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Second Life  作者: 永澄 拓夢
第1章 『Game Start(進帝高校編)』
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第1章 その15 『遠足 その5』

 動物園の外周に沿うように伸びる道。そのとある分かれ道の手前にて、同じジャージを着た二人の学生はにらみ合っていた。

 片方の男は、高めの身長に短い黒髪で、通常の物より薄めかつ一メートル五十センチメートルほどの高さがある棺桶に紐を括り付けて肩から下げている。名は暁茂あかつきしげる

 もう片方の男は、茂よりは低い身長に肩まで伸ばした長めの金髪で、鋭い目つきをしている。名は碇雷人いかりらいと

 両者ともに目に見える戦闘態勢をとっているわけではないが、その場の張りつめた空気からも察せる通り互いに隙は見せまいとしている。

 そんな中、しばらく続いた沈黙を破ったのは雷人だった。


 「俺はよォ、この間テメェをボコボコにしたよなァ?」


 その問いに、表情一つ変えずに茂は短く答える。


 「ああ」


 予想通りの返答を受け、雷人は質問を続ける。


 「そんで、実力差をはっきりさせたよなァ?」

 「…………」


 しかし、二回目の質問に対しては茂からの返事がない。

 雷人は一度舌打ちをすると、さらに続けた。


 「テメェ、まさかあそこまでやって実力差がわかんないほどのバカなのかァ!?テメェの身体にケガがなかったことを根拠にまだやれるってんでここに立ってるってんなら言っとくがよォ!テメェの身体にケガがなかったのは俺なりの配慮だァ!間違っても俺の力がテメェに傷をつけらんねェ程弱ェだなんて思うなよォ!!」


 言い終えた後で、多少語気が強まっていたことに気づいた雷人は再度舌打ちをすると、茂に悟られないよう心を落ち着ける。

 雷人は気づいている。自分が、自分の忠告を無下にした茂に対していらついていることに。

 と、そこで、雷人の言葉を受けて少しばかり顔を伏せた茂が静かに口を開いた。


 「たしかにアンタは強かった。正直舐めてたよ。それまでに倒してきたプレイヤーとかいうやつらと同様に、アンタも『剣だけ』で通用するだなんて驕ってた。変な力を持ってるやつらに勝ってきたんだ。思い上がるなと言う方が難しい。でも、結果は惨敗。アンタは今までのヤツらとレベルが違った。気づいた時には遅かった。死を身近に感じたし、相手がアンタ以外の強者だったなら本来は死んでたはずだ」

 「……なにが言いてェ?」


 茂の口から突然長々と紡がれた言葉の意味を図りかねた雷人が尋ねる。

 すると、先日の戦いを思い出すように一刻いっとき伏せていた顔を茂が上げた。

 その目にはやはり変わらず……いや、先日よりもより強固な覚悟が宿っている。


 「生きていたからには教訓を活かすもんだろ?」


 途端に。

 茂の纏う空気が変質する。

 それは茂の覚悟に比例してか、あるいは茂の慢心に反比例してなのか、より冷たさを増したものとなっていた。

 茂は、棺桶に手を伸ばしながら、先程の言葉からすこし間をあけ、続けた。


 「プレイヤーと戦うときには全力を出さなきゃならないって教訓をさ」



 戦う気満々の茂に対して雷人は、より冷たさを増した茂の纏う空気に一瞬驚いたものの、すぐさま肉体と精神両方の戦闘態勢を整えた。

 遠足の開会式の前、バスの近くで棺桶を持つ茂と目が合った時に、雷人は決めたのだ。多少手荒になっても、傷つけることになっても、謎の力は持っているものの非プレイヤーであるこの男の手をセカンドライフから引かせるのだと。

 説得はもう通用しないこの状況。

 ならば雷人のやることは一つだ。

 雷人は今にも棺桶に手を付けようとしている茂を見据えながらも、今一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

 茂の発言は、前回は本気ではなかったということをにおわせた。

 前回が本気でなかったということと、棺桶の仕組みからみて、まだあの中になにかが入っていることが容易に想像できた雷人は、あの中からどんなものがでてきても驚かず対処できるよう気を引き締めた。

 しかし。

 茂の対雷人戦リベンジマッチの一手目は。

 片手で掴んだ棺桶自体を雷人めがけて全力投擲するという、雷人の予想のはるか斜め上をいくものだった。


 「はァあ!?!?!?」


 あまりの茂の予想外の行動に、雷人はどんな攻撃が来ようと対処できるよう気を引き締めていたにも関わらず驚きの声をあげてしまう。

 仕方がなかろう。確かにどんな攻撃がきてもとは言ったが、茂の攻撃手段が詰まっているであろうあのびっくり箱自体を、しかも初手から攻撃手段とするなんてだれが想像できようか。少なくとも雷人にはできない。


 「ちょっ……ウッソだろテメェ!」


 回転することもなく一直線に迫る横投げで投じられた棺桶を、すんでのところで横に回避した雷人の目に次に映り込んだのは、棺桶の後ろに隠れる形ですぐそばまで走り迫ってきていた茂の姿だった。

 また、雷人の後方でなにかがなにかにぶつかる大きな音が響く。どうやら棺桶が木にぶつかった音のようで、雷人はただの置物と化した棺桶からは意識を外し、すぐそこまで迫っていた茂へと集中し直した。


 「刀がダメなら拳ってかァ!!男らしいじゃ—————」


 いや。

 違う、と。

 言いかけて雷人は考え直す。

 茂の目はなにかを狙っているように見える。

 このまま手を合わせるのは危ない気がする、と感じた雷人は念のため距離をとろうとバックステップを踏んだ。

 その途端、茂の唇がほんの少しなにかを呟くとともに、雷人は本能的に後方から迫りくる嫌な気配を感じ取った。

 バックステップを踏んだことによって後ろに重心が傾いているこの状況下で、別方向によけるのは困難だと判断した雷人は、ブリッジの体勢をとるためにそのまま地面へと背中から倒れこむ。

 雷人の目線がちょうど上空を向いた時、長いモノが雷人の真上を通過する。

 後方から迫っていた嫌な気配の正体でもあるそれは、槍だった。

 倒れこむ雷人に目を向けながらも右手で槍をキャッチした茂は、すぐさま片手のみで槍を百八十度回転させると、それを振りかぶり、雷人の心臓めがけて振り下ろす。

 ブリッジから腕のバネを用いて蹴りをくらわそうとしていた雷人だったが、ブリッジの体勢からは蹴りも間に合わないし槍も避けられないと判断し、瞬時に受け身をとる体勢へと移行する。

 なんとか間に合い受け身をとれた雷人は、一息つく間もなく横に転がることで槍を回避し、また、転がる過程で膝立ちの体勢をとる。

 しかし、そこから茂の方に目を向けた雷人の目の前にはすでに、茂の回し蹴りが迫っていた。

 雷人はそれをギリギリバク転で回避してさらに距離をとったが、それをまるで読んでいたかのように茂は地面から抜いた槍をすでに振りかぶっており、雷人が二度のバク転を終えるころには槍は茂の手元を離れようとしているところだった。

 投じられた槍は猛スピードでまたも雷人の心臓を貫こうと迫る来る。

 しかしバク転二回分ということもあって、茂との距離をそこまで長く稼げたわけでもなく、普通に回避しようものなら逃れられずに雷人はその身体を貫かれていただろう。

 だが、雷人にもまだ手がある。

 前回の戦いでも茂を翻弄した雷人の基本戦術。動きを加速する技。


 「ブーストォ!!」


 雷人は技を発動させると同時に、極力無駄を削いだ動きで槍を回避し、茂に向き直る。

 茂の両手にはいつの間にかそれぞれ短剣が握られており、再度雷人の方へと走り迫って来ていた。


 「チィッ……次から次へとォ……」


 ここにきて雷人は、やっと最初に槍が飛んできた方向にチラリと目線を向ける。

 すると、茂の手元を離れてただの置物と化していたはずの棺桶がフタを開けて、その深淵をあらわにしていた。

 前回の剣のことから考えても、武器はすべてあそこから出てきていると判断できる。

 雷人が歯ぎしりをする。

 雷人は前回の戦闘でも、最初茂の速さには驚かされた。

 また、雷人の方が茂を圧倒したのもブーストを発動してからだった。

 そういう面で見れば今回も、ここから雷人が圧倒する流れだと考える人もいるだろう。

 しかし、前回の戦闘時とは明らかに違う問題点があった。

 ひとつは、前回とは茂の手数や手札が違うこと。

 もうひとつは、今の今まで雷人に『ブーストをかける余裕がなかった』こと。

 前回の戦闘時にはブーストをかけずともできていた反撃や、いつでもブーストをかけられたという余裕が今回の雷人にはまったくなかったのだ。


 「まいったなァ……!」


 茂の実力は、ここにきて雷人には計り知れないものとなっていた。

 普段戦っている間にも口角を上げている雷人ではあるが、今回ばかりは珍しくその顔から、笑みなんてものは消え失せていた。



**********



 「彼はね、一人なんだよ」


 森沢先生がそう切り出す。

 森沢先生が突如話すと言い出した碇雷人の過去。その一言目がこれだ。

 しかしこれは輝跡にも充分察せている。雷人が学校で誰かほかの生徒と話しているところなんかは見たことがないのだし、なにより仲間というものを毛嫌いしている節があるのだから当然と言えば当然だろう。

 そういった意味も込めて、輝跡は先生に言葉をかける。


 「知ってますよ先生」


 すると、森沢先生は苦笑しながら頭をかいた。


 「せっかちだね……ハハハ、まあ待ってよ。まだ始まったばかりなんだから」


 そういうと、また真面目な表情に戻った森沢先生は、さっそく続きを話し始めた。


 「言い方を変えようかな。彼には中学時代の友人なんてものはいないんだ」

 「それは……まぁ、あの性格なら中学時代にも友達ができなかったというのは容易に想像できますね」

 「違うんだよ」

 「え?」


 森沢先生が輝跡の言葉を否定する。

 自分の解釈が正しいと思っていた輝跡は、思わず猿の方に向けていた視線を顔ごと森沢先生に向け直す。


 「違うって、どういうことですか?」

 「うん、まぁ雷人クンに中学時代友達がいたかどうかは先生の知るところじゃないんだけどね。僕が言ったのはそういう意味じゃないんだ」

 「と、いうと?」


 森沢先生は、なおも猿に視線を向けたまま、少しばかり間をとり、逆に輝跡に尋ねた。


 「輝跡クン。君は、来々中学で起こった事件に覚えはあるかい?」

 「え?それって、『来々中学爆破事件』のことですか?」

 「うん、そうだよ」


 『来々中学爆破事件』といえば、一年ほど前、三月の卒業シーズン—————輝跡は中学二年生だったが—————に日本全国をざわめかせた大きな爆破事件である。各地のニュース番組がこれをとりあげており、輝跡の記憶にも新しいものとなっている。

 その爆発は校舎全体を吹き飛ばすほどのもので、生徒と教師ともども校舎内にいる時間帯だったこともあり、最終的に報じられた生存者は『一人』とされていた。

 と、そこで輝跡は気づく。森沢先生が急にこの事件についての話題を出した理由に。


 「えっ……、先生。それって、まさか……」

 「うん。君が今気づいた通りだよ。雷人クンは—————」


 そして、森沢先生は、今まで猿の方に向けていた視線を顔ごと輝跡の方に向け、よりいっそう真剣な顔で真実を告げる。


 「あの事件の、唯一の生き残りなんだ」



**********



 「本当に大丈夫だったんスかね……」


 せっかくなので、合流した勉の班と一緒にサーバルキャットのイベントを見ることにした志狼だったが、輝跡を心配するあまり心の底からイベントを楽しむことができていなかった。

 志狼のそんな態度に疑問を感じた勉は、志狼に尋ねる。


 「どうかしましたか?なにやら楽しめていないように見えますが……」

 「え?ああ、気分を害してしまったッスか?申し訳ないッス。なんでもないッスよ!」


 急な問いかけに、慌てて笑顔をつくる志狼。

 しかし、そこで「そうですか」と引き下がる勉ではない。彼はどうやらお人好しの性格も兼ね備えているようだ。


 「いえ、そうは見えなかったので。無理にとは言いませんが、なにかあるのでしたら相談に乗りますよ?気軽に申し上げてください」

 「いや、ホント大丈夫ッスよ。心配してくれてありがとッス。単に同じ班の連中が迷子になってないかなぁって心配なだけッスから。ちょっと電話かけてくるッスね!」


 志狼は、勉の親切心だけ受け取ると、勉の元を離れた。

 さすがに非プレイヤーでなにも知らない勉に、逃走劇のことを話すわけにはいかない。

 志狼は勉からほどよく距離がとれたことを確認すると、いつ何時でもすぐに連絡できるようスマートフォンのホーム画面にウィジェットとして置いていた電話帳一覧を横にスクロールし、輝跡の連絡先をタップすると、すぐさま耳元にスマートフォンを持っていき、輝跡が電話に出るのを待った。


 「出てくれッスよ輝跡サン……」


 自分の不安を払拭したい志狼は輝跡の無事を祈る。

 しかしもしも、志狼の願いもむなしく輝跡が電話に出なかった場合は、輝跡の居場所を探しだしてそちらに向かおうと心に誓っていた。

 


**********



 「そうか……碇は……あの事件の……」


 顎に手を置き、呟きながら、輝跡は一年前の事件ことを思い出す。

 輝跡の住んでいる地区とは決して近いとはいえない場所にあった来々中学校。そこで起きた、校舎をも吹き飛ばすほどの破壊力を持つ爆発。

 当時はテレビのどのチャンネルをつけてもその話題で持ち切りだった。

 しかしてあの爆発の正確な原因は、一年経った今でもわかっていないという。

 テレビのニュースでも、当時こそはこの爆発について専門家たちが様々な意見を出すコーナーが組まれたりしたものだったが、視聴者の中から「謎解き感覚なのが気に入らない」とか「不謹慎だ」とかといったような苦情が殺到したため、わずか一か月ほどでどのチャンネルのニュースもそのコーナーを取りやめることとなった。

 しかし、インターネット上では探偵気取りの連中による意見交換会もとい推理披露会が、ブームの頃よりは少なくなったものの今でも行われている状態だ。

 今でこそ調べていないものの、当時は輝跡もその事件に多少の興味を持っており、そういった考察はチェックしていた。


 「ん?」


 と、そこで、輝跡がなにかを思い出す。


 「どうしたんだい?」

 「ああ、いえ、今思い出したんですけど、たしか生存者って当時の中学三年生、つまり俺よりも一つ年上の人じゃありませんでしたっけ?」


 ちなみに生存者が中学三年生というのは、ニュースでも正式な発表がされている。インターネット上の特定厨による情報ではない。

 輝跡のその、雷人と生存者の年齢が合いませんよという意味が込められた質問に対して、森沢先生はさも当然のようにさらりと答えた。


 「雷人クンは君らよりひとつ年上だよ?」

 「うぇ!?そうなんですか!?」

 「うん。まぁ彼は自己紹介の時も名前しか言わなかったから知らないのも当然か。雷人クンはね、事件の頃には進帝高校への入学が決まってたんだけどね。事態が事態だったし、本人の精神的療養ということで学校側は一年入学を遅らせる措置をとったんだよ」

 「へぇ……そんなことできるんですね」

 「滅多にないケースだよ」


 それはそうだろうと輝跡は思った。合格者枠がひとつ埋まってしまうのだから、こんなケースがたくさんあった場合、現役生にはたまったものではない。


 「話が少しだけ逸れたね。さて、ここでやっと君の最初の質問に対する答えだ。……まぁ、これはあくまでも僕の考えなんだけど、雷人クンは友達という存在が嫌いなんじゃなくて、友達という存在を作ることが怖いんじゃないかな」

 「友達を作るのが……怖い?」


 疑問形だったが。

 その気持ちを、その感情を、輝跡は痛いほどに知っている。

 思わぬ共通点に内心驚く輝跡だが、先生はそのことに気づいていないようで、なおも続ける。


 「うん。友達を作るのが怖い。彼は中学三年生だった。普通に生活していれば先生や同学年の友達、後輩なんてものもいただろう。そういった、これまで学校生活を共にしてきた仲間たちが、一瞬にしてみんないなくなってしまったあの事件を経験したんだ。また友達を作ったとしてもなにかの拍子にみんないなくなってしまうってことを強く連想するようになった彼は、友達を作ることが怖くなった。そう考えられるんだよね」

 「…………」


 輝跡は森沢先生の話を一通り聞き終えると、特に言葉を返すわけでもなく考え込む。

 森沢先生も、話したいことは話したという風にまた猿の観察へと戻り、とくに輝跡へとなにか語り掛けようとする様子もない。

 いまだ人通りの少ない猿コーナーに、再び沈黙が訪れたその時。

 突如輝跡のスマートフォンがコールを始める。

 急な着信にびっくりしつつ、スマートフォンの画面に目を向けると、そこに表示されていた名前は榎下志狼だった。

 コールは二回で途切れない。三回以上のコールは二人で決めた合図の枠から外れるため、輝跡は電話に応じることにした。

 安否確認等もしたかったため、森沢先生に一度頭を下げてその場を離れる。

 森沢先生からある程度距離をとったことを確認し、輝跡は志狼からの電話に応じる。

 輝跡が「もしもし」といい切る前に、彼の耳に飛び込んできたのは、志狼の大声だった。


 『無事だったッスか輝跡サンンンンンンンンンンン!!!!』


 そのあまりにも大きな声量に、鼓膜の危機を感じた輝跡は、あわててスマートフォンを耳元から離す。


 「うるさいわ!!今ので危うく無事な身体からそうじゃない身体になるところだったわ!!主に耳がな!!」

 『うぇ!?あっそりゃ申し訳ないッス。すんごい心配だったもんでつい……ハハハ』

 「ったく笑い事じゃないわ。うう……まだ右耳がジンジンする……」

 『まぁまぁ、とにかく輝跡サンが無事でよかったッス』

 「ああ、そっちもな。そのにぎやかさだと人混みまで逃げられたんだろ?さすがの素早さだな。おまえなら碇に追いかけられても逃げ切れるって信じてたよ」

 『え?』

 「ん?」


 と、ここで、会話が止まる。

 志狼はなにか違和感に気づいたようで、少し考えてから輝跡に尋ねた。


 『碇サンに追われたのは、輝跡サンッスよね……?』

 「……は?」


 思わず、輝跡は言葉を詰まらせる。

 少なくとも輝跡は自分が追われていなかったことに確信を抱いている。

 あの状況からして、雷人が追いかける対称は輝跡と志狼の二択しかなかったはずだ。

 つまり、輝跡が雷人に追われていなければ志狼の方が追いかけられていると考えるのが普通なのだ。

 しかし、志狼は追いかけられていないと言った。

 輝跡は念のため、再度すぐさま周りを見回す。

 しかしやはり輝跡の周りから雷人の気配は感じられない。


 「俺は……追われてないぞ。榎下、おまえのスピードがあまりにも速すぎたがために、自分でも気づかないうちに碇を撒いていたって可能性はないのか?」

 『いや、こっちの方もそれはないッスよ。俺、輝跡サンと別れてからきちんと後方の様子もにおいで調べてたッスからね。少なくともこっちに来ている様子はなかったッス』


 志狼の返事から得られる結論は『雷人がどちらも追っていない』というもの。

 それが意味することとはつまり—————


 「まさか……」


 だんだんと、輝跡の顔が蒼白と化していく。

 輝跡が思い浮かべたことが的を射ているのだとするならば、すぐに来た道を戻らなければならない。


 『なにかわかったんスか輝跡サン!?』

 「すぐに来た道を引き返せ榎下!!このままじゃ……このままじゃ……」


 輝跡は、最初の分かれ道で別れた時に雷人がそちらを追わなかったことで安堵していた。

 そこからこうなる可能性だって、少し考えを巡らせれば容易に予想できたはずだ。

 しかし今になって気づく結果となったのは、やはり追いかけられていたあの状況下で雷人から逃げきることしか考えていなかったから。そこまで考えが回らなかったのだ。

 思い出してみれば、彼は雷人となにか一件あった様子だったじゃないか、と。

 今更後悔しても遅いことはわかっているが、輝跡は自分を責めずにはいられなかった。


 「茂が、危ない!!」


 そして、そこで電話を切った輝跡は、少し離れたところにいる森沢先生に礼をすることも忘れて、一心不乱に駆け出す。

 親友の顔を思い浮かべながら。無事でいてくれと願いながら。

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