第1章 その1 『始まり』
————「……価……引!……不可……能力……!」
————「……ずい!……跡……の能力……交……!」
————「…………記憶を……え……!」
「ああああああああああああっっ!!」
とある一軒家の一室。
叫び声とともに、部屋の主が目覚める。部屋の主の全身からは汗が吹き出し、心臓は他人にも聞こえるのではないかと言わんばかりにバクンバクンと音を立てている。
(悪夢を見た。断片的な言葉くらいしかもう記憶に残っていないが、あれは悪夢だ)
周りを見回し、自分が住み慣れた自室にいること、また誰も周りにいないことを確認した部屋の主である金城輝跡は、心を落ち着かせようと荒い呼吸ながらもなんとか深呼吸を繰り返す。
数秒。
息を整え、心もだいぶ落ち着かせた頃、彼は初めて窓の外を見て今が夜中であることに気づく。
「……今、何時だ……?」
時間を確認しようとスマホを確認する。友人と幼馴染からそれぞれ一通ずつメールが届いているという通知が目に入る。
現在が2016年1月2日の午前3時であることを確認した後、メールを開く。
まずは友人。
【From 暁茂 : おまえちゃんと家に帰ったのかあ?結夢ちゃん心配してたぞ!】
次に幼馴染。
【From 神崎結夢 : アンタ今日私が夜に誕生日ケーキ持っていくって言ってたの忘れてたでしょ!夜遊びはダメだぞ!帰ったら連絡しなさい!】
「……俺が自分の誕生日に関する約束を忘れるはずがないんだけどなあ」
疑問が生じる。彼にとって誕生日とは自分が産まれたというだけの日ではないのである。彼が一般人よりも誕生日に思い入れがあることもそのことに関係があり、故に彼が誕生日に関係のある約束を忘れるはずがないのだ。
「昨日の……約束の時間に……俺は……」
**********
さかのぼること15時間前。
2016年 1月1日 正午。
世間は正月だなんだとにぎわっている。初日の出を見るために太陽が姿を現す前から出かけた者、年始のバーゲンに命をかける奥様方、初詣にておみくじに一喜一憂する家族連れやカップルたち。
そんな今日という日に、金城輝跡という男はあろうことか正午になってもいまだ夢から目覚められないままであった。
彼は大晦日の席ではこう言っていたという。寝正月こそ至高であり理想である、と。
実際、輝跡という男にとっては1月1日は『特別な日』であるため、毎年行っていることや自分の誕生日を祝うために催される行事への参加は確実にこなすのではあるが、それ以外にやることがなければわざわざなにかやることを見つけてやろうなどとは考えないのである。
そして、やることがないのであれば寝る。なにもせず無駄な時間をボーッと過ごすよりは寝る方がよほど利口な時間の使い方であるというのが彼の自論であり持論である。
しかし。
今日ばかりは、そうは問屋が卸さなかった。
一人暮らしであるはずの輝跡の部屋の扉が開き、彼と同い年くらいの女性が入ってきた。彼女は部屋に入るなり、「やっぱり……」と呆れ顔で溜息を吐きながら、この金髪ボサボサの惰眠男がぐっすりと眠っているベッドの横に立つ。
「毎年毎年よく眠るわね……」
惰眠男を見下ろしながら一言呟いた茶髪ツインテールの女性は、すぐさま毛布をつかみ、
「起きなさああああああああああい!!!」
という目覚まし時計顔負けの一喝とともに、輝跡から毛布を取り上げた。
毛布にくるまれていた輝跡はというと、その反動でベッドから転落し、背中を強打していた。
そこでやっとゆっくりと覚醒した輝跡は、寝ぼけた口調で呟いた。
「……朝か……」
「お昼!!!!」
ツッコミが、正午過ぎの金城家に轟いた。
**********
「ほらよ」
「ありがとう」
すっかり目を覚ました輝跡が、淹れたてのコーヒーをリビングにて女性に渡す。
輝跡も自分の分のコーヒーを一口口に含んでから、口を開く。
「それで?誕生日ケーキは夜に食べるんじゃなかったっけ?」
「うん、それはそうなんだけどね~。ちょっと、初詣とか行きたいなと思って」
「初詣……。おみくじとか神頼みとかするあれか……。昔から結夢は占いとか好きだったもんなぁ」
「占いとはまた違うってば!」
結夢と呼ばれたこの女性は、神崎結夢という名前で、金城輝跡の幼馴染である。両者の間には特に恋人といったような関係性はないが、幼馴染であることと、輝跡が朝に弱く起きれないことから、結夢は輝跡の家の合鍵を持たされているのだ。
「もう茂くんも呼んであるから!」
「え、俺行くこと確定してるの?」
「当たり前でしょ?アンタどうせ暇なんだから」
「おいおい決めつけるなよ……」
「わかるわよ~アンタ私が起こさなければ『あそこ』に行く夕方までは眠っているつもりだったでしょ」
図星であった。ちなみに茂とは、中学生になってから輝跡や結夢とずっとつるんでいる暁茂のことである。
(まあ昨日、寝正月が望みとか言ったしな……)
輝跡は観念し、再度コーヒーを口に含むと、
「わかった、行くよ」
と了承した。
「よーーし、そうこなくっちゃ!あ、そうだ!」
輝跡の返答に喜ぶ結夢はそこで、開口一番に言おうと思っていたのに忘れていた言葉を輝跡に伝えた。
「十五歳の誕生日、おめでとうっ!」
**********
「おっ、やっと来たか!」
「ごめんごめ~ん!少し遅れた!」
輝跡の家から比較的近くにある神社の前で、スマホをいじりながら待っていた暁茂が、神社に到着した輝跡と結夢を迎える。
「輝跡ぃ……本当に昼まで寝てたのかぁ……。毎年よく寝るわなあ……」
「んー、まあな」
黒髪にツンツン頭の友人にもあきれられる輝跡。しかし毎年この反応をされていることもあり、輝跡自身はそれほど気には留めていない。茂ももう慣れたと言わんばかりにすぐさま話題を切り替える。
「それで、まずはどーする?」
「オレは別に……おまえらについていくよ」
「はいっ!先生!」
自主性を見せない輝跡とは対象的に、結夢が茂にアピールする。
「それでは、結夢ちゃん!意見を許可します!」
「私、まずはおみくじがひきたいです!」
敬礼をしながら結夢が答える。それに対して、茂も敬礼をしながら、
「名案ですぞ隊長!」
と、賛成の意を表明する。
二人の関係設定くらい合わせろよ、とツッコみたくなった輝跡だったが、当の二人はすでに我先にと言わんばかりにおみくじコーナーへと走り出していた。
輝跡も、走っている茂に「はやく来い!」と促されたので追いかけ始める。
輝跡はいつだってこの二人のハイテンションに振り回されてきた。もうすぐ中学生活も終わりだが、これからもこの関係は続いていくだろう。ふとそんなことを思った輝跡は、「先が思いやられるなあ……」と小さく呟いたのだった。
その口元に、笑みを浮かべて。
**********
「んんーっ……っふ~!楽しかったね~!」
結夢が、背伸びをしながら輝跡と茂の二人に語り掛ける。
時刻は午後5時。あたりはすっかりオレンジにそまり、三人は帰路についていた。
「まさか結夢ちゃんが、食べ物の屋台を制覇するなんて言うとは思わなかったなあ~!」
「ほとんど後処理は俺だったけどな……!『残りは後でスタッフがおいしくいただきました』とでも付け加えてくれ……こんなんじゃ晩飯もケーキも入らないかも……」
感心する茂と、なんどもげっぷを繰り返しながら腹をさする輝跡。
けっこう広い神社であり、屋台数もそれ相応のものであったため、結夢の『食べ物の屋台制覇しよう大作戦』は(主に輝跡の胃袋が)困難を極め、夕方になるまで時間がかかってしまったのだ。
しばらく初詣の雑談をした後、急に結夢が話を切り替える。
「もうすぐ私立の入試だね~」
「そうだな……。まあ俺には関係ないけど……。茂は結局どーすんだ?」
「俺か?んー、俺も私立は受けないし関係ないかなあ」
正月後といえば本格的に受験シーズンである。中学三年生の彼らにとっては当然タイムリーな話題なのだが、輝跡はというとすでに東京の名門『進帝高校』に推薦入学が確定しているため、一人受験戦争から解放されていた。
「結局私立受けないことにしたのか」
「ああ、俺も一般入試で国立の進帝高校一本に絞ったからな」
茂は前々から国立は進帝高校と決めていたが、滑り止めで私立を受けるかどうかで迷っており、そのことを輝跡にも話していたのだ。
「惜しいよね~茂くん。本当は剣道の推薦で進帝高校にいけるはずだったのに、出席日数のせいで取り消しだもんね~」
「あんだけ学校サボってりゃ仕方ねーわな。俺はずっと忠告してたからな?なあ茂」
「いやあ~まあ、仕方ねーさハハハ。まあこれから受験までは勉強時間作れると思うし大丈夫だと思うぜ?」
茂自身は地頭がよく、大丈夫だと思うというのも根拠なく言っているわけではない。また、彼の剣道の腕前は全国に名をとどろかせるほどであり、出場した大会では必ず優勝する実力を持っている。優秀な頭と剣道の腕前の二つを兼ね備えているが故に、本来進帝高校への推薦での合格が確定しているはずだったのだが、茂はよく学校を無断欠席しており、出席日数が推薦の資格を得るためのソレに達していなかったのだ。
「笑いごとじゃないっての!ったく、無断欠席までしてなにやってたんだか……」
「だからいつも言ってんだろ?修行だよ修行!」
「はいはいわかったわかった修行ねー(棒読み)」
「絶対信じてねーだろ輝跡……」
笑い声。
一拍。
「んで?結夢は結局進路どーすんだ?」
今度は輝跡が切り出す。
それに対して、少し黙り込んでから、なにかを決意したかのように口を開いた。
「私もね、迷ってたんだけど、やっぱりこの三人でいるときが一番楽しいから、国公立は進帝高校をうけるよ!」
それを聞いて茂は喜んだが、輝跡はいまいち素直に喜べていなかった。
「おまえ、前は志望校違ったろ?本当によかったのか?」
「……うん、いいの。どちらにせよ進学校なんだし、行くならレベルの高いところがいいでしょ?それにいちおう滑り止めで私立もうけるし心配しないで!」
「そうか……っと、悪いな、俺はこっから別行動だ」
話がひと段落ついたところで、分かれ道において輝跡が二人の進む道とは違う方に進む。
「そっか。輝跡はそっちにいかなきゃいけない時間だもんね。気を付けて!」
「結夢ちゃんが今年もケーキ持っていくらしいし、ちゃんと午後8時までには帰って来いよ!」
「わかってるよ。そんじゃ、また後でな」
二人に手を振り別れる。
そして輝跡は、目的の場所である墓場へと足を向ける。
**********
輝跡にとって、1月1日は特別な日である。ただし、その『特別な日』には二つの意味がある。一つは『誕生日』、もう一つは『母親の命日』だ。
彼の母親は彼を産んだわずか数時間後に原因不明の心肺停止を起こして亡くなった。
彼と彼の兄を引き取った祖父母からはそういう風に聞かされていた。
ちなみに、輝跡の父親は彼の出産前に急に姿を消し、行方不明になったという。
故に彼らは祖父母に引き取られることになったということである。
墓場についた輝跡は、いつものように墓石を掃除し終わると、墓の前でしゃがんで手を合わせる。
「母さん。久しぶり」
最初の言葉はいつも通り。
「父さんは相変わらず消息不明。じーさんとばーさんはまだ元気だよ。あれはまだまだ長生きするね。兄貴は音信不通。まああっちの大学でうまくやってると思うよ」
身の回りの現状報告。
「俺は元気さ。無事に15歳を迎えられたよ。それと、進帝高校の推薦合格がきまったよ」
そして最後に自分の現状報告をして、そっと目を開き立ち上がる。
毎年欠かさず行っていることはこれでおしまいである。よほどなにか大きな報告がない限り、これ以上はなにも語らないのだ。
しかし墓場は家からは少し遠くにあり、移動時間だけでも時間を食う。墓場にくるだけでも結構な時間を食ったのであたりはすっかり暗くなっていた。
時間を確認すると、午後6時30分あたりを示していた。
(これなら歩いても約束の時間までには家に間に合うかな……)
そう考え、さっそく帰るために片付けを始めた輝跡は、急に――――――――——————————
そこで記憶は途切れた。
**********
1月2日午前3時
「……おかしい……ダメだ……墓から帰る支度をしている時から今までのことをなにも覚えてない……。なにも思い出せない……」
再度錯乱しそうな自分を必死に抑える。記憶がないということがこんなにも怖いことだと輝跡は考えたこともなかった。いや、他の日であればこんなに恐怖心を抱くこともなかっただろうが、絶対に誕生日のことを忘れない自信があった輝跡にとっては誕生日におけるとある時間帯の記憶が『完全にない』というのは恐怖心をあおるには充分な材料だった。
「この間にいったいなにがあった……?俺はなにをした……?どうやって帰ってきた……?……さっきの悪夢が関係あるのか……?」
どんどん不安が増していく。輝跡自身、すでに周りに気が回らない程度には混乱していた。
だから。
それゆえに。
いつのまにか開いていた扉から入ってきた男の気配に、気づくことができなかった。
「シャワー借りたぞ」
自分しか住んでいない家の、自分しかいないはずの部屋で、唐突に耳に届いた自分以外の人の声に、輝跡は身体を硬直させた。
ただでさえ混乱している彼にとってはひどい追い打ちであった。
しかし。
「まずは落ち着け。俺は敵じゃない。ついでに言えば怪しい人物でもない。俺が、昨日なにがあったのかを教えてやる」
男は、自分は怪しい人物ではない、それどころか現在の輝跡の不安を取り除いてくれるという。そんな男に対して、やっと硬直の解けた口から発せられる震える声で、輝跡は、まず問いかけた。
「おまえは……誰だ……?」
対して。
少し悩んだ素振りを見せてから、小学生サイズのその男は答えた。
「『神』、とでも呼んでくれ」