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Second Life  作者: 永澄 拓夢
第1章 『Game Start(進帝高校編)』
22/29

第1章 その21 『揺るがぬ決意』

 四月十九日火曜日。

 進帝高校では、金曜日の遠足から土日と振り替え休日だった月曜日をはさんで、五日ぶりの授業日である。

 授業がなかった日が四日続いたこともあってか、普段の土日休み明け月曜日よりも憂鬱な気分で、遠足を誰よりも楽しんだ男、榎下志狼はひとつ溜息をついてから、自分の教室の扉を開く。


 「おはよーッス……」


 いつも通り……というよりは明らかに低めのトーンで朝の挨拶を声に出した志狼が教室に足を踏み入れる。

 憂鬱を紛らわすには友達と話をするのが一番だ。

 そう思った志狼は、茂や輝跡がすでに登校してきているかどうかを確かめるために、教室内を見渡す。

 彼の目に映ったのは、自分の席で予習や読書をしているクラスメイト、友達と雑談を楽しむクラスメイト、碇雷人の席でにらみ合う輝跡と雷人、教室の後方で呆れたように雷人の席の方を見つめる茂、窓際でてるてる坊主を大量生産している真締勉、そして空席となっている輝跡の席。


 (ん……?)


 なにかおかしなものが見えたように感じた志狼は、自分がたどった視線の軌跡を逆走する。

 そう。

 おかしなものの正体。

 それは、教室内でも明らかに異質な雰囲気を醸し出しながら、朝っぱらからにらみ合う輝跡と雷人の姿だった。


 (えええええええええええええええええええええええええええ……)


 予想外の事態に、志狼が抱えていた憂鬱などは跡形もなく消し飛ばされる。

 状況を説明してもらうために、志狼は至急茂の方へと走り出す。


 (話が違うんじゃないッスかぁ!?)



**********



 時は、遠足があった金曜日の夕方にまでさかのぼる。

 動物園から学校へと帰ってきた後、輝跡は今後の方針を話し合うため、茂と志狼を自宅へと招いていた。


 「ただいまー」

 「……おじゃまします」

 「おじゃましまッス。けっこう広い家に住んでるんスね~」


 慣れた様子で輝跡宅へと上がる茂とは反対に、志狼は初めて目にする輝跡宅の大きさに驚きを隠せず、いたるところに視線を向けていた。

 めったに人を自宅に入れることがない輝跡にとっては、志狼の反応は非常に新鮮であり、日ごろから少しは掃除でもしておくんだったと内心少しばかり後悔させられていた。


 「あんまりキョロキョロするなよ恥ずかしいから……っと、ここがリビングだ。そこの円状テーブルの椅子に座ってくれ」


 そう言って輝跡が指さす方向には、円状のテーブルとそれを囲うように八つの椅子が置かれていた。

 言われた通り、茂と志狼はその円状テーブルの椅子に腰かける。

 輝跡は三人分のコーヒーをキッチンで用意し、少し遅れて席に着いた。


 「ここって、一人で住んでるんスよね?なんで一人暮らしなのにこんなに大きな家に住んでるんスか?」


 輝跡が一人暮らしであるということ自体は知っていた志狼が、この家を目にすれば浮かんで当然な疑問を、コーヒーを配っている最中の輝跡に尋ねる。


 「あー、なんか、父親が持っていた家なんだよ。こっちの学校に行くことを祖父母に伝えたら、ならこの家を使えって言われてな。一通り家具はそろっていたし、それどころか父親が読んでいたであろう本の山なんてものもあってな。ありがたく使わせてもらっているんだ。まぁ、俺も大きすぎてなかなか手に余っているんだけどな。二階の空き部屋の数とかさ、四つもあるんだ」

 「へー、親父サンも誰かと住んでたとかじゃないんスかね?それこそ、輝跡サンのおふくろサンとか」

 「あぁ、そうだったのかな……どうなんだろう。詳しいことは何も聞かされてなくてな」

 「親父サンかおふくろサンには聞けないんス……あいた!なんで頭叩くんスか茂サン!」


 茂が、志狼の質問を遮るように志狼の頭に拳を落とす。

 茂は輝跡の事情をわかっている。だからこそ、輝跡に気を使ったのだった。

 しかし。


 「……いやいいよ茂。ありがとう」


 と、茂の気遣いには感謝しながらも茂を制すと、輝跡は志狼に自分の事情を話した。


 「……親父とおふくろ……か……。残念ながら話を聞くことはできないんだ。母親は亡くなっていて、父親は行方不明だからな」

 「えっ……」


 志狼が、言葉に詰まる。

 まさかここまで重い事情だとは思っていなかったのだ。

 この街において、一人暮らしをしている学生は少なくない。

 だからこそ志狼は、輝跡のこともそういったただの親元を離れて生活している学生の一人だと思っていた。

 思い返してみれば、志狼が輝跡と初めて出会い戦ったのは墓地だ。

 あの時も、輝跡は母親の墓を訪れていたのだと、志狼は理解した。

 

 「も……申し訳ないッス……」


 軽々しく質問してしまったことを、志狼は謝る。

 しかし輝跡は事情を話した時に一瞬寂しそうな表情をしただけで、志狼が誤った時にはすでに、特に気にしている様子はなかった。


 「いいんだよ。母親も父親も実際にこの目で見たことはなくってな。『今生の別れ』っていうか、そもそも出会っていないっていうか……。まぁ、おまえが気にすることじゃないさ。こちらこそ気を遣わせて悪いな」

 「…………」

 「さて、と。じゃあさっそく本題に入ろうか」


 そして。

 輝跡の面持ちが真剣なものへと変わる。

 これから始まる話こそ、輝跡が今日、茂と志狼を自宅へと招いた目的だ。


 「まず茂。こんな事態に巻き込む結果になってしまって本当にすまない」


 輝跡が茂に頭を下げる。

 謝られるなどとは思ってもみなかった茂は、慌てて立ち上がり言葉を返す。


 「い……いや輝跡、頭を上げろよ!なんでおまえが謝んだよ!俺が勝手にしたことだ!おまえが責任を感じる必要なんて……」


 しかしなおも頭を上げない輝跡に対し、茂は頭を荒々しく搔き、ためいきをつきながら再度着席すると、今度は落ち着いた様子で言葉を続けた。


 「なぁ輝跡。俺はうれしいんだよ。戦うことを公式認定されたんだぜ?」

 「戦うにしても、おまえには能力がない……。圧倒的に不利だ」


 能力がない。

 たしかにそれは、能力を軸に戦うプレイヤーとしては大きなハンデとなってしまうだろう。

 そんなことは茂にもわかっている。

 しかし茂の瞳には不安などなく、むしろ能力のない茂を心配している輝跡に呆れている様子だった。

 そして、今のやり取りを静かに聞いていた志狼も、茂の肩を持つ。


 「それでも茂サンは、俺ら二人掛かりでも敵わなかった碇サンを、あと一歩のところまで追いつめてたッスよね?大きな戦力じゃないッスか。と、いうか多分……、いや、確実に……」

 「そうだな。聞いた限りじゃ、少なくとも今現在、この中じゃ俺が一番強いぜ」


 そう。茂は、おそらく輝跡と志狼が負けた時よりも実力を発揮していたであろう雷人を追い詰めている。

 輝跡らが止めなければ、おそらくトドメもさしていたのだろう。

 茂には、プレイヤーとしての能力がなくとも、自力のみでプレイヤーに勝利するほどの実力がある。

 その事実は認めざるを得ない。

 釈然としてはいないが、輝跡がやっとのことで頭を上げ、茂と目を合わせる。

 そして、言う。


 「……わかった。これから先、おまえの力を借りるときも来ると思う。だから、よろしく頼む」


 輝跡は、上げた頭を再度下げる。

 しかし今度は謝罪の意ではない。懇願の意である。

 同じ土俵で戦うプレイヤーとして、共に戦う仲間となることを、力を借りることを、改めて頼む。

 そんな輝跡への茂の返答は、最初から決まっていた。


 「当たり前だ。こちらこそよろしくな」


 そして、輝跡と茂は握手を交わし、この話はひとまず終わりとなった。

 しかし本題はこれで終わりではない。

 輝跡の言う『本題』とは、二つあったのだ。

 

 「あともう一つ、話があって……」

 「なんスか?」

 「おまえらには、もしかしたら反対されるかもしれないんだけど……碇を仲間に誘うの、これからも続けていこうと思って……」


 コーヒーを飲んでいる最中だった志狼が、驚きのあまりコーヒーが気管に入ったのか、むせる。


 「げほっ!ごほっ!!……えぇ!?今日振られたじゃないッスかぁ!!あれはかたくなッスよ!!それにむやみに近づいて倒される可能性だってあるッス!!無謀ッスよ!!」

 「……俺も危険だと思うぞ輝跡。アイツは遠足での話を聞く限りたしかに悪いヤツじゃないんだろうし、おまえと共通する、おまえが共感する部分だってあるのかもしれない。それでもアイツは『敵』に対しては容赦しないヤツだと思うぞ」


 案の定、志狼と茂の二人からは反対される。

 しかし、それで簡単に自分の決めたことを曲げる輝跡ではない。


 「……それでもやる。たしかに碇は敵には容赦ないだろうし、『おまえはこれからも敵』と言われた。それでも、手ごたえはあったはずなんだ。俺の言葉は、少なからず碇の心に響いたって信じているんだ。碇は、仲間という存在を恐れているだけなんだよ。そしてそんな自分を認めたくないんだ。それを自覚するきっかけは、与えられたはずなんだ。だから―――――」


 輝跡が、拳を握る。

 その瞳には、強い決意が宿っていた。


 「一度捉えた碇の心は、離したくない。手繰り寄せたい」


 硬い決意を見せつけられて、志狼と茂の両者はどちらも、輝跡を説得するのは不可能だなと感じていた。

 そう感じさせるほどの強い意思が、輝跡の周りにオーラとなって現れたようであった。

 だから。


 「わかったよ。おまえの好きにしてみればいいさ。それでも、碇がおまえを殺そうとするようであれば、容赦なく間に割り込むからな?」

 「まぁ、碇サンはさっきも、輝跡サンが敵意を見せていない状況下で拳を止めてましたし、敵意さえ見せず怒らせもしなければ、案外攻撃されることはないんじゃないッスか?都合のいい推測ッスけどね~」

 「……ありがとう!」


 二人のできることと言えば、あとは応援することと見守ることだけだ。

 碇を仲間にするのに、志狼や茂が同行するのは極めて難しい。

 なぜなら、志狼や茂には輝跡ほどの『碇雷人を仲間にしたい』という意思がない。仲間になれば、ひとつ脅威が減り、戦力が増えるくらいにしか思っていないのだ。

 だから、ひょんなことで敵意が雷人の前に姿を見せる可能性もある。

 それがきっかけとなって戦闘に発展することも充分に考えられるのだ。

 つまり、輝跡は『独りで』雷人にアプローチをしなければならないのだ。

 さて、ここで問題が生じる。

 それを、輝跡をよく知る大親友、暁茂が声に出して指摘する。


 「でもよ輝跡。おまえ、ちゃんと仲間に誘えんのか?俺の記憶が正しければ、おまえが自分から友達を作ろうとするなんて初めてだよな?……大丈夫なのか……?」


 茂の言う通り、輝跡が自ら友達を作ろうとした経験は、少なくとも小学六年生からは一度もない。

 誰もがするであろう経験をしてこなかった輝跡の中には、高校生活における友達作りの術などというものはないはずなのだ。

 しかし、心配する茂を他所に、輝跡は突如不敵に笑い始める。


 「ふふふふ……ナメてもらっちゃ困るな茂……」


 予想外の反応に、少し戸惑う茂と、『動物の勘』が働いたのか、輝跡がくだらないことを言うのだろうと推測しジト目で輝跡を見つめる志狼。

 果たして、輝跡の自信の根拠とは―――――


 「そんなもの、漫画やゲームで勉強済みだぁ!!」

 「…………」

 「…………」

 「……が、がんばれよ……」

 「……ッスックシュン」


 だめかもしれない。

 それが、茂と志狼の脳裏にまず浮かんだ感想である。

 自信満々の実行人輝跡に対し、応援団の志狼と茂は、早くも諦めムードであった。



**********



 そして、時は現在へと戻り―――――


 「茂サァン!!さっそく一触即発の空気じゃないッスかぁ!!」

 「今日登校する時、『がんばるぞー』って意気込んでたんだけどなー……」

 「登校してから今までの間に、彼らにいったい何があったんスか!?」

 「いや、なにも……。輝跡が意気込んで、自分の席に着席した碇の眼前に立ち……それからあのままなんだよなー」

 「えぇ……」


 金曜日にあれだけ自信満々の様子だった輝跡は、いざふたを開けてみれば初手で詰まっていた。

 やっぱりちょっとくらいはフォローしてあげた方がよかったんじゃ……と志狼が思い始めた矢先。

 ここで、ついに二人の間にアクションが起こる。


 「き……」


 「……!!輝跡サンが何か言うッス!!」

 「ああ!!ついに第一ラウンドスタートだ!!」

 「輝跡サンは見事碇サンの心を射抜けるのか……名づけるなら『モーニングショット』ッス!!」

 「どっかで聞いたことあるなそれ」

 「コーヒーッス!!」


 会話の始まりは非常に重要だ。

 それが広がりを見せ、かつ相手の興味を引くテーマであればあるほど良い。

 さて、輝跡が選んだ話題。

 それは―――――


 「今日は、いい天気だな……!!日差しが……まぶしい!!」


 言葉を受け、雷人のみならず、志狼と茂も窓の外へと視線を向ける。

 登校時からわかっていることであり、今更確認することでもなかったが―――――


 今日の天気は、土砂降りの雨だった。


 「……おィ」

 「……はい」

 「……雨だぜェ」

 「…………」


 会話終了。


 「ああああああああああやっちまったッスウウウウウウウ!!」

 「天気って話題拡がらないし……そもそも天気を間違うってなにさ……」


 志狼は頭を抱え、茂は溜息をつく。

 初っ端からこれで果たしてうまくいくのだろうか。

 ちなみに志狼と茂が抱いている期待値は、ただでさえ元から高くなかったのに、今の輝跡の所業でさらに大暴落してしまったことは言うまでもない。

 と、応援団サイドが輝跡本人よりも頭を抱えていると、輝跡と雷人の間に新たなアクションが起こった。

 雷人が輝跡を無視して読書を始めたのだ。

 その本は―――――


 「ライト……ノベル……」


 誰よりも早く、雷人が持っている本のジャンル名を、輝跡が口から漏らす。

 これには雷人も、肩をピクリと反応させてしまう。

 しかし、やはり雷人に馴れ合うつもりはないらしく、その口から話題が展開されることはない。


 「やっぱ、ダメッスかねぇ……」

 「いや、輝跡のアクション次第だ……。輝跡だってライトノベルはけっこう読んでる!!共通の話題だ……!!いけっ!!輝跡……!!」

 「意外な趣味があるんスねぇ碇サンにも……」


 輝跡と雷人の共通の趣味が現れた。

 これは、またとないチャンスである。

 基本、親しい友人関係の形成に欠かせないのが、『共通の趣味』である。

 これがあるかないかでは、同じ『友人』のくくりでも、付き合いの幅に大きな差が生まれる。

 唐突に輝跡の目の前にたらされた蜘蛛の糸。

 それをよじ登り、雷人と仲間になるという目的を達成するために、輝跡がついにアクションを起こす。

 雷人の興味を引くため、雷人の心をつかむため、輝跡が放ったセリフ。

 それは―――――


 「碇もライトノベル読むんだな!!雷人だけに『ライト』ノベルってか?」


 教室が、一瞬だけ極寒の地と化したのは言うまでもない。

 話題が広がったかと言われれば、答えはノーである。

 もはや、雷人が返事をすることすらなかった。


 「あああああああああああああもうダメッスウウウウウウウウウウウウウウウウ」

 「なんでそこでぶっこんだんだああああああああああああああああああああああ!!!」

 「ぐぼああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

 教室後方にて、なぜか理不尽にも、茂のバックドロップが志狼を襲った。

 『モーニングショット(命名:榎下志狼)』に失敗した後、トボトボと自分の席に戻る輝跡の目には、教室後方で苦痛に悶えて転がる志狼と、膝をつき頭を抱えて変なうめき声を出している茂が映ったが、その原因を作ったのが自分であるということには気づいていない。


 ちなみに、茂と志狼の中の期待値はすでにゼロである。

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