第1章 その10 『行事』
輝跡が針能力者と戦った日から土曜日曜をはさんで4月11日月曜日。
輝跡は高校生活において初の月曜日にして、はやくも月曜日の憂鬱というものを味わっていた。
「あぁー、早起きだけでも辛いのに、月曜日となるとよりいっそう辛いなぁー……」
「文句言ってないできっちり歩きなさいよ〜。アンタは家が近いからいいものの、遠くから来てる人はもっとキツいんだから!」
「うぅーん……そりゃわかってるけどよ〜……」
猫背で無気力に歩く輝跡に対し、その隣では幼なじみのツインテール神崎結夢がきっちりと背筋を伸ばして歩いている。
時刻はすでに7時20分。7時30分から始まる朝のSHRには歩いていてもギリギリ間に合うという時間。
「初っ端からそんなんでこれから3年間大丈夫なの?」
「…………わかんない…………」
「わかんないって……。私が起こしに行くのやめたら遅刻連発した挙句学校に来なくなりそうねアンタ……」
高校生活の間も輝跡を起こす係が継続することがほぼ確定したと感じた結夢が、呆れたようにため息をつく。
「最近よりいっそう起きれなくなってるしね〜アンタ……。少しは私の身にもなってよね〜」
「起こされる度に毛布をはぎ取られてベッドからはるかかなたに吹っ飛ばされる俺の身にはなってくれないの?」
「アンタはああしないと起きないでしょ!それに毎度毎度毛布にしがみつかなきゃいいじゃない!」
「あぁ……たしかに」
これからは自分へのダメージを軽減するために毛布にしがみつかないようにしようと決心する輝跡だったが、毛布にしがみつくのは無意識下で行っていることなのでおそらくこれからも治らないだろう。意識一つで寝相は変わらないものだ。
「あ!そういえば!」
急に結夢がなにかを思い出す。
「また輝跡の部屋の本の数が増えてたけど、もしかしてそれを読んでて夜更かししてるんじゃないでしょーね?」
「うっ…………」
結夢が輝跡の核心を突く。
「やっぱり!あのねぇ……、読書が好きなのはいいことだけど、それでほかのことが疎かになったら元も子もないでしょ!」
輝跡は小さい頃から読書を好んでいる。結夢はそれを知っているため、今回のことも読書好きから生じた本の増加具合だと思っているのだ。
しかし、実際には違った。
輝跡の能力は『創造』。頭の中にイメージしたモノを具現化する能力。
それはつまり、モノを具現化するためにはそのモノについての明確なイメージが必要になり、またそのモノの構造等が複雑になればなるほどそのモノを知る必要があるということだ。
故に輝跡は戦うための手札をさらに増やすために自分の知識を増やそうとしている。部屋に増えた本は、そのための資料というわけだ。
しかしここで結夢が言ったことを否定すればそれはそれで説明が面倒くさくなるので、輝跡はそのことを認めるかのように、「まぁ……そうだな」と返事をした。
「……なぁ」
と、ここで輝跡が話を切り替える。この土日の間、聞きたかったことを聞いてみる。
「先週の金曜日の帰りのこと、覚えてるか?」
輝跡は一昨日土曜日と昨日日曜日に少し遠くにある大きな国立図書館に朝(ほぼ昼前)から晩までこもっていたため結夢どころかだれとも顔を合わせておらず、また休日であり特に遊びやイベントの予定も立てていなかったため結夢も朝起こしにこなかった。故に、金曜日の『セカンドライフに関する事柄』の一部始終を目にした結夢にどのような変化が起こっているのかを輝跡は確かめず仕舞いだったのだ。メールで聞こうとも考えはしたが、万が一誤魔化されたりした場合は文面だけでは判断できないと考えたため、次の月曜日の朝に直接聞けばいいという結論に至ったのだ。
質問をうけた結夢がキョトンとした表情を浮かべる。
間が空き、輝跡の額から一筋の汗が流れ落ちる。
しばらく首をかしげて考える様子を見せた結夢が、やがて口を開いた。
「ごめん……。なにかあったっけ?」
その表情には今も疑問が残っており、声色からしても誤魔化している様子はない。あの戦闘を、途中で気を失っていたとはいえ、ここ数日できれいさっぱり忘れてしまうのにも無理があるだろう。
間違いなく、結夢は金曜日のセカンドライフに関する記憶を失っていた。
セカンドライフが表沙汰にならないようにする工夫として、非プレイヤーの記憶の操作は輝跡も考慮していたし、結夢がいつも通りに輝跡に接していたことからも、輝跡は結夢の記憶からセカンドライフに関する記憶が消えていることは予想していた。
しかし、確証が得られたことで、輝跡は初めて安堵した。結夢があのことを覚えていた場合、最悪嫌煙されてもおかしくなかった。いくら幼馴染とはいえ、右手からいろんなものを創造するといったような得体のしれない力を持つ人間とは距離を置きたくもなるだろう。
そうなってしまうかもしれないという恐怖が無意識に働いていたことも、輝跡が土日にわざわざメールや電話等で結夢に確認をとらなかった要因の一つだったりする。
「いや、なんでもねーや!」
「えーー!なにそれ!!ねぇ!ホントなにかあったっけ!?忘れたの謝るから教えてよ~!」
「大したことじゃねーって気にすんな~」
「そんな雰囲気じゃなかったじゃん!ね~なに~?」
輝跡の歩が速くなる。その後を結夢が質問を繰り返しながら追う。
そうしているうちにふたりは進帝高校にたどり着いた。
「帰りに絶対聞かせてね!!」
結夢はそういうと、納得しないまま輝跡と別れ、自分の教室へと入っていった。
はいはい、とテキトーな返事をすると輝跡も自分の教室へと入る。
「ったく、覚えてないなら覚えてないでそれが一番いいってんだ……」
独り言をつぶやきながらチラリと親友の席を確認する。そこには金曜日にはなかった背中があった。
(……今日は来てんな)
存在確認だけ行った輝跡は、あと1、2分でSHRが始まるということもあり、茂には声をかけずに自分の席へと着席する。
「はいはーい。席についてねー」
輝跡の着席とほぼ同時に、担任である森沢が前の扉から教室に入ってくる。その後、クラスメイト全員が着席することで、朝のSHRは始まった。
**********
時は経ち、はや7時限目。この時間は特定の教科の授業ではなく、LHRが行われた。
これからの行事等の連絡や取り決めをするということだった。
「んじゃまず予定表配るから、各自目を通しといてなー」
担任の森沢先生が無気力に各列の先頭の生徒に、列の人数分のプリントを渡していく。
前から渡されたプリントから自分の分を1枚ぬきとり、残りを後ろにまわしてから、輝跡もまわりと同様に予定表に目を通し始めた。
(……もう初めからこんなに行事って決まってんだなあ。って……ん?)
ひととおりの予定をザラ見する輝跡の目が、とある行事名のところで止まる。輝跡にとって、その行事が高校でもあることは予想外だったからだ。
どうやら周りにも数人、この行事が高校でもあることに驚く生徒がいるようで、少しずつ教室内がざわめき始める。
(完全に、中学までのイベントだと思ってたが……)
その行事ははやくも一週間後の4月18日金曜日に行われることとなっている。時期的に一番早い行事であるため、先生も最初に話をするようだ。
「はーい、静かにしてねー。予定表に沿って説明していくよー。んじゃあまずははやくも来週にある—————」
輝跡や数人のクラスメイトが驚いたその行事。それは—————
「『遠足』について」
『遠足』。義務教育課程中の子供たちに大人気のあの行事である。一日勉強のことは忘れてどこぞへと学年単位でお出かけする、まだ不慣れなクラスメイトと仲良くなるきっかけともなる、おやつは何円以内だのバナナはおやつに入るか入らないかだので議論になる、あれだ。
イメージとしてもやはり小学生や中学生のイベントであり、高校生が『遠足』という行事を行っているというのはあまり想像できないというのが輝跡の考えだ。
「……あれ、反応薄いね」
森沢先生が拍子抜けしたように言う。
「だってまあ、遠足っていわれてもなあ」
「ああ、俺らそんなんではしゃぐ歳ではないしな」
それに対して、到底乗り気とはいえないセリフが生徒たちから発せられ、森沢先生はどこか悲しげな表情を見せた。
「ま、まあ、行けばなんだかんだ楽しいと思うよ!ってか先生毎年楽しみにしてんだからノッて欲しいぞ~!」
「え~モリちゃん子供ぉ~」
教室内に笑いが起こる。ちなみにモリちゃんとは森沢先生のあだ名であり、毎年仲良くなった生徒たちからはそう呼ばれているらしい。
「んじゃーモリちゃん!おやつは何円まで~?」
「500円」
「やっす!小学生の遠足かよ!?」
「えー?先生が小学生の頃は200円までとかだったんだけどな~」
「時代が違いますよモリちゃんせんせー!」
最初はあまり乗り気ではなかった生徒たちが、森沢先生の一言からどんどん盛り上がりを見せていく。
これもわずか数日で生徒から親しまれ愛される先生の人物像がなせることなのだろう、と輝跡が感慨にふける。
「まあまあ待て~。みんな落ち着いてな~。君ら肝心なこと聞き忘れてるのに気づいてる?」
森沢先生の問いかけに、クラスメイト全員が一瞬考える。
(たしかになにか忘れてるような……)
輝跡も考える。
と、そこで。
「先生!」
クラスメイトの一人が、はっきりした声で、ピンとまっすぐに挙手した後、直線の棒が背中に入っているのではないかと錯覚してしまうほどきれいな姿勢で起立する。
「えーーっと、勉クン。わかった?」
「はい!」
勉クンと呼ばれた、眼鏡に七三分けで、その挙動からしても『真面目』を体現しているかのようなその男子生徒の名前は『真締勉』。進帝高校の入学試験でもトップ通過した成績優秀な生徒だ。
「行き先をまだ皆に教えていませんね!」
「お~正解。さすがだねぇ勉くん」
森沢先生が真締に拍手を送る。真締の発表をきいたクラスメイトたちからも、「あ、そういえば」とか「なぜ気づかなかったんだ俺は!?」などといった反応がところどころうかがえた。
「とまあ、そういうわけで、行先は動物園になりま~す」
いい年したおっさんが、動物園と言いながら両手を広げる。
教室中から、「えー」とか「もう行き飽きたー」とかあまり喜んでいない声が上がる中、それらとは対称的に喜びに包まれた声が、ひときわ大きく教室内に響いた。
「動物園!?!?!?ナイスチョイスッスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
その瞬間、クラスメイト全員を黙らせ、さらに注目を集めた声の主は、思わず席から立ち上がってなおももガッツポーズをしながら歓喜に震えている榎下志狼だった。
「し……志狼クン……そんなにうれしい……?」
「当たり前ッスセンセエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
その喜びようは。
行先が動物園であることを喜んでいたはずの森沢先生でさえ引いてしまうほどのものであった。
(榎下……そこまで動物が好きなのかよ……!)
仲間意識があるからなのかは定かではないが、志狼のその姿を見ている輝跡の方が羞恥に顔を赤くしていた。
なんだこいつは……とでもいっているかのような目線を教室中から向けられている志狼を、これ以上見てられないと輝跡は顔を両手で覆う。
そうしながら輝跡は頭の中で、志狼の能力が『動物図鑑』であることに激しく納得していた。
**********
数分後、志狼が落ち着きを取り戻したため、森沢先生が遠足の費用や集合場所、その他スケジュール等を驚きのスムーズさで説明する。
そしてこれからの予定の説明は次の行事にシフトし、ところどころまた生徒たちとの会話を混ぜながらも、家庭訪問、体力測定といったように順をおって、一年間のだいたいの予定は紹介と説明を終えた。
七時限目の時間はあと十五分ほど残っている。
「こんな早く終わるわけにもいかないもんなー」
「終わっていいんだぜモリちゃん!」
「いえ!もっとやるべきことが残っているのではっっ!!!?」
うーんと唸る森沢先生に、先生と仲の良い男子生徒が茶々をいれ、それに対して真締が真面目に返答する。
「終わらないよー。うーん、やることはたしかにあるけど……君ら残り時間でパパッと遠足の班作れるかな?四人一組で」
「できます!!」
先生の提案をいちはやく真締が了承する。そこからは班決めをする流れになり、各自席を離れて4人1組の班を作り始める。
輝跡は茂や志狼と集まり、他の班がまとまるまで待つ形になっていた。
「あ、碇のヤツ、だれともまだ組めてないッスね」
いまだ席から離れず、班を組もうとすらしていない雷人の姿が目に入り、志狼が指をさす。
「ホントだな。まあ、どこかの班に入れてもらえるんじゃね?」
茂は特に雷人を気にする様子もなく、志狼にそっけなく答える。
「でもこのままじゃまだ3人の俺らの班に入ってくることになるッスよ?」
「そうとも限らないぜ。全部の班がきれいに4人1組になるかといわれればそうでもないと思う。たしかにうちのクラスの生徒数は40人だけど、仲いいヤツで固まったとして3人のグループがいくつかできることも予想できるし、どこのグループにも入れず余るのはアイツだけじゃないだろいくらなんでも。俺たちはいざというときはアイツ以外の余った人をグループに招けばいいんだぜ」
茂が、雷人のグループ入りはないということの根拠を語り、「ま、大丈夫だろ~ハハハ~」などとフラグ込々のセリフを付け加える。
そしてそのさらに数分後、当然のごとく、フラグは回収された。
「あまったのが雷人クン一人か~。輝跡クンのとこのグループ『だけ』4人じゃないし、輝跡クンたち、雷人クンを入れてくれないかな~?」
茂が『ない』と言い張ったことが、現実に『ある』事実として、森沢先生から輝跡たちに告げられた。
「……はい」
輝跡が、視線を右往左往させ、額に汗をにじませながら、仕方なく了承の意を唱える。
雷人の班入りが確定し、雷人が輝跡たちの集まっている席へと近づいてくる。
「なん……だと……。なぜこんなにもしっくりと……班決めがしっくりと……?」
輝跡の隣では茂がなおも現実を受け入れられていない様子で目を見開いている。それを見ながら輝跡は、自分や志狼であればまだしも茂がここまで雷人を拒絶する理由はないのになあ、と不思議に思っていた。
そして、輝跡たちのいるところに到達した雷人は、満面の不気味な笑顔を浮かべながら、輝跡たちに一言こう言い放った。
「よろしくなァ?」
遠足は、楽しいだけでは済まなそうだった。




