第1章 その22 『輝跡の奇行』
ちょっと長いです。
モーニングショットがものの見事に失敗し、いったんは気を落としながら自分の席へと戻った輝跡だったが、しかして一回の失敗で諦める彼ではなかった。
一時限目終了後の休み時間に、『碇雷人仲間化計画』は、第二ラウンドとして再び幕を開けた。
「まだやるんスね……」
「まぁ、諦めないわな」
トイレのために席を立った雷人の背中を追いかけていった輝跡。それを追いかける応援団――――ただし期待値はゼロ――――の二人は、物影から輝跡を見守りつつ、呆れた様子でそんなことを呟いていた。
とはいっても茂自身は、輝跡の、決心したことに対する諦めの悪さを知っている。
そのためこうなることは予想がついていたのだった。
「碇サンはトイレに行ったッスけど、輝跡サンはいったい何をするつもりなんスかね……?」
「さぁ……この件に関して、アイツの考えてることはさっぱりわからん」
「まぁ、朝は俺たちの予想の斜め上を法外な速度で爆走していったッスもんね……」
「そうだなぁ……」
そう。輝跡は、せっかく雷人との共通の話題というフラグを見つけたにも関わらず、それを寒いおやじギャグでギタギタに叩き折るという所業をしでかした第一級戦犯である。
金曜日の自信とは裏腹に、輝跡は友達作りのなんたるかを全く理解していなかった。
故に。
「絶対になにかやらかすぞ」
「絶対になにかやらかすッス」
それを目にした応援団二人が、トイレに向かう雷人にこそこそとついていく輝跡を見てそう思うのは、至極当然のことなのであった。
信用などあったものではない。
**********
トイレ。
休み時間は用を足すために生徒が多く押し寄せる場所であるが、一時限目後の休み時間は最初の休み時間ということもあってか、用を足しているのは雷人のみだった。
そして、肝心の輝跡はというと、小便器で用を足している雷人の背中に、抜き足差し足で歩み寄っているところだった。
どうやら雷人は輝跡に気づいていないようだ。
「おかしいな……あいつは遠足の時、俺が後をつけてきていることに気づいたぞ?なぜあんなに近くにいる輝跡の存在に気づかないんだ……?」
「気の張りようの問題じゃないッスか?小便する時くらい誰でも気を抜くかと」
「あー、まー、納得」
志狼の言う通り、雷人は用を足しながらあくびをするほどの気の抜きようだった。
プレイヤーとして殺すのであれば、おそらく最大のチャンスであろう。
そのチャンスを活かし、輝跡が打つ一手とは。
茂と志狼がごくりと喉を鳴らす。
輝跡がなにを行うのか。そんなことを予想するのはもう無駄であると理解した二人は、トイレの入り口からただただ目の前の光景に集中する。
そして。
輝跡の手が雷人に触れられる位置にまで達したとき、ついに、それは行われた。
それまで雷人に気づかれないよう抜き足差し足でゆっくりと移動していた輝跡だったが、雷人を射程圏内に捉えた途端に一変。
瞬時に左右に広げられる腕。両拳を握ったかと思えばすぐさま立てられる人差し指と中指。
そしてそれらは空を切り、美しい弧を描きながら―――――
”勢いよく”、雷人の脇腹を両端から射抜いた。
「ばあああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?」
トイレにて、絶叫が轟く。
「…………」
「…………」
これには、応援団の二人も黙り込む。
入り口から輝跡を見守る応援団の二人、うずくまりながらも自分のイチモツをズボンの中へとしまう雷人、なおも余韻に浸るように両手を凶器の形のままにしている輝跡、そして雷人の絶叫のエコーのみを残し、トイレは静寂に包まれる。
「ななななにがやりたかったんだアイツはぁ!?」
「わかんないッスよ!!」
「もしかしてあれか!?あの、脇腹を指先でチョンとつついて、キャッくすぐったぁ~いってやるアレか!?あれがやりたかったのか!?」
「雑ッス!!」
応援団二人がコソコソと行った考察は的を射ていた。
輝跡がやりたかったのはたしかにそれだ。
しかし問題は、輝跡自身他人の脇腹をつついたことがなく、また、つつかれたこともなかったことにあった。
故に力加減がわからなかったのだ。
自分で自分の脇腹をつついてもみたが、よくわからなかった。
だから、本番ではとりあえずの力量でつついた。
輝跡にとってはそれだけのことだったのだ。
やっとのことで立ち上がった雷人が、静寂を断ち切る。
その額には血管が浮き出ている。
「よォ、どういうつもりか知らねェが、なにか言いたいことはあるかァ?」
対して、未だに両手を凶器の形に保っている輝跡は、その手をそのままゆるやかに自らの両頬に持っていき、ニッコリと笑ってこう言った。
「だーれだっ」
直後、トイレに稲妻が走った。
**********
第二ラウンドも見事に完敗してしまった輝跡と、巻き添えを食らった応援団の二人は、命からがら教室へと逃げかえる。
休み時間中であったため廊下にほかの生徒がいたことも幸いし、雷人が電撃を発したのはトイレの中でだけであった。
「危なかった……」
「危なかったッス……」
トイレから全力疾走してきたからなのか、はたまたいきなりの雷人の電撃に肝を冷やしたからなのか、茂と志狼の額を汗が伝う。
それをぬぐい教室で一息ついた二人に、当の元凶である輝跡が、軽い調子で声をかける。
「なんだ。おまえらもトイレに来ていたのか」
「なんでおまえはそんなに落ち着いてんだよ!さっきまで電撃飛ばされてたろ!!」
「んー、まぁ、さすがに小便中にちょっかい出されたら普通は怒るよなって……。あれは俺が悪かったと思っているんだ。もっと別の機会にやればよかったなって」
「だめだこいつ……。悪かったことを自覚するの自体は正しいことだが、なにが悪かったのかをまるでわかってねぇ」
「多分アレに対して雷人サンが怒らない機会なんてないッスよ……」
応援団の二人が呆れている意味がイマイチわかっていない輝跡が首をかしげる。
どうやら当の本人は、雷人が怒ったのはタイミングが悪かったからであって、自分の行為は時と場所を考えれば決して間違ったことではないと解釈しているようだ。
「とりあえずトイレでやったあれは今後禁止だ。本当に俺がアイツとおまえの間に割って入る事案にまで発展するからな。恐ろしい火種を生み出しやがって」
「マッドサイエンティストッス……。いや、マッドフレンドメイカー?ソー、クレイズィー……。あれやられたら多分俺でも怒るッスよ」
「えぇー!!いい方法だと思ったんだけどなぁ」
「「とにかくダメ(ッス)」」
「えーーーー!!」
その後、なんとか輝跡に「わかった」と言わせ、茂と志狼は輝跡を彼の席へと送り出す。
くだらない行為から勃発しそうであった危機を一つ回避し、二人はふぅと肩をなでおろす。
しかし輝跡はトイレでの一件のような恐ろしい行為を良かれと思って行う男であるということが、二人には身に染みて理解できた。
つまり、この先はより警戒しなければならないということだ。
雷人の動きよりも、輝跡の行為に。
**********
休み時間が終わると、次の授業の担当教師が教室へと入ってきた。
二時限目は数学。
授業の準備をする中で、茂はとあることに気づく。
「あ、数学の教科書忘れちまった……」
数学の授業において、教科書は必須アイテムである。
茂は一番前の席ということもあり、教科書を忘れたという事実を隠し通すのは不可能であろう。
そう判断した茂は、観念して正直に先生に報告することにした。
「先生すいません。教科書忘れました」
「おまえ、教科書は絶対に忘れるなよって言っただろう……。しょうがないな。隣のヤツに……って、今日は休みか……」
教科書を忘れた際、隣の席の生徒に見せてもらうという手段がよくとられるが、今日はあいにくと茂の隣の席の生徒は風邪で学校を休んでいた。
言いかけてそれに気づいた数学の担当教師は、めんどくさそうに名簿とクラス全体を交互に見てから、志狼の隣の席を指さし、指示した。
「あー、榎下の隣の席のやつも風邪で休みらしいから、おまえはあそこに移動して榎下に教科書を見せてもらえ」
「わかりゃーしたー」
茂が了解し、志狼の隣の席へと移動する。
しかし席は離れており、このままでは志狼の教科書を見ることができないので、茂は移動先の席を志狼の席の方までもっていき、横に付ける。
「怒られなくてよかったッスね~」
「まぁな~。ほんじゃ、よろしく頼むよ」
「うぃッス」
**********
授業開始からニ十分ほどの時間が経った頃、唐突に『碇雷人仲間化計画』の第三ラウンドが幕を開けた。
「茂サン!!茂サン茂サン茂サン!!」
茂が数学の問題を解くことに集中していると、突如志狼に小声で呼びかけられながら背中をバシバシと叩かれる。
茂は今取り掛かっている問題があと少しのところで解き終われそうだったこともあり、それを遮られたことで少し不機嫌そうに返事をする。
「……なにさ……?」
しかし、その不機嫌は、次の志狼の一言で吹き飛ばされることとなる。
「輝跡サンがアクションを起こしたッス!!」
「なんだと!?」
すぐさま二人して輝跡の方へと視線を向ける。
輝跡はというと、なにかを右手に持ち、振りかぶっているようだった。
「あれは……なんだ……?」
「紙……っぽいッスね。形的に、紙飛行機……?」
「紙飛行機?なんでそんなもの……まさか」
と、応援団二人の疑問など他所に、輝跡は右手から紙飛行機をスッと慎重に放る。
紙飛行機は、比較的安定した軌道を描きながら、雷人の頭へと着地した。
(古いッス!!)
(女子か!!)
二人とも、思わず口から出そうになったツッコミをなんとか脳内のみに押しとどめる。
なにごとかと一通りあたりを見回した雷人が、首を傾げながら紙飛行機を広げる。
そこにはなにかが書いてあったようで……。
「フンッ!!」
紙飛行機だった紙は手荒くグシャグシャに丸められ。
「フンッ!!」
地面に思い切り投げ捨てられ。
「フンッ!!」
雷人の左足で強く踏んづけられた。
雷人が堂々と行ったことに加えて、雷人の席が前から二番目ということもあり、雷人の怒りようは数学の担当教師を含めた教室内の全員が気づくこととなる。
しかし、ただでさえ普段から目つきの悪い雷人がさらに怒りをあらわにしているとなれば、注意しなければならない立場にある教師といえど尻込みしてしまう。
そういった理由もあり、教師はなるべく雷人を刺激しないよう声をかける。
「ど、どうした?気分でも、悪いか……?」
対して雷人は、強烈な視線を数学の担当教師に浴びせながら返す。
「いやァ、ちょっとイラついただけなんでェ、気にしないでくれますかァ?」
「そ、そうか。それはきちんと、か、片付けるんだ……よ?」
「ウィッス」
そうして授業は再開された。
しかし事情が分かっている茂や志狼からしたらそれどころではない。
二人の頭に現在浮かんでいる疑問は同じものだった。
ズバリ、輝跡が雷人に寄越した紙飛行機にはなにが書かれていたのか。
いったいなにを書けば雷人があんな行為に走るのか、二人はそれが気になって仕方がない。
結局、それ以降の二時限目の授業内容は、茂と志狼の頭を片耳からもう片耳の方へと素通りしていった。
**********
二時限目後の休み時間。
雷人が休み時間に入ってから即座にゴミ箱へと捨てた元紙飛行機を、志狼と茂は急いで回収しに行く。
「いったいなにが書かれてたんだ……?」
「わかんないッスよ……」
すぐさま回収しにいったことが幸いしてか、雷人の捨てた元紙飛行機はゴミの最上位に悲しげに転がっていた。
無残な姿であった。
「なんか、あんな目にあわされてこの紙がかわいそうになってくるな……」
「俺は無生物は専門外ッスけど、この紙からはなんか、哀愁が漂っているのが感じ取れるッス」
「俺も感じるわ。ごめんな、紙」
「申し訳ないッス、紙サン」
目撃者によると、二人のその謝罪からは、実際に憐れむ心が感じ取れたという。
被害にあった紙への謝罪を終えた二人は、さっそくグシャグシャに丸められた紙を広げていく。
いよいよ雷人を怒らせたものの正体が明らかとなる。探求心が二人を急かす。
そして、二つ折りのところまで紙を広げ終えた茂と志狼は、ほぼ同時に喉を鳴らし、意を決して紙を開き、そこに書かれていることを目の当たりにした。
さて、輝跡が雷人に寄越した紙飛行機。そこになにが書かれていたのかというと――――
手書きの絵文字にまみれたトイレでの件の謝罪文と、ごめんなサイという文字を囲う吹き出しとともに描かれた謎の生物の絵だった。
「…………」
「…………」
「うーん……」
「これは怒るッス。チャラいッス」
「この生物なんだと思う?」
「わかんないッス」
「わかんないかー……」
その後昼休みまで、応援団――――応援する気力は尽きかけているが――――の二人は、これまでの輝跡の、到底理解の及ばないような奇行に頭を悩ませることとなる。
一方、輝跡はというと、雷人によりいっそう警戒心を強められることとなった。
具体的に説明すると、休み時間入ると雷人がすぐさま輝跡を鬼の形相でにらみつけ、近づくなオーラを醸し出すこととなった。
**********
そして昼休み。
教室の後ろ側の席を三つ繋げ、弁当を広げる輝跡と茂と志狼。
中でも茂と志狼は、とても疲れ切った様子だった。
そんな二人に向け、彼らの疲労の元凶である男が放った、昼食を広げてからの第一声は、次のようなものだった。
「なにがいけなかったんだろう」
それを聞いた二人の脳内にすかさず思い浮かんだのは「救いようがねぇ」という感想だった。
金城輝跡という男は、欠点だらけの行動から欠点を見つけられない、友達作りに関してはなんとも救いようがない男だった。
それを理解した茂と志狼は、ただひたすらに呆れていた。
ここで優しくしてはいけないと判断し、茂がズバリと輝跡に物申す。
「いけないところしかなかったぞ」
輝跡にとっては驚愕の事実だったのだろう。
茂の言葉を受けて、輝跡はポカーンと口を開きながら箸を落としそうになっていた。
それを見て、茂は一度大きく溜息をつくと、輝跡との問答を開始する。
「なにを考えてあんなことをしたんだ?」
「あんなこと……とは?」
「全部だよ全部!……あー、順番に行くか。まず今朝のアレ、なんで共通の話題が見つかったのに変なおやじギャグ挟んだんだ?」
「面白いと思ってもらえるかなって」
「いらん気遣いだ。次、トイレのアレ、あれはわからないことだらけだ。なんであんな強烈な一撃をお見舞いした?」
「あれくらいやらなきゃ反応なくない?」
「あれはくすぐりの一種であって決してダメージを与える手段ではない。ちなみにおそらくおまえは自分の身体で試してその結論に達したんだろうが、あれは自分以外の誰かから不意にやられることで効果を発揮するものだ。自分で自分にやってもあんまり意味はない。……もうひとつ、極めつけのアレはなんだ?『だーれだ』ってやつ」
「普通やらない?」
「やらない。おまえの普通は普通じゃない。んで、紙飛行機の件、これはなんだ?」
そこで、輝跡への質問を全て茂に任せ、自分は口を挟まないようにしている志狼が、それまで仕舞っていた例のブツ『紙飛行機だったモノ』を輝跡の目の前に広げる。
「えっ、なんでこれをおまえらが持っているのさ!たしかにそれは捨てられたはず……」
「捨てられたものを拾ったんだよ」
「わざわざゴミ箱あさったの……?ちょっとひく……」
「俺たちは今日のおまえの奇行にドン引きしてるけどな」
輝跡の発言に若干イラつきながらも、茂はメッセージの件についての質問を始める。
「そんで?これ、なんでこんなに絵文字使ってんの?」
「それは……人にメッセージを送るなら、お堅く見えちゃう文章だけのものよりも絵文字付きの方が相手には好印象だよって……」
「誰の入れ知恵だ?」
「……結夢」
「……結夢ちゃん、俺たちへのメッセージに絵文字使ったことないくせに他の人には使ってんだなぁ……」
少し感慨に浸る茂。しかしそんなことをしている場合ではない。一刻も早く、輝跡を間違いだらけのルートから正常路線へと引き戻してやらねばならないのだ。
「とりあえず、絵文字使うのにもタイミングがいるんだよ。普段はいいかもしれないが、腹立ててる相手からこんな絵文字だらけのメッセージが送られてきたらどうだ?」
「腹立つな」
輝跡があっさりと答える。
なぜ紙飛行機を送る前に輝跡がそのことに気づかなかったのか、不思議でならない茂と志狼。
「わかるならいいけど……。それと、これはなんだ?」
そういって茂が指さしたところには、『動物図鑑』の能力を持つ志狼でさえ「わからない」と口にした謎の生物の絵が描かれていた。
しかし。
「……?……サイの絵だよ。ごめんなさいとサイをかけたんだけど」
さも当然のように、輝跡が首を傾げながら『これはサイの絵だ』と答える。
対して、能力からもわかる通り動物に詳しい志狼が、それまで閉ざしていた口を解放し、反論する。
「そんな……嘘ッス!!こんなのがサイだなんて……こんな……こんなまるで手足が酔っ払っているかのようにグニョグニョと折れ曲がり、背中から角のような突起物が生えていて、長い尾にも凶器のような突起物が大量に生えていて、アルファベットのGのような鼻と思われるものが頬辺りについてる形容しがたい生物がサイなわけないッス!!」
その瞳からは。
激しい困惑が見て取れた。
それほどまでに、輝跡の絵がサイであるという事実は、動物好きの志狼には受け入れがたい事実だったのだ。
「落ち着け志狼。ガチになるのはそこじゃない。あと、お前はわりとうまく形容できてたと思うぞ」
茂が腕をグワングワンと振り回す志狼を落ち着ける。
志狼がだいぶ落ち着いたところで、話を戻す。
「とりあえず、なんでこんな絵を描いたんだ?」
「面白いと思ってもらえるかなって」
理由が、モーニングショットでの件と同様のものだった。
これが最後の質問だったということで、茂は大きく長い溜息をつきながら、呆れかえるを身体で表現するかの如く、椅子にもたれかかる。
これでは絶対にだめだ。しかし昼休みでは直りきらない。
そう判断した茂は、姿勢を再び正すと、輝跡にとある提案をした。
「なぁ輝跡。今のままじゃおまえが碇を仲間に招き入れるなんざ到底無理だ。そのことが今日でよーくわかった。だから、とりあえず今日はもう碇にちょっかいを出すのはやめとこう。そんで、放課後におまえの家で反省会をしよう」
茂の提案を受けて、輝跡は『今日はもう碇にちょっかいを出すのはやめとこう』という部分にはあまり納得していないようだったが、なんとか受け入れる気になったようだ。
これで、即席の反省会は終了である。
と、話題の終了と同時に、いつのまにやらすっかりと落ち着きを取り戻した志狼が新たな話題を持ち上げる。
「あっ、そういえば、今週の土曜日に街のホールでユカリンがコンサートするらしいッスけど、よかったら行かないッスか?」
「ユカリンって、あのアイドルのユカリンか?」
「そうッスよ輝跡サン。あのアイドルのユカリンッス」
輝跡の言う通り、ユカリンとは今人気上昇中のアイドル歌手の愛称である。ユカリンという愛称は、本名の桃山遊歌からとられている。
「で、どうッスか?お二人サン」
「うーん、俺はちょっとその日は予定が入ってて厳しいな」
志狼の誘いに対し、茂がすぐに返答する。
輝跡はというと、少し考えてから、志狼に尋ねる。
「チケットとかはいらないのか?ああいうのっているもんじゃないのか?」
輝跡の質問を受けると、志狼は少し寂しそうな表情を浮かべながら答える。
「いや、三枚あるんスよ……。ちょっとした理由で二枚余ってるんス」
「…………」
輝跡は、志狼になにかあったのだということを察したが、あえて触れずに答える。
一つの提案とともに。
「……よしわかった。行こう。ただし、茂が行かないってことは、チケット一枚余るんだよな?茂の代わりに結夢を誘っていいか?」
「ほんとッスか!?もちろん大丈夫ッス!!」
こうして、輝跡と志狼、そして結夢の三人は、今週の土曜日にユカリンのコンサートを見に行くこととなった。




