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Second Life  作者: 永澄 拓夢
第1章 『Game Start(進帝高校編)』
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第1章 その13 『遠足 その3』

 動物園に入場した進帝高校一年生たちは、各自分たちのグループで集合した後、各々別々の方向へと散らばり始めていた。

 本来ならば輝跡もグループで集まってから動物園を回り始めるところである。

 しかし輝跡にはその前にやらねばならないことがあった。


 「どこだ……!どこにいる……?」


 動物園の入場口あたりをキョロキョロしながら歩き回る。

 輝跡はとある人物を探していた。動物園を回る前に、会って謝っておきたい相手がいるのだ。

 そしてその目的の人物は、入場口から少し進んだ場所で、すでに同じグループの女子たちとの集合を済ませて雑談をしているところだった。


 「いた!おーい!結夢!」

 「……っ!輝跡……!」


 輝跡は目的の人物である神崎結夢を見つけると、すぐさま名前を呼びながら駆け寄る。

 一方結夢は少し気まずそうで、輝跡が改めて目を合わせようとしても、あちらこちらに目をそらすばかりだ。

 輝跡にはわかっている。この気まずさを生んだのは自分だと。

 だからこそ、あえてまっすぐに言葉を投げる。

 本来ならば生まれなかったはずのこの空気を、一刻もはやく払拭するために。

 結夢が輝跡に向ける必要のない気づかいを、一刻もはやくやめさせるために。


 「結夢!あのさあ!」

 「あ……うん……」


 結夢の周りにいる女子たちには、二人の間になにがあったのかがわかるはずもなく、なんのために輝跡が結夢に声をかけてきたのかもわかっていない様子で、いぶかしげに輝跡を見ながらひそひそと話をしている。おおかた詮索をしているのだろう。

 しかしそんなことを気にしている場合でもない輝跡はまず最初に、言いたかった言葉、言わなければならなかった言葉を、結夢にむかって発した。


 「朝は本当にごめん!!!」


 深々と頭を下げる。これでもかというくらいに反省の念を体現する。


 「そ……そんな!私の方こそ無神経で!アンタの気持ちも考えずに……。それこそ大きなお世話で……」

 「そんなことない!おまえは俺のこと心配してくれただけだろ!むしろ俺がいらない心配をかけたことが原因だ!本当にごめん!」

 「……いらない……心配……」


 そこで、これまで深々と下げていた頭を、輝跡が上げる。輝跡の顔には真剣な表情があった。


 「ああ。おまえはなにも心配することはない。俺だって今朝言われたことについては考えてないわけじゃないんだ。だから気にすることじゃないさ」

 「……うん」


 と。

 しかし。

 これだけ輝跡が謝っても、結夢の表情はあまり晴れていなかった。

 少し不安げに、輝跡が尋ねる。


 「ま……まだなにか心配事があるか……?そ……それとも、怒ってるか……?全部今言ってくれていいぞ!」


 輝跡のその様子にハッとした結夢は、慌てて笑顔を作る。


 「う、ううん!違うよ!わかったわかった!自分で考えてるなら本当に心配はいらないね!」


 輝跡はその取り繕ったような笑顔を少しばかり見つめ、もう一度尋ねる。


 「…………本当に?」

 「本当だよ」


 即答だった。

 数秒、見つめあう。

 と、そこで輝跡が、わかったと一言いい、踵を返す。

 今朝のことを謝るという当初の目的は達成できたし、これ以上はむしろ結夢に迷惑になると考えたからだ。


 「そんじゃあな。動物園、楽しめよ!」

 「うん。アンタもね!」


 言葉を交わし、輝跡が走り出す。


 (あいつらを待たせちまったかな……。茂は事情を知ってるからともかく……榎下が暴走してなきゃいいが……)


 そんなことを考えながら、輝跡は今度は自分のグループのメンバーを探し始めた。



**********



 「ね~ちょっとちょっと今の人誰!?」

 「もしかして結夢の彼氏!?なに!?ケンカでもしてたの!?」

 「いつからなの!?なんで隠してたのよぉー!」


 輝跡がその場を去った後、イマドキ女子高生の恋愛事に敏感なアンテナが反応したのか、興奮気味のグループメンバーから、津波のように質問の波が結夢に押し寄せた。


 「ちっ……違うってば!!輝跡とはそんなんじゃなくて!単なる幼馴染だってば!!」


 顔を赤く染めながら、結夢が否定する。

 そんな彼女の反応を見ながら、なおも「え~怪しい~」などと詮索する恋愛脳たち。

 そんなグループメンバーに呆れ、溜息をついた後、結夢は輝跡が去っていった方向を見つめる。


 (いらない心配……か……)


 輝跡の言葉の中にあった、先程から気にかかっている言葉を心の中で復唱する。


 (心配なんて……いくらでもかけてくれていいのに……。悩み事があるなら……いくらでも相談してくれていいのに……)


 輝跡は気づいていないが、実は結夢は、輝跡があのような性格になった原因である兄との一件の際、輝跡の家の前にいたのだ。

 輝跡の兄の罵声は、たまたま遊びに来てインターホンを押そうとしていた結夢の耳に届くには充分すぎるほどの声量だった。


 (輝跡……。考えてはいても、どうしようもないんでしょ?やっぱりお兄さんの言葉を、今も気にしているんでしょ?……私は知っているから。力になれることは力になりたいから。もっと頼っていいのに……)


 この気持ちが輝跡に届いてほしいとは思っている。しかし直接言う勇気はない。今朝のような、少し知っていることをにおわせる言い方が精一杯だ。

 ただ、そうやって結夢が少しばかりそのことについて触れるだけでも、輝跡は一時的にとはいえ、今朝のように拒絶反応を見せてしまう。

 それだけで、いまだ輝跡の心に彼の兄との一件が根強く残っているということを充分察することができる。

 輝跡は気にするなと言う。

 しかし、改善していないのは結夢にも充分伝わる。

 結夢は輝跡の現状を知る度、力になりたいと思う。

 しかし、輝跡に強い拒絶反応を起こされることを恐れてなかなか言い出す勇気がでない。

 結夢は正直、この悪循環の中で、輝跡が頼ってくるのを待つことしかできない自分のことをふがいなく思っていた。



**********



 「おーい、待たせt……」

 「遅おおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいッスウウウウウウウウウウ!!」

 「痛ああああああい!?」


 結夢のところから自らのグループメンバーの元に戻ってきた輝跡の後頭部を、突然の痛みと衝撃が襲う。


 「痛い!痛いわ!!なんだ!!てか誰だ!!!」


 一瞬なにが起こったかわからなかった輝跡は、衝撃でふっ飛ばされて腰の高さくらいにまで下がった頭を慌てて上げ、首を押さえながらあたりをキョロキョロと見回す。

 輝跡の正面には、先程からその場にいた暁茂と、少し離れたところに碇雷人。

 そして背後には、仁王立ちでその場にたたずむ、キリッとした表情の榎下志狼。

 位置的にも大体の察しはついたが、その察しを確信に変える言葉が、志狼の口から発せられた。


 「遅刻ッス。虎のエサになるッスか?」

 「…………後頭部と首が痛いんだけど……?」


 輝跡の額に、よく漫画で見るような風に血管が浮かび上がる。


 「当然の結果ッス。俺にいつまでお預けをくらわせる気ッスか?」

 「……用事があったんだけど……?」

 「輝跡サァン……」


 と、ここで、やれやれと首を左右交互に回しながら志狼が一度溜息をつく。

 そして、なんのボケもおふざけもない口調と表情で、動物大好き人間は次のように続けた。


 「その用事は、ホワイトタイガーを見ることよりも大事なことッスか?」


 輝跡の中で、ブチッとなにかが切れる音が響いた。

 『たかが』ホワイトタイガー『程度』で危害を加えられたのが気に食わなかったのだ。


 「あったりまえだあああああああ!!」


 背後にいた志狼に対し、いまだに身体の向きを変えず、首を回す形で会話をしていた輝跡から、志狼の顔面めがけて回し蹴りがとぶ。

 しかしそれを、頭を少し後ろに下げる形でひらりと回避した志狼はなおも続ける。


 「なるほど。今回の用事というのは、つまりは栄養失調者に点滴をうたねばならないレベルの重要事項だった……ということッスね?」

 「例えがわかりにくい!!おまえの中の基準はどうなってるんだ!!!」

 「どうもこうもないッス。わかんないのは輝跡サンがアホだからじゃないッスか?てかなんでそんなに怒ってるんスか?」

 「おまえが理不尽な攻撃をしてきたからだろうがああああああああああ!!」


 なおも輝跡は蹴りと拳の連打を放つが、なにぶん単調な物理攻撃であるため、志狼にはいっさい当たらず、それは結果として輝跡をよりいっそういらだたせることとなった。


 「もおー、理不尽じゃないし、怒りたいのはこっちッスよぉ!」

 「うるせぇ!!もういい!!そんなに虎が好きならおまえを虎の糞に埋めて……」

 「はいそこまで!!」

 「「あばぁ!?!?」」


 輝跡と志狼の攻防(いやこの場合は攻避の方が正しいだろうか)がヒートアップし始めたところで、突如として二人の頭に硬いものが真上から振り下ろされた。

 硬いものの正体は、茂の拳だ。二人が周りから注目を集め始めていたので、茂が止めに入ったのだった。


 「「うぐぅ……。痛い(ッス)……」」


 正拳を頭部にクリーンヒットされた二人は、うめきながら頭をおさえ、プルプルと震えている。

 なにはともわれ、周りから見ればなんとも見苦しくアホらしい二人の喧騒は、続行どころじゃない痛みを伴って終結となった。

 少し離れたところには、あきれたように息を吐く雷人の姿があった。



**********



 「さてと、いろいろあって遅くなったが、そろそろ動物園巡りを始めるか」

 「やっとッスか!!」


 輝跡と志狼がだいぶ落ち着きを取り戻してきたところで、茂が仕切りだす。

 茂の言葉にいちはやく反応したのはやはりこの男、榎下志狼。

 志狼は瞳をかがやかせながら、今にも走り出しそうな勢いで足踏みをしている。

 その周りには、「はやくはやく」という文字が浮かんでいるのが容易に想像できた。


 「まぁそうあわてるなよ志狼。ガイドはおまえに任せるからよ」

 「え!?マジッスか!?」


 大喜びする志狼。

 しかして輝跡の胸中は心配の二文字であふれていた。


 「なあ、茂、本当に大丈夫なのか?」

 「ん?ああ、まあ多少興奮気味だけど大丈夫じゃないか?はしゃぐ子供みたいなもんでしょ」

 「いや、だけどあいつは—————」


 と、そこで言いかけて輝跡は気づく。

 志狼が興奮のあまりしでかしたこと、つまりはバスの窓ガラスを割って外にでたことを知っているのは、輝跡と雷人しかいないということに。

 首をかしげる茂に対し、輝跡が慌てて取り繕う。


 「あ、いや、なんでもない。ただアイツがはしゃぎすぎないように見てないとなってなハハハ~」

 「???……まあ、そうだ……な……?」

 「ちょっとちょっとちょっとちょっと!!」


 そこで、志狼がちょうど横槍をはさむ。輝跡にとってはうれしい邪魔だ。

 輝跡と茂が話している間にも一人でズンドコ先に進んでいたという志狼は、途中で誰一人としてついてきていないことに気づき、ダッシュで戻ってきたらしい。


 「なにやってんスか!?誰もついてこないなんてひどいッス!!俺は任命直後から部下がだれもついてこないような隊長ッスか!?そこまで人望ないッスか!?」

 「あーーー悪い悪い!ごめんってば志狼!気づかなかったんだ!さ、行こうか!」

 「おまえさっき自分がやったこと覚えてないのかよ……。覚えてるなら人望なんて言葉とても出てこない……ってか部下じゃないわ!!」


 地団太を踏む志狼に対し、苦笑いでなだめる茂と、呆れた様子でツッコミを入れる輝跡。

 そんなこんなしながら、三人は並んで歩き始めた。

 ……そして、残されたもう一人は、彼らの数メートル後ろを静かについていく。



**********


 

 そこからの志狼の動物紹介は、輝跡が想像していたよりもずっとまともなものだった。

 まともどころかそれは非常に詳しくわかりやすい紹介であり、輝跡は志狼の能力名が『動物図鑑アニマルマスター』であることに、今までにないほど納得していた。

 志狼の説明がうまいせいもあってか、徐々に輝跡や茂も楽しさを感じ始め、志狼の動物紹介に夢中になっていった。

 しかし。

 夢中になりすぎたのはいけなかった。


 「んで、今度はこっちッス!」


 志狼が先頭を走り、地図を見ながら次の場所へと案内する。駆け足で移動することで、動物園巡りを始めてから1時間30分経つころには動物園の動物の半分ほどを網羅することができていた。


 「……だいぶ端っこまで来たな……。なぁ、輝跡」

 「ああ、そうだな茂……。なんか客も全然いないしな」


 敷地の端っこであるがゆえなのか、あるいはここらへんの動物はあまり人気がないのか、輝跡たちが現在いる場所は、客が全くと言っていいほどいない区域だった。

 輝跡たちがまわりをキョロキョロと見回していると、先を進んでいた志狼は動物園の外周の柵の前でひとり唸っていた。

 それに気づいた茂が、志狼に尋ねる。


 「どうした志狼?なにかあったのか?」

 「うーーーん。いや、なにもないのが逆に気になるっていうか……そんな感じッス」

 「???……それってどういう……」


 志狼の返答がいまいちパッとしないものだったため、茂はさらに詳しく問おうとしたが、それは叶わなかった。

 肌がピリッとした。

 雰囲気によるものとか、時々感じる身体の内側からの痺れとか、そういったものではない。

 『物理的に』、かつ『電気的に』。

 その場にいた『三人』、さらに詳しく言うならば、輝跡と茂と志狼の肌がピリッとした。

 輝跡は思い出す。

 先ほど交わした茂との会話を。その中の、自分の言葉を。


 —————ああ、そうだな茂……。なんか客も全然いないしな。


 そう。現在、輝跡たちの周りには客がいない。

 今回に限り、たとえ茂がいるとはいっても、この状況は極力避けたかった。輝跡にも、もちろん志狼にもわかっていたはずだった。

 なぜなら『ヤツ』は、非プレイヤーの前では輝跡たちを襲わない。少なくともこれまではそうだったから、輝跡たちはそれを信じて今日も非プレイヤーの中に紛れるつもりだった。

 しかし、調子に乗りすぎた。楽観的になりすぎた。楽しいという感情に流されすぎた。

 輝跡たちは嫌でも勘づいていた。これが『ヤツ』の電撃のきれっぱしであることに。

 なぜなら、うんともすんとも言わず、輝跡たちの後ろをずっと付いてきていたグループメンバーの『ヤツ』は、この状況をずっと待ちわびていたはずだから。


 「まさかァ、本当に夢中になって自分たちからこんな状況をつくり出してくれるとはなァ。一番可能性のひくい手だと思ってたんだがなァ……?」


 三人の背後から、バチバチという音とともに、いまのいままでずっと声を潜めていた『ヤツ』の声が響く。


 「しまったッス……!」

 「俺の……馬鹿野郎……!!」

 「…………」


 悔しそうに歯を食いしばる輝跡と志狼、そして沈黙したままの茂の三人は、そろって声のした方向へ振り返る。

 あたりの動物たちが、よりいっそう騒ぎ立てる。

 その原因となっている電撃使いの男は、不敵な笑みを浮かべながら、物陰からその姿を現した。

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