第1章 その9 『イレギュラー』
暁茂と呼ばれた黒髪の男が、地面に棺桶を立てて蓋を開く。
中身は—————
「?……なんも入ってねェじゃ……待て……」
あたりが暗かったことで、一瞬金髪の男は違和感を感じなかった。しかしよくよく見ると、その棺桶にはとてつもない違和感と得体のしれない不気味さがまとわりついているのを感じ取ることができた。
棺桶の中は暗い。『底が見えないくらい』暗い。
あたりが暗いとはいえ、道は街灯に照らされている。茂の持つ棺桶の底の浅さであれば、そこに『底がある』ということくらいはわかるはずである。
しかし、『底が見えない』。さらに正確に言えば、『底があるように思えない』。棺桶の中にあるのは、無限に続くと思わせるような黒。
棺桶の放つ異様さにかられ、思わず自分が息をのんでしまったことに気づいた金髪の男は一度舌打ちをする。
そして先程とは一転、真剣な面持ちで金髪の男はもう一度茂に尋ねた。
「……いったいそれはなんだァ」
「……そうか、碇は知りたい、か」
碇と呼ばれた金髪の男が、ため息をつく茂を凝視し、考える。
碇雷人の認識において、暁茂はプレイヤーではなかった。昨日屋上で妙な悪寒は感じたが、少なくとも雷人の知るプレイヤーから向けられる『ソレ』ではなかった。プレイヤーである証のエンブレムも特に見当たらない。そしてそれは今にも当てはまる。
しかし。
雷人の認識は次の瞬間に改められることとなった。
「そんじゃあ」
茂が、棺桶の中の『黒』に右手を突っ込む。
そして、棺桶の中から。
いや、『どこからか』。
「実際に体験してみろ」
ズズズッと、茂は日本刀を取り出した。
「……あァ……?」
雷人が目を見開く。なにが起きたのかを理解しようと頭を回す。
その間にすでに駆け出していた茂が、雷人に日本刀で斬りかかる。
雷人も思考を巡らせながらそれを回避する。
「んなもんッ……!どこから取り出しやがったァ!?あの棺桶にはなにも入ってなかっただろうがァ!」
「さぁ?俺も知らないね」
「くそッ!とぼけやがってェ!」
雷人が、茂の刀の射程距離から逃れるために能力を用いて閃光を焚く。
茂の目をくらませた雷人は、バックステップで茂から距離をとり、次の攻撃に備えて構える。
攻防の間に、雷人は茂に関してとある答えに行き着いていた。
答えあわせのために、茂に問いかける。
「……テメェ……プレイヤーかァ……?」
茂のやったことは、通常の人間には決してできないこと。できるとすればプレイヤーの能力。
しかし、視界を取り戻しつつある茂から発せられた答えは、またも雷人の意にそぐわないものだった。
「プレイヤー…………?いったいなんのことだ……?」
プレイヤーではないと否定するのではなく、プレイヤーそのものを知らないと茂は言った。
「…………とぼけてンのかァ?」
雷人が、今度は静かに尋ねる。だが、雷人には返ってくる答えがなんとなくわかっていた。
口調が先ほどとは違ってとぼけている風ではなかったから。
「本当になんのことかわかんねーよ」
案の定の返答。
第一、この状況下で『プレイヤーなんて知らない』などととぼける意味など雷人には考えつかない。今更隠す必要はないからだ。そこにはなんのメリットもない。
(コイツがオレの弱みを知っているとも思えねェしな……)
しかし茂は『プレイヤー』を知らないと言った。能力としか思えないものを使っているのに。
それどころか、自分の頭の中でなにかしらの答えを見つけ出した様子の茂が、なおも鋭い目つきでさらに雷人に問いかける。
「そうか……。もしかして、おまえらみたいに妙な力を使うやつらを総称してプレイヤーって呼ぶのか?」
「……あァ……」
妙な力とは能力のことだろう。雷人の脳裏に、昨日自分が輝跡たちになにをしたのかがバレているのではないかという疑念が浮かぶ。戦っている様子を見ていたならもっとはやくでてきただろう。それに階段の音からして扉ごしにずっとのぞき見していたとは考えにくい。
つまり、輝跡たちから説明を受けたとしか考えられない。しかしプレイヤーに関しての事柄を覚えているということは、それ自体が『プレイヤーであること』の証拠。なぜなら非プレイヤーにはセカンドライフを公言できないような工夫がされるから。
ここまで自分がプレイヤーである証拠を露呈させておきながら、自分はプレイヤーではないとなぜ言い張るのか、なぜそれが虚言でないと雷人に思わせてしまうのか。
茂は数々の謎を残したまま、次の攻撃へと移った。
「そうか……」
茂が、呟きながら雷人へと歩を進める。
「じゃあ……」
武器はだらりとおろし、その姿勢は到底攻撃にうつるための体勢とは呼べない。
雷人も油断はしていない。帯刀している以上、茂にはまだ攻撃の意思があると考えられるからだ。
雷人の頭には、茂が攻撃にうつった瞬間に刀を折るという算段があった。雷人自身、はっきり100%プレイヤーといえる存在でなければ殺せない。その場しのぎだが、危害を加えずに優位にたつだけであれば、武器を失った茂をとり押さえるだけでも充分だと考えたのだ。
しかし。
「そのプレイヤーってのは、俺が全員殺していいのか?」
茂が呟き終わった瞬間、突然雷人の全身の毛が逆立つ。
唐突に全身を冷気が包む。
気温が下がったのではない。唐突に浴びせられたこの冷気の原因、それは。
「殺気!!?」
雷人がハッと気づいた時には、いつのまにか茂はすでに『突き』の体勢を整え、雷人の心臓へと狙いを定めていた。
「暁流『剣』術。其の壱。『刺』」
速く、しかして正確に。
刀の切っ先が雷人の心臓へと一直線に突き出される。
「くそがァっっ!!」
反応の遅れた雷人が、なんとか致命傷は避けようと必死で身体をひねる。
その際、避けた後に斬撃による追い打ちをされないよう、再度茂の目をくらませる目的で閃光を焚く。先ほどと同様の強い光が暗い夜道を一瞬だけ明るく染める。
雷人の左肩より少し下の付近に痛みが走る。
閃光の間にバックステップでさらに茂と距離をとった雷人の目の前には、後を追ってさらに踏み込んできている茂がいた。
「同じ手が続けて二度も通用すると思ったか?」
刀はすでに両手で振り上げられている。
「暁流『剣』術。其の参。『断』」
雷人の左ひじは身体の横で肩の高さまで上がっており、上から振り下ろされた茂の日本刀が、雷人の左肩から肘にかけての大体中間あたりに垂直に迫る。
(速ェッッ!!)
雷人が瞬時に肘を腰にぴったりとつくまで下げる。茂の刀が、雷人の左肩のすぐ横を空振りする。
茂がプレイヤーなのかどうかは雷人にはまだはっきりとはわからない。しかしだからといってこのまま防御に徹すれば自分が殺されると感じた雷人は、目の前にガラ空きになっている茂の左わき腹に右足で蹴りをいれ、茂を吹っ飛ばす。
一定距離とんだ茂は、その後地面で数回ゴロゴロと転がったあと起き上がり、低い姿勢のまま足のバネを用いて再度雷人の方へとロケットスタートをきろうとする。
しかしそれは雷人が茂の目の前に電撃を落としたことで未然に防がれた。
両者、体勢を立て直した状態で再度にらみ合う。
互いに動きだしを警戒し、その場は静寂に包まれる。
ふと、雷人が頭に浮かんだ問を茂に投げ掛ける。
「テメェが、仮にプレイヤーじゃないならよォ、なぜプレイヤーと戦う?」
「輝跡に害をなす存在だからだ」
即答だった。今度は逆に茂が雷人に問いかける。
「なぜあんたら妙な力をもったプレイヤーは輝跡を狙う?あのエメラルドグリーンの瞳でも狙ったトレジャーハンターだったりするのか?」
「あんなもんいらねェよ。……答えは金城輝跡がプレイヤーだからだァ」
「……まさか……。輝跡もあの妙な力を持ってると……?……たしかにどこから持ってきたかわからない武器を持っていたことが数回あったが……」
「能力によるものだろうなァ。この戦いはプレイヤーとプレイヤーの戦い。テメェがもしも本当にプレイヤーじゃないなら関係ない話だァ。今からでも遅くねェ。手を引くなら……」
忠告の途中で、ふと雷人は気づく。
茂の言葉の中にあった『あんたら』。雷人はこれを、自分や輝跡、志狼のことだと思っていた。しかし茂は輝跡がプレイヤーであることを知らなかった。であれば昨日会ったばかりで輝跡とともに倒れていただけの志狼がプレイヤーであることにも気づけていないだろう。
ならば『あんたら』とは誰だ?
雷人以外のだれを指している?
茂は言っていた。プレイヤーは『輝跡に害をなす』と。
輝跡は言っていた。初戦からの三か月間、プレイヤーと全く戦わなかった、と。
雷人は知っている。ここ周辺のプレイヤーが急に減ったことを。
そして雷人は体感した。茂の強さを。
答えに、至る。
点と点が、つながる。
「そうかァ」
雷人は確認のため、茂をまっすぐに見据え、尋ねた。
「ここら一帯のプレイヤーをよォ、ここ数か月間狩っていたのは、テメェだな?」
対して茂は、視線を合わせ、答える。
「ああ。そうだ。俺がやった」
ふうーっと息を吐き、雷人はもう一度、先程した質問を繰り返した。
「テメェは、プレイヤーかァ?」
「俺は、プレイヤーじゃない」
ここまでさらけ出して、なおも否定する茂。
信じられないが、棺桶は茂自身の能力によるものではなく、茂は本当に非プレイヤーであり、元から持ち合わせている身体能力のみでプレイヤーを殺してきたことになる。
「そうかァ。イレギュラーとして、足を踏み入れちまった感じかァ」
セカンドライフにおいてプレイヤーが非プレイヤーをどうこうするうえでのルールはあるが、非プレイヤーがプレイヤーを殺すなどというのは前代未聞だろう。システム上イレギュラーが起こってもおかしくはないかもしれないと雷人は考えることにした。
それを踏まえて、雷人は茂に最後の質問を投げる。
「今なら見逃す。引く気はねェか?」
「ない」
即答で、簡潔で、それでいて強い意志を感じさせる茂の返答に、雷人は今日何度目かの溜息をつく。
じゃあ、と。
雷人も覚悟を決める。
「ちょっと痛い目見てもらうぜェ」
雷人から迷いが振り払われる。
これから雷人が行うのは力による『説得』。殺しはしない。そもそも雷人には非プレイヤーを殺せない。ただ、力の差は見せつける。
巻き込まれてしまった茂の、非プレイヤーの手を、この残酷な戦いから引かせるために。
雷人が電撃を茂にむけて飛ばす。茂はそれをかいくぐり、雷人へと迫る。
雷人もまた、受けて立つと言わんばかりに茂へと真正面に駆け出す。
茂が刀を振りかぶり、前のめりに走る雷人の顔面めがけて刀を振り下ろす。激突する寸前。
「ブーストォ」
雷人が一言呟くと、一瞬雷人の全身に稲妻が走る。
『ブースト』。それは碇雷人の能力の使用例の中でもよく使われるものの一つである。生体電流を操ることで反応を速くし、また脳から筋肉への命令の伝達速度を速め、常時よりも素早い動きを可能とする。
次の瞬間、雷人は踏み出した足に力をこめ、90度右に跳ぶ。ギリギリのところでも冷静に反応し刀をよけつつ茂の背中に回り込んだ雷人は、茂の背中に手をつくと、電気を流し始めた。
「ぐっ!くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
痛みからくる茂の絶叫が、夜の道に響き渡る。
雷人は電気の出力や時間をこまめに調節しながら、死なない程度の周期で茂に電気を流し、電気を流していない間は向上させた身体能力をもってしてあらゆる方向に回り込み、拳や蹴りの連打を叩きこんだ。
その間、電気による痺れと隙のない高速の攻撃によって茂は全く反撃ができず、雷人にされるがままになっていた。
いくら身体能力が高く、謎の能力を使用する茂といえど、なにもできない状況下であればどうしようもない。
型にはまった雷人のその戦法が数分間続く。
(これ以上やると死ぬかァ……)
そろそろいいだろうと判断し、雷人がとどめの一撃として拳を茂の腹にぶち込む。すると、茂はそのまま仰向けに倒れこんだ。
念のため雷人は、いつの間にか茂の手から離れ落ちていた日本刀を遠くに蹴とばしてから、地面に突っ伏している茂の頭の傍に立つ。
「生きてるかァ?」
死なない程度にやったため生きてはいるはずだが、いちおう雷人が茂に安否の確認をとる。返答はないが、寸前まで叫んでいたし意識もあるだろうと判断した雷人は、茂に語り始めた。
「今回テメェが生きているのは相手が俺だったからだァ。今までにそんなヤツと戦ってきたか知らねェが、オレよりも強いヤツなんざこのゲームにおいてはあふれてンだ」
「……」
『説教』の仕上げ。力の差を見せつけ、身体を痛めつけた上での言葉攻め。
「いままでテメェが生きてこれたのは単純に運が良かっただけだァ。弱いヤツと当たったか、不意打ちがうまくいったのか、それはわかんねェがな」
なおも口を開かない茂に、さらに雷人はまくし立てる。
「そもそもプレイヤーの金城輝跡からしてみりゃあよォ。もしもプレイヤーじゃねェテメェが自分のために死んだってわかったら、どう思うんだろうなァ?そう考えたら死ねねェだろォ?」
ピクリと、茂の右人差し指が動く。おそらくは今の言葉に反応したのだろうと雷人は考える。
「てかよォ。ぶっちゃけ—————」
そして、最後に、雷人は茂に告げた。
「テメェよりも金城輝跡の方が怖ェよ」
それは直訳すれば、『テメェが守っているはずの金城輝跡の方が強い。だからテメェは必要ねェ。』
つまり、茂が行っていることの意味自体を打ち砕くまさにトドメの一撃。
茂の拳が、握られる。地面に突っ伏しながら、歯を食いしばっているのが雷人にはわかった。
その様子から、茂も雷人の言葉の意味をしっかりと理解したのだろう。
もうなにもいうことはないと、雷人は振り向き様に茂を一瞥すると、暁茂が二度とセカンドライフにかかわることがないよう祈りながら、帰路についた。
**********
碇雷人が完全に姿を消してから数分後。
いまだ地面に突っ伏したままだった茂が、思い切り右こぶしで地面をたたく。
そして一言。にじみだすように茂は呟いた。
「……それでもっ……俺は……!!」
再び静寂につつまれた道で、起き上がることのない茂をひとつの街灯が照らし続けていた。




