第1章 その18 『遠足 その8』
暁茂はもう逃げられない。
唐突に、輝跡らの前に姿を現した自称神はそう言った。
しかし、輝跡はその言葉の意味を、すぐにはのみこめずにいた。
いや、あるいは。
認めたくなくて、受け入れることを拒否していただけだったのかもしれない。
「……茂が逃げられないって……どういうことだよ……?」
その額に嫌な脂汗を浮かべながら、チェアに座った自称神に向けて輝跡が尋ねる。
対して自称神は軽い調子で応える。
「どういう意味もなにも、そのままの意味だが?暁茂は逃げられないよ。このセカンドライフからはな」
突きつけられる現実。
しかし輝跡にはそれがなぜなのかはまだ理解できていない。
「だって……茂がなにしたって言うんだ!?あいつは俺を守るために碇と戦っただけだろ!?たしかに並外れた戦闘能力を持っているっていうのは碇との戦闘を見てればわかったけど……。でもそれだけじゃないか!!それだけで非プレイヤーである茂が逃げられないなんてこと……」
しかしその訴えは、最後まで続かなかった。
自称神が、もういいとでも言うように、手のひらを輝跡に向け制止したのだった。
「それが、『それだけ』じゃないんだな」
今度は自称神が、説明を始める。
「暁茂がこのセカンドライフにてやらかしたことは、碇雷人と戦ったことだけじゃないんだよ。というかそれだけなら暁茂の記憶を改ざんして終わりだ。暁茂はな、非プレイヤーでありながらその並外れた戦闘能力を以てして、プレイヤーを六人も殺したんだ」
それは、その場では茂と雷人だけが知っていて、輝跡や志狼が知る由もなかったこと。
茂が輝跡には隠しておきたかった、裏での出来事。
その事実を受けた輝跡は最初、信じられないといった表情を浮かべる。
しかし、雷人との戦闘を見る限りではありえない話ではないと思ったのか、表情をキッとひきしめると、ゆっくりと茂の方へと振り向きながら、問いかけた。
「茂。これは、本当のことなのか?」
「…………」
すぐには答えない茂。
隠しておきたかったことなのだ。そう簡単には認めることなどできないだろう。
しかし、輝跡はなおも茂から視線を外さない。茂が口を開くのを待っている。
「……ッ!だーーーもう!!」
そんな輝跡の態度に観念した様子で、茂は投げやりに叫ぶ。
「くそっ!!こんなはずじゃなかったってのに……。なんでこんな状況になってやがんだよ……。ちくしょう……」
茂が頭を掻きむしりながら、文句を吐き出す。
それは、戦闘においてなかなか死ななかった雷人に対してか。
あるいは、数人のプレイヤーを殺したという事実をあっさりとばらした自称神に対してか。
はたまた、このような状況にならないようにうまく事を運べなかった自分に対してか。
やがて、直前の投げやりな態度とは打って変わり、再び輝跡に向けられた茂の顔からは、なにやら決意めいたものが感じてとれた。
「そうだ。俺は輝跡にまとわりつくプレイヤーとかいうやつらを葬った。この事実に変わりはねーよ」
「……そうか……」
輝跡は、その返答を受け、自称神に振り返り、尋ねる。
「……それで?茂が逃げられないってのは、このままあいつがセカンドライフに参加させられるって意味でいいんだよな?」
「ああ、そうだな」
「もう……本当にどうしようもないのか?」
「どうしようもないな。決定したことだ。さらに具体的なことを言えば、暁茂は死んでないから、『仮プレイヤー』とか『半プレイヤー』って扱いになるがな。つまりはプレイヤーが暁茂を殺せば、プレイヤーを一人殺したことにはなるわけだ」
足を組み、業務連絡のように淡々と告げる自称神。
そんな自称神の話に痺れを切らした様子で、その場を去ろうとしていたはずの雷人が口を開く。
「さっきから聞いてりゃ……。んなもん納得できるわけがねェだろ……!これは一度死んで、プレイヤーになったやつらの戦いだろォが……!なんで非プレイヤーが戦うとかそんな話になってんだァ!?」
その瞳には、明確な怒りが宿っていた。
しかし自称神は、自らに向けられたそれに対し、動じることはない。
雷人が、先程よりも荒々しい口調で続ける。
「それによォ、暁が勝ったらなにがあんだよ!?あァ!?ソイツにはなんのメリットもねェじゃねェか!!」
「暁茂もいちおう、『半』や『仮』とはいえプレイヤーではあるんだ。百人プレイヤーを殺せばきちんと元の生活に戻れる」
「それは暁には意味のねェことのはずだァ!だってそもそも死んでねェんだからなァ!!セカンドライフに参加しなければ……テメェらが参加させなければそれで済む話だァ!!生き返るためにセカンドライフに参加する……参加しなければそのままこの世とはおさらばの俺たちプレイヤーとは話が違ェだろォが!!」
と、そこで。
自称神の目の色が変わる。
これまでの、軽く淡々とした口調で業務連絡のように語っていた時とは違う。
それは、確かな感情を宿していた。
「だってもクソもねぇよ……。どうしてそこまでわかってるのにわかんねぇんだ?」
言いながら、自称神が立ち上がる。
最初は静かに。しかし、噴水のせり上がってくる水のように、その語気は、だんだんと強くなっていく。
「いいか?暁茂はな。おまえの言った、『生き返るためにセカンドライフに参加する、参加しなければこの世とはおさらば』のプレイヤーを六人も殺してんだよ!まだ生きていて……死んでもセカンドライフに参加するチャンスすら持ってるやつが!!もう崖っぷちだった、この戦いに言葉通り命をかけてた連中を!!命を取り合うに対等な立場にすら至っていないくせに殺したんだ!!」
「……ッ!!」
気圧される。
雷人だけではない。その場にいた全員が、自称神の醸し出す雰囲気にのまれる。
「いいか?今すぐその甘ったれた考えを捨てろ!!たしかにこれはプレイヤー同士の戦いだが、そこに望んで足を踏み入れたのはまぎれもなくそこにいる暁茂なんだよ!!これはもう、非プレイヤーだから記憶を改ざんして関われなくしてやるって次元の話じゃねぇんだ!!それでもまだ暁茂がセカンドライフに参加することを拒否するやつがいるならでてこい!!俺が直々に、そのクソみてぇな性根をぶっ壊してやる!!」
そして。
静寂が訪れる。
辺りを満たした自称神のオーラと、激情によるその奔流。
それを直に受けて、すぐに口を開けるものなど、この場には誰一人としていなかった。
自称神の言っていることは正しかった。
茂がセカンドライフに参加することに反対していた輝跡と雷人の二人は納得させられていた。
自称神の振る舞いからして、その立ち位置はセカンドライフを運営する側にあるのだろうということは、この時には輝跡のみならず他の三人にも想像がついていた。
自称神は、運営者としての視点から全プレイヤーのことを考慮して、こういった対応をとったのだ。
「わかってくれたようでなによりだ。さて、そんなわけだ暁茂。これからはおまえも、プレイヤーと殺しあう上では『いちおうは』対等の立場となる。六人殺した分もカウントしといてやる。好きにするといい」
いつのまにか、辺りの雰囲気とともに、自称神の態度も軽く淡々としたものへと戻っていた。
そんな自称神が、最後は茂本人に言い渡す。
殺し合いのゲームへと参加させられるという、常人が告げられれば卒倒しそうな告知に対し、しかして茂はこう返した。
「ありがとう」
茂の顔には、笑みがあった。到底、にこやかとは言えない笑みだった。
しかし茂はたしかに、この先も戦えることへの喜びを感じていた。
雷人も輝跡も志狼も、茂が輝跡のために戦い、これからもそうするつもりだったということを知っていたがために、茂のその返答には驚かなかった。
ただ、輝跡と雷人は、茂をセカンドライフから解放してやれなかったことの無念さを、感じずにはいられなかった。
と、茂がセカンドライフに参加するかどうかに関しての話はもう終わりかと思われたところで、この話題にはいっさい口をはさんでこなかった志狼が、唐突に自称神に尋ねた。
「そういえば、茂サンの能力はどうするんスか?プレイヤーになるんだったら、なにか与えられるんスかね?」
「いや、それはないな。というか、できないんだ」
「……できない……ッスか」
「ああ、システムの関係上な。だから、これまで通り戦ってもらう……っと、そうだ」
そこで、思い出したかのように、自称神は一度辺りを見回す。
茂が使っていた棺桶を見つけると、そちらの方へと歩いていき、片膝をつく。
懐かしむように一度、その棺桶を撫でると、立ち上がってから茂に向けて、言った。
「イイモノを持ってるじゃないか!大事にしろよ!!」
急に茂の武器庫をほめたかと思いきや、一瞬後にはもうその場に自称神の姿はなかった。
再び、静寂が訪れる。
最初に響いたのは、雷人の舌打ちだった。
「くだらねェ。なんだったんだアイツはァ……」
文句を言いながら、今度こそその場を立ち去ろうとする雷人。
しかし、茂がセカンドライフに参加するかどうかの話の時の雷人の態度を見た今、輝跡はなおさらここで彼を帰してはならないと思った。
「ちょっと待て碇」
「ァんだよまァだなんかあんのかァ?」
「おまえ、茂がセカンドライフに参加させられそうな時、抵抗してくれたよな。まずは、ありがとう」
「バカヤロォ、そんなんじゃねェよ。俺ァただそいつが邪魔で……ってこれが理由だとテメェらは否定してくんのかァ……」
雷人が、もうあきらめたと言わんばかりに肩をすくめて溜息をつく。
「そうだな。おまえの態度は決して邪魔者を排除したいがためのものじゃなかったと思ってる。それにおまえは、自称神にたてついた時、非プレイヤーが戦うことを良しとしないようなこと言ってたからな。なおさらだ」
輝跡が、柔らかい笑みを浮かべる。もうすでに、その表情からは雷人への敵意は感じられない。
それもそのはずだ。輝跡がこれから行う提案には、敵意など不要だったのだから。
「なぁ、碇。おまえ、俺たちの仲間にならないか?」
「「「……は……?」」」
雷人だけでなく、志狼や茂までもが、唖然とした表情を浮かべる。
輝跡は、自らを殺そうとしている雷人に対して、あろうことか仲間になることを提案したのだ。雷人だけでなく、仲間内である志狼や茂までもが驚くのも無理はない。
輝跡だって、雷人を仲間に引き入れようとする自分の姿など想像していなかった。少なくとも、森沢先生からあの話をきくまでは。
「…………クククッ…………ハハハハハハハハハハハ!!なにを言い出すかと思えばァ!!俺を仲間にだとォ!?ハハハハハハハハハハハ!!!」
突然大声で笑いだす雷人。
しかし輝跡がこれに動じることはない。
静かに、雷人の答えを待つ。
「クククッ……おィおィテメェよォ……」
と、そこで。
雷人の爆笑は止み。
「受けるワケがねェだろォが。ふざけんのも大概にしろォ」
様子が、一転した。
ゴッ!!という、衝撃とともに、高速で一気に輝跡の目の前まで移動した雷人が、振りかぶっていた拳を輝跡の顔面めがけて振りかざす。
「輝跡っ!!」
「輝跡サン!!」
茂や志狼の対応が遅れるほどに速かったその一撃は、しかして輝跡に当たることはなかった。
輝跡が避けたわけではない。
雷人が、輝跡の鼻先あたりで、自らその拳を止めていたのだ。
「……避ける素振りも、反撃する気も、見せねェんだなァ」
「おまえの優しさを信じたんだよ」
さんざんこれまで殺そうとしてきた雷人に対して、輝跡はそれでもこの場では、雷人の性格への信用を見せた。
輝跡が避けなかったことで、仲間にならないかという輝跡の提案が本気でされたものだということは、
雷人にもしっかりと伝わった。
だからこそ、拳を止めた。
雷人は、自らに歩み寄る人間を殺せるほど、悪人ではないのだ。
「ひとつ……疑問がある」
拳を静かに下ろしながら、雷人は素直に、生じた疑問を輝跡に尋ねた。
「どうして俺を、あの時助けたァ?俺はこれまで、確実にテメェらにとっては脅威で、あのまま暁に倒されれば万事解決な存在だったはずだァ。思えばそっからだァ、テメェの態度が明らかに変わったのはなァ」
「それは、おまえが信用に値するやつかどうか、人間性を見定めたかったからだ」
結果、雷人は返答こそ誤魔化していたが、輝跡が信用するに値する人間性を、輝跡に見抜かれたということになる。
もともと、雷人が非プレイヤーを巻き込んでの戦闘をしないということは、輝跡と志狼の間で結論づいていたのだ。むしろ、唯一の疑問点であった『なぜ茂の前で能力を使ったのか』も解決できたことで、結論の正確性が増したくらいだった。
「ちょっと待てェ」
と、雷人の頭にはさらなる疑問が浮かぶ。
いぶかしげな表情をしながら、尋ねる。
「そもそもその考えに至ることがおかしいんだァ。テメェは人間性が良ければどんなヤツでも仲間にするための面接的なことをすんのかァ?違ェだろォが。このゲームのプレイヤーは元は普通の人間で、普通の人間性を持ち合わせてるヤツの方が多いと思うぜェ?そんなんじゃテメェは、これまでもこの先も、殺せねェ敵の方が多いってことになっちまう」
雷人の言い分は正しい。たしかに、輝跡は雷人の人間性がいいというだけでは仲間にしようなどとは思わず、いずれ力をつけ、敵としてきちんと戦っていたことだろう。
輝跡が雷人を仲間にしようと思った理由は、他にもある。
それを解き明かすため、雷人が考えを巡らせる。
「テメェは俺に対して何かを感じたァ。なにがきっかけか?最も考えられるのは、俺の『なにか』を知ったから、かァ?……となると俺としては一つしか思い浮かばねェんだが……あえて聞くぜェ」
雷人の鋭い視線が、輝跡の瞳に突き刺さる。
しかし目は逸らさない。輝跡は己が知ったことを、隠す気などなかったのだから。
「テメェは俺の、なにを知ったァ?」
輝跡はその質問を受けてから、一度茂や志狼に視線を向ける。
一瞬、この二人にも聞かせていいものかと思った輝跡だったが、おそらく答えのわかっているであろう雷人がこの場で尋ねているのだからよいのだろうと判断し、ゆっくりと口を開いた。
「おまえが、一年前の『来々中学爆破事件』のたったひとりの生き残りだってことだ」
やっぱりか、と。
雷人が呆れたように呟きながら、首を振る。
「誰から聞いたァ?」
「担任の森沢先生だよ」
「ったくあのヤロォ……教師なんだから生徒の個人情報漏らしてんじゃねェよ……。んでェ?テメェは俺に同情して、仲間に誘ったってクチかァ?」
溜息をつきながら、雷人が尋ねる。
この件に関して同情されるのが嫌いなのか、その表情はひどく不快そうだ。
だが。
「いや、同情とは違う」
その返答は、予想していなかったのか、雷人の目が見開かれる。
「へェ、じゃあなんだァ?」
「森沢先生と話してる中で、おまえが仲間という存在を嫌う理由についても話したんだ。そしたら、おまえは爆破事故の時のように、いきなり周りの友達が消えてしまうかもしれないというのが怖くて、友達や仲間を作れなくなってしまったんじゃないかって結論に行き着いたんだ」
雷人の眉が、ピクリと動く。
しかし、それに気づかない輝跡は、続ける。
「俺もな、昔いろいろあってよ。ちょっとしたトラウマで、他人と親しい関係を築くのに恐怖を覚えるようになったんだ。そんなことないって、頭ではわかってても、本能がそれを拒否してしまう。だから、俺はおまえに近しいものを感じて、放っておけなくて……」
「はァ……」
と、そこで。
もういい、とでも言うように、雷人の口から漏れ出た溜息が、輝跡の発言に横槍をはさんだ。
今度は、雷人が『答え合わせ』を始める。
「それはなァ、勘違いだァ金城ォ。俺はやっぱり仲間ってヤツが嫌いだし信用できねェ。非プレイヤーの話を聞きゃァ、そりゃそう思うだろうが、的外れにもほどがあるぜェ」
雷人は、思い出したくもない記憶をこじ開けることにひどく不快感を覚えながらも、輝跡の誤解を解き、仲間になろうなどという世迷言をもう二度と言ってこないようにするため、語り始める。
「『来々中学爆破事件』は、ただの爆破事件じゃァねェ」




