」
先ほどの人影を追いかけることを決意した輝跡は、さっそく目の前の扉を少し開き、中を覗き込む。
するとやはり、中は一本の通路となっており、その突き当りには出口と思われる扉が存在した。
そして問題の人影はというと、突き当りの扉を少し開き、輝跡と同じような姿勢で扉の向こう側を覗いていた。
今入るのはマズイと考えた輝跡は、しばらく待ち、人影が突き当りの扉の先へと消え去ったタイミングを見計らって通路に入り、一気に突き当りの扉へと通路を駆け抜ける。
そして、人影を見失う前にまた扉を少し開け、覗き込む。
すると、扉の先の廊下を少し進んだ場所にある部屋へと入っていく問題の人影が輝跡の目には映った。
もう廊下に出ても人影には気づかれないだろうと扉を全開し、廊下に出た輝跡は、改めて辺りを見回す。
「ここは……?」
コンサート中であるにも関わらず比較的物静かな廊下は、面している部屋の扉にささっている札等から見ても、控室の立ち並んだエリアで間違いないだろう。
つまり、怪しい人影が侵入したのは、控室のうちの一つということになる。
「……どうしてこんなところに……?観客や関係者に紛れているプレイヤーが狙いではないのか……?」
怪しい人影の目的がイマイチわからなくなってしまった輝跡は、疑問を抱きつつも、人影が入っていった控室の前まで歩を進める。
控室の扉には、『桃城遊歌様』と書かれた札が刺さっている。
「桃山遊歌……ユカリンの控室……?いったいなぜ……」
と。
その疑問に対する考察は、ここで打ち切られることとなってしまう。
突如、輝跡の首元に、冷たく鋭利な刃物が突き付けられたのだ。
「……なっ……」
襲撃者の気配を全く感じ取ることができなかった輝跡は、突然の出来事に驚きつつも、ここで少しでも動けば殺されるということを理解した。
刃物の持ち主は、輝跡の真後ろから静かに告げる。
「わかってると思うがいちおう言うぞ。動いたら殺す」




