第1章 その17 『遠足 その7』
「さて、話をきかせてもらおうか!」
つい数刻前までその場で争いあっていた茂と雷人に向けてそう言い放った輝跡はさっそく、なおも硬直状態である茂の目の前にまで移動し、尋ねる。
「茂、おまえはプレイヤーなのか?」
「ぁ……いや、ちが……違うんだ輝跡……これは……これはその……」
しかし当の茂の返答は要領を得ていない。今の言葉の中にあった『違う』というのも、質問に対する答えではなく、どちらかといえばこの状況に対する言い訳の意味で使われた言葉だったのだろう。
雷人からすれば、先程までの茂の無双ぶりが嘘のように感じられるほど。
志狼からすれば、これまでの、茂はいつでも元気でニコニコしているというイメージが崩れてしまうほど。
茂のその姿は、誰の目にも弱弱しく映っていた。
しかし。
輝跡は茂のその反応に対し、眉一つ動かさない。
それどころか、むしろ輝跡はこの応答に拍車をかけた。
「言い訳ならあとでいくらでも聞いてやる。俺が聞いてるのはおまえがプレイヤーなのか、プレイヤーじゃないのかの二択だ。さっさと答えろ!」
語気を強めた輝跡に対し、おびえるようにビクリと肩を震わせた茂は、急いで返答する。
「プッ……プレイヤーじゃない!!俺はプレイヤーじゃないんだ!!信じてくれ!!」
「その様子だと、プレイヤーがなんなのかはわかっているんだな。プレイヤーじゃないやつがなんでプレイヤーのことを知っている?セカンドライフにおいて、プレイヤーじゃないやつのセカンドライフに関する記憶ってのは改ざんされるって認識だったんだがな」
セカンドライフの仕様上では、セカンドライフに関する情報が世に広まらないようになっていると輝跡は自称神から聞かされていた。また、針男戦の時、その場にいた結夢が、戦闘中の大半は気絶していたとはいえ、次に会った時には何一つ覚えていなかったという事例もある。セカンドライフが世に広まらないようにする方法が記憶改ざんだと結論付ける判断材料はこれで充分だった。
故に、プレイヤーであることを否定する茂が、プレイヤーに関して知っているなんてことも、プレイヤーである雷人と戦う理由もないはずなのだ。
しかし、それでも。
茂の返答はこうだった。
「わっ……わかんねーよ俺だって!!知ってるもんは知ってんだからそんなの俺が知ったことじゃねえ!!それでも俺はプレイヤーじゃないんだ!!なぁ……信じてくれよ輝跡ぃ……」
茂が泣きそうな眼で輝跡に訴える。その様子からは、どうにも茂が嘘を言っているとは感じられない。
とすれば考えられるのは、茂が短時間中にプレイヤーに関する事柄を何者かから聞いたということ。さすがに一瞬で記憶改ざんが行われるとは考えにくい。この場合の『何者』は、十中八九碇雷人だろうと輝跡は判断する。
「最後に」
そう始め、輝跡が茂の手に握られている鎌を指さす。
「それは茂、おまえの物か?」
「…………」
「そうか、おまえの物か。プレイヤーでもないおまえが、なぜそんなものをこんな場所に持ってきている?」
「そ……それは、おまえを守るためで……!」
「そうか」
ここで、これ以上茂に質問してもなにも得られないと輝跡は判断した。
と、いうことで。
「わかったよ茂。そこで座ってろ」
輝跡は茂への質問を打ち切り、その場所からさらに歩を進め、雷人のいる場所へと移動する。
先に口を開いたのは、雷人だった。
「よォ……数分ぶりだなァ……無様な俺を笑いに来たかよ?今なら多分、俺を殺せるぜェ?」
雷人の挑発。
しかし輝跡に、その挑発に付き合う気はない。
「おまえにも聞きたいことがある」
「なんだァ?えらく堂々としてんなァ。今日まで俺にびくびくしてたヤツとは思えねェな?」
「そうだな。もうおまえからは逃げない」
「ほォ……」
雷人が目を細め、思考を巡らせる。茂との戦闘を見てふっきれたのか?勝利できる案でも浮かんだのか?輝跡の態度が変わった原因を探る。
輝跡は輝跡で、雷人の減らない無駄口が急に止まった今に照準をさだめ、質問を始めた。
「まず碇、おまえが茂にプレイヤーのことを喋ったのか?」
「あ?……あー、たしかそうだったなァ。だが今日じゃねェぜ?」
「……それはどういうことだ?」
この時、輝跡にはすでに、今日以前に雷人と茂の間になにかしらがあったのだろうということは察しがついていた。だから輝跡がこの質問においてききたかったのは、『今日じゃないとはどういう意味か』ではなく、『茂に何が起きているのか』だった。
雷人もその意図はきちんと察しており、輝跡の期待にそうように肩を竦めながら答える。
「どういうこともなにもそのままの意味だァ……。暁茂はなぜか何日経ってもセカンドライフに関する内容を忘れてねェんだよ。しかもプレイヤーの能力じみたこともやってくるしなァ。俺も最初はプレイヤーかと思ったぜェ?」
「……そうなのか」
ますます輝跡にはわからなくなる。雷人の証言が本当のことだとすれば、これは茂がやはりプレイヤーであるということの裏付けになる。
「ん?」
と、そこで、ふと輝跡は、雷人の言葉の中にあった一語が気になった。
「『最初は』?」
「あァ、『最初は』だ。アイツはプレイヤーじゃァねェなァ」
「どうしてそう思った?」
「なにもかもが非合理的だったんだよ。アイツが初めて俺に勝負を仕掛けてきた時……つまりは俺がアイツにプレイヤーのことを話した時だなァ……。アイツの受け答えはアイツ自身になにひとつのメリットもなく、言ったところで状況は何一つ変わらねェような意味のねェものだったってわけだァ。しかも本来プレイヤーの頭ん中には最初から入ってるはずのセカンドライフの情報が何一つ頭に入ってねェときた。こんなもん、プレイヤーじゃねェって信じるしかねェだろがァ」
「……なるほどな」
雷人の最後の根拠を聞いた時、輝跡は一瞬、茂に自分と同じような欠陥が生じたのではないかと思った。
しかし、そんなとき、その欠陥を補うためにわざわざ説明にくる役割を持つ自称神のようなやつらがいるのだろうと考えなおした。
ならばおそらく茂は本当にプレイヤーではないのだろう。
輝跡はそこまで結論づけて、そう結論づけることが前提条件であった質問を、ここで雷人に投げ掛けた。
「なぁ碇。どうして茂と戦った?」
「…………」
対して、雷人は黙り込む。
そこでそれまで無言を貫いていた―――――というかおそらく身体中の痛みで会話に割り込むどころではなかった―――――志狼が、雷人に代わって答えた。
「それは、茂サンを人質にとるためとか、そういうことじゃないんスか?」
逃げ回る獲物の友人である非プレイヤーは、たしかに人質としては最適だ。普通ならば志狼が言ったように考えるだろう。
しかし。
「いや、それはないと思う。なぜなら碇はさっきこう言った。『アイツが初めて俺に勝負を仕掛けてきた時』ってな。つまり碇雷人、おまえは最初から茂を人質にすることを選択肢に入れていなかった。そうだな?茂は俺を守るためって言ってたし、おおかた今回も茂の方から仕掛けたんだろ?」
「……さァ、どうだかなァ……」
雷人は答えを濁したが、当たっていたのだろうと輝跡は思った。第一、人質にするならもっと機会があった。学校生活において、単独行動をしないよう心掛けていたのは輝跡と雷人だけなのだから。
「改めて聞くぞ、碇雷人。プレイヤーではないから倒してもメリットがないくせに、おまえをしのぐほどの強さを持つ茂と戦ったのはなぜだ!!人質にするわけでもないのに、逃げようと思えば逃げられたはずの状況下で、それでもなお戦い続けたのはなぜだ!!」
「…………」
そして、答えを待つ輝跡と志狼と、うつむき口を閉ざす雷人、それに先ほどからずっと無言の茂によって、あたりは静寂に包まれた。
「……くくッ……」
しかしその静寂は、十秒ともたずして打ち破られた。
「くくくくくっ……」
雷人の笑い声によって。
「ははははははははははははは!!!」
「……なにがおかしい、碇?」
「はははは……いやァ、とんだ名探偵気取りだなァってよォ」
その後、ふぅと一息ついた雷人が、言葉を続ける。
「なァ金城ォ、漫画は読むかァ?」
笑い声を上げたかと思うと、今度は唐突にそんな質問をしてきた雷人に対し、意図を図りかねながらも、輝跡は応じる。
「?……ああ、まぁな」
「漫画でよォ、キャラクターがさんざん深読みした考えが実際に当たっているって展開とか、すべての行動に意味があったって展開、よくみねェか?ほら、『ここはヤツが失敗に見せかけたフェイク、穴に見せかけた囮だ!』とかみたいなやつだァ」
「……まぁ、見るな」
「俺はよォ、そういうの見るたびにいつも思うんだよなァ。絶対なんも考えてなかったり、本当にミスってたりするキャラだっているはずで、みんながみんなそこまで徹底して考えられてるわけじゃねェってよォ」
「……だから?」
輝跡が答えを急かす。しかし、この前置きから、輝跡には雷人が言い出すであろうことが大体は予想できていた。
雷人が溜息を一つつく。その答えはやはり、輝跡が今予想したものと同じだった。
「考えすぎだァ、金城ォ。俺はただ、暁茂が邪魔だったから殺そうとしたァ。そして暁茂の実力を見誤って殺されそうになったァ。そんだけだァ。プレイヤーだからメリットが~なんてのは考えてねェ」
言いながら、雷人が立ち上がる。
その様子からして、だいぶ回復したようで、雷人は二、三度肩を回すと、輝跡らに背中を向ける。
その行動は、この場を去るという合図。雷人がこのまま、『非プレイヤーでさえ邪魔なら特に何も考えず平気で殺すプレイヤー』という、輝跡たちにとっての悪役として立ち去ろうとしていることは、誰の目にも見て明らかだった。
「今回は俺の負けだァ。負けも負けの惨敗。おまけに敵の仲間に助けられるなんざ、生き恥ってもんだァ。この場にいんのも恥ずかしい。俺に挑戦するならまた今度にしてくれやァ」
そう言って、輝跡の頭にモヤモヤを残したまま歩き出す雷人。
だが、その歩みは、志狼の口からポッと出た一言によって止められることとなった。
「でも茂サン、大きなケガとか負ってなかったッスよね?」
「……あのなァ、テメェ、俺の話聞いてたのかァ?俺は実力を見誤って負けたんだァ」
「いやいや今回じゃなくて、碇サンと茂サンが初めて戦ったって日の後ッスよ。いつなのかは知らないし、これまでに何回戦ったのかも知らないッスけど、今日までは『邪魔だから殺す』って言えるくらいには勝つ目処があったんスよね?茂サンの目的からして、茂サンが碇サンに勝ってたら碇サン生きてないだろうし……。これまでは大きなケガを負わせないで撃退するほど甘々だった人が、いきなり殺すって結論に至るのはちょっと突飛すぎな気もするッスけど」
志狼が次々に語る自らの考えに対し、雷人は痺れを切らしてもう一度振り返る。
その瞳にはイライラの他に、なにか別の物も宿っていた。
「あのなァ、それこそ考えすぎだってんだよォ。それに暁茂とはまだ今回も合わせて二回しか戦ってねェ!俺はンな甘ちゃんじゃ……」
と、そこで。
雷人が苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
それはイライラともう一つ、瞳に宿っていたものの正体である『焦り』から、余計なことを言ってしまったということに気づいたための表情。
志狼はそれを、見逃さなかった。
「邪魔ってのはつまりは『少なくとも脅威になる』ってことッスよね。今回が二回目ってことは、一回目の戦闘で実力についてはそう判断してたってことッスかね?それとも、今回の戦闘中にそう判断したってことッスかね?まあ前者だとすればケガ無しで帰したことが謎ッスし、後者だとしてもわざわざこの場で殺されそうになってまでやることじゃないと思うッスけど。プレイヤーが動けて非プレイヤーが動けない状況だってあるわけですし。だって、非プレイヤーを手にかけようとする碇サンが、戦闘時の記憶をなくしてしまう他の非プレイヤーの目なんて、気にするわけないッスもんね?」
志狼が、畳み掛ける。
雷人の建前が、崩されていく。
志狼の『野生の勘』とやらが冴え渡った瞬間であった。
志狼のドヤ顔での事実解明は止まらない。
「というか、そうなるとそもそも俺たちが単独行動にならないよう非プレイヤーと常に行動してたことも意味無しってことになってくるんスよね〜」
「っ……だからァ!それが考えすぎだって……」
「なぁ碇」
ここで。
それまで志狼の言葉に耳を傾けていた輝跡が、横槍をいれる。
「おまえは、俺たちに深く考えて欲しくないだけなんじゃないのか?見透かされたくないから、自分の奥底にある真実を明かしたくないから、自分はあたかも浅い考えで行動するヤツだと思わせたいだけなんじゃないのか?」
「……ンなこたァ……ねェよ」
「それにさ。おまえは本来、非プレイヤーを攻撃するようなヤツじゃないだろ?もしそんなヤツなら、最初俺らと戦った時、茂の介入なんざ気にしなかったはずだ。やっぱり俺には、おまえがそんなヤツだなんて思えない」
「…………」
反論が止む。
雷人はなおもなにかを言い出そうとしてはそれをやめてを繰り返していたが、結局うまい返しが思いつかなかったのか、一度溜息をつき、
「……テメェらの想像に任せる。もうこの話は終わりだァ」
と言うと、再度輝跡たちに背を向ける。
しかし雷人は歩き出さない。なにかを迷うかのように、輝跡らに背を向けたままその場にたたずんでいる。
そして数秒後、決心がついたのか、雷人は肩越しに茂を見ながら、問いかけた。
「暁ィ!テメェ……まだ戦うつもりかァ?」
対して、ここまで全く会話に介入しなかったがために、自分に質問が飛んでくるとは想像していなかった茂は、少しの間きょとんとした後、さも当然のように答えた。
「戦うよ」
その返答を受け、「そうか」と残念そうに呟いた雷人は、最後にもう一人、矛先を変え問いかけた。
「金城ォ。テメェはこれからも、暁を戦わせるのか?」
これは、少しいじわるな言い方だった。
なぜなら、この問いかけには、『おまえはこれからも非プレイヤーを盾にして戦うのか?』という意味が込められていたのだから。
輝跡にも当然その問いかけの意味は解釈できていた。
だからこそ、輝跡はこう答えると決めていたし、雷人にもこの答えが返ってくることはわかっていた。
「やめさせるよ」
雷人の口元に少しばかりの笑みが生まれ、それと対称的に茂の表情が歪む。
雷人の笑みの正体が、『強敵を排除できる喜び』ではなく、『非プレイヤーである茂を戦線から切り離せることへの安堵』であるということは、まだ誰も知らない。
だが。
その雷人の安心感は。
次の言葉で、無残に打ち砕かれた。
「残念ながら、暁茂はもう逃げられない」
声が、聞こえた。
輝跡のものでも、志狼のものでも、茂のものでも、雷人のものでもない。
この場にいる四人の誰の物でもない声だった。
しかし、輝跡だけは、この声に聞き覚えがあった。
そう、この声の主は、たしか―――――
「自称……神!」
輝跡が確信をもって呟いた瞬間、小学生サイズの謎の男、『自称神』はいつのまにか輝跡の隣に立っていた。
「はぁ……自称は余計だ馬鹿野郎。さてさてイレギュラーくん。君に関する説明に、神がやってきましたよっと」
自称神は気軽な感じでそう言うと、どこからともなく取り出したチェアに腰かけた。




