第1章 その19 『遠足 その9』
少し中途半端なところで切ってしまいました。すみません。説明回ですが、次話まで続くので、次話もすぐに投稿します。
「『来々中学爆破事件』は、ただの爆破事件じゃァねェ」
そう言った雷人は、次にいきなり衝撃の事実を打ち明けた。
「あの爆発は、とあるプレイヤーによって起こされたもんだァ」
「……は……?」
驚愕のあまり、輝跡の口から声が漏れる。
輝跡のみならず、茂や志狼も驚愕の表情を浮かべている。
『来々中学爆破事件』ともなれば、全国的に話題になった事件だ。その名称がいきなり出てきたとは言え、茂や志狼も当然その事件については知っているし、当時のことを明確に思い出すこともできた。
そのうえで、『来々中学爆破事件』がプレイヤーによって引き起こされた事件であるという事実に驚きを隠せないでいるようだった。
「考えてもみろォ。校舎をまるごとふっとばせるような爆発の原因なんざ限られてくんだろォ?あんな爆発起こせるブツが、なにかしら特別ってわけでもねェ中学校においそれと置いてあるなんて考えらんねェしなァ?……なァのにあの事件の爆発に関しては原因不明ときたァ……。こりゃァプレイヤーから見りゃ、同族の仕業って考えに行き着くのが普通だろォ?」
「……たしかに……」
輝跡は、そんなことを考えたことすらなかった。
輝跡の中では、『来々中学爆破事件の原因は不明』という認識で完結していたのだ。プレイヤーになってからもそれは変わらず、特にこの事件に関して認識や考えを広げたり改めたりしようなどと考えた事はなかった。
その凝り固まった認識が邪魔をしたがために、雷人がこの事件に関わりがあるということを森沢先生から聞かされた時にも、輝跡はこの事件の根本的な部分にプレイヤーの存在があることに気づけなかった。
「ふむ……そうだったのか……」
ここにきて、輝跡は認識を改める。
『来々中学爆破事件』の根本にはセカンドライフが絡んでいて、爆発の原因はプレイヤーにあった。
また、この事件における生存者は雷人ひとりであった。
であれば、輝跡の頭に次に浮かぶ疑問は自ずと決まっていた。
「単刀直入に聞こう。その爆発を起こしたプレイヤーは、爆発なり校舎の崩落なりに巻き込まれて死んだのか?あの事件の生存者がおまえだけってことは、そういうことになるよな?」
「…………」
雷人が、ポカンと両目を見開く。
「驚いたなァ。てっきり、俺が爆発を起こしたプレイヤーだと真っ先に疑われると思ったんだがなァ?」
あるいは、そのような見方もあっただろう。
爆発の原因がプレイヤーであることと、事件の生存者が雷人一人であること。そして、雷人はプレイヤーであるということ。
これらの条件から考えれば、まず最初に導き出されるのは十中八九『雷人が犯人』という答えのはずだ。
しかし、これはあくまでもそれらの条件しか知らない者たちの話である。
輝跡らには、その考えに至らせない前提条件があった。
彼らから言わせれば、雷人には学校の校舎ごと爆発なんて所業ができようはずもないのだ。
なぜならば―――――
「だっておまえ、非プレイヤーを大量に巻き込んだ事件なんざ起こせる人間じゃないだろ」
そう、雷人は非プレイヤーを巻き込んでの戦闘など望まない。
それが前提条件。輝跡や志狼の中ではすでに確定した、雷人の人間性の一角。
中学校校舎をひとつまるごと爆発するとなると、目的にもよるが、非プレイヤーを多く巻きこむことになるのは目に見えて明らかだ。
雷人の人間性に関する前提条件がある限り、輝跡らには『雷人が犯人である』などと考えることはできないのだった。
「そうかァ……テメェらにはその考え方があるんだったなァ……。まァいい。答えとしては正しいからなァ。そう、俺は犯人じゃねェ。つまり、あの事件における生存者は二人ってことになるなァ」
それは、輝跡の質問への返答でもあった。
生存者が二人。
つまり、少なくともあの事件の犯人は、事件後の時点では生きていたということになる。
輝跡の頭に、新たなる疑問が浮かぶ。
「生存者が二人……か。なんで生存者は一人って報じられているんだ?」
「理由として、考えられることが三つほどあるなァ」
「聞かせてもらってもいいか?」
「まァ……この際構わねェよ。どうせ、根掘り葉掘り聞きださなきゃテメェは納得しねェだろォ?」
輝跡自身、理由の一つや二つは、疑問が浮かんだ時点で大体想像がついていた。
しかし、それは不完全で、疑問点も残る。
故に輝跡は、こればっかりは当事者の見解を聞いた方が確実であると思ったのだった。
溜息をつきながら気だるげに肩をすくめる雷人が、自らの考えを語りだす。
「まず一つ目はァ……『大事になる前に逃げたから』だなァ。この場合の大事ってのは、つまりは周りに野次馬やら何やらが群がり始めることだァ」
「逃げた?校舎を吹き飛ばすほどの爆発で、瓦礫だって多かっただろうし、火事だって起こっていたんだろ?そんな中から、犯人はいともたやすくそそくさと逃げられたっていうのか?」
普通ならば考えられないことだ。そのような大規模な爆破事件の現場にいたとなれば、犯人自身ひとたまりもないはずなのだ。
あらかじめ能力での回避法を考えていたのか?それとも、自分が逃げるためのルートが残されるよう、細工をしてあったのか?輝跡の脳は、なおも答えとなりえる考えを出し続ける。
しかし真実は、そのどれとも違った。
答えは、セカンドライフというゲームの仕様にあったのだった。
しかしその仕様の全体像を、輝跡はいまだに把握できていない。
故に、輝跡は答えにたどり着けるはずもなかった。
「あの爆発によって起こった火事は犯人には効いてなかったなァ。爆発後に起こる火事までもが、犯人自身へのダメージ無効化の対象なんだろうぜェ」
「ダメージ無効化?そんなものがあるのか?」
「あァ?知らねェのかァ?……まァテメェ、俺と戦った時にも俺に電流流そうとしてたしなァ……。そうかァ……この仕様が適用されてねェプレイヤーはこの仕様のこと知らねェのか……」
雷人がブツブツと呟きながらなにかを解釈しているようだが、輝跡はそんなことお構いなしに再度尋ねる。
「それで?ダメージの無効化ってどういうことだよ?」
対して雷人は、「あー」という何とも言えない声を口から漏らしながら、しばらく考える。
雷人側からしてみれば、ダメージ無効化について知らないプレイヤーが一定数いるとなれば、いささか有利となる。雷人の能力を逆に攻撃に使おうと考えたプレイヤーをまんまと引っかけることが可能だからだ。
雷人には輝跡の仲間になる気がない。故に、この件に関しては教える義理もない。
むしろ雷人は今後も輝跡たちと敵でい続けるつもりであるため、近々再戦するであろう輝跡たち(特に茂)に対してはできるだけ有利な立ち位置に立っていたいのだ。
輝跡や志狼にはすでに、雷人に電撃が効かないことは知られているが、それを加味しても負けることはないだろうと雷人は思っている。
問題は茂だが、輝跡たちが教えなければ茂は雷人に電撃が効かないということを知る由もない。
どのみちここでダメージ無効化の件を言ってしまうのは自分にとってのデメリットへとつながると考えた雷人は、このまま話をはぐらかして第二の理由へと話題をシフトしようとした。
しかし。
現実はそう、甘くはない。
「言っとくッスけど、輝跡サンが特殊なケースってだけで、俺たちみたいに仕様とは関係ないプレイヤーもそれは知ってるッスからね!」
「……特殊なケースだァ……?ンだそりゃァ」
「……教える義理は、ないッスよ」
「……チッ」
敵を欺くつもりがむしろやり返されてしまった雷人は、舌打ちをしてから残念そうに溜息をひとつつくと、観念したように輝跡の質問へと答え始めた。
「例えば、だァ。俺の能力で考えてみろォ。普通の人間が俺の能力を使ったらどうなる?」
「電気系統……だよな。どうなるって言われても……」
「電気を放出するだけならまだなんとかなるが、すでに流れている電気を操る場合は触れなきゃなんねェだろォ?」
「ああ。まぁ、そうなるな」
「普通の人間なら感電しちまう。電流や電圧の大きさにもよるがなァ。良くてダメージ、悪くて死亡だァ。自滅しちまうんだよォ」
「……たしかに」
漫画なんかではしばしば電気系統の能力者が外部からの電撃で普通にダメージを受けているシーンを目にするため、輝跡はそういうものだと受け入れてしまっていたが、言われてみればたしかにおかしい。
現実においてそのような能力者が存在するためには、その能力者の身体が電気への耐性を持っていなければならないというのは当然のことだ。
それは電気系統の能力者以外にも言えることで、つまりは―――――
「あ……」
「わかったようだなァ」
「おそらく爆発系の能力を持っているであろうプレイヤ—の犯人は、だからこそ自分がおこした爆発におけるダメージを受けなかったのか。爆風やその後の火災で自滅してたらバトルどころじゃないからな。そして、それが『ダメージ無効化』の仕様……」
「そういうことだァ」
なるほど、と呟く輝跡だったが、その表情からは、この件に関していまだに疑念が拭えていない様子が感じられる。
その疑念を解消するためか、輝跡はまた新たな質問を雷人に投げつける。
「でもさ。それってどうなんだ?例えばその爆発能力のプレイヤーには、炎攻撃も効かないってことになるのか?」
「あー、それはなんつーか……曖昧なんだよなァ……。でも効かなかったら、例えばその爆発系の能力者が炎系統の能力者と戦った場合、どうしようもないよなァ?そんな、大逆転すらありえないような、百人に聞けば百人が特定の方の勝利を予想するような、ゲームバランスの崩れることをやるかァ?と思うわけだァ」
たしかに、その例で言えば、炎系統の能力者にはほぼほぼ勝ち目がないと言える。なにせ能力が通用しないのだ。己の体術のみで能力をフル活用できるプレイヤーと戦うなど、酷にも程があろう。
雷人は続ける。
「そこで、だァ。俺は、この『ダメージ無効化システム』について、例えば炎とか電気とか、とにかくプレイヤーによっては無効化される対象に関して、『無効化されるもの』と『無効化されないもの』をなにかしらの方法を用いて分類してるって考察してるゥ!シューティングゲームやら格ゲーやらなんでもいいがよォ、相手の弾やらエネルギー波やらではダメージを食らうのに、自分から放出された弾やらエネルギー波やらに当たってもダメージを食らわねェってシーン見た事ねェか?それらよりはいくらか分類が複雑だとしてもよォ、まさしくそれだと俺は思ったなァ!」
ダメージ無効化の仕様に関して、独自の考察を披露する雷人の口調は、これまでに輝跡たちが聞いたことがないほど早口であり、また雷人の表情はキラキラと輝いていた。
その姿は、まるで好きなことについて語るヲタク。これには輝跡も「お、おう……」と返すしかなかった。それも、若干引き気味で。
そんな目つきの悪い金髪は、いつの間にか自分が饒舌になっていたことに気づくと、冷静さを取り戻したようで、ひとつコホンと咳ばらいをした。
そして、またいつもの雷人の表情へと戻る。
「んでェ?ダメージ無効化について、大体はわかったかァ?」
「あ、ああ。考察も含めて理解したよ。あ……ありがとう」
『考察』という単語が聞こえた際、片眉をピクリと反応させた雷人だったが、そこで触れてしまえば墓穴を掘ることになると思ったようで、おとなしく話を進める。
「話がわき道にそれちまったが、とりあえず戻すぞォ。その犯人は爆発系の能力者だから、ダメージ無効化の仕様で爆風や衝撃は当然、二次災害の炎も効かなかった。だからいともたやすくあの中を進むことも可能だったァ。いいなァ?」
「ああ」
「ちょっと待つッス」
と、そこで、志狼がふと横槍を入れる。
「校舎は崩れたんスよね?瓦礫の山になったはずじゃないんスか?」
「あァ。最初に金城が懸念してたことの中にもそれはあったなァ。それもまとめて、第二の理由と一緒に説明してやらァ」
そう、雷人が考えられるといった理由は三つあるのだ。今語られたのはまだ一つ目に過ぎない。
雷人に三人の視線が集まる中、第二の理由が雷人の口から語られ始めた。




